夜桜咲く

「お忙しい所、美緒を送って頂きありがとうございました。」
八方 修は比呂猛に深々と頭を下げて言った。
「いや、構わねえよ。こっちの方こそ世話になったからな。六本木が起きたら宜しく伝えてくれ。それと、桜崎。」
「ん?何だい?」
美緒は不思議そうに聞き返した。
「源とは上手くやれよ。」
「修がいる間は大丈夫だと思う。正直気に食わないけど、英輝が迎えたし修も普通に対応出来るみたいだから我慢するよ。」
苦い顔をして答える美緒。横にいる修はやれやれという顔をする。
「とりあえず、霊閃の連絡先だ。また、どっかで縁があったらな。」
「ありがと。」
美緒はメモを受け取った。それを確認してから比呂猛は軽く手を上げて去ろうとして途中で止まる。
「?」
見送ろうとしていた二人は急に立ち止まった比呂猛を不思議そうに見ていた。
「桜崎、八方すぐに中に入れ。そして、六本木の寝室全員で固めとけ。」
「えっ!?」
急に言われて訳が分からない修は思わず美緒の方を見た。
「何か来てる・・・。ここは紫に任そう。あたしは英輝の所へ、修は十六夜呼んでから来て。紫後は頼んだ。」
「ふっ・・・任せとけ。」
背中越しに声を受けた比呂猛は不適に笑った。そして、美緒と修はドアを閉じる前に、物凄く大きなものを引き抜いた影を見た。
(あれが・・・真理。)
確認してから急いで英輝の寝室へと走り出した。修は十六夜を迎えに行ったが既に部屋には居なかった。美緒が英輝の寝室前に来ると既に十六夜が居た。
「紫 比呂猛・・・ブラッディーパープル。敵には回したくないですわ。」
「今は味方だから大丈夫じゃないの?」
美緒は十六夜の言葉に答えたが、十六夜に背を向けて違う方へ向く。
(あんたが変な真似しなけりゃね。)
その部分はあえて言わなかった。少しして、慌てて修がやってくる。
「良かった。源さんもう来ていたんですね。」
「嫌な気配がしたので、参りましたわ。途中で変なものに遭遇しましたが片付けました。死体が残らず消えてしまいましたので、多分物の怪の類かと。ただ、触れる事は出来ますので撃退は出来ると思います。」
十六夜は薄く笑いながら言う。
「あんたが呼んだんじゃないの。」
美緒は薄く笑っている十六夜が気に食わずに思わず言ってしまった。
「どういう意味ですの?」
静かに放たれた言葉だったが、薄く笑っていた十六夜の表情が冷たい表情に変わり美緒の方を睨んだ。
「日本人形の化け物が仲間を呼んだんじゃないかって言ってんの。あんた、耳悪いの?」
あからさまに馬鹿にしたように美緒は言う。言われた十六夜の眉がピクッと動く。
「たかが、女番風情が・・・。出会っていたのがここで無かったら殺しているわ・・・。これ以上言うなら怪我では済みませんわよ・・・。」
十六夜はそう言いながらスッと右手を上げる。
「面白い、脅しに屈するようなあたしじゃないよ!どうせ、英輝に取り込むような真似して皆殺すつもりだろっ!」
十六夜の殺気や迫力に一歩も引かずに、美緒はきっぱりと言い放った。
カチャッ
言い合う二人の視界を塞ぐようにドアがゆっくりと開いた。
「今は言い争っている場合じゃないと思うよ。」
ドアが閉まって二人の間にパジャマ姿の英輝が立っていた。そのすぐ後ろに静成が寄り添っていた。間に英輝が入って二人は黙ったが、二人共納得していない雰囲気は皆分かっていた。
「まずは美緒。日本人形の化け物はいくらなんでも失礼だし言い過ぎだよ。」
「ふんっ!」
言われた美緒は英輝に背を向ける。
「次に十六夜。女番風情は言い過ぎだ。美緒は大切な仲間であり、僕にとっては居なくてはならない存在だ。その辺に居る訳の分からない人間と一緒にして欲しくない。相手の本質を鋭く見抜き、はっきりと意思表示が出来る貴重な人だ。その美緒が君に疑いを抱いているのは紛れも無い事実だ。それを払拭するのがこれからの君の役目だ。君は言ったよね。僕を支える四人目になると。それは、他の三人も支えて初めてそれが適う事になる。私は自分勝手な人間をこの輪には入れたくないからね。それに、その女番風情に怒りをあらわにしている君は自分自身の器の小ささをさらけ出してしまっていると思うがどうだろう?」
