アイドルドリーム桜井夢子 中編
そして、その後、涼とお姉様に短いメールを打った。
『さよなら
私、アイドル辞める事にした。じゃあね。』
「フフッ、夢を失った、私を笑えば良いわ・・・。笑いなさいよ・・・うぅぅ・・・。」
私は呟きながらまた突っ伏して泣き始めた。
♪〜♪〜
メールが帰って来たのに気がついて携帯を見てみた。
涼から・・・。
会いに来るって?来てどうするの?
携帯を放ってまた突っ伏したけど、私はもう一回携帯を取って見直してから、身支度を始めた。
行ったって何も変わらない。分かってる。だけど、今は・・・誰かに慰めて欲しい・・・のかも・・・。
正直足どりは重かった。会いたい気持ちと、会いたくない気持ちが心の中で揺れ動いていた。
「着いちゃった・・・。」
いつもの見慣れた場所、私はベンチに座ってうつむいていた。
それから、涼が来てお姉様も来て色々話しているうちに、自業自得だって分かった。
葛西部長に覚悟はあるかって言われた意味が分かった。私、覚悟なんて出来てなかった・・・。
こんな風になって、改めて思い知らされた。でも、もう遅い・・・。手遅れ・・・。
だけど、涼が動いてみるって言ってくれた。もう、どうにもならないだろうけど、それだけで私は嬉しかった。
そして、お姉様も本当に優しかった。私こんなに悪い子なのに・・・。
ただ、お姉様には真実を告げる事は出来なかった。どうしても・・・。
事務所から、メールとか電話が来ていたけど、全然出なかった。
その内ピタリと止んだから、もう私は解雇されたんだなって思った。
お姉様にも迷惑を掛けちゃいけないと思って、会えなくなるようにしていた。
涼は、お姉様にオーディションで勝ってトップアイドルの仲間入りを果たしていた。
昔なら、悔しかったりしたけど、今の私にはそんな気持ちは生まれなかった。
ただ、良かったかなとは思っていた。
テレビで涼が出ない日の方が少ない。日本で涼を知らない人間なんて居ないと思う。
ああ、私、この子と争ったりしてたんだ・・・。
「フフッ・・・おかしい・・・。」
自分があまりにもこっけいで、頬に伝う涙も気にせず、私は笑っていた。
あたしは、忙しい秋月涼のスケジュールを抑えるのに四苦八苦していた。
「で、石川さんは駄目だって?」
「はい、今月はいっぱいいっぱいで駄目だそうです。」
「困ったねえ。」
奥野プロダクション社長の苦笑いしながらしてきた報告に、あたしも苦笑いしていた。
「あと、桜井夢子から連絡は来た?」
「いいえ。葛西部長の申しつけ通り、こちらから連絡を入れずに体調不良という事で様子を見ていますが全く音沙汰ないです。」
「そうかい・・・。ん〜、ここは本人に直談判してみるかな。」
「でも、それはまずいんじゃ・・・。」
「いいかい、今のあたしの言葉をあんたは何も聞いてない。いいね?」
あたしは目を細めながら言った。
「は、はい・・・。」
「じゃあ、いいよ。お疲れ様。また、次の会議でね。」
「失礼します。」
会議室から出て行く社長に軽く手を振りながら見送った。
「さ〜て、まずは石川さんかな〜。」
私はすぐに携帯を取り出して、876プロに電話をかけた。
「もしもし、奥野重工株式会社企画部の葛西と申しますが、石川社長お願いできますか?」
受付が出て、石川さんが出るのを少し待った。
『お電話変わりました、石川です。』
「お久しぶりです、石川社長。葛西です。」
あたしはいつも通り挨拶をした。
『どうもお久しぶりです。秋月のスケジュールの件ではご迷惑をお掛けしています。』
「いえいえ。実はその秋月さんのことで、ご相談がありまして、直接会えなくても構わないので、伝言をお願いしたいんです。」
『伝言ですか?』
「ええ。内容は、うちの傘下にある奥野プロダクションの桜井夢子について話があるので電話が欲しいと。」
『長い話になるんですか?』
「いや、手が空いてる時に電話数分で済むから伝えて欲しい。」
はっきり言ってウソだけど言った。多分ウソなのは石川さんにも分かるだろう。さあ、どう答える?
