セツナと桜

休み時間にセツナは何となく空いている真矢の席を見ていた。今までのような殺気などを放ってはいなかったが、教室で真矢以外にセツナに声を掛けるものは居なかった。
携帯電話のバイブが震えたのですぐに取り出して着信相手を見てみた。登録されていない番号だった。
(誰だ?)
訝しげに思いながらも、席を立って教室を出ながら出た。
「もしもし・・・。」
「「六本木 英輝と申します。雪志乃 セツナさんですか?」」
「そうだ。」
「「ご連絡も兼ねてなのですが、実はこちらからお願いがありまして、今夜お暇ですか?」」
「今の所は。」
「「お仕事が入りましたらその時は構いません。お暇でしたら今夜七時にこれからメールでお送りする所へお越し下さい。そちらで、九時までお待ちしております。」」
「わかった。」
「「昨日ご紹介出来なかった、八方 修と桜崎 美緒の二人を紹介したいと思います。それでは、失礼致します。」」
英輝の言葉を最後まで聞いてから、返事をせずにそのまま携帯を切った。その後で、すぐに英輝の名前を携帯に登録した。登録が終ってすぐにメールが来て、中を開けてみると都内の料亭の情報が入っていた。セツナも仕事の打合せなどで何回か行った事のある場所だった。
(六本木を狙う奴が居るかもしれないな・・・。)
そう思った瞬間授業開始の鐘が鳴った。

昼休みになってセツナは学食で並んでいた。霞賀浦高等学校は学校規模としてもかなり大きく生徒数に比例して学食棟がある。3階建てで、構成が1階分は購買部門、2・3階が普通に座って食べれる学食になっていた。2階は基本的に混むのもあったのでセツナはいつも3階で食べていた。
(今日のランチは・・・。)
出ているメニューを見てみると、AランチがハンバーグでBランチがメンチカツだった。そのまま進んでいってセツナの番が来た。
「Aランチ。」
「あいよっ!」
元気良く学食のおばちゃんが答える。ご飯やおわんの味噌汁を先にとった後で、ランチの皿を取って会計に並ぶ。
「はい、毎度ー。」
千円札を無言で渡すとにっこり笑ってすぐにお釣が返ってくる。
(いつもながら見事だ・・・。)
お釣を受け取りながらセツナはここの会計をやっているおばちゃんにはいつも感心していた。複雑な注文が出ている時も瞬時にメニューを見て計算してすぐに手が動いてお釣を渡す。とても地味な役割だが、並ばせないその見事なスピードはセツナだけでなくこの学校で学食棟に来た者全てが思う事だった。
ランチのお盆を持って、手近に空いている席に座る。そして、早速ランチのハンバーグを一口食べる。
「む・・・。」
思わず一言出るセツナ。
(この値段で何故一流店並・・・いやそれ以上に美味しい・・・。)
久しぶりに学食に来たのもあるが、ここに来るといつも疑問に思う事だった。
いつもは真矢が弁当なので1階でパンなどを買って一緒に教室や屋上などで食べていた。時々休んだり、真矢が寝坊して弁当を作り忘れた時には一緒にここで食べていた。
霞賀浦高等学校もそうだが、更に進学先である霞賀浦大学の学食はここを上回るものが出ると言われている。下手なお店で食べるより美味しく、更に値段が安いので生徒には受けが良かった。勿論セツナもその例外ではなかった。
食べ終わってから、ゆっくりとお茶を飲んでいるとメールが届くのに気が付く。すぐに携帯電話を出して確認してみると組織からの仕事の依頼だった。いつもの男からではなく組織のオペレーターからのものだった。セツナは席を立って学食棟を出た。その後、人目につかない中庭の木陰の方へ移動した。
周りを確認してから、携帯電話を出していつもの男へ電話をかけた。
「「どうした、セツナ?」」
ワンコール鳴り終わる前に男が出た。
「仕事の依頼が組織から入ったが、今朝六本木から電話が会って19時に会えないかと言われた。待ち合わせ場所に指定されたのが、前に打ち合わせた場所。六本木が狙われる可能性がある。」
