アイドルドリーム桜井夢子 後編
・・・一年半後・・・
私は一からやり直して、改めて武田さんの前にいた。
『オールド・ホイッスル』は番組改編の波に飲まれて次回最終回を迎えようとしていた。
今日最終回の出演依頼に私は来ていた。緊張はしていたけれど、ヘンな緊張はなかった。
「いいだろう。君の申し出受けよう。」
「ありがとうございます。武田さん。」
私はにこやかに笑って、武田さんにお礼を言った。
最後の最後で私の夢がかなう・・・。
嬉しい反面、この番組が終わってしまうのが悲しいのも重なって、フクザツではあったけど万感の想いだった。
「本日、最終回のゲストは、桜井夢子さんです。」
「みなさん、こんにちは。」
私は武田さんに呼ばれて、カメラの前に出て行った。
フフッ、緊張してちょっと足が震えちゃってる。ドームのコンサートになっても、こんな風にならないのに。
私は内心でちょっと笑いながら、その緊張を味わうように楽しんでいた。
武田さんと話している内に、今までのこととか、夢がかなったことが一気に胸に押し寄せてきて、目が潤んでしまっていた。
だけど、今泣いてしまっては番組が成り立たない。
私は涙を堪えながら、一所懸命、今出来る限りの力でトークをしていた。
「それでは、歌って頂きましょう。桜井夢子さんで。『Dreamy Eyes』です。どうぞ。」
この歌は、涼の『Dazzling World』の次に武田さんが作ったもので、2ヶ月前、私にプレゼントしてくれた曲。
夢見る瞳・・・。私が一番輝いている時だと言って武田さんがこの曲を手渡ししてくれた。
貰った時は嬉しくて泣いちゃったっけ。
少し笑いながら、前奏を聞いて私は歌い始めた。
「そろそろ時間です。長い間この番組を見て頂いた事に感謝します。これからも、歌はただの商品ではなく、人の心に残り、継がれていくものになって欲しいと僕は願っています。」
武田さんは最後に、自分の想いを伝えてる。
1時間弱なんてあっという間だった。
「桜井くんからも、どうぞ。」
「はい。私はいろいろあって、一度はアイドルと夢を諦めました。でも、やり直して、夢であるこの番組に出演する事が出来ました。テレビの前のみなさんにもいろいろな夢があると思います。どうか、諦めずに頑張って下さい。先に出演した、如月千早さん、秋月涼さんの二人に恥じないようにこれからも頑張っていきたいと思います。これからも、応援よろしくお願いします。」
私は真剣な眼差しでカメラの向こうに居る人へ向かって語ってから、最後に頭を下げた。
「それでは、最後にここで、最終回にふさわしい特別ゲストに来て頂いています。」
「えっ?ゲスト???」
私はそんな話を聞いていなかったので、驚いてしまった。
「秋月涼さんです。どうぞ。」
「ええっ!?」
涼!?
名前を聞いて更に私は驚いて、カメラが回っているのに目をぱちくりしていた。
「こんにちは〜。」
「な、な、な、何で涼が!?!?」
涼がにこやかに花束を持って入ってくる?
何でここにいるの?今日は仕事って言ってなかったっけ???
私は慌ててしまって、まともに聞けていなかった。
「桜井さん、落ち着いて。」
「はっ、はい。すみません。」
武田さんに言われて、我に返った私は謝っていた。
「涼、あなた仕事じゃなかったの?」
「うん、事務所に無理言って、空けて貰ったんだ。夢子ちゃん、夢である『オールド・ホイッスル』出演、おめでとう!」
ちゃんと聞いたんだけど、涼に言われて、一気に想いが吹き出してしまった。
「あ、ありが・・・とう・・・。うぅ・・・。」
だから、我慢できなくなって、私はその場でボロボロ泣き出してしまった。
「あああぁっ!な、泣かないで、ゆ、夢子ちゃん。」
「それでは、最終回の締めにふさわしく、秋月涼さん、桜井夢子さんの二人にデュエットで歌って頂きましょう。歌は秋月涼の代表曲『Dazzling World』です。どうぞ。」
「夢子ちゃん。」
武田さんの曲紹介と、涼から名前を呼ばれてマイクを差し出されると、涙が止まって、私に歌うアイドルモードのスイッチが入った。
「So、I love you. my darling.And stay forever.」
受け取ったマイクで、最初の部分を私が涼の顔を見ながら歌い始める。
「It’s dazzling like a star.I’m falling for you.」
その後、涼が私を見ながら続ける。
涼からハンカチを渡されて、すぐに涙を拭いて、イントロに合わせて涼と踊り始めた。
初めてのデュオで、私はちょっと戸惑ったけど、涼にリードされてすぐに息があって、あっという間に終わってしまった。
『ありがとうございました。』
最後に武田さんが出てきて、私と涼も合わせた三人でカメラに向かって頭を下げた。
「はい、OKで〜す!お疲れ様でした〜!」
スタッフの声が聞こえて、三人で一斉に頭を上げた。
「最後にふさわしい最高のステージだった。秋月くん、今日は来てくれてありがとう。」
「いえいえいえいえ、とんでもないです。僕の方こそ無理言ってすみませんでした。」
涼は驚いてから、手をブンブン振ってペコペコしているのを、私は見て心の中で笑っていた。
「まったく、人に知らせないで、あんなサプライズするなんて。相変わらず大した度胸だわ。」
私はそこへ更にジト目になってツッコミを入れた。
「そう言わないでよぉ。」
「フフッ、なんて顔してるんだか。でも、来てくれて本当にありがとう。嬉しかった。」
半泣きで言っている涼を見て、おかしいのが我慢出来なくて、笑いながら言った。
「ホッ、良かった。でも、本当に良かったね。間に合って。」
「うん。」
私は涼の言葉を聞いて素直に頷いた。
「武田さん。残念です、この番組が無くなってしまうなんて・・・。」
そして武田さんの方改めて向いて、私の気持ちを伝えた。
「時代の流れもあるし、仕方ないさ。次の番組改編の時までに、動いてみるよ。桜井くんみたいに、夢や目標としてくれるような番組をやらないとね。」
「頑張って下さい、武田さん。僕で良ければなにかお手伝いしますんで、声かけて下さい。」
「私も何かお手伝い出来るような事があれば言って下さい。出来る限りの事をさせて貰いますから。」
涼に先を越されたけど、私も真剣に武田さんへ言った。
「二人ともありがとう。その時には声をかけさせて貰うよ。とりあえず、早く帰った方がいい。直に、君たちを追って報道陣やカメラマンが押し寄せてくるだろうからね。」
「うわぁっ!ま、マズイっ!武田さん、失礼します。また今度ゆっくりお話させて下さい!」
「す、すみません。今日は本当にありがとうございました。失礼しますっ!」
武田さんの言葉を聞いて、涼と私は慌てて挨拶してからスタジオを後にした。
「涼!こっちよ。」
「律子姉ちゃん?」
「ほら、早く。夢子ちゃんは楽屋で荷物取ったら、絵理ちゃんの指示に従って脱出して。良いわね?」
『は、はいっ!』
いきなり現れた律子さんに驚きながらも、返事をしてから涼と別れて、水谷絵理と楽屋へ向かった。
「水谷絵理、なんでここにいるの?」
律子さんは何か理由があるとは思ったけど、どうして水谷絵理がいるのかが分からなかったので聞いてみた。
「社長に・・・頼まれた?」
「社長って、876の石川社長?」
「うん・・・夢子さんを・・・逃がせって・・・言われた?」
何で、石川社長が私を???
