セツナと桜2

「退きたいのは山々ですが、美緒を見殺しには出来ませんわ。」
殺気と怒気を含んだセツナの言葉にも十六夜は冷静な口調で答えた。
「ならば、邪魔を排除するまでだ、もう一度だけ言う。そこを退け十六夜。」
セツナはそう言いながらその場で手刀を振るう。そうすると十六夜の長い髪の毛の何本かがハラリと畳に落ちる。それと同時に、十六夜の頬にもかすり傷と共に少し血が滲む。
「脅しには屈しない、挑発には乗らない性格ですから、無駄ですわ。」
十六夜は意にも介さないという態度で口元だけ笑いながら言う。
「セツナ!言葉だけならまだしも、十六夜のしかも顔に傷つけるってのはどういう了見だいっ!」
美緒は頭に来て怒鳴りながら十六夜を押しのけて前に出ようとしたが、十六夜に制された。
「狙いは桜崎、お前だ。お前が前に出てくれば十六夜に危害を加えるつもりは無い。勝手に盾にさせて置いて後ろで吠えるのがお前なのか?」
セツナはあからさまに馬鹿にしたように言う。
「何だとっ!もう一回言ってみろ!」
美緒は後ろで怒鳴ってもがいていたが、十六夜は黙ったまま絶対に前には行かせなかった。
「大口叩く割には実力も無いし随分とせこい奴だと言ったんだ。」
セツナは止めとばかりにきっぱりと言い放った。
「なっ!」
「まあまあ、三人とも落ち着こうよ。」
美緒が怒鳴ろうとした瞬間、英輝は絶妙のタイミングで割って入った。言われた三人は思わず英輝の方を見た。
「興奮しちゃうと結論が出ずに、いらない犠牲やら損失が出るからね。三人とも、まずは私の話を聞いてくれないかな?」
怒り心頭で納得いかない顔をしていた美緒だったがそう言われると黙って頷いてその場にあぐらをかいて座る。立ち上がっていたセツナもその場で座り直す。セツナが座るのを確認してから間に入っていた十六夜も座った。
「今、話題に出ているのは天王 真矢の話。本人は紫やその周囲よりも美緒に何かを見出して、色々な意味を含んでセツナの品定めをお願いした。美緒としては頼まれた件はどうなんだい?」
「セツナ本人は一人の人として全く問題ない。そりゃあ、あたしはセツナに比べりゃただのしがない女番さ。こんなあたしと言い合っている今の様子からも見て分かる通り今は二人は合うべきじゃない。それも分かったってとこ。」
美緒はきっぱりと言い放った。
「セツナ。いつでも殺せる相手で別に殺せと言われている訳でもない。紫の関連のものに保護されているなら他人に殺される可能性は極めて低い。しかも、今無理に行こうとするなら紫だけでなく多くのものが立ち塞がる可能性が大きい。人ならず者も居るというし、セツナが天王 真矢に辿り着けるかは正直怪しい。」
「そんな事は分かっている・・・。」
まだ怒りが収まらないのか、少しトーンの低い声でセツナは言う。
「天王 真矢は私と同じだよ。彼女もまた時間が経てば狂気を我が物にして、セツナの為に命をかけて役に立とうとするだろう。まだまだ、人材も少なく組織の中でもそんなに力の無い時期だ。取っておいても損は無いと思う。天王 真矢は、また会って必要無い、又は殺したいならそうすれば良い。今は、消すよりもあえて残すんだ。誰だって時間が経てばそれは人脈となり人材になる可能性がある。美緒だって先を見込んで私がここに連れて来て紹介したんだ。セツナは組織の中で中途半端な所にさえ行けない事なんて考えて居ないだろ?」
英輝の言葉へどうセツナが反応するかを全員が見ていた。セツナは大きく溜息をついてから、一回深呼吸をした。
「六本木の言う通りだな。私も熱くなり過ぎていた。雪志乃 セツナとしては真矢と会わない。桜崎、済まなかったな。それで、真矢に伝言を頼む。」
セツナは落ち着きを取り戻してしっかりした口調になっていた。
「何て伝える?」
「追い込んで、殺そうとして悪かった。自分の道を行けと。」
「分かったよ。」
美緒は嬉しそうに笑って頷きながら返事をした。
「何がおかしい?」
また、少し不機嫌そうになってセツナは聞いた。
「いや、セツナの本当の大きさを垣間見れて嬉しいだけさ。あたし等5人ともタイプは違うけど、更にセツナも違う。6人違うのが居れば色々な人間を引き付けられるさ。あたしは組織とか人材云々ってのは良く分からない。でも確信したよ。十六夜よりあんたの方がずっと良いね。」
「正直な意見でしょうけれど、全く失礼ですわね。」
言葉では敬遠している感じではあるが、十六夜は口元だけにやりとして言っていた。
「十六夜の事は良く知らない。一応誉め言葉と取っておく。」
