先回り
セツナは間誤付いている真矢よりも先に京都についていた。
「赤沙羅神社か・・・。」
既に、真矢を待っているであろう巫女姿の人間を見ながら呟いた。足早に駅を出てタクシーを拾った。
「赤沙羅神社まで。」
セツナはそれだけ言うと座席に寄りかかって外を眺めていた。
「お客さん。厄払いか何かですか?」
暫く走っていると人の良さそうなタクシーの運転手が話し掛けて来た。少しイントネーションが違う。地元の人なのだろう。
「いや・・・。少し用事で・・・。でも、何でそう思う?」
セツナは鋭い視線で運転手を見ながら言った。
「こんな時間に、お嬢はんみたいな人が赤沙羅神社に行くなんて珍しいと思うてね。それに、妙に深刻そうな感じを受けたんでね。気に障ったのなら、謝るよ。」
「構わない・・・。私以外でもそういう人を乗せた事があるの?」
運転手に悪気はないのが分かり、変に勘ぐった自分を恥じながらセツナは普通に会話をする事に決めた。
「ええ、京都駅から良う乗せますよ。余程の時は神社から直接迎えが出ますからね。」
「ふーん。随分詳しいんだね。」
会話に乗って来てくれたと感じた運転手は嬉しそうに話し始めた。セツナも悪い気はしなかった。
(こういうタイプは情報が引き出しやすくて助かる。)
そう思いながら、運転手の続きを待った。
「直接、神社の方から駅の方へ巫女さんを送る事もしばしばあるんでね。今日もついさっき巫女さんを送った所だよ。駅から降りた時見かけなかったかい?結構目立つからね。」
「ああ、確かに一人立っていたな。何かのイベントかと思った。」
「良く勘違いして、罰当たりな事を言ったり、したりする連中も居るらしいよ。大体は駅員さんや鉄道警察に注意されたり、連れて行かれるらしいけどね。」
「だろうね。」
(罰か・・・。これだけ殺人をしても、特に何も無いな・・・・。)
セツナはその後も暫く運転手と会話を交わした後、無事に赤沙羅神社に到着した。料金を払って、車から降りた。
「我ながら、良く話したものだ・・・。」
半分感心、半分呆れたように呟いた。
そして、ほぼ目の高さにある赤沙羅神社の文字の彫ってある石を見た後。その先に続く石段を見上げた。少なくとも数百段はあるだろう。上の神社はここからでは全く見えない。ただ、とても不思議な雰囲気がするのは間違いなかった。
(この先は・・・異界か・・・。)
セツナは気を引き締めて階段を上り始めた。
その頃になってようやく、真矢の乗っている新幹線は浜松駅付近を通過していた。
「はあ・・・。」
(いつもなら、ウキウキしているんだろうな・・・。浜松って確かうなぎが有名だったっけ?食欲もないや。)
溜息をつきながら浜名湖をボーっと車窓から眺めていた。
(ば、馬鹿な・・・。)
セツナは今目の前で起こった事が信じられなかった。石段を一段上ったその瞬間、神社の門の入り口に立っている。後ろを振り返ると石段が下までずっと続いている。
「夢でも・・・見ているのか・・・。」
声に出ていたが、それすらも気に出来ない程驚いていた。
「赤沙羅神社へようこそ。雪志乃セツナ様。」
セツナは突然背中から声がしたので、すぐに振り向いて構えた。
「何故・・・私の名を?」
(今、全く気配が無かった・・・。どういう事だ?)