『分かりました、伝えるだけは伝えます。』
「ご協力感謝します。お礼は後日、精神的に。では、失礼します。」
『何かあったら宜しくお願いします。それでは。』
あたしはそう言って、石川社長の声を聞いてから電話を切った。
流石は若手でやり手の石川さん、見事に最後責任は取ってねって言われちゃった。
「ふふふ。さ〜て、いつ連絡来るかな〜?」
あたしはちょっと笑って言いながら、会議室を後にした。
夕方になって、いつもの終業前のドタバタの中、あたしは電話番を取った部下から呼ばれた。
「葛西部長、3番に876プロダクションの秋月涼さんからお電話です。」
「は〜い、3番了解。こっちは4番765プロからだけど、出てくれる〜。」
「4番受けます!」
「宜しく〜。はい、企画部葛西。」
あたしは、4番を部下が取るのを確認してから3番の電話に出た。
『初めまして。876プロダクションの秋月涼と申します。夢子ちゃ・・・じゃなかった、桜井夢子さんのことでとお伺いしました。どのようなことでしょうか?』
うん?気のせいか声が低い?それにかなり緊張してる。
「うちの傘下の奥野プロダクションの桜井夢子と連絡が取れなくてね。このままだとクビにしないとまずいかもしれないんだよ。まあ、理由だけでも分かれば少しくらいは猶予期間を延ばしてあげても良いんだけど本人に会えなくてねえ。」
私は言いながらも、舌を少し出していた。
『えっ!?クビっ!?あのっ、理由が分かればいいんですよね?』
うん、間違いなく知ってるな。慌ててるし、よし、なら・・・。
「電話はどこで盗聴されるか分からないから、直接会って話ししたいんだけど良いかい?その方が、話し易いってこともあるだろ?」
『でしたら、今夜0時ごろ大丈夫ですか?』
「いいよ。じゃあ、あたしのメルアド教えるから、石川さんから聞いといてくれる?」
『わかりました。それでは失礼します。』
「はい、じゃあ、またメールで。」
電話を切って、思わずニヤリとしてしまった。周りが引いてたけど気にしない。
どうやら、いい子みたいだね。なんで桜井夢子が一緒だったのかも気になるからその辺も聞かせてもらおうかね。
ちょっと真面目な顔に戻って、さっそく石川さんに用件とあたしのメルアドを入れたメールを投げた。
僕は物凄く緊張していた。
社長に聞いたら、かなりのやり手らしいし、律子姉ちゃんにも聞いたら、何かしたのとか聞かれちゃうし。律子姉ちゃんからは、あたしでも歯が立たない相手だから絶対ヘマするなって釘刺されるし、一体どんな人なんだ〜!?
コンコン
「どうぞ。」
あたしは、取っておいたホテルの一室のなかから声をかけた。
「し、失礼しま〜す。」
僕はドアを開けて恐る恐る挨拶しながら中へ入っていった。
「連絡させて貰った、奥野重工株式会社企画部部長の葛西頼子です。」
あたしは立ち上がってから、名刺を秋月涼に渡した。
「お、恐れ入ります。初めまして、秋月涼です。」
僕は葛西さんの名詞を受け取って、改めて挨拶してから一礼した。
「そちらへどうぞ。」
あたしは、秋月涼にソファを勧めた。
「失礼します。」
僕は言ってから、ゆっくりソファに座った。
それから、あたしも座って、値踏みに入った。といっても、一瞬だけどね。上から下まで見て大体分かった。
「あの、それで桜井さんのことで・・・。」
「ああ、堅い挨拶はさっきまでで良いよ。話しやすいように言えばいい。夢子ちゃんで構わないよ。」
「あ、ありがとう・・・ございます。」
緊張していたんだけど、いきなり砕けた感じになったので、僕はちょっと呆気に取られながらお礼を言っていた。
「先にあたしの方から謝っておく。」
「はっ、はいっ!?」
いきなり、頭を下げられて、ワケの分からなかった僕は目をぱちくりしていた。
「あのね。クビどうこうってのはあんたをここに呼ぶためのウソ。」
「えええっ!?」
あたしの言葉に、さっきから秋月涼は驚きっぱなしで、あたしは笑いたいのを必死に堪えながら言っていた。
「そっ、それって、どういう?」
僕はさっぱり事情がつかめなくて怒るとかの前にどういう事なのか聞きたくて身を乗り出していた。
「実際に夢子と連絡が取れていないのは事実なんだよ。それで、あたしとしては何となく察しがつくことがあるから、そっとしといてやるのが良いのかなと思って連絡来るまで病気扱いにしとけって言ってある。」
「そうだったんですか。」
葛西さんなりの考慮があってなんだと思って、ちょっとホッとしていた。
「ただね、実際のところどういう事なのかを聞きたくてね。理由によっては呼び出して問いたださないと示しがつかないし、まずいからね。話してくれるかい?他言無用なのは分かってる。だからここを選んだ。」
「実は・・・。」
僕はジッと葛西さんの目を見て信用して、ワケを話し始めた。
「やっぱりそっか〜。少し前に武田に会ってあんたの話をしてた時に、夢子の話が出てね。」
「葛西さんは武田さんと知り合いだったんですか?」
「まあね。天才プロデューサーさんがひよっ子の時代から知ってるよ。」
あたしは笑いながら言った。
「うわぁ、ひよっ子って・・・。」
僕はあっけに取られてしまっていた。
「しっかし、そうなると難しいね。武田はあれで、気まぐれに見えるけど、頑固な部分もあるからねえ。」
あたしは夢子の夢の話を聞いたのを思い出して、苦笑いしていた。
「でも、私は武田さんに頼んでみるつもりです。」
「ふ〜ん。ねえ、聞いていい?」
「はい?なんですか?」
僕はなんだろうと思って、逆に葛西さんに聞いた。
「なんでさ、そんな格好して、『私』なんて言ってるの?」
あたしは怪しいとは思ってたから、カマをかけにかかった。
「ひゃい!?」
ま、ま、ま、まさか〜!?