そんな二人のやり取りを見て静かに言った。
「料理が冷める・・・。」
ぼそっと言った静成の言葉に皆は卓の上を見る。すっかり追加の料理が揃っている。
「話も落ち着いた事ですし、今宵はゆっくりと致しましょう。」
修の言葉に皆が納得して再び食べ始めた。


「それで、桜崎。真矢はどんな様子だった?」
セツナは真面目な顔で美緒に聞いた。
「会った時は随分と情緒不安定だったね。精神的なショックが大きかったんだろうね。一回狂気が外に出ちまって騒ぎにはなったけど、今は大分落ち着いていると思うよ。」
「そうか。」
正直セツナはホッとしていた。
「どういう訳か一番近くに居たんだけど、あたしには狂気とやらは意味無かったよ。ただの黒い物体でしかなかったね。」
美緒は笑いながら言った。
「六本木の言う通り、お前は大物なのだな。」
「いやいや、馬鹿には意味が無いだけかもしれないよ。」
否定の意味を込めて手を顔の前で振りながら美緒は言った。
「天王家の狂気の血は代々引き継がれているもの。ある時を境に突然その血は目覚め、人を狂わす。狂気にあてられ、自我、心を破壊されたりしてしまい正気を失う。それは、他人だけでなく天王家の本人も例外ではない。ごく稀に、狂気の力よりも大きな何かを持つ事であてられない者や、狂気にあてられた者を回復させる術を持つ者が居る。また、天王家の中でも数少ないが狂気を完全に受け入れ普通の生涯を閉じたものも居る。」
英輝は皆に説明するように話した。
「今の天王家の血を継ぎ近くに居るのが真矢だ。組織もその狂気の力を恐れている。私の近くにいる事を危惧している。もしも、本人が狂気を抑えられない場合には組織に大きな損失を与える。」
セツナは静かに言う。
「それは、戦慄のセツナとしてだろ。雪志乃 セツナとしてはどうなんだい?」
間髪入れず美緒が突っ込む。
「私の中で大きくなり過ぎてしまった。一人の殺し屋としての自分は変わらないが、そうでない自分の部分に大きく影響を与えた。学校でも最初は話し掛けてくる変わり者にしか思っていなかった。その存在は私の中で失いたくないものになっていた。だから、時間が経つ度に葛藤に変わっていた。このままではいけない。いつか私の正体がばれるかもしれない。その時は殺すしかない。しかし、殺すには忍びない、と。」
セツナは苦笑いしながら言った。
「そうか、だからせめて自分の手でと思っていたんだね。それで合点がいったよ。真矢の事をそこまで大事に思っていたんだね。それも知らずにさっきは好き勝手言って悪かったね。怒るのも無理は無いよね。」
美緒の方も納得しながら申し訳無さそうに謝った。
「いや、構わない。」
(何故私はこんな事を話してしまったのだろう・・・。悪い気も気まずさもない・・・。この桜崎にはそう言う不思議なものがあるのだろうか・・・。)
セツナは不思議な気持ちになりながらも、何となく美緒の顔を見つめていた。
「ぶつかった瞬間はそれはそれは気分の悪いものだったよ。私、静成、十六夜・・・そして、セツナもね。お互いが感情剥き出しで本音でぶつかっているからね。いや、本音を引き出させるのかもしれない。無意識で一番相手が感情的になる言葉を出すんだ。意識した嫌味なんかだったら、十六夜なんかには流されるのが落ちだからね。でも、どういう訳か美緒の場合は不思議といやらしさが残らない。そして、その後で相手の信用って言えば良いのかな、それを自然に得ている。」
英輝の言葉に静成は黙って頷く。
「人を逆撫でにするのはある意味天才的なのかもしれませんわね。タブーと思われるものを隠さず遠慮せず容赦無くおっしゃいますから。私も見事にしてやられましたわ。一度は英輝さんにさとされましたが、大した事が無いとさっきまで思っていました。でも、さっきの雪志乃さんとのやり取りと、今の英輝さんの言葉で少し分かった気がしますわ。」
十六夜は薄く笑いながら言う。人によってはどう取ったら良いか微妙な表情だったが、セツナには少し嬉しそうに見えていた。
「ただ、昔から喧嘩っ早くて口が悪いのは変わらない。それに、命知らずだから誰にでも噛み付くし。困ったものです。」
修はちょっと苦笑いしながら言う。
「まあ、修以外が言った事は良く分からない。でも、それがあたしだからね。」
美緒は皆の方を見てきっぱりと言い放った。
「ただ、無駄に散らすな。」
セツナは美緒に静かに言った。
「ありがと、それはセツナもね。んじゃ、真矢に会って話するかな。まずお目に掛かれない料理だからね。とりあえず、全部口はつけないと。」
