アイドルドリーム桜井夢子 前編


私の名前は桜井夢子。
『奥野プロダクション』所属のアイドル。
夢は『アイドル・ホイッスル』に出場する事。
そのためだったら、私はどんな手でも使って相手を蹴落として這い上がるわっ!

あたしの名前は葛西頼子。
『奥野プロダクション』をプロジェクトに持つ『奥野重工株式会社』の企画部部長。
今日はおいたをしている女の子を本社へ呼び出した。


意志は固くて、物怖じしない私だったけれど、今日は緊張している。
なぜか奥野プロダクションの母体である奥野グループの中心になる奥野重工の人から呼ばれていたから。しかも、その人は社内では有名な鬼部長らしい・・・。
理由が全く分からないのが、私を不安にさせると共に焦らせていた。
コンコン
「どうぞ。」
緊張しながらノックすると、落ち着いた女性の声がする。
「し、失礼します。」
私は少しどもりながらも、頭を下げて会議室へ入った。
「ふ〜ん。ルックスは悪くないし、スタイルも悪くない。」
あたしは、上から下までざっと見て、素直な感想を言っていた。
「あ、ありがとうございます。」
私はお礼を言ったけど、落ち着けなかった。
(この人、タダモノじゃない・・・。)
そう直感的に感じたから。
「じゃ、とりあえず座って。」
「は、はい。」
「水なら問題ないわよね?」
あたしはそう言って、ミネラルウォーターのペットボトルを2人分置いた。
「あっ、はい!頂いてよろしいですか?」
私は緊張でノドがカラカラになっていたので聞いた。
「どうぞ。」
「では、頂きます。」
「じゃあ、飲みながら聞いて。あたしは葛西頼子。奥野プロダクションを担当している企画部の部長。桜井夢子、あんたのことはよく知ってる。プロダクションの社長が知らない事もね。」
「?」
私は葛西さんのいうことが分からなくて、ペットボトルを咥えたまま首をかしげた。
「例えば、同じオーディションに出てきてライバルになりそうな子を蹴落としたり、実力が出そうな子をつぶしにかかったり・・・。」
「んきゅぅ!?ゲホッ・・・ゲホッ・・・。」
私はビックリして、思わず水が器官の中に入ってしまい、せき込んでいた。
「まあ、その反応って事は、まんざらウソじゃないってとこだね?」
あたしは、咳き込むのが落ち着くのを待って、桜井夢子の目をジッと見ながら聞いた。
「・・・・・・・・・。」
私は正面から葛西さんの目を見ることが出来なくて、思わずそっぽを向いてしまった。
「居直るよりは、まだいいかな。あのね、あたしは別にそういうやり方を攻めようって言うんじゃない。」
「えっ?それって・・・どういう?」
私はてっきり説教されるとか思っていたから、予想外の言葉に聞き返していた。
「ただ、目指すものが純粋なものだとしたら、早くやめるんだね。世の中には汚れたものを目指すのに、汚いやり方をするヤツはごまんと居る。それはいいんだ、でもね、純粋なものだとしたら、汚いやり方は身を滅ぼす。そうじゃなくてもね、やった事はいつか返ってくる。わかる?」
「わかり・・・ます・・・。」
「うん、ならいい。それだけの覚悟があるなら、これ以上は言わない。頑張りなさい。」
あたしは、もっと言いたそうだった夢子の気持ちを汲んで話を切った。
「は、はい・・・。」
私はあっけなく引き下がられたばかりか、頑張れといわれてキョトンとしながら返事していた。
この人・・・よく分からない・・・。
それが、この時の葛西さんの印象だった。

そんな葛西さんとの話しはすっかり忘れていて、いつもの私になっていた。

そして、私は運命の人と出会う・・・
【秋月 涼(あきづき りょう)】
最初の印象は、可愛いくて実力がある。でも、スキだらけ・・・。
いつもみたいに挨拶してたら、すっかり私を信じ込んでる。ハッキリ言って甘い・・・。
途中で正体をばらしたら怒ってた。でも、今までの子たちとはあきらかに違っていた。
「小細工なしでも勝ってみせる。それで、夢子ちゃんの目をさまさせてあげるから!」
息巻いて言われた時は、カチンときたけど、意地でも負けられないと思った。
私の夢への気持ちは、誰にも負けないって思っているから。
ギリギリまで迫られたけど、なんとか勝った。危なかった・・・。
私はこの子に危機感を抱いた。早く潰さないと、この子は私の大きな障害になる!
そんな思いがふつふつと沸いていた反面、なぜか憎めない感じも不思議とあった。