「あんた、男だろ?」
「え、ええっ?なっ、ナンノコトですかぁ?」
突っ込まれて、僕は少し仰け反りながら声が裏返っていた。
「違うって言うなら、上だけでいい。脱いでみな。」
この慌てようは間違いないね。内心でニヤリとしながら更に涼を追い込んだ。
「そ、それは・・・。」
「なんだったら、下だけでもいいけど?」
「ぎゃおおおんっ!許してください〜!すみません〜、それだけは勘弁して下さい〜!」
僕はソファの上に土下座して謝った。
「いや、まあ、あたしは何でステージ衣装のままなのかなあってのと、砕けたらあたしとかいうのかなあって思っただけなんだけどね。」
あたしはネタ晴らしをするように笑いながら言った。
「えっ!?ああああっ!しょんなぁ〜!」
僕はカマをかけられたのに気がついたけど後の祭り。思わずそのままガックリしていた。
「で、この事は誰が知ってる?」
「石川社長と、辞めた岡本まなみさん、律子姉ちゃんと武田さんです・・・。」
「ん?夢子は知らないのかい?」
「はい、いずれはと思っていますが、まだ言ってません。なんでわかったんですかぁ?」
僕は答えた後、葛西さんに聞いた。
「そうだね。電話での声かな。いつも聞く声と偉く違ってたからさ。それと女の感かな。」
「はあ、律子姉ちゃんの言う通りタダモノじゃなかったです・・・。」
心底参ったと思って、僕は本音を言っていた。
「ん?秋月律子かい?あっはっは。確かに優秀だけど、まだ若いからね。あたしは伊達に年取ってないってコトだよ。ちょっといじめちゃったの根に持ってるのかねえ?」
あたしは笑いながら言っていた。
「ど、どうでしょうかぁ?」
うわぁっ!?律子姉ちゃんをちょっといじめるとか、ない〜、あ〜り〜え〜な〜い〜!
僕は葛西さんの凄さにワタワタしながら答えていた。
「まあ、それはいいか。じゃあ、夢子の事は心配しなくて良いよ。奥野プロダクションの社長には適当にいってちゃんと籍は置いておくから、あんたは思うように全力でやってみな。」
「はいっ!ありがとうございます。僕、じゃなくて、わ、私?えへへ。がんばります!」
僕は思わず地が出ちゃったけど、慌てて女の子に戻って言った。
「他でボロ出さないようにね。ところで食事は?」
「え〜と、まだ・・・です。」
「ふふふ、じゃあ、せっかく来てくれたんだし、あたしがご馳走するよ。」
あたしは少し笑いながら、お腹を押さえている涼を見て言った。
「えっ?いいんですか?」
いきなり食事に誘われてしまって、僕はびっくりして聞いてしまった。
「いやなら、良いんだけど?」
美代と違うのは分かってたけど、あたしは普通に聞き返した。
「いえいえ、頂きます。あ〜、でも・・・。」
マスコミとかに見つかると面倒そうなんだよなあ・・・。
僕は返事した後で、気になってしまって、ちょっとためらっていた。
「人目は気にしなくて良いよ。」
あたしは気にしてることが分かっていたので、言いよどんでいるところに割り込んで言った。
「そう・・・なんですか?」
葛西さんにキッパリ言われて、びっくりしたのもあったけど、本当に大丈夫なのかなと思って、僕はキョトンとしていた。
「そうなの。じゃ、いこっか。」
あたしは立ちあがって、入口の方へ向かって歩き出した。
「えっ、あっ、は、はいっ。」
僕は慌てて立ち上がって、葛西さんの後を追った。
「い、いただきます。」
僕は目の前に並べられた美味しそうな食事に、鳴りそうなお腹を堪えながら言って食べ始めた。
「遠慮なく食べてってね。」
あたしは、素直な涼が可愛かったのもあって、微笑みながら言った。
「は、はい・・・。」
さっきまでの人とは思えない、優しい葛西さんの微笑みに僕は見とれてしまっていた。
「ん?どうしたんだい?あたしの顔見てもお腹はふくれないよ?」
「えっ?あっ、す、すみません・・・。」
僕は少しニッと笑いながらいう葛西さんの台詞に恥ずかしくなって、謝ってから食事に集中する事にした。
あたしも食べ始めたけど、チョロチョロしてるのが目に入って、店員を呼んだ。
「あのさ、あの辺のウロチョロしてるの何とかしてくれない?せっかくの貴方のお店の料理が不味くなるから。」
「かしこまりました。」
耳打ちして、去っていく店員を見送ってから、正面を見ると涼が不思議そうにあたしを見ている。
「どうしたんだい?」
「いえ、どうかしたのかなあと思いまして。」
僕は真面目な顔になって耳打ちしていたのを見ていたので、心配になって聞いていた。
「ただの追加オーダーだから気にしなくて良いよ。」
「そうですか。では、改めて。ん〜、おいしい♪」
葛西さんの言葉に安心して、僕はまた食べ始めた。
「ごちそうさまでした。」
「どうだい?お腹いっぱいになったかい?」
「はいっ。」
僕は笑顔で葛西さんに答えていた。食が美味しかったのもあるんだけど、いつもだと感じる視線も無かったし、安心して食事できたのが嬉しかった。
「一回876プロに寄るかい?」
「え?」
その格好だと、仕事の帰りにでも寄ったんでしょ?」
「えへへ。実はそうなんです・・・。」
うわぁ、葛西さん、みんなお見通しだ〜。