よく分からないまま、楽屋に到着して、荷物だけ持ってすぐに楽屋を後にした。
「それで、どこから逃げるの?」
「律子さんと・・・私の合同作戦で・・・こっち?」
私は水谷絵理に言われるままについて言ったんだけど・・・
「それで、水谷絵理。この前後に居る報道陣やカメラマンはなんなの?」
しばらくして、退路を断たれた私は、すこし青筋を立てながら聞いた。
「こいつは・・・うっかり?」
「うっかりじゃないでしょ!どうするのよっ!」
頭を押さえながら言う水谷絵理に、私はキレかかって言った。
「絶体絶命・・・四面楚歌?」
「状況説明は、どうでもいいから、何とかしなさいよ!」
私は更にイライラしながら怒鳴った。
「到底・・・ムリ?」
「あんたがあきらめるなぁっ!」
私は頭に来て力一杯叫んだ。
『桜井さん、秋月涼さんとのご関係は?』
「ちょ、ちょっと・・・。」
私は前後から迫ってくる、報道陣にたじろいでいた。
「絶体・・・絶命?」
「いちいちいわないでぇ!」
私は半泣きで叫んでいた。
「あんたたち、待ちなさいっ!うちの系列所属アイドルになにしてくれてる訳?覚悟は出来てるでしょうね?」
『え?』
急にした声に、抱き合って震えていた私と水谷絵理は驚いていた。
後ろ側の報道陣の人波が割れて、歩いてくる女性が一人・・・。
「か、葛西さんっ!?」
私は呆気に取られていた。
「はい、葛西ですよ。じゃあ、車待たせてあるから行こうかね夢子。」
「は、はい・・・。」
あっけらかんと言ってくる葛西さんに私は思わず返事してしまっていた。
「あの・・・私も・・・一緒に?」
「一緒になんだい?」
あたしは意図は分かっていたけど、わざと水谷絵理に聞いた。
「助けて・・・欲しい?」
「欲しいのか欲しくないのかはっきり言いなっ!それが言えないなら、この連中の中にほっぽっていくよ。」
中途半端な物言いに、あたしは強めに言った。
「すみません・・・。助けて下さい・・・。」
「よしよし、ちゃんと言えるじゃないか。」
ビクビクして、小声になりながらもちゃんと言えたので頭を撫でながら、言っていた。
私は、水谷絵理が完全に手玉に取られているのを見て、改めて葛西さんがタダモノじゃないと認識していた。
「さ〜て、そういう訳だからあんたたちは道を開けなっ!開けなかったらどうなるかくらいは分かってるよね?報道陣のみ・な・さ・ま?」
私と水谷絵理には葛西さんの背中しか見えていなかったけど、なにかのオーラ見たいのが出ている感じがして、私は思わず顔が引きつっていた。水谷絵理はなぜか私の腕にしがみついて震えてる。
まあ、その気持ちわからないでもないわ。
新たに開いた道から、私と水谷絵理は葛西さんに導かれて無事に局の出口付近までやって来た。
「絵理おそかっ・・・かっ、葛西さんっ!?」
出口で心配そうにしていたけど、葛西さんを見て驚いているのは絵理のプロデューサーの尾崎玲子だった。
「久しぶりだね、玲子。この子はもうちょっとだけ臨機応変になれるようにしてやりな。」
「は、はい。す、すいません・・・。」
うわ〜、あの強気な尾崎玲子も葛西さんの前だと、借りてきた猫みたい。
私はペコペコしている尾崎玲子を見て、なんとも言えない顔になっていた。
「まあ、でも、基本的には素直でいい子だからね。大切にしなよ。ほら、夢子のことで報道陣からツッコまれる前に玲子と一緒に早く行った方が良いよ。」
あたしは水谷絵理の頭を撫でてから、玲子の方へ軽く押してあげた。
「尾崎さん・・・知り合い?」
「まあ、ちょっとね。今度話すから、好意に甘えて行きましょう。葛西さん、またいずれ。」
「はいはい、じゃ、あたしらも行こうかね夢子。事務所でいいかい?」
「はい・・・お願いします。」
ボーッとやり取りを見ていたところに声が掛かったので、私は葛西さんに返事をして着いていった。
それから、また少し時間が経って、今度は涼の番が来た。
今日は一年越しの『アイドルアルティメイト』決勝の最終ラウンド。
6ユニットに絞られて、涼はその中にいた。
私は今日の優勝者のプレゼンターという役目があったけど、顔を出そうと思って涼の控え室に来ていた。
コンコン・・・
「うん?返事が無い?」
さっき廊下で会った石川社長に聞いたら、まだ居るって聞いたんだけど?