桜井夢子と会ってから、しばらく時間が経っていた。
「部長!葛西部長!大変ですっ!」
「聞こえてるよ。なにかな?社長?」
大慌てでやってきたのは奥野プロダクションの社長だ。何を慌ててるんだか。
あたしはいつも通り冷静に聞いていた。
「桜井夢子って知っていますよね?」
「ん?知ってるよ。しばらく前に会ったけど、それからは連絡も取ってないかな。あの子がどうかしたのかい?」
あたしは良く分からなかったから、社長に聞いた。
「それが、自宅付近で出入りしている場所に問題がありまして・・・。」
「場所?どこ?」
「あの、ここなんです・・・。」
社長が恐る恐る出してくる地図を見て、あたしはちょっと眉をひそめた。
「確か、幽霊が出るっていうウワサがある屋敷だったっけ?」
「はい。それで、その・・・連絡がつかなくて・・・。」
「もしかして、携帯繋がらない?」
あたしは表情を曇らせた。
「あの、繋がらないだけじゃなくて・・・。これ、聞いてもらえますか・・・。」
「?」
社長の言ってる意味が分からなくて、あたしは社長が出してくる携帯を見ていた。
ピッ・・・
『彼女は・・・私・・・連れて行くわ・・・ウフフ・・・。』
「まずいね・・・。」
かすれかすれの声で男とも女とも取れない声。あたしは、背筋が寒くなった。
「確か876プロの人間と、スタッフが撮影入ってたよね?」
「は、はい。」
「とりあえず、撮影スケジュールの確認を876の石川さん通してやって。あたしは、知り合いに連絡してお払いしてもらう手筈取るから。それと、引き続き桜井夢子と連絡とって。宜しくっ!」
「わかりましたっ!」
すぐに社長と別れて、あたしは名刺の束を出した。
ピッ
そして、トランプ宜しく名刺を広げて一枚とって電話を掛け始めた。
「もしもし、葛西頼子と申します。恐れ入りますが、急ぎで神主様お願い出来ますか?はい、急を要するので・・・。」


私はいつものように屋敷に来ていた。
そして、水谷絵理の番組を成立させないようにするために、どんな仕掛けをしようか2Fの廊下で考えていた。
『ねえ・・・。』
「はい?」
私は不意に後ろから声をかけられたので振り向いた。そこには、ちょっと古いデザインのドレスを着た女性が立っていた。
「あなたは、誰?」
訝しげに女性を見ながら、私は聞いた。
『ウフフ・・・。』
笑いながら近付いてくる女性に違和感を覚えた私はあとずさった。
「ちょっと、来ないでよっ!」
ブンッ、スカッ
「えっ!?!?」
払いのけたはずが、私の手や腕が宙を舞った。
『見つけた・・・私に・・・・ぴったり・・・。』
「ちょっ・・・!?」
女性が通り抜けた感じがすると、急に金縛りにあって動けなくなった上に、言葉が出なくなった。
ウソ!?こんなことって・・・。
自分では言っているつもりだったけど、口すら動かない。
「夢子ちゃ〜ん?」
そんな時、涼の声が聞こえた。
返事したり、助けを求めようとしたけど、やっぱり声が出ない。
それどころか、勝手に体が動き出す。
ちょっ、ちょっと、どうなってるの!?
心の動揺とは裏腹に、私の体は2階の廊下から、1階を見下ろす部分まで歩いてくる。下を見下ろせる部分まで来たけど、止まらない。
「えっ、な、なにっ!?い、いやっ、やめて。私、まだ夢かなえてない・・・。」
こっ、このままじゃ落ちちゃう!
そう思った瞬間、声が出た。だけど、体の自由は全く利かない私はそのまま、身を乗り出していってしまう。
「助けて〜〜〜!!!」
怖さと、本当に誰でも良いから助けて欲しくて私は叫んだ。
その瞬間、頭から逆さまに落ちて行って、私は気を失った。

ぺちぺち・・・ぺちぺち
「ぅ・・・ん?」
私は頬を軽く叩かれているのを感じて、薄目を開けた。
一瞬さっきの女性かと思って身構えたけど、目の前にはさっきとは違う、日本人形みたいな女の子がいた。
「あなたは、誰?」
「答えてもいいけど、名前を聞くときはまず自分から。」
「あっ、そ、そうね。私は桜井夢子。」
なんだか、抑揚の無い独特のしゃべり方だったけど、言っている事は正論だったので私は名乗った。
「私は源美代。今回は夢子、あなたを助ける立場で来た。」
「助ける?」
「体、動かないと思う。」
「あれ?あっ!?これって・・・。」
源さんに言われて、さっきの事を思い出した私は背筋が寒くなった。
「とりあえず、それは私が何とかするから、良いって言うまで目を閉じて。」
「は、はい・・・。」
私は言われるままに、目を閉じた。
「良いよ。」
どのくらい時間が経ったのか分からなかったけど、私は目を開けた。
「2つ約束。ひとつ、この事は他言無用。もうひとつ、命の恩人にウソをつくこと。」
「えっと、ひとつ目は言った所で信じて貰えないだろうし、構わないけれど、ふたつ目の意味が分からないんだけど?」
私は意味が分からなくて聞き返した。
「その、下敷きになっている人が夢子の命の恩人で、その人は階段で寝てたことにしてもらう。つまり、さっきまで夢子に起こった現象を無かった事にするため。私が運ぶから、夢子は今来たことにして起こして。いい?」
「うん、分かった。源さんは?」
「私は去る。それこそ私がいたら話がややこしくなる。」
私の問いに答えた源さんは、軽々と涼を抱えあげて階段まで運んで行ってそっと横にした。
何で涼が起きないのか不思議だった。
「私とあなたはここで会っていない。私はここにいなかった、あなたもついさっきここに来た。いい夢子?」
「わかったわ。ありがとう、源さん。」
「お礼なら、葛西頼子にするといい。頼まれたから借りを返しただけ。それじゃ。」
足音とか物音ひとつ立てずに去っていくのを見て、源さんがお化けなんじゃないかとか思ってしまった。
「っと、見送ってる場合じゃない・・・か。」