僕はちょっと冷や汗かきながら答えていた。
「じゃあ、タクシー乗っていこうかね。」
あたしは、ホテルの裏口にタクシーを呼んで涼と一緒に876プロに向かった。
「あの、葛西さん・・・。」
「なんだい?」
「なんで、こんな良くしてくれるんですか?」
僕は恐る恐る聞いた。
「世話好きだからじゃないかねえ。それとあんたが素直で気に入ったから、かな。」
あたしはにっこり笑って答えた。
「ありがとうございます。」
「まあ、律子さんは噛み付いてきたんで、少し噛み付き返しただけ。素直な相手には何もしないから安心して良いよ。」
「あはははは・・・。」
葛西さんは笑いながら言うんだけど、僕は心から笑えなくて、乾いた笑いになっていた。
そして、876プロの前に止まって、僕は降りてから葛西さんに頭を下げた。
「本日はごちそうさまでした。それと、色々ありがとうございました。」
「構わないよ。がんば・・・。」
パシャッ
「まぶしっ!?」
僕はいきなりたかれたフラッシュに目がくらんだ。
「待ちなっ!」
あたしはひるんでる涼を置いて、写真を取った人間を走って追いかけた。
少し行くと良いところに美代が居る!
「美代、そいつのカメラ取り上げたら、トンカツ一皿!」
「了承。」
僕は遠目で、信じられないものを見た。暗闇の中で人のサイズある日本人形が人を襲ってる!?
「ぎゃおおおおんっ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
ぽんっ
「任務完了。明後日のお昼に例の店で。」
「はいよ〜。お疲れ様。」
あたしの手にカメラを置きながら言うと、美代は裏路地の暗闇に消えるように居なくなった。
あたしはカメラを片手に、ガタガタ震えている涼のところに戻って来た。
「か、か、葛西さん。い、今、日本人形が人を!」
「落ち着きなって。あれはあたしの知り合い。この通り盗み撮りしたカメラマンからカメラを押収してくれただけだから安心して。」
「そ、そうだったんですか?」
「ほら。」
まだ、ガタガタ震えて疑っている涼にカメラを見せた。
「ふぅ、良かった。私、怖いの苦手なんですよぉ。」
「じゃあ、これはあたしが預かって処分しておくから。それじゃ、がんばりなよ。」
「はいっ!」
涼と挨拶してから、あたしはまたタクシーに乗って876プロ事務所の前を後にした。
少しして、私は涼に異変を感じた。
録画の歌番組を境に録画の番組には出てるけど、生放送の番組には一切出てこなくて、コンサートなんかもキャンセルされてて、一切開かれる気配がない。
トップアイドルになったのに、どう考えてもおかしい・・・。
私は自分の事はどうでも良かったけど、涼が心配になってメールを出した。
会ってくれるというので、話をしていた。
そんな中、私は気がついてしまった、涼が・・・
「あなた、もしかして・・・本当は・・・男の子なの?」
「・・・・・・・・・。」
涼は黙ったままで、私の問いに答えてくれない・・・。でも、逆にその沈黙が答え・・・。
「今、僕って言ったわよね?それに、そのしゃべり方・・・。あなた、男なの?そうなの?」
私は自分が混乱していたけど、それでも追及した。だけど、どんどん正解へ近付いて行ってしまう・・・。
「違うよ。」
「えっ、違う?何が違うのよっ!答えなさいっ、涼っ!」
私は激昂しながら、聞いていた。
イヤだけど・・・認めなさいよ・・・涼・・・。
「そう。僕は、男じゃない。まだ・・・。」
「まだ?どういう事?」
『まだ』の意味が全く分からなかった。だから、私は突っ込んで聞いた。
「希望をなくした君を救えた時、やっと僕は、本当の男になれるんだ。それじゃ・・・。」
「涼・・・。」
真剣な顔で行った後、背中を見せる涼の名前を呼んだけど振り向いてくれなかった。
最後の眼差しは紛れもない男の子だった・・・。私はそれ以上声をかけることも、追いかけることも出来ずに、見送る事しか出来なかった。
涼の爆弾話はあたしの耳にも入っていた。
「随分と思い切ったことやったけど、どうするつもりかねえ?」
「なんでそれを僕に聞くんですか?」
あたしの目の前には武田がいた。
「ここまで追い込まれたら、頼れるのはあんたしかいないだろ?」
「だから、どうして僕に聞くんですか?」
あたしの質問に、武田は困ったように聞き返してきた。
「だって、あんたが託したんだろ、秋月涼に。曲もあんたの夢も、桜井夢子まで人質に取ってさ。」
「人聞きの悪いこと言わないで下さい!」
「人聞きなんて関係ないよ!ほんとのことでしょうが!涼は純粋だからわかってないけど、とんでもないもの背負わされてる。たった一人でね。あたしは、どうにかつぶれないようにって秋月律子も動かしたけど、秋月涼がつぶれたらあんたを許さないからね!」
怒った武田に、あたしも怒りを乗せて本音をぶつけた。
「彼なら、必ずやってくれる。そう信じています。ここに来てくれることも。」
「ふぅ〜ん。どうやら、桜井夢子に続けて絶望宣言をするつもりじゃなさそうね。」
武田は少したじろいでいたけど、目の輝きは消えてなかった。
後は任せれば大丈夫かな?