目の前には和服を着た女性が立っていた。セツナは鋭く相手を見据えるが、相手は微笑みながら見ている。
「そう、殺気を相手に向けぬ事です。奥で神主様がお待ちです。」
「答えになっていない・・・。」
ますます、目つきがきつくなり不機嫌そうにセツナが言う。
「神主様が教えて下さいました。さあ、どうぞ。」
そんなセツナの態度にも全く動じずに、和服の女性は奥に向かって歩き出した。セツナは周囲を警戒しながら付いて行った。
境内は思った以上に広く、綺麗な花や植物が沢山あった。ただ、見た事が無いものもちらほら混ざっていた。
「私が案内できるのはここまでです。私は本殿に入れません。中に案内係が居ますのでそちらに聞いて下さい。それでは失礼致します。」
和服の女性は軽く頭を下げて去っていった。セツナはそれを横目で追いながら本殿へ入っていった。入口には案内役の巫女さんが立っていた。
「良くいらっしゃいました。ここからは、土足は厳禁ですのでこちらに靴をお入れ頂きまして、靴下か素足でお願い致します。」
セツナは言われるがままに、靴を脱いだ。
「靴下と素足はどっちが良い?」
「大丈夫なようであれば、素足の方が良いかと。靴下では滑る可能性がありますので。」
セツナは靴下を脱いで素足になった。巫女さんはそれを確認すると、先に歩き始めた。
(外とは、全然雰囲気が違う・・・。)
さっきまでは警戒していたが、この場所では警戒する事自体が無駄な気がした。しかし、癖もありセツナは周囲に目を配って巫女さんに続いた。
途中で、何人かにすれ違うと相手側はセツナに軽く一礼して行った。セツナもそれに合わせるように軽くお辞儀した。
「雪志乃セツナ様をお連れしました。」
「どうぞ。」
中からは落ち着いた声がした。ただ、声の感じからはまだ若いような気がした。
「私はここまでですので、どうぞお入り下さい。」
セツナは軽く頷いてから、ふすまを開けた。
「失礼・・・。」
そう言ってから中に入った。中は広い部屋で、いろいろな物が置いてあった。セツナは中心にいる相手を見た。
「いらっしゃいませ。天王真矢さんがこちらに向かっているのを知りながら、会うかもしれない危険を知りながらも、遠路はるばる良く来られましたね。」
「お見通しか・・・。」
セツナは入口で立ったまま周囲を見たが、目の前の神主以外は誰も居ない。
「お話お伺いしますよ。お答えできる事は最大限しましょう。それと・・・。」
「ん?」
言葉を切った神主を見て、セツナは違う気配を自分の後ろと神主の後ろに感じた。セツナは振り向きざまに手刀を放った。相手はまともに手刀を食らい、声も出せずに血しぶきを上げて倒れ込んだ。そして、動かなくなった死体を冷たい目で見下ろした。
「思わぬ邪魔が入りましたが、続きです。」
セツナは神主の方に振り返って、小さく頷いた。神主の後ろに居たはずの気配は何時の間にか消えていたが、セツナは全く気にしなかった。
「貴方は、今、多くの影を背負っているのが見えます。その影に吸い寄せられるようにいろいろなものが寄って来ています。そこで倒れているのもそのうちの一人です。貴方の影は武器にもなり弱点にもなる。弱点を補いたいのならば人を探すと良いでしょう。貴方が本気で探す気になればすぐに見つかります。それだけです。」
「殺人鬼にアドバイスか?」
「私は貴方を殺人鬼と言っていませんよ。今更、手にこびり付いたものをどうこう出来ないでしょう。貴方が本当の殺人鬼で誰も手におえぬのなら、私が出向いて切って差し上げますよ。ここまで言えば満足ですか?」
(考えが・・・読まれているのか・・・。)
セツナは忌々しげに神主を睨み付けた。
「話がずれましたね。聞きたい事は今は貴方自身の事ではなく。天王真矢さんの事では無かったのですか?」
「そうだったな・・・。真矢は・・・血から逃れる事は出来ないのか?」
真矢の名前が出ると、それまでの怒気も忘れて神主に聞いていた。
「出来ません。後は、本人の器次第です。器が大きければ狂気に捕らわれる事無く、そのままでいられるでしょう。逆に器が小さければ狂気に飲み込まれ、人格消滅か中途半端に人格が残り、意識のあるままに周りに影響を与え続けるでしょう。」
「影響というのは、物を壊す、人を殺す、などではないのか?」
「狂気は更に周りの人を狂わせます。狂気と天王家の者がある程度のシンクロ状態になっていると、考える事も出来厄介です。いろいろ言いましたが、後は天王真矢さん本人に会ってみないと何ともいえません。」
「そうか・・・。分かった・・・・。邪魔した。」
セツナはそう言って部屋から出た。
「駄目だった時に、貴方の手で彼女に止めを刺す自信が無いんですね・・・。」
神主は出て行ったセツナの心の残像を見ながら、呟いた。