私は返答がないのに首をかしげていた。
コンコン・・・
「?」
もう一度ノックしたけど返事が無い。しょうがない・・・
ドンドンドンッ
「これでどうっ!」
私はかなり強めにドアを叩いた。これなら寝てたとしても驚いて出てくるでしょ。
シーン・・・
「あ、あれっ?」
全く反応がなくて、私はその場で目をぱちくりしてしまっていた。
もしかして・・・。これで居なかったりしたら、私バカみたいじゃない・・・。
後ろを通り過ぎる人の目が気になった私は、とりあえず、ドアの取っ手に触れてみた。
そしたら簡単にドアが奥へとスライドしていく。
「あれ?開いてる?」
私は静かにドアを開けて中の様子を伺った。
「他の4人もだけど、僕は千早さんに勝てるんだろうか・・・。う〜ん・・・う〜ん・・・。」
涼はうつむいたまま、唸っているのが見えた。やっぱり如月千早っていう壁に悩んでいたのね。
「涼、なに冴えない顔してるの?」
私は分からないでもなかったけど、このままじゃダメだと思って、いつも通り涼に声をかけた。
「え?夢子ちゃんっ!」
気がついた涼に私は軽く手を上げながら微笑んだ。
「いつの間に!?」
「いつの間にって、何回ノックしても出てこないから入らせてもらったのよ。」
ほんとに気がつかないくらい真剣に悩んでたんだ・・・。
私はちょっと涼が気の毒になっていた。
「そっか。ごめん・・・。」
「あなたらしく無いじゃないの。最初に千早先輩と戦った時、同じような顔してた。それと、男の子になる前の袋小路の時も似たような顔してた。」
苦笑いしながら謝る涼に、いつもの覇気が全くなかった。だから、私は元気付けるために話し始めた。
「確かに・・・そうかも・・・。」
「でも、あなたは諦めなかった。千早先輩との時は、武田さんから歌を貰って、あのランクなのにギリギリまで肉薄した。男の子になる前もそれで光明を見い出した。今、全てが手元にあって、全力を出せるのに、なにに臆するの?」
今の涼に欠けてるものなんて、気持ち以外に何もない。それが分かって欲しいから涼に改めて言ってから問うた。
「そ、それは・・・。」
「私に夢をもう一度見させてくれて、その夢をかなえさせてくれたのは涼、あなたよ。そして、私の夢がかなった時、涼は傍にいてくれた。だから、私も涼が夢をかなえる瞬間に立ち会うためにここに来たの!」
私はオロオロする涼に少しイライラして、キッパリと言った。
「そういえば、夢子ちゃん仕事は?」
「そんなの全部都合つけて来たに決まってるでしょ!私は内緒とか、そういうの今はムリなの。それとも、ここまでして来た私をガッカリさせる気?冗談じゃないわ!」
ここに来て、自分じゃなくて私のことを聞いてくる涼にピシャッと言ってから、私は怒鳴った。
「あっ、あっ、あの・・・。」
「ちゃんと勝って、去年の『アイドルアルティメイト』の時に約束したこと守ってよね。前回みたいに、ファミレスで残念会なんてイヤだから!ちゃんとお祝いさせなさいよね!」
椅子に座ったままたじろいでる涼に、私は迫って見下ろしながら去年の酷い状況を思い出して、更にイライラしちゃって噛み付くように言った。
「うっ、うん・・・。」
「あなたの夢、ちゃんとかなえなさいよ、ね?」
まったく、こういう押されちゃうところは変わらないんだから。仕方ないわね、ほんと。
少しおかしくなって、私は笑いながら涼に自分から唇を重ねた。
「え・・・んぅ!?夢子・・・ちゃん・・・。」
「ここから先は・・・お祝いなんだから・・・。待ってるから・・・。」
涼に見つめられて、急に恥ずかしくなった私はそれだけ途切れ途切れに言って、控え室からそそくさと出ていった。
これで・・・度胸ついた・・・はずよね?
私は控え室を出て、ドキドキしてる胸と、熱くなってる唇を押さえながらドアに寄りかかっていた。
「夢子さん?」
「夢子さん・・・唇熱い?」
「日高愛?水谷絵理?」
突然2人から声をかけられて、慌てて唇を押さえていた人差し指を隠すように後ろに回した。
「涼さんいますかっ?」
「え、ええ、いるわよ。そろそろ出番なの?」
日高愛は全く分からない感じで聞いてきたから、私は答えながら聞き返した。
「はい・・・。それと・・・応援?」
日高愛の代わりに水谷絵理が答えてくる。
「そっ、そう。じゃあ、私、仕事があるから、これでね。」
意味ありげに少し笑っている水谷絵理には誤魔化すように言って2人と別れた。
私はプレゼンターとして控え室で待っていたけど、落ち着かなくてソワソワしていた。
そして、我慢出来なくなって舞台の裏で待機させて貰う事にしてそれぞれの歌を聞いていた。
5組終わって、残りは涼だけ。今まで聞いた中だと、予想通りの千早先輩と、以外だったのが多分僅差で源美代。美代がこんな実力あるアイドルだなんて、私は予想外で驚いていた。
少なくともこの2人を抑えられなければ、涼の優勝はない。
そうしたら、私は涼に舞台の上で会えない・・・。
そんなのはイヤ。ううん、涼なら大丈夫!
『エントリーナンバー6番、秋月涼さんお願いします。』
「はいっ!」
呼ばれて返事をした声は、とってもハキハキしていた。これなら大丈夫だって改めて思いながらも、私は目を閉じて手を合わせて祈っていた。
涼の歌う『Dazzling World』は今まででも最高の出来だったって私は思った。これは、間違いなく2人を越えた!