そう思いながら、あたしは目を細めて皮肉交じりに言っていた。
「葛西さんじゃあるまいし・・・。」
ピクッ
あたしカチンときて眉が大きく動いた。
「あたしがいつ、誰に、絶望宣言を出した?この日本のやり直しが効かない下らないシステムみたいに、ダメ出しして1人の女の子を絶望のふちに追いやった人間に言われたかないねっ!」
私は吐き出すように怒鳴って言った。
「その下らないシステムの中で、のらりくらりと生き残って権力を行使する、偽善者に言われたくないです・・・。」
バンッ
「武田っ!今何て言った!?もういっぺん言ってみなっ!!!」
あたしは怒りでテーブルを叩いて立ち上がった。
「世話好きの偽善者に言われたくない、と言ったんです。」
「そうだねえ、偽善者は否定しないよ。だけどね、何でも自分の思い通りになる天才に地の底に居る人間の痛みや苦しみなんて分からないだろうね。所詮は上から目線の神様なんだろうからさ。後は天才が何とかしてくれるんだろうから偽善者は見てることにするよ。」
あたしは言った後、ギロリと武田を睨んで立ち上がった。
そこから、何も言わないのか言えないのか分からない武田を置いて部屋を後にした。
「全く、見事な芝居・・・いや、芝居だとしても本当にいいたいこと言って、最後には僕に責任取らせる形にしちゃうんだから、葛西さんにはかなわないな。ズルイ人だ。」
武田は、葛西が去って行った後、部屋でうめこぶちゃを飲みながら苦笑いしていた。
私はいつもの場所に来て、川へ石を投げていた。
今日は涼の運命のオーディションだって事は知ってる。だけど、そっちへ行こうとすると足が重くて進めない。
「はぁ・・・なにやってるんだろ・・・私・・・。」
「本当になにやってるんだろうね、あんたは。」
「えっ!?」
突然後ろから声がして、驚いた私は振り向いた。そこには、葛西さんが立っていた・・・。
「葛西さん・・・なんで・・・。」
「秋月涼は、極限のプレッシャーでつぶされそうになってると思うよ。夢子、あんたの力が必要なんだよ。」
あたしは夢子の両肩に手を置いて言った。
「私なんて・・・今さら・・・。」
私は葛西さんを見れずに、顔を逸らしながら言うしかなかった。
「じゃあ、あんたをどうにか助けたいって、そう思って頑張っている秋月涼を、あんたは見捨てるのかい?」
「・・・・・・・・・。」
葛西さんの言葉に、答えられなかった。
助けたい・・・だけど、今の私に何が出来るって言うの?
「人はね、自分のために強くなれる人間と、人のために強くなれるタイプがあるんだよ。秋月涼は人のために強くなれる人間だってあたしは思う。だけどね、それだけに、背負うものが大き過ぎてつぶれてしまう可能性も多々あると思う。そんな時は、やっぱり誰かそばに居て欲しいんだよ。それこそ、背負うべき人間が居てくれたらきっとつぶれずに済む。」
「葛西さん・・・。」
「それが分かってても、あんたはただ、外野から。いいや、こんなところでウジウジしているだけなのかい?」
「それは・・・。」
私はどうして良いのか分からなくなった。行きたいけど・・・どうすれば・・・。
「はい、タクシーチケット。それと、あの橋の所に会場行き指定してタクシー止めてあるんだよ。止めてるだけで料金って上がっちゃうんだよねえ?」
あたしは少しにんまりしながら、タクシーチケットを出して、そっぽを向いてる夢子の目の前でヒラヒラさせながら言った。
「あっ・・・タクシーチケット頂きますっ。ありがとうございます、葛西さんっ!」
私はタクシーチケットを取ってから、葛西さんに一礼して走り出した。
「うんうん、若いっていいねえ。さ〜て、偽善者のお仕事お〜わりっと。」
走っていく夢子の背中を見つつ、あたしは呟いた後、近くにあるベンチに座って買っておいた缶コーヒーを開けて飲んだ。
「はぁっ・・・はぁっ・・・。」
間に合って・・・。
私は会場について、エレベーターに乗って息を整えていた。
チーン
エレベータが開いた目の前が会場で、私はタクシーの中に残してあった葛西さんの招待状を見せて中へと入った。
「涼、大丈夫?」
「は、はは・・・どうしちゃったんだろ?」
「顔色が真っ青よ?そんな状態で歌えるの?」
「わ、わかりません・・・だけど、ここで歌えなかったら・・・僕・・・。」
すぐ近くで、石川社長と涼がやり取りしているのが聞こえた。