「「分かった。その旨伝える。六本木よりも優先するべき仕事が入ったら私から直接連絡する。それが無かったらそちらへ行け。」」
「分かった。昼に悪かった。」
「「気にするな。急なものを含めて今の所は連絡する事は無いと思う。六本木はお前直属の部下だ。今後の為に他の仕事と被らないように上手く話をつけとけ。」」
「分かった。じゃ、また。」
携帯を切った後、教室へ向かって歩き始めた。


・・・料亭「椿」・・・
「はあ、高そうだねえ・・・。」
美緒は出てくる料理を見て溜息混じりに驚きの声を上げた。約束の時間までまだ1時間以上あったが、美緒を含め英輝達六人は既に揃ってセツナを待っていた。
「この位出さないと、失礼だろうからねえ。」
驚く美緒を見て少し笑いながら英輝は言った。
「こういうのって社長とか政治家とか後はテレビでしか縁が無いと思ってたからねえ。実際こういう席には英輝が選んで外してくれてただろうしね。」
「まあね。ただ、今日は紹介と言う事もあるしこちらの誠意も見せたいと思ってさ。美緒と修の紹介だからね。この位しないとね。」
「修は分かるけど、あたしには不釣合いだって。」
ニコニコしながら言う英輝に苦笑いしながら美緒は言った。
「皆様、お気をつけ下さいませ。ここは色々な方々が居ます。英輝さんを狙う方も居るかと。」
十六夜は目を細めながら言う。
「皆が居るから大丈夫さ。」
英輝は全く気にしてないという感じで皆に向かってにっこり笑いながら言った。
「相手の話はしていないから、相手が来てからその人を人質にでも取ろうと思っているのかもしれないよ。多分騒ぐとしたら後だと思うよ。既に、十六夜の実力も外に知れているからね。下手な手出しは出来ないと思うよ。さーて、早く来ないかなあ。」
運ばれてくる料理を見ながら英輝は楽しそうに言った。


セツナは時間の20分前に料亭「椿」に着いた。
「いらっしゃいませ。雪志乃様お久しぶりです。本日はお待ち合わせですか?」
いつもの女将が聞いてきた。
「六本木 英輝に呼ばれて来た。途中まで案内を頼む。」
「はい、かしこまりました。それでは私が御案内致します。どうぞ、こちらです。」
セツナの言葉を聞いてから女将は案内するべく先に歩き出した。その後をゆっくりと着いていった。
「ここまでで良い。後はどう行けば良い?」
「はい、そこを曲がって頂きまして一番奥になります。」
「ありがとう。それと、こちらから呼ばない限りは人を近づけさせないでくれ。」
「かしこまりました。」
セツナの言葉に静かに女将は返事をした。言葉の奥に秘められている言葉を知っていての返答だった。返答を聞いてからセツナはそのまま女将に背を向けて歩き出した。
(揃ってる・・・。六本木・・・十六夜・・・静成・・・。残った二人が今日の目玉と言う事か。)
セツナは気配を探りながら襖の前まで辿り着いた。そして、軽く襖を叩く。
「どうぞ。」
中から英輝の声がする。
「失礼。」
セツナは声のした後に襖をゆっくり開けながら部屋に入った。
「いらっしゃいませ。」
英輝の言葉に合わせて美緒以外の皆が頭を下げる。セツナは五人を見ながら対面の席に異動して座った。
「良くお越し下さいました。まずは飲み物でも飲んで下さい。少ししたら二人を紹介します。」
「分かった。」
セツナはそれだけ言うと、目の前に置かれているグラスを取って横にあるオレンジジュースを注いだ。
「折角だから、乾杯でもしますか?」
「任せる。」
「では、皆もグラス持って。」
皆がオレンジジュースを注いで、そのグラスを持つ。
「それでは、不肖この六本木 英輝めが乾杯の音頭を取らせて頂きます。雪志乃 セツナ様のこれからのご発展を祈って、乾杯。」
「乾杯。」
英輝の言葉に皆でグラスを合わせる。少し飲んだ後で、あるものを食べ始める。セツナと美緒以外は特に箸をつけていなかった。
(こういう場には慣れていないのもあるだろうが、大した度胸だ・・・。)