会場の割れんばかりの拍手が聞こえて、私は確信して一緒に拍手していた。
少しして、いよいよ結果発表になった。
『第三位は、961プロダクション所属。ニュープロジェクトフェアリーの源美代さんです。壇上へどうぞ。』
僅差で3位だったのね。
発表を聞いてから、次は千早先輩だと思っていたけど、違ったらどうしようって、ヘンに不安になってソワソワしてしまっていた。
「桜井さん大丈夫ですか?」
「えっ?ええ。だ、大丈夫よ。」
プレゼンターの準備をしているスタッフから声をかけられて、私は慌てて冷静を装って答えた。
『続きまして、第二位は、765プロダクション所属。如月千早さんです。壇上へどうぞ。』
ホッ・・・良かった。私の耳に間違いはなかったわね。
私は胸を撫で下ろしていた。だけど、もし、国内全盛時の『蒼い鳥』『目が逢う瞬間』『arcadia』とかだったら負けていたかもと思った。
『それでは、いよいよ優勝者の発表です。第96回『アイドルアルティメイト』優勝者は!』
確信していた私は、最終的な準備で、優勝者の盾を持って発表を待った。
『876プロダクション所属、秋月涼さんです!おめでとうございます!壇上へどうぞ!』
大きな拍手が巻き起こる中・・・
「おめでとう・・・涼・・・。」
私はその場で目を閉じて静かに呟いた。
『おめでとうございます。それでは、まず賞状の授与からです・・・。』
「桜井さん、そろそろ出番です。」
「はいっ。」
スタッフから声をかけられて、私はにっこり笑って返事をした。
『続きまして、盾と、記念品の授与です。特別プレゼンターの桜井夢子さんからの贈呈です。』
「お願いします。」
呼び出しと、スタッフからの言葉にしっかり頷いてから、私はステージへ出て行った。
「優勝、おめでとうございます。」
呆気に取られて固まってる涼に、少し笑いそうになったけど、その手を取って私は優勝者の盾と、記念品をそっと持たせた。
「なんで・・・ここに?」
「待ってるって、言ったでしょ?都合もつけたって。あなた以外が来たら、あとで、ひっぱたいてやろうかと思ったんだから。フフッ。」
不思議な顔をして聞いてくる涼に、私は照れくさかったけど、微笑みながら言った。
「くぅ・・・もう・・・。ありがとうございますっ!」
少し潤んだ瞳で笑顔になって言う涼を見て、私は更に嬉しくなって目を細めた。
『インタビューは後程にして、早速歌って頂きましょう。秋月涼で『Dazzling World』!』
司会者が離れるのと一緒に、軽く涼に手を振りながら、私も離れて舞台裏に戻って行った。
「涼・・・本当に・・・良かった。本当に・・・心から・・・おめでとう・・・。」
『Dazzling World』を聞きながら、私は目を閉じて呟いた。
そして、私はその日の夜、直談判をしに奥野重工の本社に来ていた。
「う〜ん、貸し切りねえ。まあ、夢子は稼ぎ頭の1人だし、お金的には問題ないかもしれないけどねえ。」
あたしは、アポなしで突然やってきて東京ネズミーランドを1日貸し切ってくれと息巻いている夢子に少し苦笑いしながら言った。
「何が問題なんですか?私に出来る事なら何でもしますから、お願いしますっ!」
私は必死になって、葛西さんに言いながら頭を下げた。
「まあ、とりあえず会議室いきましょ。会議室どこ開いてる?」
「第6が空いてます。」
「じゃあ、0時までとっといて。」
「はいっ!」
「もしもし、企画の葛西だけど第6会議室のカギこれから取りに行くんで宜しく。ほいっと、さ、いきましょ。」
あたしは、いつも通りぱっぱと決めて連絡してから、夢子を促した。
「はい。」
私は手際の良さに驚きつつ、言われるままに葛西さんに着いて行った。
「んでさ、貸し切ってどうしようってのよ?」
あたしは第6会議室に入って、コーヒーを夢子と自分の前に置きながら聞いた。
「あれっ?理由話していませんでしたっけ?」
私は目をぱちくりしながら聞いた。
「聞いてないよ。貸し切ってくれの一点張りしか聞いてない。」
「す、すみません。興奮してて・・・。」
恥ずかしくなって、思わず私は小声になってモジモジしてしまった。
「まあ、そういう時もあるよ。それで、理由は?」
「涼に周りを気にせず楽しんで欲しくて・・・。」
私はちょっとモジモジしてチラチラと葛西さんを上目遣いで見ながら言った。
「秋月涼1人でかい?」
「まあ、出来れば私も一緒が希望なんですけど、基本的には涼優先で・・・。」
「ふ〜ん。自分しか考えてなかったあんたが、そこまでいうならこの壮大なデート計画乗ってやろうじゃない!」
あたしは、満更ウソでも無さそうなのと、夢子の心意気に打たれて言った。
「ほんとうですかっ!?」
私は嬉しさと驚きで聞いていた。
「少し時間かかるだろうけど、どうする?帰るかい?」
「いえ、決まるまでご一緒します。私には何も手伝えないかもしれませんけれど。」
せめて自分にできることをと思って答えた。
「よ〜し、じゃあ、食事も確保しないとだから・・・。夢子、夕飯は食べた?」
「いえ、まだですけど?」
「もしもし、第6の葛西だけど。あたしが電話使える状態で食べれるものと、桜井さんの夕飯に何かとって持って来て。支払いはあたしの自腹で出すから代わりに出しといて、よろしくっ!」
「さってと・・・。」
サッ、シュッ、ピッ、ピッ、ピッ
あたしは名刺を取り出して、いつもみたいに広げてから3枚取って電話をかけた。
私は見事な動きを、座ってコーヒーを飲みながら見ていた。
「はぁっ!?なんで、そんなことが条件になるんだよっ!」
出前で取って貰ったディナーセットを食べてる途中で、突然大きな声がしてビックリした私は、箸が止まって葛西さんを見ていた。
「夢子、条件を飲む代わりにあんたのコンサート一回分よこせって言ってるけどどうする?」
「私は構わないですよ。」
「構わないって言ってるけど?ん?本人居るけど?ったく・・・。夢子、電話に出てくれる?本人の口から聞きたいんだとさ。」
「はい。もしもし、お電話変わりました、桜井夢子です。」
相手が誰だか分からないので、私は受話器を受け取ってから丁寧に自己紹介をした。
『初めまして、私ネズミーランドを管理している会社のものですが、葛西様が明後日をご所望だったので、それなりの代償を頂きたく思いまして、桜井様のコンサートをネズミーシーにて一度無料でやって頂きたいのですが如何でしょう?』
えっ!?あさって!?!?
私は代償というのは良いとしても、そんな近々を指定していたなんて知らなくて驚いてしまっていた。
『桜井様?如何でしょうか???』
「あっ、すみません。ノーギャラの件は構いませんが、日時の調整はさせて頂けますか?」
相手の声で我に返った私は慌てて答えながら聞いた。
『はい、構いません。ありがとうございます。それでは、葛西様に代わって頂けますか?』
「葛西さん、代わって欲しいそうです。」
「相手はなんだって?」
「構わないそうです。」
「オッケー。」
あたしはウインクしながら受話器を受け取った。
「お電話代わりました葛西です。はい、そういう事でお願いします。それでは、失礼します。」
「葛西さん、あの、明後日って、随分急じゃないですか?」
私は電話を切った時を見計らって、葛西さんに聞いた。
「まあ、そうなんだけどさ。よく考えてご覧よ。秋月涼が先々まともに1日スケジュール抑えられる日なんてどれだけ先になると思う?」
「あっ!」
葛西さんに言われて、私は納得した。
「石川さんに聞いて、とりあえず、3日は休み確定みたいなんだけど、そこから先はビッシリらしいからさ。後一件で終わりだから、説明はこれで良い?」
「はいっ、お願いします。」
私は言ってから、大人しくディナーを食べ始めた。
「ちょ、ちょっと待った。何でそこで狭山さんが出てくるの?へっ?あたしがっ!?う〜・・・。分かった。とりあえず、聞いてみる・・・。」
「?」
結構長電話で、ディナーが食べ終わる頃話がまとまった感じだったんだけど、葛西さんの様子が変?なんか葛西さんが赤くなって困ってる?