「起きて涼、涼?涼!」
「・・・ぅん?・・・」
寝顔が可愛いのが、ちょっとムカつくけど、私は涼を揺すりながら起こした。
「うわぁぁぁっ!?」
「なっ、なによっ?」
いきなり飛びのかれた私は何事かと思って、回りをキョロキョロしながら聞いた。
「出た!出たぁっ!」
「はぁ?あなた、なに言っているの?」
涼に指差されて、後ろを向いたけど、どうやら示したい相手が私みたい。
だけど、人をお化けみたいに言ってる意味がかわからないので、また聞いてみた。
「だ、だって、夢子ちゃん2階から飛び降りて、その後、そっくりの・・・。」
「私が飛び降り?ワケわかんない。私は今来たところだし、あなた、そこの階段で寝ていたのよ?夢でも見ていたんじゃないの?」
その後、そっくりの?
涼の最後の部分に引っかかっていたけど、私は源さんとの約束通り、ウソをついた。
だけど、凄く胸が痛かった・・・。
こんな風に思ったことないのに、平気でウソつけるはずなのに、なんで・・・。
涼が命の恩人だから?そうよ、そうに違いないわ!
「えっ?夢??寝てた???」
「で、私に何か用でもあったの?」
目をぱちくりしてる涼に、私は自分の気持ちを誤魔化すように矢継ぎ早に聞いた。
「あっ、そうだ。夢子ちゃんのおかげで、番組が上手く行ったのと、最後に絵理ちゃんとオーディションして私が勝って歌を歌うことになったの。」
「ふ〜ん、そう。私がしくじったのは仕方ないとして、良かったじゃない。」
話を合わせるために言っていたけど、良かったって本当に思ってる私もいて複雑だった。
「うん、ありがとう。」
「それで、負けてたりしたら、どうなってたんでしょうね?」
涼の喜んだ笑顔で言ってくる姿を見て、揺れ動いてる気持ちが悔しいのもあって、私はわざと意地悪く聞いた。
「ううう、怖いこと言わないでよぉ。って、あれ?夢子ちゃん、アリクイのペンダントは?」
「えっ?ああ、ちゃんと持ってるわよ。ほら。」
涼に聞かれて、私はポケットからアリクイのペンダントを出して見せた。
「な、なんでしまってるの?」
「あの一件で、目立つ事が分かったから、こことかヘンに目立つ所ではしまっておくことにしたの。」
あら?なんで距離が離れたのかしら?
不思議に思いながらも、悔しい思い出で学習した事を涼へ説明した。
「ふぅ、そっかぁ。よかったぁ。」
どうしてホッとしてるのか分からないけど。
何でこの子は私の心を揺さぶるのかしら・・・。
「涼、これから、最近見つけたオープンカフェに行くわよ。」
私は一度目を閉じてから、涼へ言った。命の恩人なんだから、このくらいはしないとマズイわよね。
「えっ?でも練習はいいの?」
「水谷絵理に勝ったお祝いで、ケーキでもゴチソウしてあげるって言ってるの!」
もうっ!余計なところで口挟まないのっ!
ヘンな所でツッコミ入れてくるんだから涼は・・・。
「ええっ!?夢子ちゃん、なにか企んでない?」
「いいから来なさい!私の好意を断る権利なんて、あなたにはないのっ!」
私は勢いで押し切って言ったあと、涼の手を取った。
「しょんなぁ〜。」
困り顔の涼を見つつ、引っ張って行った。
これ以上話してたらボロが出そうだったから・・・。
まだ、お姉様にも教えてない、秘密のお店に涼を連れて来た。
本当は教えたくなかったけど、これが今の私に出来る精一杯の恩返しだから・・・。
なのに・・・
「あの、夢子ちゃん?」
「なによ?」
「コレおごったから、何かしろとか言わないよね?」
「あ〜の〜ね〜!」
ポカッ
私は頭に来て、涼の頭を軽く小突いた。
まったく、人の気も知らないで・・・。
「いたっ!?」
「自分で言った言葉の責任くらいちゃんと取るわよ。」
キョトンとして見られていたので、思わず、力が入って私は本音で言っていた。
「・・・・・・・・・」
「なっ、なによ、その目は!せっかく人が好意でおごってあげたのに、もうおごってあげないんだからっ!私、帰る!」
頭に来た半面、信じてもらえていないのがちょっと切なくて、その気持ちを抑えるのに、私は捨てゼリフを吐いてから、伝票を持ってレジに向かった。
支払いを済ませて、店の外に出てから、逃げるようにしている自分に気がついて、足を止めた。
「私・・・カッコ悪い・・・。」
なに考えてるのよ、良いのよ。やることやったじゃない!
ポツリと呟いてから、思いを振り払うみたいに頭をブンブン振って、背筋を伸ばし直して歩き出した。

