シルバーチェイサー
セツナはいつも通り自宅への道を歩いていた。
ついさっきまで隣に真矢がいた。近くに居ると少々五月蝿く感じる事もあるが居ないと居ないで少し淋しさを感じる。それだけセツナの中には大分大きな存在になっていた。
ただ、天王家の血の話を聞いてあれから調べてみたが満更嘘でもなくいつもは天真爛漫な真矢が急変してしまう姿を時々夢で見ていた。結末は二つしかなかった。
一つは自分が真矢に殺されてしまう・・・。
もう一つは自分が真矢を殺してしまう・・・。
どちらにしてもハッピーエンドは無かった。そう、ハッピーエンドは分かっている。真矢が狂気に打ち勝てば今まで通りで居られる。分かってはいるのだが、どう言う訳か夢はハッピーエンドにはならなかった。
「私自身が望んでいると言うのか・・・。」
セツナは小さく呟いた。躊躇いも無く人の命を奪える力を持ち、そうして来た自分を自覚こそすれ、真矢との馴れ合いに執着している自分がいる事を認めざるを得ない。
「っ!?」
考え事をしていると突然右腕に痛みが走った。
見てみると右腕から出血している。どうやら狙撃されたらしい。考え事をしていて注意散漫になっていた所を完全に狙われた。
セツナは厳しい顔つきになって辺りを見渡した。遠くに光る何かが一瞬見えた。
「しまった・・・。」
そう言った瞬間胸に激痛が走りセツナは気を失った。
「セツナは・・・セツナは助かるんですか?」
国内屈指の名門病院、霞賀裏大学病院の中で真矢は外科医に詰め寄っていた。
「大丈夫です。峠は越えました。胸と腕に1箇所ずつ撃たれた後がありましたが弾は体内には残っていませんでした。ご本人の生命力と、貴方の素早い対応が雪志乃さんを救ったと思います。気が付くにはもう少しかかるかもしれません。今日はお帰りになってお休みした方が良いですよ。雪志乃さんが気がついて面会できるようになったら必ずご連絡差し上げますから。その時に元気な顔を見せてあげて下さい。」
相手の外科医は冷静にゆっくりと説明をした。真矢は黙って頷いて廊下を歩き出した。正直真矢本人も寝ていなくて眠かった。欠伸をしながら病院を後にした。
セツナが倒れて15時間以上が経過していた。すっかり外は明るくなっていた。
セツナは妙な雰囲気に目を覚ました。枕元に誰かが立っている。医師でも看護婦でない事は直ぐに分かった。
「おはよう、雪志乃セツナさん。」
そう言った相手は白い肌に銀髪に青い瞳。見て分かる。日本人ではない。ただ、話している日本語は上手い。セツナは反射的に構えようとするが痛みと麻酔がまだ切れていないのか体が動かない。
「な、何者・・・。」
痛みを堪えているセツナにはそれしか言えなかった。
「シルバーチェイサーと言えば分かるかな?」
そう言って相手は不敵に笑う。セツナは知っていた。いや、セツナでなくても裏社会の人間ならば一度は耳にした事のあるコードネーム。日本語訳にしてそのまま「白銀の追跡者」。超一流の殺し屋で素顔を知る者はほとんどいないという。ただ、受けた依頼は時間がかかっても必ず成功させるので、皆から恐れられていた。
そして、その本人が目の前にいる。
「私が・・・ターゲット・・・と言う訳か・・・。」
途切れ途切れに言うセツナ。
「雪志乃セツナさんを殺せとは言われていないんでね。あくまでも狙いは「戦慄のセツナ」だった。」
相手の言葉に少し表情が強張るセツナ。
「そうだ、まだ自己紹介してなかったね。私はファイ・ブレジネフ。別名、シルバーチェイサーだ。」
セツナはファイの真意が読めなかった。
(私が戦慄のセツナである事は分かっているはず。なのに何故自己紹介までして私を殺さない。)
言葉に出したかったが意識が朦朧として来ていて思うので精一杯だった。
「また気が付いたら、お見舞いにでも来させてもらうよ。じゃあ、またその時までゆっくり休んでね。戦慄のセツナ。」
「!」
セツナは驚いた瞬間また、気を失った。
セツナはそれから2日間眠り続けた。
そして、3日目に目を覚ました。
「おはよう雪志乃さん。無理に話さなくても良いからね。私が言う事がその通りだったら瞬きしてくれれば良いからね。」
セツナはそう言われて瞬きした。
「そうそう、そんな感じだね。傷はまだ痛むかな?」
セツナは再び瞬きした。実際に自分でも不思議なくらい痛くない。
「暫くは入院になるけれどね。一週間位して大丈夫そうなら面会許可を出す事にしよう。くれぐれも安静にね。」
セツナは三度瞬きした。
「それだけでも疲れるから。ゆっくりと休んでね。私はもう行くからね。何かあったら看護婦を呼ぶと良い。」
それだけ言って外科医師は部屋から出て行った。
セツナは天井を眺めながらボーっとしていた。少ししてそのままふと思い出した。
(最低でも一週間か・・・。不味いな・・・仕事が入っている・・・。)
痛みは無いが体は動きそうも無い。
(どう足掻いても、一週間は何も出来そうにない、か・・・。)
セツナは諦めて眠る事にした。