初めて見る葛西さんの表情に私は驚いていた。
「はぁ〜。なんだかな〜。」
あたしは溜め息をついて、残っていたサンドイッチを頬張った。最後の条件が、あたしと狭山さんが行くこと。
狭山さんって言うのは、あたしがお世話になってる人でプライベートでも親しくさせてもらっている。あたしの頭が上がらない唯一と言っていい人・・・。
明後日とかこんな時間にいきなり電話かけるの失礼だよね・・・。
時計を見てから、携帯で番号は出すものの、かけにくくて思わず止まってしまっていた。
私は葛西さんが随分困っている感じだったので、携帯を見ながら会議室の中にあった電話でかけてみた。
『はい、狭山ですが。』
「初めまして、私、桜井夢子と申しますが・・・。」
そこまで言って気がついた、どんな用件伝えればいいんだっけ!?私は言葉が続かずにワタワタしてしまっていた。
『はい?お茶のご注文ですか?それでしたら、お店の方にお掛け頂ければと思うのですが。それと、この番号をどこでお聞きになったんですか?』
「え、あの、その、葛西さんに・・・。」
私は苦し紛れに葛西さんの名前を出した。
『葛西さんですか?あの、失礼ですが葛西さんとはどのようなご関係ですか?』
「えっ?え〜っと・・・。」
いきなりの狭山さんという人のツッコミを受けて、私は言いよどんでしまった。
『貴方が、奥野重工株式会社の傘下奥野プロダクション所属のアイドルだという事は分かります。でも、それだけで葛西さんがこの番号を教えるとは思えません。改めて聞きます。この番号をどうやって知ったんですか?』
「ぁ・・・ぅ・・・。」
ゾクゾクッ
私はこの狭山さんの迫力に気圧されて、カタカタ震えて何も言えなかった。
そう、この人は葛西さんの知り合いで、葛西さんが困るような相手なんだ・・・。
答えが出て、私は顔から血の気が引いて、背筋が寒くなった。
「ん?どうしたんだい?」
あたしは近くで受話器を持ったまま震えてる夢子を見て聞いた。
でも、聞こえてないみたいで反応がない。おかしいと思った私は、スピーカーモードに切り換えた。
『桜井さん?葛西さんがいるなら代わって下さい。』
「へっ!?狭山さんっ!?」
あたしはワタワタして夢子から受話器をひったくって、電話に出た。
「お電話代わりました。葛西です。」
『お久しぶりですね。葛西さん、なぜ桜井さんがこの番号を?』
「ちょっと待って下さいね。夢子、どうしてここにかけれたの?」
狭山さんに聞かれてあたしは分からなかったので夢子に聞いた。
私は言葉が出なくて、指で葛西さんの携帯を差した。
「あ〜、そういうことね。ふぅ、狭山さんお待たせしました。」
私はスピーカーモードを解除しながら話し始めた。
狭山さんとの会話は、夢子にあんまり聞かせたくない。心臓に悪いだろうから・・・。
「どうやら、私が携帯電話でかけるのをためらっているのを見て、代わりにかけてくれたみたいで。この子は悪い子じゃありませんので、ご気分を害したのなら謝ります。」
『なるほど。謝る前に聞きたいのですが、なにをためらわれていたのですか?』
うっ、痛いところを見逃してくれないな、やっぱり。
あたしは内心で苦笑いしていた。
「実はですね、明後日ネズミーランドに私と狭山さんがご一緒することが条件で出されていることがありまして、今から明後日というのは失礼だと思ってためらっていたんです。」
『確かに失礼ですね。明後日のアポで、しかもこんな時間になんて・・・。』
「うっ・・・。す、すいません・・・。」
狭山さん怒ってる・・・。まず〜い、まっず〜いっ!
あたしは謝りながら、冷や汗を垂らしていた。
葛西さんが平謝りの上に冷や汗垂らす、狭山さんって一体何者なの!?
私は葛西さんの反応を見て、驚きまくっていた。
『でも、葛西さんなら許しましょう。かなりの訳アリなんですよね?』
「はい・・・。」
『その訳、明後日に話してくれますか?』
「はい・・・。」
今の私に「いいえ」なんて言える度胸も立場もない・・・。
あたしはYESマンになっていた。
『明後日、何時にどこへ行けばいいですか?』
「そうしたら、私が朝車で迎えに行かせて頂きます。細かい時間は明日にメールでお送りすれば宜しいですか?」
ころっといつもの狭山さんに変わってくれたので、ホッとしつつ私は提案した。
『分かりました。代わるのもなんなんで、スピーカーモードにして頂けますか。』
「はい。」
あたしは、またスピーカーモードにして受話器を置いた。そして、落ち着くためにコーヒーを飲み始めた。
『桜井さん、先程は驚かせてすいませんでしたね。』
「い、いえっ、私こそ不用意に申し訳ありませんでした。」
私はさっきまでとは別人みたいに優しい声に対して謝っていた。
『私が一方的に葛西さんに想いを寄せているものでね。心配になってしまったんですよ。』
「ブッ!?ゲホッ・・・ケホッ。」
あたしは狭山さんの言葉に飲んでいたコーヒーを吹き出したあと、器官にも入ってしまっ
て、せき込んで涙目になっていた。
「そ、そうですかぁ。」
あっけらかんと言う狭山さんと、葛西さんの反応を見て、ちょっと目をぱちくりしながら私は答えていた。
『また、明後日にネズミーランドでお会いしましょう。秋月涼さんもね。』
「えっ!?」
な、なんで、涼のことしってるの!?いや、その前になんで私が行くことをそもそも知ってるの!?