美緒はそう言ってから、料理を食べる事に集中し始めた。そんな美緒を見てから、セツナは目を閉じて少し微笑んだ。
「雪志乃さん。お飲み物は如何ですか?」
修がオレンジジュースのビンを持って声を掛ける。セツナは無言でコップを差し出すと慣れた手つきで注ぐ。
「確か八方は桜崎と一番長かったな。」
「はい。美緒とは中学生の入学当初に知り合いまして、実際には中学2年からの付き合いですね。」
セツナの質問に微笑みながら答える修。
「八方から見て、桜崎はどんな風に映る?」
少し真面目な表情になってセツナが聞く。
「大きな懐を持った心の姐さんとでも言いましょうか。美緒は元々一匹狼肌でしたが、元々持つ資質で無意識で自然にそして、確実に人脈を広げていったのです。私が中二の時に3人チンピラに絡まれまして、その時に美緒が助けてくれたんです。相手もボロボロでしたが、助けてくれた美緒もボロボロでした。良くある強い人が助けてくれるという綺麗な話ではなくとても現実的な状況でしたが、身を呈して私を助けてくれた事に心を打たれました。女性だと言うのに、顔もボロボロでお腹にもかなりダメージを受けていたと思います。終った後も、自分の事を心配しなければいけない状況だったのに、私の心配をしてくれました。多分ご存知だとは思いますが、私達は身寄りが有りません。世間で色々酷い目にも合って来ました。そんな中で美緒に光明を見た気がしました。英輝の様に仕えるべき人間とは違いますが、力を貸したいと自然と思いました。」
話している修は本当に嬉しそうににこにこしていた。
(この八方が最初にこの桜崎に惹かれた大物か。)
「美緒は口ではああ言いますけれど、勉強したり、トレーニングはずっと続けているんですよ。私だけでなく美緒を良く知っている人間は彼女を尊敬しています。少しずつですが今や殆ど失われた純粋な所や、その心に惹かれたのかもしれません。腕っ節としては名の通る人間ではありませんが、いずれは名を成すと私は確信しています。英輝と会ってからは皆を成長させると共に、美緒も大きく成長しています。雪志乃さんに会った事でも、また美緒は大きくなったと思いますよ。」
「大器晩成型の英雄のようなものか・・・。」
セツナは美緒を横目で見ながら呟く。
「そうは言っても憎まれっ子世にはばかるですから、美緒を英雄にするには裏方が必要な訳です。担ごうとする人は結構居るかもしれません。でも、今は私も美緒も英輝の下の人間です。そして、雪志乃さんはその英輝の上の方ですから、英雄になって頂くのは雪志乃さんです。美緒はちょっと変わっていて裏方に成り得るかは微妙ですが、本人が力を貸すと言っているのですから協力者としてして頂ければ十分だと思います。少なくとも、英輝が居なくなるまではこの五人が離れる事はありません。その時が来るまでは我々は貴方の裏方に徹します。それに雪志乃さんは人の使い方を分かっていらっしゃる。これからも宜しくお願い致します。」
「下らん組織の人間と会食するよりも有意義な時間だ。」
頭を下げる修にセツナは言った。
「喜んで頂ければ、この席を設けた甲斐がありました。英輝も喜ぶでしょう。」
「ある意味一番喜んでいるのは桜崎かもしれんな。」
行儀を無視してあちこちの料理を食べては美味しいと歓声を上げている美緒を見ながらセツナは言った。
「確かにそうかも知れませんね。」
思わず吹き出しながら修は答えた。


宴も終り6人は料亭「椿」の入口にいた。
「今日は楽しんで頂けたでしょうか?」
「まだ、出し物が残っているようだが悪くなかった。」
恭しく言う英輝にセツナは答えた。
「桜崎、真矢への伝言の件と先の道を迷うようなら、お前が良いと思う道を示してやってくれ。その事はお前に任せた。」
セツナは真剣な眼差しで美緒に言う。
「分かった。でも、心配しなくても大丈夫さ。真矢なら迷わずに行くさ。逆に心配されるのはセツナの方かも知れないよ。」
(全く大した奴だ。)
少し茶化した風に言う美緒を見てセツナは軽く溜息をついた。そして、スッと雰囲気が変わりながら5人に背を向ける。
「前は私が引き受ける。後ろは十六夜、中は静成、桜崎。途中で向こうが引いたらその場で別れる。」
それだけ言うとセツナは唐突に歩き始めた。そして、それに着いて行くように全員が動き出した。
セツナが手刀を振るうと、一人物陰から血しぶきを上げて倒れ込んだ。それを、いつもの冷たい表情で見下ろしてから、またゆっくりと歩き始めた。