呆れ半分、感心半分で美緒を見ながらセツナは少し口元が笑っていた。
「それでは、二人を紹介させて下さい。まず、こちらが八方 修です。」
「八方 修です。お会い出来て光栄です。これから宜しくお願い致します。」
丁寧な言葉を流暢に言いながら修は手を合わせて深々と頭を下げた。
「噂は聞いている。事を頼む際には六本木を通す様にする。こちらこそ宜しく。」
そう言って、セツナは頭を下げていた修に立ち上がってから近付く。そして、頭を上げるのを待ってから手を差し出した。一瞬驚いた修だったが、その手を取って握手した。
「そして、もう一人。私が一押しの桜崎 美緒です。」
ニコニコしながら英輝は言う。
「あたしは修とかみたいな言動は出来ないからね。全く英輝も変な事言うんじゃないよ。一応自己紹介だね。あたしは桜崎 美緒。時代遅れのしがない女番さ。他の四人のように役に立てるとは思ってない。ただ、出来る事なら協力するよ。」
「・・・。」
セツナは美緒を見据えた。一瞬周りが静かになり動きが止まったが、美緒は自然体でセツナの瞳を見返していた。
「六本木、桜崎は何処から引っ張ってきた?」
「気に入ったんで修に頼んで無理矢理来て貰いました。」
セツナの問いに英輝はニコニコしながら答える。
「そうか・・・。」
(独特の不思議な雰囲気を持っているな・・・。六本木でさえも包み込む、か・・・。)
美緒を見ながらセツナは呟いた。
「早速で悪いんだけど、セツナで良いのかな?」
「構わない。」
「じゃあ、セツナ。天王 真矢の事で話がある。」
「!」
突然その名前が出て、セツナは驚いた。そして、殺気を放って美緒を睨みつけた。それを感じた十六夜が美緒の前に立つ。
「十六夜ありがと。でも、大丈夫だよ。本気で殺すなら、もうあたしの首は飛んでるよ。」
十六夜の肩を軽く叩いて美緒は静かに言った。
「分かりましたわ。」
答えながら十六夜は二人の間から離れた。
「言うだけ言わせて貰うよ。今、真矢は紫の知り合いの所にいる。紫とその知り合いは、真矢とセツナの二人が生きる道を望んでいる。無論あたしもだ。まだ、本人には言っていないが、別に死ぬのは先でも良いと思う。所詮人はいずれ死ぬんだから。死に急ぐことも無いだろうし、逆にセツナが何で真矢を殺そうとするのかが分からない。狂気に怯えているのか?」
真剣な表情で美緒が聞く。
「違う!狂気など・・・狂う事など怯えはしない!!!」
寸前まで落ち着いていたセツナが激高して言い放つ。その態度に流石の英輝も驚いてまじまじと二人を見る。
「なら、セツナ程の実力があればいつでも真矢の命は奪えるはずだ。それを何で自ら死を選ばせるんだ?」
「お前に何が分かる・・・。」
セツナは唇をかみ締めながら言う。
「分からない。だから聞いているんだ。あたしはどういう訳か今紫よりも真矢の信頼を得てる。そのあたしが、セツナを見て離れた方が良いかどうかを見極めると言ってきたんだ。殺されるかもしれないと言われた。それならそれまでだとも言った。あんた程の人物に命捧げるとまで言わしめる相手なんだぞ?そんな奴、一生に一人居るか居ないか分からない。あたしだって、今は英輝の下に居て体は張るが、命まで張れる自身は無い。並大抵の覚悟じゃ出来ない。それに、それだけ心が・・・器だってでかいじゃないか。何で受け入れられないんだよ!」
美緒の言葉にセツナの顔がひくつく。
「貴様・・・知った風な口を・・・。」
セツナの殺気が一気に膨れ上がる。美緒はそれでも、目を逸らそうとはしない。
(流石に不味いですわ。)
十六夜は黙ったまま、美緒の前に立った。
「いざ・・・。」
「幾ら何でも逆上させ過ぎですわよ。英輝さんの手前、貴方を失う訳にはいかないし、かといってセツナさんの邪魔も出来ないし・・・。全く、貴方と言う人は・・・。」
美緒の言葉を途中で遮って十六夜は呆れた風に言った。
「十六夜・・・邪魔をするな・・・。」
セツナは静かにそう言ってからゆっくりと立ち上がった。