私は驚いて言葉が出てなかった。
『では、葛西さん。明日ご連絡をお待ちしております。それでは、お2人とも失礼致します。』
カチャッ・・・ツーツー
「まったく、狭山さんは・・・。」
あたしはスピーカーを切ってげんなりしていた。
「あの、狭山さんってどういう方なんですか?」
私は思わず聞いていた。
「う〜ん、色々スゴイ人、かなあ。」
あたしはフクザツな顔をしながら夢子に答えていた。
「スゴイ人、確かに・・・。」
私は納得してしまっていた。
「最後にスピーカーにして、何を言うのかと思えば・・・。まあ、あれで、怒りを納めてくれたのなら安いもんかな。」
あたしはちょっと恥ずかしいのも合ったけど、あのくらいで済んでよかったって心底思ってホッとしていた。
葛西さん照れてる・・・。可愛いかも・・・。
私はなぜかそう思ってしまった。
「あの、葛西さん。」
「ん?なに?」
「可愛いですよ。狭山さんのこと好きなんですか?」
私は失礼だと思ったけど、好奇心が出てきて聞いていた。
「まあ、ね。あたしなんかのどこが良いかわからないけどね。そこもある意味スゴイとこだよ。明後日に狭山さんを見れば、あたしの言ってる意味が分かると思うよ。」
あたしは短く答えてから、苦笑いしながら言っていた。
「フフッ、ちょっと怖いですけど、楽しみにしています。」
私はにっこり笑いながら葛西さんに言った。
それからは、葛西さんの仕事の見事さを見る事になった。
最終的に明後日で話を決めて、会議室を借りられるタイムリミットの0時前に会議室を後にしていた。
「すごいですね。」
「ん?なにが?」
あたしは何を感心してるのか分からなくて、夢子に聞いた。
「いえ、最初に予約した時に0時までって言って、ちゃんと決着して時間以内に出れたんで。」
「ああ、そういうことね。これでも、結構きっちりしてるのよ。伊達に部長じゃないってとこかしらね。」
にこっと笑いながら言う葛西さんが、とってもカッコいいって思った。
「フフッ、狭山さんが葛西さんを好きになった理由分かる気がします。」
「そ、そうかい?じゃあ、あんたも変わってるってことだね〜。」
意味ありげに笑いながら言う夢子に、あたしも少し笑いながら言っていた。
それから、2日後。
私と葛西さんと、そして狭山さんがネズミーランドの入り口付近にいた。
「初めまして、狭山です。」
「初めまして。桜井夢子です。」
狭山さんは聞いた年齢には見えないくらい若いし、カッコイイしニコニコしてて優しい感じ。だけど、昨日のこともあったし、タダモノじゃないのが雰囲気でなんとなく分かる。
「じゃあ、狭山さん。向こうで待っている人がいるので行きましょう。」
あたしは、挨拶が終わったのを見て狭山さんを促した。
「あの、葛西さん、ちょっとだけ狭山さんと話させて貰えませんか?」
「ん?別にいいよ。」
時計を見て、まだ時間に余裕があったから、あたしは許可を出した。
「あの、狭山さん。葛西さんが好きになった理由、何となく分かりました。可愛くて、カッコいいですものね。」
「桜井さんはなかなか見所がある。それだけじゃないですけれどね。」
「ええっ!そうですか?確かに、私が見ているのなんてほんの一部ですものね。」
「葛西さんの寝顔は可愛くて素敵ですよ。」
「あっ!私、見てみたいです!」
ニコニコしながら言う狭山さんの言葉を聞いて、私は思わず興奮しながら言っていた。
「あの〜、本人がいる前でそういう話はやめて貰えるとありがたいんだけど〜?」
盛り上がってる狭山さんと夢子を見て、あたしはジト目になって言った。
「ああっ!す、すいませんっ。」
「何を言っているんですか、いるからこそ言うんですよ。それに、桜井さんは積極的に葛西さんの魅力を知ろうとしているんですから。」
私は慌てて謝ったけど、狭山さんは当たり前のように言う。確かにスゴイ人だと思った。
「はいはい、分かりましたよ。ほら、夢子。秋月涼が来たから行きな。あたしと狭山さんはそろそろ行かないとまずいから。」
秋月涼を確認したあたしは、あきれながら狭山さんに言った後、夢子と狭山さんをそれぞれ促した。
「なかなかの好青年みたいですね。話せないのはちょっと惜しいですが、機会があれば話して見たいですね。それでは、桜井さん、また葛西さんのことで語り合いましょう。」
「フフッ、はい、ぜひ。それでは失礼します。」
私は狭山さんに渡ってから返事をして、葛西さんの方にも一礼してから涼の居る方へ走って言った。
「狭山さん、おいたもほどほどに、ね?」
「いひゃひゃ・・・はひぃ。」
あたしは夢子と秋月涼に背を向けて離れる形で歩き出して、ジト目で言いながら狭山さんの頬をつねっていた。
「りょ〜おっ!」
私は涼がキョロキョロした後、腕を組んで考え込んでいる後ろから抱きついた。
「うっ、うわっ!?」
驚いている涼を更に強くギュッと抱きしめた。
「ゆ、夢子ちゃん?」
「フフッ、あ・た・り♪」
首だけ向けて聞いてくる涼に、私は笑いながら答えた。
「夢子ちゃん、こんなところ誰かに見られでもしたらマズイよ。」
「今日は関係者以外の入場はなし。関係者も世界中の一部の関係者だけで、私たちにはノータッチの約束なの。」
慌ててる涼を安心させるために、私は説明した。
「えっ?それってどういう?」
「だ〜か〜ら〜。言ったでしょ?プレゼントするって。今日はここ、貸し切りと思って良いのよ。」
私は抱きつくのをやめて、涼の正面に立ちながらキッパリと言った。
「ええええ〜〜〜っっっ!?」
「お金のこととか、手続きのコトは細かく聞かないでね。ちゃんとスポンサーがいるから心配しなくて良いの。楽しみましょ、ね?」
「うっ、うん。」
驚いてる涼に、私は意味ありげに言ったけど、心配させない部分だけはちゃんと言って、涼の納得の返事を聞いてからウインクした。
「僕が連れて来ること出来なかったけど、その代わり、今日は目一杯楽しもうね。」
「フフッ、期待してるわ。」
涼が笑顔になってしっかり言ってくれたので、私も笑顔になった。
そして、涼に手を引いてもらう形で、近くのアトラクションへ走っていった。
片っ端からアトラクションを楽しんでいたら、あっという間に暗くなっちゃっていた。
楽しい時間もあっという間だったな。
どうしようか迷っていたところに、ひとつのアトラクションが目に入った。
「ねえ、涼。私行きたいアトラクションがあるんだけど、いい?」
「うん、いいよ?」
フフッ、お化け屋敷で思いっきり、涼に抱きついちゃうんだから。
って期待して行ったんだけど・・・
「ぎゃおおおん!なんでぇ!?」
「ちょっと!なんで涼が私の後ろに隠れるのよ!普通、あなたが前で私が後ろでしょ!」
私の後ろに震えながら隠れて、悲鳴を上げる涼に私はガックリしつつも怒って言っていた。
「しょんなぁ〜。夢子ちゃんは僕が怖いの苦手だって知ってるでしょ〜。」
「せっかく男の子になって、さっきまではカッコよくなったと思ったのに・・・。」
半泣きになっている涼を見て、私は情けなくなって思わず本音が出てしまっていた。
「えっ?今なんて?」
「なんでもないわ!昔ならともかく、今は涼が前!」
私は誤魔化すように言って、隠れている涼を前に出した。
「うぅ、他ならいいけど、ここは夢子ちゃんが前でお願いしますぅ。」
「いきなりこんな所で、女の子みたいにならないでよっ!涼が前ったら前なの!」
情けない感じでまた私の後ろに隠れる涼を、また前に押し出した。
「やだぁ!夢子ちゃんが前ったら前〜。」
「ぜ〜ったいに、涼!涼!涼!」
私は意地になって、涼を前に押し出す。
「ムリだからぁ〜。夢子ちゃん、夢子ちゃん、夢子ちゃん〜。」
隠れようとする涼と前に出そうとする私の間でしばらくもみ合いになっていた。「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
たけど、バカらしくなって後ろに隠れている涼をジト目で見ていた。涼の方は気まずそうに私を上目遣いで見てる・・・。
なに、この状況はっ!