声のした方を見ると、涼が居る。だけど、いつもの女の子じゃない。男性の衣装を身にまとってる・・・。
涼・・・あなたは、本当に男の子だったのね・・・。
遠目で、見慣れない格好してて、あからさまにいつもと違って調子悪そうなのが分かった。
あんな涼は見たことない・・・。
『秋月涼さん、ステージへどうぞ』
「はっ、はひぃ〜。」
涼の返事は酷かった。更にステージへ向かう最中もヨロヨロして倒れちゃうんじゃないかって思った・・・。
「え、えんとりーなんばー、5ばん。あ、あきづきりょう・・・です。」
自己紹介は呂律回ってない上に、完全に棒読みだわ・・・。それに、震えちゃって、ライトを手で遮っちゃってる・・・。
「涼ぉ〜〜〜!!!」
私は、何か出来ないかと思って、その場で涼に向かって力一杯叫んでいた。
これが、今の私に出来る事だと思ったから。
「お静かに願いますか?」
スタッフが言いながら近付いてくる。
身構えながらも、私は気づいてくれた涼に向かって大きく口パクをした。
『しっ・か・り・し・な・さ・い・よ』
そしたら、涼は頷いてくれた。
良かった、まったく、世話焼かせるんだから・・・。
その直後あたしはスタッフの何人かに取り押さえられたけど、ワタワタしている涼の方に最後思いをこめてウインクした。
私はここにいる。あなたは大丈夫だ。って。
『中断しましたが、再会します。秋月涼さん課題曲『Dazzling World』お願いします。』
「はいっ!」
スタッフに会場から出されて連れて行かれる中、涼の返事はいつもみたいにしっかりしていたのが聞こえた。最初はちょっと抵抗していた私だったけど、安心して素直に従っていた。
「はい、そこまで。あたしの連れが騒いじゃったみたいで申し訳なかったね。引き取るよ。」
「は、はい・・・。」
「えっ?」
私はそそくさと離れていくスタッフに驚いて声の主の方を見た。
「かっ、葛西さんっ!?」
「し〜っ!」
「す、すみません。」
私は驚いた後、葛西さんに言われて、慌てて口を押さえた後、小声で謝った。
「いや〜、あたしとしたことが招待状忘れちゃってさ。別のヤツから貰うのに合流してたら遅れちゃったのよ。で、間に合ったかい?」
「はい、ありがとう・・・ごらひまひらぁ・・・うぅぅ。」
「ほらほら、泣かないの。秋月涼が全てを賭けて、あんたへ向けて歌うよ。」
あたしは泣き出した夢子を抱えて会場へと入って行った。
涼が歌う、男の子としての『Dazzling World』凄く良かった・・・。
私は泣くのも忘れて、しばらくぽーっとなっていた。
「さ〜て、発表の前に涙の跡消しとかないとね。」
「あっ、そ、そうですね。」
葛西さんに言われて、私は慌ててトイレに向かった。
「あれなら行ける。まあ、お祝いしてあげるんだね。」
「そ、そうなんですか?」
私は確信めいていう葛西さんに聞き返していた。
「あれなら文句なしだよ。逆に、あれで落としたってなったら、あたしが抗議してやるさ。さ、いこうかね。」
あたしは冗談っぽく笑いながら言った。
「はい。」
私は返事して葛西さんと一緒に会場へ戻っていった。
葛西さんの言った通り、涼はぶっちぎりで優勝だった。
「ほら、行ってきな。あたしはまだ、仕事が残ってるからさ。」
「はい、本当にありがとうございました。」
「いいからいいから、早くいってあげなよ。」
「はいっ!」
私は葛西さんに頭を下げた後、涼の居る方へ近付いていった。
「涼・・・おめでとう。」
思わず涼の前に来て言っていたら、目頭が熱くなって来ちゃった。
「ありがとう、夢子ちゃん。泣いてるの?」
「なっ、泣いてなんかいないわよっ!目にゴミが入っただけ!最初の新人みたいな緊張がウソみたいだったじゃないの。」
私は嬉しかったんだけど、恥ずかしくて、それを誤魔化すために、最初の姿を皮肉っていた。
「そりゃないよぉ〜。」
「ホントに男の子だったなんてね・・・。すっかり騙されちゃった。」
本当に、こんなに力強い男の子だったなんて・・・。
私はきつめに言いながらも、心の中では悔しさもなにもなかった。
「あはははは・・・。」
「でも、カッコよかったわよ・・・。」
乾いた笑いをしている涼を見てて、ギャップを感じて思わず本音がボソッと出ちゃった。
「えっ?今なんて?」
「なんでもないっ!」