それから少しして、私はとんでもない子に出会った。
【高槻 やよい(たかつき やよい)】
すごいパワーで振り回されっぱなし。つぶしにかかったけど、私の激辛キャンディをピリカラとか言われて全く効果なし。
くやしくて、リベンジの時を狙っていて、ついにその時が来た。
今日は、涼も一緒にバラエティ番組に出演している。フフッ、見てなさいよ高槻やよい、ギャフンって言わせてあげるわ!
だけど、そんな気持ちは一変した。
「ちょっと、なんでこんな事になってるのよ?」
私はおかしなくらい山盛りになっているもやし炒めに、引きつりながら隣に座っている涼に聞いていた。
「そ、そんなこと私に聞かれても、困るよぉ。」
「涼ちゃん、夢子ちゃん、がんばろうねっ!」
左隣にいる涼はいつも通りだけど、右隣には全く動じてなくてニコニコしている高槻やよい。
なんで、ニコニコしてられるのよ〜!
「こんなの、無理に決まってるじゃない!あなた食べれるの?」
全く動揺していない高槻やよいに頭に来て、涼に八つ当たりするように言ってから聞いた。
「えっ?えへへ、このくらいなら・・・って、む〜りぃ〜・・・。」
そうよね。普通はそういう反応するものなのよ。
本当にこんなのどうしろっていうのよ!
『それでは、もやし大食い競争、よ〜い、スタート!』
文句を言いたくて仕方ない中、始まってしまった。
「いっただっきま〜っす!」
ちょっと!高槻やよい、あなたなんてスピードで食べてるの!?
私は思わず食べるのを忘れて、呆気に取られながら見てしまっていた。
「はっ!?」
少しして、我に返った私はアホらしくなって、ダラダラてきとうにもやしを食べながらインタビューを受けていた。
だけど・・・
『尚、この大会で優勝した方には、南国もやしのCM出演と、『オールド・ホイッスル』の出演枠をかけたオーディションに参加できる権利が与えられます。』
キュピーンッ!
この言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが目覚めた感じがした。これは絶対に負けられない!
私はトップにいる高槻やよいを追って、猛然と食べ始めた。周りで何か言ったりしていたけど、そんなのを聞いてる余裕はなかった。
「ぎゃおおおおん!」
「うん?」
急に涼の悲鳴が聞こえて何かと思ってみたら、七味唐辛子がビン全部の量かかってもやしい炒めが真っ赤になってる。フフッ、これで涼は脱落決定ね。
私は少しニヤリと笑ってから、高槻やよいを再度追いかけ始めるためにもやし炒めを食べ始めた。
「うぅ・・・。」
このままじゃ、高槻やよいに勝てない・・・。
私は前よりもパワーアップしたスーパーゲキカラキャンディを使うことにした。
それを食べようとしている、高槻やよいのもやし炒めの中に潜ませた。
フフフッ、これでストップするか、もしくは熱いもやしのせいでスピードが落ちるわ。
しかし、私の思惑とは裏腹に、ペースは全く落ちない。
ど、どういうこと???
訝しげに思っていると、横目に涼のもやし炒めが急激に減っているのが見えた。
ええっ!?
口いっぱいにもやし炒めを頬張っているので、声は上げられなかったけど驚いてちょっと動きが止まってしまった。
汗ダラダラかいてるけど、高槻やよいよりも速いペースになってる!?
危機感を抱いた私は、もうひとつのスーパーゲキカラキャンディを涼の水が入ったコップに入れた。
ポチャン
「みっ、みずぅうう!」
ゴクゴク・・・ガリガリッ!
フフッ、たとえ高槻やよいに効果が薄くても涼には効くはず!
私は期待して見ていたけど、そのままもやし炒めを食べ続けてる・・・。
あ、あれ?これスーパーゲキカラキャンディ・・・よね?
涼が大丈夫だったので、疑問に思った私は試しにキャンディを口に入れてみた。
「!?◎*#$%!?」
あまりの辛さに痛くて私は声にならない悲鳴を上げた。
更に吐き出すはずだったのに、誤って飲み込んでしまった。
口の中から、ノド、食道、胃と全てが、熱いわ痛いわで、その場で悶絶していた。
それでも、何とか食べようと気合を入れたけど、アツアツのもやしを口の中へ入れると、そこからは地獄が待っていた。
そして・・・
『終了〜〜〜!優勝は『高槻やよい』さんですっ!二位は猛追で『秋月涼』さん。三位は最後でおしくも抜かれた『桜井夢子』さんです。他の方は罰ゲームなので覚悟して下さいね〜。』
もう、結果なんか動でも良くて、地獄が終わった私は力尽きて突っ伏していた。
「ゆめこひゃん、いきれる〜?」
「いきれるわよ〜?」
涼から聞かれて、起き上がれず息も絶え絶えに答えた。
「ろ〜ひらの〜?らいりょ〜ぶ〜?」
「ら〜め〜。らんれ、あならもやよひしぇんぱひもだいりょ〜ぶらろよ〜!」
私は悔しくて、突っ伏したままだったけど怒りながら言った。
「涼ちゃん、夢子ちゃん、惜しかったね。」
「やよいひぇんぱい、なんろもないんれふか〜?」
私は、呂律もそのままの高槻やよいに聞いた。
「うんっ、ちょっと体がぽっぽするくらいだよ?」
「なんれ〜〜〜〜!?」
私はくやしいのと理解出来ないので、叫んだけど、力尽きて完全に突っ伏した。
「商品は1位から、もやし一年分、半年分、一か月分だって!うっう〜、うれしいっ!」
「ううう・・・もう、もやひはたくさんら〜〜〜!!!」
高槻やよいと涼の言葉に、私は本当にどうでも良くなっていて、そのまましばらく動けなかった。