イライラした私は、内心で文句を言っていた。
「私が前ね。分かった。」
私が前・・・ということは・・・。
そこで、ピンと来て私は笑顔になりながら涼に行った。
「う、うん?」
「さ〜て、さっさとこんな所でましょ!」
そう、怖がって一緒にいて前に出ない気ならそれでもいい。だけど、置いていくんだからっ!
キョトンとしている涼に言って、私はスタスタ歩き始めた。
「えええっ!?ゆ、夢子ちゃん、待ってよぉ!?置いてかないでぇ〜!」
涼の声はしたけど、頭に来た私は無視して出口まで一直線にそのまま早足で進んでいった。
しばらくしてから、へっぴり腰で出てくる涼を、私はジト目で、腕を組みながら待っていた。
「置いてくなんてヒドイよぉ。」
「フンッ、涼が前に出ろって言ったんでしょ!人のせいにしないでよね!」
泣きながらいう涼だったけど、私は頭に来ていたので、強く言った。
「ううぅ、ごめんなしゃい〜。」
「人の気分を害したおわびに、最後は涼が私をどこかのアトラクションに連れて行きなさい。」
素直に謝ったので、それ以上は怒らずに気分転換を迫った。
「うん、分かった。よしっ、気分も落ち着いたし。行こう夢子ちゃん。」
「まったく・・・さっきまでとは別人になっちゃって。はい、今度はちゃんと頼むわよ?」
ガラッと変わったのを見て、ちょっとあきれたけど、差し出された手に、私の手を乗せた。
涼がギュッと握ってきたので、私は答えるようにしっかり握り返した。
そして、そのまま涼の連れて行ってくれるアトラクションへと移動した。
来たのはありきたりの観覧車だった。
「ふ〜ん、なかなか夜景、綺麗なものね。観覧車なんてありきたりだと思ったけど、これなら、さっきの分チャラにしてあげるわ。」
だけど、景色とか雰囲気は悪くないので微笑みながら言った。
「どうしたの涼?外、綺麗よ?」
なんか涼の視線を感じたので、見てみたら涼が私をジッと見ているので外の夜景を勧めた。
「あっ、うん。そうなんだけど・・・その、夢子ちゃんの方が綺麗だからずっと見ちゃってたんだ。」
「なっ、なに言ってるのよ。わ、私の顔なんて後でも見れるんだし、せ、せっかくなんだから景色楽しみなさいよ。」
ストレートに言われて、恥ずかしくなった私はワタワタしながら言って、誤魔化すようにまた窓の外の夜景を見た。
「ありがとう。嬉しい・・・。」
視線を感じなくなってから、ちらっと横目で寮を見ながら、私は呟いた。
「えっ?」
「なんでもないっ!」
こっちを見ながら聞かれて、私は恥ずかしくなって誤魔化した。
「そっ、そう???」
まったく・・・もう・・・しょうがないんだから。
不思議がってる涼を見て、私は心の中で文句を言いながらも、少し微笑んでいた。
「どうだった?私のプレゼントは?」
観覧車から降りて少ししてから、すまして聞いていたけど、なんて言ってくれるのかドキドキしていた。
「うん、すごく楽しかったし、人目を気にしないで、夢子ちゃんと一緒に来れて本当に良かった。」
「そっ、そう。そこまで喜んで貰えたんだったら、頑張った甲斐があったわ。」
素直に喜んでくれたから、私も嬉しかった。ちょっと素直に言えないのは許してね、涼。
「うん。夢子ちゃん。本当にありがとう。」
「フフッ、お互いに夢をかなえられた訳だし、このくらいのスケールのプレゼントあってもいいと思うのよね。」
「えへへ、そうだね。」
言っているうちに、私と涼は、その場で少し笑いあった。
♪〜♪〜
「あれ?電源切っておいたはずなんだけど?」
「メール?」
短い着信音だったから、私はそう思って聞いてみた。
「うん。ごめん、ちょっと見てもいい?」
「どうぞ。」
ちょっと無粋だけど、喜んでもらえたのもあるし、今回は許してあげる。
私は言った後、周りの景色を見る事にした。
「メールは律子姉ちゃんからだった。なんか、プレゼントがあるからホテルに夢子ちゃんと一緒に行けっていうんだけど、どうする?」
「まあ、とりあえず行ってみてもいいんじゃないかしら?後は帰るだけだったし、レストランの夕飯とかだったら、ちょうど良いし。」
涼から説明されて、私なりの意見を言ってみた。
「うん、そうだね。じゃあ、言ってみよう。」
涼の言葉に頷いて、一緒にホテルへと向かった。
なんか、えらくぎこちないけど、大丈夫かしら?