聞き返されたので、涼が聞いてなくて頭に来たのと、恥ずかしいのを我慢するのに、怒鳴った。
「まあ、いっか。夢子ちゃん、まだ終わりじゃない。見てて、未来への扉開くから。」
「う、うん・・・。」
真剣な眼差しで言ってくる男の子の涼に、私はドキドキしてしまって生返事になってしまっていた。
その後、涼が言っている意味が分かった。
全国中継の『オールド・ホイッスル』で私宛のメッセージを堂々と言うなんて信じられない。
でも、嬉しかった・・・。
それから、涼に会って、あっけらかんとしているのに頭に来て怒鳴ったけど、最後は笑いあった。
そして、私は涼の手を引いてレストランにやって来た。
「ふ〜ん、まあまあね。」
レストランの中に入って、私は内装を見渡しながら言っていたけど、本当は一緒に居れるだけで嬉しい。
「ありがとう。」
微笑んで言ってくれる涼が・・・今までと全然違ってて・・・ドキドキしてきちゃって・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
席についたんだけど、何を話して良いのか分からなくて、私は言葉を発せなかった。
多分涼も同じなんだと思う。
気にはなっているからにチラチラ上目遣いで見るんだけど、変に恥ずかしくって・・・。
そんな気まずい中で料理が来て、救われた気がした。気持ちを誤魔化すために、私から食べ始めた。
「お、美味しいね、ゆっ、夢子ちゃん?」
「そっ、そうねっ。」
先に涼が聞いてくるんだけど、変にギクシャクしちゃって、短く返事する事しか出来なかった。
先に食べ終わって待っている涼が、ヘンにソワソワしているのが気になって、食べるスピードが遅くなっちゃっていた。
「ふぅ、ゴチソウさま。りょ、涼?」
「えっ、な、なに?夢子ちゃん?」
食べ終わってから、落ち着いたはずだったんだけど、上手く言えないし、涼の方もヘンにギクシャクしちゃって、私は困った。
「た、食べ終わったから。で、出ましょう。」
「う、うん、そうだね。」
少し話そうかと思ったけど、とてもそんなこと出来そうにないから、会計してそそくさとレストランを出た。
本当は色々話したかったんだけど、しかたないわ。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
レストランを出てしばらく後ろ髪惹かれる気持ちだったけど、並んで涼と歩いてるだけで段々とドキドキしてきちゃって、また言葉が出なくなっていた。
どうしよう・・・。声をかけたいんだけど、なんだか恥ずかしいし・・・。
チラッと涼の横顔を見たんだけど、どうして良いか私は困っていた。
「ゆ、夢子ちゃん。」
「なっ、なに?」
話しかけられて、嬉しかったのもあって私は思わず涼を見た。
「あっ、あの・・・って、うわぁっ!?夢子ちゃん逃げよう!!!」
「はぁっ?なに言ってるの???」
いきなり途中からイミフメイなことを言い出したので、私は冷静になって聞き返した。
「夢子ちゃん、後ろ、後ろっ!」
「後ろ?・・・っ!?」
涼に指を差されて、私が後ろを向くと、大勢の人間が走ってくるのが見えて、びっくりして思わず言葉を失って固まってしまっていた。
『秋月さん!桜井さん!お二人はどのようなご関係なんですか〜〜〜?』
ギュッ、グイッ
どうしようって、思った瞬間、私は涼に手を握られて、一緒に走っていた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・どうやら・・・巻いたかな・・・。」
「はぁ・・・ふぅ・・・なんなのよ、もうっ!」
結構走ってから、ちょっとした路地に入って、塀に寄りかりながら、私は文句を言った。
「なんなのって、どうみてもスキャンダルを追いかけてる人にしか見えなかったけど?」
「そんなの、わかってるわよっ!せっかくのデートが台無しじゃない!」
分かりきっている事を言われて、私は頭に来て、本音で言って怒っていた。
「えっ?デート?」
「えっ、あっ、なっ、なんでもないわよ!」
もう、ヘンな所でちゃんと聞いてるんだから、涼は・・・。
涼に突っ込まれて、私は慌てて顔を逸らしながら言った。
「でも、ちょっと助かったかもしれないかな。」
「ちょっと!それ、どういう意味?私と一緒だと不満って事?」
デートを邪魔されたのを助かったとかどういう意味!?