英輝は淡々と言うが、言葉の内容はきつかった。
「そうですわね・・・。私とした事が熱くなっていましたわ。桜崎さん申し訳ありませんでした。英輝さんも申し訳ありませんでした。」
十六夜はそう言って深々と頭を下げた。
それをジト目で美緒は見ていた。
「他にもあんだろ。言えよ。」
美緒は頭を下げている十六夜に突っ込みを入れる。
「お言葉に甘えさせて頂きますわ。私も正直わせて頂いて、何故この中に桜崎さんがいるのか不思議でなりませんでした。どう見ても他の御三方に釣り合いませんもの。」
少し微笑みながらはっきりと言い切る。
「確かにあたしは名前も売れてないし、英輝みたいに頭は良くない、静成みたいに腕は立たない、修みたいに色々器用じゃない。あんたの言うようにただの女番さ。ただね、あんたは良く知らないけど、他の三人は本当の家族が他に居ない。だけど三人を家族だって思ってる。英輝が言う程の人間じゃないと思うけど、居てくれってお願いされて、あたしが気に入ったからここにいる。正直、最初英輝の印象は最悪だったけどね。あんたと同じだ。」
嫌味を気にせず少し笑いながら言う美緒。
「ふふふ、十六夜、君に教えてあげよう。今の僕が居るのは美緒のおかげなんだよ。勿論静成や修の力も大きいが、美緒と衝突する事で僕は格段に大きくなれた。言われてカチンと来るだろ?それは見事に自分の気にしている事を言い当てるからだ。ただ、反発したり無視しても良いのだろうが、それを受け入れる事が僕にとって大きな肥しになった。君が自分自身の実力に自信が有りプライドが高いのは分かる、ただ、相手を見誤らない事だ。」
「そうかしら・・・。」
十六夜は英輝の言葉にも納得出来ない感じで呟いた。
「美緒は君が思っている程、小さい存在ではないよ。ここまで言う必要は無いかもしれないが、言っておこう。私は雪志乃 セツナに力を貸すとは言った。それはあくまでも向こうの申し出に答えただけだ。だが、美緒は違う。私は一度あって人柄に惚れ込んで来て欲しいと頼んだが最初はあっさり断られた。だが、どうしても来て欲しかった僕は修を通して強引に来て貰ったんだ。最初は毎日のように口喧嘩になっていた。僕もそうだが静成も怒ったからね、間に入った修には随分と苦労かけたよ。」
最後の方は懐かしそうに笑いながら言った。
「雪志乃 セツナの実力は分かるつもり。でも、それ以上だなんて今の時点ではどうにも納得出来ませんわ。これが私の正直な意見ですわ。」
静かに十六夜は言った。
「別に誰と比べて上とか下なんてのはどうでも良いさ。あたしはあんたにムカツクとは言ったけど、能力が無いとか大した事無いなんて一言も言ってないからね。」
「!」
美緒の一言に十六夜は驚きの表情をした。それを見て、英輝は黙って頷いた。
「まあ、そういう事だ十六夜。宜しく頼むよ。」
十六夜の肩を軽く叩きながら英輝は静かに言った。
「それから美緒。もうちょっと手加減してやってくれ。十六夜はこういうのに慣れてないみたいだからね。ただ、今ので分かってくれたと思うよ。最後に、十六夜も僕が頼み込んで来て貰ったんだ。それを分かって欲しいな。」
「分かったよ。英輝みたいに変わってくれる事を祈るよ。あたしはあたしなりに英輝に恥かかせたくないだけだからさ。」
「ありがとう。」
そっぽを向きながら言う美緒ににこやかに笑いながら英輝は言った。
(自らの事を知り・・・背伸びせず・・・自分のあるべき姿と居場所をきちんとわきまえている・・・か。)
そんな二人を見て十六夜は少し微笑んだ。
「分かりましたわ。今はお互い認められないかもしれません。ただ、これから先皆様の為、英輝さんの期待に応える為に努力しますわ。桜崎さん、それこそ口喧嘩になるでしょうけれど遠慮なく言って下さい。私も貴方の前では思っている事を隠さずに言いますわ。ですので、他の御三方は止め役に入って下さいね。」
少し微笑みながら皆の方へ言った。
「あたしにだけかよ・・・。」
ジト目で美緒は十六夜を見る。
「殿方には分からない事もありますから。」