ホテルのフロントでワタワタしている涼を見て、私は心配になって様子を見ていた。
少しして、涼がこっちを向いて大きく頷いたので私は大丈夫なんだと思ってホッとしていた。
やりとりが終わって、歩いてくる涼を待っていた。
「どうだったの?」
「うん、レストランのディナーと、ツインで二部屋とってあるんだって。」
ツインで二部屋とか、あからさまに片方がダミーでお泊まりしろってことよね・・・。
流石は策士秋月律子だわ。
私は思わず内心で感心しつつも苦笑いしていた。
「どうしよっか?先に部屋にいってからディナーにする?それとも先にディナーにする?」
えっ?もしかして涼、部屋のこと気づいてないのかしら?まあ、どう考えてもディナーが先でしょ。
「ディナーを先にしましょ。」
私は内心の思いを隠しながら、しれっと言った。
「うん、じゃあ、レストランは2階だから行こっ。」
「うん。」
涼と一緒に手を繋いで、レストランへと向かった。
『お互いの夢がかなったのを祝して、乾杯♪』
チンッ
ノンアルコールのシャンパンで涼と乾杯した。
「フフッ、なんだか夢みたいね。」
「えへへ、僕もなんか、ちょっと実感がないかも。」
私の言葉に涼も笑顔になって、笑い合った。
「それにしても、律子先輩やってくれたわよね。」
「えっ?やってくれたって、このディナーの事?」
「はあ?涼、もしかして、あなた分かってないの?」
キョトンとして聞いてくる涼に、私は眉をひそめながら聞いた。
「分かってないって、なにが???」
「ふぅ、本当に分かってないみたいね。まあ、良いわ。食べましょ。」
やっぱり分かってないみたいだったので、私は溜め息をつきながら言った。
「う、うん?じゃあ、頂きます。」
「頂きます。」
涼に続いて、私も言ってから料理を食べ始めた。
うん、レベル高い!美味しかったのと、今日ははしゃぎまくったのでどんどん食べれちゃう。
「涼?なにソワソワしてるの?」
食べていたら、涼が食べずにソワソワしているのを見て、不思議に思った私は聞いてみた。
「えっ?いやっ、あのっ、そのぉ・・・。」
「その様子だと、分かったみたいね。それで、どうしてくれるの涼は?」
赤くなりながらワタワタして言いよどんでいる涼を見て、察した私は茶化さずに真剣な表情になって聞いた。
「えっ?どうって・・・。」
「まさか、私に言わせる気じゃないでしょうね?」
流石に私はジト目になりながら聞いた。
「い、いや、べ、別にそうじゃないっていうか、その、いいの・・・かなあって・・・。」
「良いに決まってるじゃない・・・。私のことキライ?」
照れながら、遠慮気味に聞いてくるのに私はちょっと切なくなってちょっと怒って言ってから、恥ずかしかったけど上目遣いになって涼に聞いた。
ブンブンと何回も大きく首を横に降った涼を見て、安心したけど、急に恥ずかしさがこみ上げてきてそこから先は言葉を発せなかった。
その後デザートが運ばれて来て、お互いにちびちび食べながら、ちらちら見合って目が合っては恥ずかしくてギクシャクしてた。
食べ終わってから、無言だったけど、しっかり手を繋いで505号室に来て僕がカードキーで開けて、2人で入っていった。
「あの、夢子ちゃん。ほんとに・・・。」
「バカ、それ以上聞かないで・・・。」
私は恥ずかしいのを押し殺して、小さな声で呟くように言った。
「ごめん・・・。」
「謝るのもダメ・・・。謝るくらいなら、態度で示してよ、ね?」
私はまともに涼の顔を見れなかったけど、涼を目だけでなんとか見ながら言った。
「夢子ちゃん。好きだよ。」
「うん、私も・・・。」
涼に両肩を持たれたまま、真剣な眼差して言われて、私は静かに答えた後、目を閉じた。
『んっ・・・。』
優しく涼からキスされた・・・。
「忙しくて、キス以上何もできなくて、切なくて・・・。ずっと、ずっと、こうなるの待ってた・・・。」
私はいままでの気持ちが溢れてきて、止められなくて、つらつらと言っていた。
「夢子ちゃん・・・。」
「涼は人気が出て、たくさんの女性ファンが増えて、日高愛や水谷絵理とすごく仲良くしてて、私はただのトモダチのままだったし、気が気じゃなかったんだからっ!」
奥底から熱い気持ちがこみ上げてきて、自分の気持ちを言っている間に、涙が頬を伝っていた・・・。最後に吐き出すように言うと、涙が溢れて止まらなかった。
「夢子ちゃん以外はトモダチやファンでしかない。僕にとって好きな女の子。ううん、女性は夢子ちゃんだけだよっ!」
「涼・・・。ありが・・・ふえぇ・・・。」
涼の言葉に、私はハッとしてお礼を言いたかったけど嬉し過ぎて泣くことしか出来なかった。
「ごめんね、心配かけて。そんな不安、消し去ってあげるから。」
抱きしめられて、優しく耳元で言ってくれる言葉に私は涙が止まらなくて、何回も頷くことしか出来なかった
「僕もね、夢子ちゃんがどんどん綺麗になっていく中で、男の人とかと一緒にいる場面とかをTVで見たり、話しで聞いたりすると心細くなったよ。」
「バカね・・・。」
ほんとうに、バカなんだから・・・。
苦笑いしている涼にボソッと言って、私は顔を上げて涼をジッと見つめた。
「昔のアイドルの顔を知っているのは誰?女の子として私をだまし続けたのは誰?夢の扉を開いてくれたのは誰?夢がかなった時に隣にいてくれたのは誰?今、私を抱きしめてくれているのは誰?」
「僕・・・。」
「そう。涼、あなたよ。色々な私を知っていて、それでも私の味方でいてくれて、私を変えてくれて・・・。他の人は知り合いなだけ。男の子だって知ってビックリはしたけど、でも、その時から好きな男性は涼だけよ・・・。」
私は嬉しい気持ちを全部伝えて、最後はすっごく恥ずかしかったけど言い切った。
「夢子・・・ちゃん・・・。」
「あなたが泣いてどうするのよ?今はもう何も私と涼を隔てるものはないわ。だから、ね?」
ポロポロ泣き始めた涼を見て、私は釘を刺してから優しく微笑んだ。
「うん。大好きだよ、夢子ちゃん・・・。」
「私も大好き・・・。涼・・・。」
自然と目を閉じて、お互いに引き寄せられるようにキスをした。
ここまでっ!
これ以上はだめっ!
もう、恥ずかしいんだから・・・。
なにニヤニヤしてるのよ!このスーパーゲキカラキャンディ口に放り込むわよっ!
ま、まあ、私と涼の仲をお祝いしてくれるって言うなら、
許してあげなくもないわよ。フフッ。