それから、本当の高槻やよいを見て、心からやよい先輩と呼ぶ事になった。
私のせこさや何かが、あまりにも小さく感じたから・・・。
もっともっと、大きくならないと、『オールド・ホイッスル』なんて夢のまた夢・・・。
心を入れ替えて、涼とやよい先輩との対決の時。
涼には勝ったけど、最終的にやよい先輩に大差をつけられての2位。
まったく歯が立たなかった・・・。
心の問題だけでなく、実力が全然足りてないことを思い知らされた。
私、涼を相手に考えてうぬぼれ過ぎてた。
気持ちを切り換えて、涼とまた再開するまでにレベルアップを約束して別れた。


あたしは、桜井夢子の幽霊屋敷の一件依頼、なぜかお払いを依頼して関係の出来た961プロダクションの源美代と縁があった。
今日も彼女とお昼を一緒に食べている。
「頼子、ごはんお代わりしていい?」
何度か会う内に、どうやら美代は私の事が気に入ったらしく、自分から話しかけてくる。
「してもいいけど、半分にした方が良いよ。食べ過ぎると、黒井がうるさいだろうからね。」
あたしはあたしで、美代が気楽に呼び捨てにしてきて、変に気兼ねなく接してくるのが可愛かったりもして、構ってあげてるのも事実だったりする。
周りにいる連中は、あたしのこと恐れたりとかで、普通に付き合ってくれないんだよね。かといって、お偉いさんは見下してくるだけで面倒なだけ。だから、美代は貴重な存在だったりする。
「お代わり。半分で。」
店員に言うのは凄く素っ気無いし、棒読みな感じ。あたしが最初接してた時も同じだったんだけど、最近は大分変わった気がする。周りに言っても、さっぱり分からないみたいだけどね。分かってくれるのは今のところ1人だけかな〜。
「しっかし、美代。あんたはほんとにトンカツ好きだね。」
「うん、トンカツ最高。トンカツ最強。」
言ってる事は微妙なんだけど、トンカツの話題になると、にこ〜って笑って可愛くて綺麗な顔立ちが一段と映えるんだよね〜。
黒井もよくぞまあ、こんな子を探してきたもんだ。前回のプロジェクトフェアリーの3人、我那覇響、四条貴音、星井美希の件があったばっかりなのに大したもんだ。
「ねえ、美代聞いていい?」
「トンカツはあげない。」
「いや、別にトンカツを頂戴っていう話じゃないから。」
抱え込むように残ったトンカツの一切れの乗ったお皿を持つ美代に、あたしは少し笑いながら言った。
「だったら、いい。なに?」
「あんた、黒井の考えとかどう思ってるんだい?」
あたしは単刀直入に聞いた。
「厳しい考えだと思うけど、正しいと思うし納得してる。それに・・・。」
「ん?それに?」
言いよどんでいる美代は初めて見たので、好奇心もあってあたしは突っ込んで聞いた。
「絶対内緒。」
「あんたが、あたしをどう見てるかで判断して。」
「じゃあ、話す。私、崇男さんのこと好き・・・。」
「へ〜。」
私はちょっと驚いたけど、赤くなっているのを見て本気なんだと思った。
「おかしい?」
「いいや。別に誰を好きになったっておかしくないよ。ただ、その思い今は隠しておきなよ。」
「わかってる。崇男さん本人の前では微塵も見せない。頼子に初めて言った。」
「そっか。光栄だね。じゃあ、今日の払いはあたしが持ってあげよう。」
「ごちそうさま。ごはん来た。」
美代がそういうと、丁度店員がお代わりを持ってくるところだった。
「じゃ、伝票預かってくから、ゆっくりね。」
「頼子、あそこでウロウロしてる三浦あずさ助けてあげて。私が765プロの人間といるの見つかるとまずいから。」
美代に言われて見ると、確かに表でキョロキョロしている三浦あずさがいた。やれやれ、一人で何やってるんだか。
あたしは苦笑いして、美代の方を見るとすでにトンカツ半切れとごはんを頬張っていた。
軽く手を上げると、美代はしゅぴっと手を上げて返事をしたので、そのままレジへ向かった。