私はカチンと来て涼に詰め寄った。
「ちっ、ちがうよ、そういう意味じゃないってば!ただ、その・・・恥ずかしくて、どう声を掛けて良いか分からなかったから・・・。」
「そっ、そう・・・。」
赤くなりながら言う涼の言葉に、私も恥ずかしくなって、少しだけ相槌を打った後、黙るしかなかった。
「あの、夢子ちゃん。」
「なっ、なに?」
急に真面目な顔になって聞かれた私は、恥ずかしかったけど涼の目をしっかりと見ながら聞いた。
「僕、夢子ちゃんと会えて本当に良かった。夢子ちゃんに夢の大切さ教えて貰ったし、ついこの間もだけど、一杯勇気貰ったし・・・。」
「うん・・・。」
私は頷きながら涼の言葉を聞いていた。
「うぬぼれかも知れないけど、真さん、やよいさん、千早さん、あずささん、武田さん、そして夢子ちゃんに愛されたから、今の僕がここにいれるんだと思う。」
「そ、それで?」
私は真剣な眼差しの涼にドキドキしながら聞いた。
私きっと涼から別の言葉を待っているんだ・・・。期待しちゃってる・・・。
「その分を、これから、夢子ちゃんや他のみんなに貰って、僕と一緒に育てて貰った愛を返したいって思う。今は、夢子ちゃんに・・・。」
「涼・・・。」
私は嬉しいのと恥ずかしいのが混じって、ジッと見ていられなくて、ちょっと目を逸らした後、上目遣いで涼を見直していた。
「僕、やっと女の子から変わって、男の子に成り立てで、頼りないけど、男として、夢子ちゃんが好きだ。」
嬉しくて、ドキドキしている鼓動がうるさいくらいになってたけど、涼の方が耳まで真っ赤になっているのを見て、少し冷静さを取り戻した私は・・・
「そうね、騙されてたし、情けないし、頼りないし、まだまだよね。」
容赦なく涼に言葉の攻撃を加えた。
「はうぅっ!」
「そんなになっちゃうけど、でも、私のなくなりかけた夢の道を開いてくれたのはあなた。そして、真剣にいう涼も、男の子として歌っている涼も、カッコよかったわ。」
胸を押さえて、涙目になっちゃってる涼を見て、最初は笑いながら言っていたけど、途中から真剣な顔になって私はしっかりと言った。
自分でこんなこと言っちゃうなんて・・・私もヤキが回ったわね。
そう思ったけど、イヤな気分じゃなかった。むしろ晴れ晴れしていた。
「夢子ちゃん・・・。」
「フフッ、本当にバカね。ムチャクチャやっちゃうかと思えば、急にドジったり、情けなかったり。だけど、また、急にカッコよくなっちゃったり。全く、こっちが振り回されっぱなしだわ。」
驚いている涼に、私は悪戯っぽく笑って言った。
「夢子ちゃんだって、キツイ事言うけど、本当は優しくて、温かくて、ステキな子だって僕は知ってるよ。」
「なっ、お世辞なんて言っても、なにも出ないんだから・・・。」
涼に真顔でクサイ台詞を言われた私は、嬉しかったけど思いっきり恥ずかしくなって、顔が熱くなっているのを誤魔化すように言った。
「お世辞なんかじゃないよ。ずっと、見て来たから。それに、出なくたって良いよ・・・。」
「涼・・・」
「夢子ちゃん・・・。」
ドキドキしながら、私は涼の事を見ていた。
私、本当に本気で涼のこと好きなんだ・・・。
そう思いながら私は静かに目を閉じた。
「んっ・・・。」
「ん・・・ぁ・・・・。涼、ズルイ・・・。」
私はキスされて嬉しかったけど、なんか一方的にされちゃったみたいで悔しくなって呟いた。
「えっ!?・・・んぅっ!?」
だから、涼が驚いている間に不意打ちでキスしちゃった。
これでおあいこなんだから・・・。
その後、もう一回抱き合って、涼とキスした。
「あーっ!涼さん、ヘンタイですっ!女同士でなんてっ!」
「はっ、はいっ!?」
余韻に浸ろうかと思った瞬間、いきなり大きな声が聞こえて、涼が驚きながら離れたので私は声のした方を見た。声の主は日高愛だった。
「夢子さん・・・どういうコトか・・・詳細を?」
更にその隣には水谷絵理までいて、好奇心の目で日高愛を押しのけて聞いてくる。
も、もしかして、今の見られてたの!?
「み、水谷絵理!?あ、あなたには関係ないでしょ!」
私は恥ずかしくて、ちょっとあとずさりしたけど、なんとか踏みとどまって怒鳴るように言っていた。
「な、な、何で、愛ちゃんと、絵理ちゃんが、こ、こ、ココに!?」
「いとこの律子さんが来て、涼さんを探しに来たんですよっ!」
私はすっご〜くイヤな予感がした・・・。
「げげっ!?そ、それって、律子姉ちゃんもいるってことぉっ!?」
「その通りっ!涼!カッコよく決めたのはいいけど、心配して来て見たらこんな事になってるし。どういう事なのか説明してくれるわよね?」
やっぱり・・・。こんな事になるワケね・・・。
私は苦笑いしながら慌てふためく涼の姿を見ていた。
「ちょっ、ちょっと、涼。何で私の後ろに隠れるのよ!普通、私をかばう方でしょ!」
だけど、急に後ろに隠れられたから、流石にそれはないだろうと思って涼に向かって怒った。
「ご、ごめんね。あははは・・・。」
まったく・・・。もう、カッコいいんだか悪いんだかっ!
私はフクザツな気持ちで、謝りながら苦笑いしている涼を見ていた。
「涼さーん!」
「夢子・・・さん?」
「涼ぉー!」
日高愛、水谷絵理、秋月律子の3人が一緒に迫ってくるのを見て、私は流石にあとずさった。
「夢子ちゃん、逃げようっ!」
「ちょ、ちょっと、涼?」
いきなり言われた私は、慌てながら聞いた。
「いいからっ!」
「フフッ。」
涼に手を取られてウインクされたら、なんだかおかしくなって、私も手を握り返して少し笑ってからウインクし返した。
『待て〜〜〜!!!』
一斉に走って追いかけてくる、日高愛、水谷絵理、秋月律子の3人に焦りながらも、
『逃げるが勝ち〜〜〜!』
フフッ、こういうのもありよね。
涼と言いながら、しっかり手と手を取り合って、光る夕焼けの中、走り出した。