そう答えて意味ありげに微笑む。
「まあ、良いよ。僕は気にしないからさ。十六夜自身にこれだけ言わせたのはきっと美緒が初めてだろうからね。」
「別に嬉しくないけど・・・光栄だって言っとくよ。」
美緒が苦笑いしながら言った後で、十六夜の微笑んでいた顔が無表情に変わる。
「さあ、皆様。お客様ですわ。」
「数が多い・・・。英輝と修は内側入って!静成とあたしと源で三方囲むよ。」
「分かりましたわ。」
静成は黙って頷いてすぐに移動する。修も内側で英輝を庇うように立つ。
(うんうん、良い感じだね。)
これから凄い光景が起こる事は分かっていたが、団結している四人を見て英輝は満足そうに微笑んだ。

一時間以上乱戦になっていたが、突然、沢山居た物の怪が一瞬で消えた。
「ふう、終ったか。紫が親玉静めたな。」
美緒がぼそっと呟いた後、その場にへたり込んだ。
「美緒大丈夫かい?」
英輝は心配そうに声を掛けた。
「大丈夫だけど、かなり辛いは辛いね。純粋な戦闘向きじゃないからさ。しかし、予想通り源は凄かったね。」
「ふふふ、ありがとう。」
十六夜は微笑みながら答えて、美緒に手を差し出した。美緒はその手を取って立ち上がる。
「あんだけやって無傷とはねえ。」
感心半分呆れ半分で美緒は言った。
「私に出来る事をしたまでですわ。もう来ないでしょうから休みましょう。それでは、私はお先に失礼しますわ。」
十六夜はそう言うと、四人から離れていった。
「源さん凄いですね。」
修は驚きながら言った。
「うん、思った通り大したものだ。後は、美緒が言ったみたいにあれが内側に向かない事を祈るよ。頭も良いから足元すくわれないようにもしないとね。美緒、僕の代弁をお願い知るかもしれない。」
真面目な顔をして英輝が言う。
「あたしは器用じゃないから英輝が言ったって言うよ。」
「それで、十分だよ。本当に美緒が居てくれて助かるよ。」
「おだてても何も出ないよ。」
言い合った後、美緒と英輝は笑いあった。
「んじゃ、私も寝るわ。さっき言った雪志乃へ会いたいって件は何とか取り付けてよ。」
「分かった。連絡が終ったらすぐに携帯に連絡入れるから。今日はお疲れ様。」
「それじゃあ、皆おやすみ〜。」
軽く手をひらひら振って傷だらけの美緒は三人から離れていった。
「いやあ、嬉しいなあ。僕は大分美緒に信用されるようになったんだね。」
「最初からかなり変わりましたからね。」
嬉しそうに言う英輝に修が横から言った。
「本当に大器晩成の片鱗だよね。僕や修だけでなく黙っている静成も。そして、あの源 十六夜さえも変えてしまう。今はまだまだ足りない所は沢山あるけれど、最後まで見届けられないのが残念。美緒には長生きして欲しいよ。」
「美緒は大丈夫・・・。」
静成は静かに一言呟いた。
「そうだね、僕が心配するまでもないか。皆も居るもんね。」
そう言いながら英輝は修と静成の方を嬉しそうに見た。
「さあ、お二人も寝ましょう。私も寝させて貰いますね。おやすみなさい」
「うん、ありがとう。おやすみ、修。」
「おやすみ・・・。」
修はその場を離れていった。
「さて、僕等も寝ようか。」
静成は無言で頷いて二人は寝室のドアに入って行った。


「八方塞がり、夜桜散る・・・。」
セツナは明るくなって来た部屋の中で拾った紙切れを見ながら書いてある文字を呟いた。
(八方と桜崎・・・夜は十六夜なのか闇に落ちる桜崎の事かは微妙だな。八方に何かあってその後に桜崎だけかもしくは十六夜も一緒に死ぬ。又は殺される順番・・・夜桜だから十六夜が先・・・殺人予告なのか?)
少し首を傾げた後、ベッドに横になった。その後枕元にある時計を見ると5:30を回っていた。一度何かあると思って夜の町へ出たが、途中で緊急の仕事が入り仕事自体はすぐに片付いたのだが処理班が事故に巻き込まれた一報を受けて、別の処理班を待っていて帰宅が遅くなっていた。
(只単に悪戯なのかもしれない・・・。少し様子を見るか・・・。)
見ていた紙切れを横のテーブルに置いた。
「寝るか・・・。」
スタンドの明かりを消してから、瞳を閉じて眠りについた。