支払いを済ませて、表に出るとまだ挙動不審の三浦あずさがいた。
「三浦あずさ〜!」
「はい〜?あら〜、葛西部長じゃありませんか〜。あの〜・・・。」
「分かってるって。で、どこ行きたいんだい?」
申し訳無さそうに言ってるけど、言うのを待ってる時間が勿体無いので、あたしの方から切り出した。
「助かります〜。それでは〜・・・。」
話を聞いてる内に、間違いなく反対方向に来ているのがわかって、目的地のスタジオまで送っていく事にした。
「あの〜、葛西部長。送って頂いているのに、不躾なのですが、お願いが〜。」
「うん?なんだい?聞くだけは聞くよ。」
急に改めて言われたので、何かと思って聞いてみた。
「そのですね〜。レッスンでいい先生を紹介して頂けたらな〜と。」
「えっ?あんたに?あんたレベルでいい先生っていうのはかなり限られてくるだろうし、相性の問題もあるだろうからねえ。」
国内でもトップクラスのアイドルまで行くと、教え方も多少はあるんだろうけど、相性がかなり重要になってくるとあたしは思ってるから、ちょっと難しい顔になった。
「いえいえ〜。私ではなくて、相談相手になんです〜。」
「相談相手?」
「はい〜、桜井夢子ちゃんといって〜、最近大分売れて実力もついてきたのですが、もっと自分のレベルを上げたいと相談されまして〜。」
「なんだかねえ。言う相手が違うだろうに・・・。」
あずさに言われて、あたしは思わず苦笑いしていた。
「ええっ!?私が聞いては不味かったのですか〜?」
「いや、そうじゃなくて。プロダクションの社長とかに行って欲しかったってこと。まあ、いいや、ここで言われたんだし。さ、あずさ、名刺好きなの引きな。当たりを引けば、そこからも広がるよ。」
あたしはそう言って、いつもの名刺トランプ状態であずさに向けた。
「う〜ん・・・え〜っと、え〜っと〜・・・。」
真剣に悩んで、5分後、見事に当たりを引いた。
「はい、一番の当たり引いたね。これで、運使っちゃったから、婚期がまた延びたねえ。」
「む〜、葛西部長、それは酷いです〜!」
あたしはむくれるあずさを見てちょっと笑っていた。

あずさを送って行った後、奥野プロダクションの社長を呼び出して、桜井夢子の面倒をちゃんと見るようにと説教しておいた。
全く、ただでさえ爆弾抱えてるんだから、ちゃんと見ておかないと。
どうやら、桜井夢子は地力持ってるみたいだから、どこまで行けるか見ものだね。


私はお姉様の紹介で、いい先生の元でレッスンに励んで、自分でも分かるくらい劇的に成長出来ていた。
そんな時、涼と同じ876プロの水谷絵理とのオーディション対決が決まった。
それから涼にあったら、どういう訳かあの如月千早とぶつかる事になったって、この世の終わりみたいに言ってた。
気持ちはわかる。だけど、そんな分のない勝負を挑むなんて私には考えられない。
ちょっと可哀相だったから、私は自分なりの意見を言った。
そうしたら、涼にとって、何か良い答えになったみたいで、さっきまで死んだ魚みたいな目だったのに、光が灯っていた。
だけど、いくら答えがあったって如月千早になんて勝てるわけない。それこそ、圧倒的な力の前に精神的ダメージを追うのが関の山。私が放っておいても、涼はつぶれてくれる。
そう思った。
それと、水谷絵理との勝負には『オールド・ホイッスル』出演がかかってるといっても過言じゃない。

今回私はひたすらレッスンに励んでいた。キャンディとかの手段も決めていたけど、涼が如月千早というありえない相手を敵に回しても諦めていない姿勢に、心打たれていたのかもしれない。
地力で勝ちたい!
だから、思いが強かったのかもしれない。
それこそ、如月千早の次に自分が『オールド・ホイッスル』に出演するなら、絶対に地力が必要。そうでなければ、武田さんも認めてなんてくれない。

水谷絵理との対決の直前に、涼の結果を聞いていた。
負けたけれど、僅差まで食い下がった事を聞いて私は驚いた。
それと同時に、絶対に負けられないと思った。
見てなさいよ、涼!私は水谷絵理を倒して『オールド・ホイッスル』に出てみせる!
その思いと、勢いで私は水谷絵理に勝った。僅差だったけど・・・。
「負けた・・・惜しかった?」
「ふぅ、流石は水谷絵理。涼の同期だけはあるわね。でも、今回は譲れなかった。悪く思わないでね。」
「夢子さん・・・変わった?」
「変わった?私が?」
水谷絵理の言っている意味が分からなくて私は首を傾げた。
「クリーンファイト・・・してた?」
「人がダーティーみたいに言わないで!」
私は思わず怒鳴った。
「涼さんの・・・おかげ。でも・・・手遅れ?」
「涼のおかげ、ねえ・・・。って、手遅れ?どういう意味、水谷絵理?」
「・・・・・・・・・。」
意味が分からなかった私は聞いたけど、水谷絵理は、私をじっと見たまま何を答えなかった。
だけど、これだけの強敵に初めて、自分の力だけで勝てた喜びと自信は揺らぐ事はなく、素直に喜んでいた。

涼が、オーディションの報告に来て、知っていたけど知らない振りをして話していた。
私はスーパーアイドルの仲間入り。後は武田さんに出演交渉に行くだけ。
嬉しくて、色々ベラベラしゃべっちゃっていた。
ただ、負けた涼がBランクに上がったのは納得が行かなくて、怒ってコーヒーをおごらせる事にした。
涼がどこに連れて行ってくれるのかと思ったら、近所のムーンバックスだった。
「ふ〜ん。ムーンバックスねえ。まあ、許してあげましょう。」
嬉しかったから、場所なんてどうでも良かったけど、ちょっと不満そうに言ってみた。
「それって、どういう基準なの?」
「いいの。私の基準なんだから。さ〜て、なに飲もうかな〜。ほら、早く来て私のお財布ちゃん。」
私はメニューを見ながら、涼を呼びつつ注文カウンターへ向かった。
「お財布ちゃんって・・・。」
「ドリップのトールで。支払いはこっちがするので。よろしくね、涼。」
「は〜い。じゃあ、私も同じものでお願いします。」
涼の返事を聞いた私は少し離れたところで待つ事にした。
「はい、夢子ちゃんお待たせ。」
「ここじゃ、目立っちゃうかもしれないからいつものところに行きましょ。」
「う、うん。」
私は少しチラチラ見られているのに気がついていたので、涼を連れてムーンバックスを後にした。
そして、いつもランニングのトレーニングをやっている場所に来た。

「ん〜、おいしい。涼のおごってくれるコーヒーの味は格別だわ。」
私はベンチに座って、一口コーヒーを飲んでから笑顔で言った。
「はいはい・・・。」
ちょっとあきれた顔をしている涼の横顔を見ながら、コーヒーを飲むと、その苦味が私の浮かれた気分を少し覚ました。
「涼・・・。」
「うん?」
「さっきは、色々言ったけど、あの如月千早に肉薄するなんて、大したものだわ。」
私は思っていた事を素直に言っていた。ハッキリ言って、私が水谷絵理に勝った事なんて大したことない。負けたとはいえ涼の方が凄い・・・。もし、私が涼の立場だったら諦めていたか、一矢も報えなかったと思ったから。
「えっ?なに急に?」
「涼、あなたの夢は、かないそう?」
なぜか急に涼のことが気になって、私は聞いていた。
「う〜ん・・・まだ、かな・・・。」
「そう・・・。」
如月千早に肉薄しても、まだまだってことなのね・・・。
「でも、なんでそんな事聞くの?」
「私はもう少しで、夢がかなうかもしれないから。嬉しくて仕方ないの。だから、あなたはどうなのかなって思ってね。」
不思議そうにしている涼・・・。
あなたの夢は?
そう聞きたかったけど、あえて口にしなかった。
「気にしてくれて、ありがとう、夢子ちゃん。」
「なっ、べ、別に、気になんてしてないわ。私が嬉しいだけって言ったでしょ!」
急に笑顔でお礼を言われて、恥ずかしくなった私は誤魔化すように言った。
「うん、そうだね。ごめんね。」
「わっ、分かれば良いのよ。」
ちょっと慌てていたけど、涼が素直に謝ったので許してあげる事にした。
「武田さん、了承してくれると良いね。」
「そうね。でも、実績は作ったから、大丈夫だと思うわ。涼、見てなさい。次に会う時は出演オファー貰った時よ。」
武田さんの名前を出されて、私は自信を持ってウインクしながら言った。
涼、その時にはあなたの夢聞かせてもらうからね。
そう思いながら私は笑顔になっていた。

あたしは久しぶりに武田蒼一に会っていた。
「お久しぶりですね、葛西さん。」
「そうだね、しばらくぶり。何でも、珍しく新人に曲書き下ろしたんだって?」
「流石、お耳が早い。」
「如月千早と会ったっていうから、そっちにかと思ったのに違ったから、ちょっと驚いたよ。」
少し笑いながら言う武田にあたしは素直な感想を述べていた。
「葛西さんも機会があったら、秋月涼に会ってみて下さい。多分僕が曲を授けた理由が分かると思います。」
「秋月涼?たしか、876プロでうちのプロダクションの桜井夢子と付き合いがあるとか言ってた子かな?」
あたしは、情報を頭の中から出しながら聞いた。
「ええ、そうです。葛西さんの前でこういうのもなんですが、桜井くんの方は残念でしたけどね。」
「うん?残念?」
武田の意味が分からなかったので、あたしは何のことか分からなかったので聞いた。
「ええ。彼女裏で色々やっていたと、知り合いから聞いたんです。実力もついてきたので『オールド・ホイッスル』出演も考えていたんですけれど、それはないことを本人に伝えようと思っています。逆に気付けなかった僕も僕なんですけれどね。」
「うん、いいんじゃないのかな。」
そっか、ここに来て、行いが返る事になる・・・か。
あたしはそう思いながらも苦笑いする武田に軽く答えていた。
「葛西さん、知っていて教えてくれなかったんじゃないんですか?」
「だったらなんだって言うんだい?天才プロデューサー武田様?」
目を細めて聞いてくる武田に、あたしは少しニッとしながら聞き返した。
「ふう、ズルイ人ですね葛西さんは。だけど、それが分かっても何も僕に言わないんですか?」
「あんたがこういう事に関して何を行った所で、基本的に考えを曲げないのは知ってるつもりだからねえ。あたしは余りにも無駄な事はやらない主義だから。」
少し皮肉ってくる武田に、あたしは普通に切り替えした。
「やっぱり、葛西さんにはかないませんね。」
「今日は別にそんなどうでもいい台詞を聞くために来た訳じゃないからさ。行いは返る。それだけだよ。でさ、『オールド・ホイッスル』の番組改編の話聞かせてよ。やばいようだったら力貸すからさ。」
あたしは、言うだけ言って、今日の本題に入った。
「意外ですね。葛西さんが力を貸してくれるなんて。」
「あたしは、あんたみたいな異端児好きなんだよ。それが理由じゃ駄目かい?」
少し驚きながら言ってくる武田に、あたしは少し笑いながら聞いていた。

武田から名前が挙がってた、秋月涼にはその内に石川社長に相談して時間作ってもらって会ってみるかねえ。
打ち合わせが終わって、局を後にしてから、あたしは少し考えていた。


私は凄く緊張していた。
ついにこの時が来た。私の夢がもうすぐかなう!
TV局にある武田さんの部屋の前でノックする手が少し震えていた。
コン・・・コン
「どうぞ。」
「し、しつれい・・・します。」
ぎこちなく一礼しながら挨拶した。
「桜井くんか。どうぞ。」
「は、はいっ。」
私はギクシャクしながら、武田さんに勧められたソファに座った。
緊張していたけど、ジッと武田さんを見つめた。
「それで、僕に話ってなに?」
「あの・・・私を『オールド・ホイッスル』に出して頂けませんか?」
私は最初ちょっとつっかえたけどしっかり言った。
「残念だが、君みたいな人間を、出すわけにはいかない」
「えっ!?」
武田さんに言われた言葉で、私は背筋が寒くなった。
ま、まさか、武田さん・・・。
「これまで、数多くのアイドルを自分の夢の踏み台にしてきたそうだね?」
「・・・・・・・・・。」
そんな事してません。って言えない・・・。ウソつけない・・・。
私は武田さんから視線を逸らす事が出来なかったし、ウソをつくことも出来なかった。
そして、それは私が無言で認めてしまったことになっていた。
「なぜそんなことを?」
「・・・・・・・・・。」
私の自由でしょ。って言いたいんだけど、言えない・・・。
言葉を出したくても出せなかった。なぜだか分からない・・・。何か言わなきゃいけないのに。
焦れば焦るほど、頭が真っ白になって何も出来なかった。
「言いたくない、言えないのなら構わない。別にこの件を公表しようとは思わない。だが、さっきも言った通り、『オールド・ホイッスル』に出すわけにはいかない。言う事がないなら今日はもう帰りなさい。」
「・・・は・・・ぃ・・・。」
そこで、返事できたのはなぜだか分からない。ただ、立ち上がって一礼してフラフラと部屋を後にしたのだけは覚えてる。
それからどうやって家に帰ったのとか全然覚えてない。
気がついたら、私は自分の部屋にいて、ベッドで泣いていた・・・。
う、ううう・・・。なんで・・・。なんでなのよーーーー!!!ううううう・・・。」
私は三日三晩、食事もとらずにずっと泣いていた。



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