紫と桜(後編)

プルルル、プルルル
真矢と霊閃がまつ部屋に向かっている途中で美緒の携帯電話が鳴った。
「もしもし、うん、悪いね。もう少ししたら戻るから。戻れる様になったら折り返す。それじゃ。」
美緒はそれだけ言うと携帯電話を切った。
「携帯の相手大丈夫か?」
「ああ、知り合いからだから大丈夫。」
心配そうに聞く比呂猛に軽く手を振りながら答える。
「天王の件を片付けてさっさと帰れるようにするからよ。悪いな、あちこち引っ張りまわしちまって。」
「構わないよ。あんたに会えたし、他にも貴重な体験出来たしね。」
「俺に会うってのは許す理由になるのか?」
比呂猛は不思議そうに聞いた。
「どんな人間だってそうかな。出会いってのは貴重だからね。もしかしたら一生出会え無い事だってある。」
「まあ、確かにそうか・・・。」
美緒の言葉に改めて納得したように頷いた。
「ところで、真矢の件ってのは一体何だい?」
「そうだな、ちゃんと話しておいた方が良いな。ちと時間くれ、今話すからよ。」
美緒の問いに比呂猛はそう答えてから立ち止まった。
「なあ、桜崎。雪志乃 セツナって知ってるか?」
「戦慄のセツナだったっけ?」
比呂猛の質問に自身無さそうに首を傾げながら答える美緒。
「当りだ。その雪志乃と天王は知り合いだ。元々天王は普通の学生だったが、狂気が目覚めた事によって雪志乃が裏世界の人間だと知った。俺はてっきり雪志乃と天王はお互いの境遇を理解しあって共に歩むと思ってた。だが、そうならずに雪志乃が天王を本気で殺そうとした。」
美緒は比呂猛の言葉に表情が険しくなった。
「本当にやばかったらしいが、それをみた蒼蘭が天王を連れて来て助けた。蒼蘭の話じゃ今の時点で天王が戻れば確実に雪志乃が殺す。そして、逆に天王はそれを受け入れちまう。それがどうしてかは二人の事だから俺にはわからん。ただ、今は二人の為にも冷却期間が必要だって事で、それを天王に納得させたい。少し時間が経てば、雪志乃も天王も生きて共に歩んで行けると俺は思ってる。桜崎・・・。」
そこまで言うと美緒は比呂猛を制した。
「分かったよ。落ち着いてなかったのはそう言う理由があったんだね。今は落ち着いているからあたしが言わなくても大丈夫だと思うけどね。まあ、出番があるんだったら、その時はその時って事で。最初に紫がその気持ちをストレートに伝えれば良いと思うよ。」
「悪いな、じゃあ行くか。」
「ああ。」
二人は再び歩き始めた。
少しして部屋に二人で入った。入口近くに霊閃が立っていて、奥に真矢が座っていた。比呂猛は霊閃の方を見ると、霊閃は無言で首を横に振った。それを見てから、比呂猛が口を開いた。
「悪い、待たせた。早速だが、天王、良いか?」
「はい。」
真矢は比呂猛の方へ向き直った。
「俺は正直、二人共お互いを受け入れて上手く良くと思っていた。だが、上手くいかなかった。俺としては、お前と雪志乃の二人が二人で生きて行ける道を進んで欲しい。それには、お前が雪志乃から離れる必要がある。正直、期間がどの位になるか分からないが、必ず再会はさせる。俺が約束する。それで、納得してくれねえか?」
「ごめんなさい。見立てが違った紫さんの言う事は聞けません。保証も無く、ただ離れるのは今の私には出来ません。離れる位ならセツナに殺された方がマシです。」
比呂猛の言葉に一言は謝った真矢だったが、きっぱりと断りの言葉を言い切った。
「やれやれ、俺じゃ駄目だな。」
あっさりと諦めたように比呂猛は言った。
「真矢、あんた雪志乃 セツナへ殺されても良いって想いはわからんでもないけどさ、本当なら生きて力になりたいんじゃないのかい?雪志乃 セツナは別に狂気があるからどうこうなんて言ってなかったんだろ?」
「・・・。」
図星を突かれた真矢は思わず黙って俯いた。
「紫が駄目であたしがどうこう言えた立場じゃ無いけどさ、あたしが本人に色々聞くのと時間を置けば良いのかを確かめさせてくれないかい?少なくとも、今こうやって元気で居るって事はさ、二人の関係はともかくあんたには生きて欲しいって思うから皆が頑張ってくれたんだろ?」
「そ、それは・・・。」
続けて言う美緒の言葉に顔を上げて言葉を続けようとするが思わず止まってしまう。
「死んじまったら、それで終わりだろ。雪志乃 セツナの行く末を見届ける事も出来なくなるんだぞ。別にほっといたって人間寿命が来れば必ず死ぬさ。死に急がなくても良いんじゃないのかい?何処の誰だか知らないが、神主っぽい奴と色々やったんじゃないのか?それが全部無駄になるぞ。」
「ええっ!?」
真矢は最後の所で驚いて美緒をまじまじと見る。
「まあ、何でも良いや。真矢、あたしに3日時間をくれないか?また3日後に会いに来る。その時に決めても良いだろう?別に雪志乃 セツナは逃げやしないさ。」
美緒の言葉に真矢は難しい顔をして考え込む。
そして、沈黙の時間が暫く流れた。
「桜崎さん。もし、セツナに殺されたらどうします?」
「そんときゃ、好きにすりゃ良いさ。戻って来れないんだし仕方ないだろ。」
真矢の問いにあっさりと答える美緒。その言葉に驚いて真矢はきょとんとしていた。
「普通に会うにしても、探して無理矢理会いに行くとしても本人の居場所を確かめなくちゃならない。それも含めて3日頂戴。」
「分かりました。」
美緒の真剣な表情を見て、真矢は頷いた。
「んじゃ、了解貰った所で早速・・・。」
美緒はそう言って携帯電話を取り出す。
「もしもし、修。とりあえずこれから戻るんだけど雪志乃 セツナと会える算段着けてくれないかな?」
「「ああ、良いよ。今ね英輝の所に戻ってきたんだけれど、今日彼女に会ったみたいでね。明日連絡取るらしい。」」
「そりゃ良いや。その時に一緒にあたしの件も言ってくれって英輝に言って。あたしはこれからブラッディーパープル様に送って貰うからさ。」
「「全くしょうがないな。分かったよ。英輝には伝える。紫に英輝が会いたいって言ってるって伝えて貰えるかな。」」
「オッケー。お互いちゃんと伝えるって事で。それじゃあ、後でね。」
美緒は満足した表情で携帯電話を切った。
「上手くいけば明日には会えるかもしれない。あくまでも三日って言ったけど、早くなる事は十分にあるからさ。」
真矢の方へ美緒は言った。
「それと、紫。今日の夜これから時間あるかい?」
「ん?お前が作れって言うならあるぞ。」
「じゃあ、作って。」
少し悪戯っぽく笑いながら言う。
「分かった。明日の朝まで位で良いか?」
「それで十分。」
美緒の答えを聞いて比呂猛も携帯電話を出した。
「ああ、俺だ。これから出かける。明日の朝には帰る。仕事とか入ってないか?ああ、分かった。」
手短に話して切った。
「俺はこれで大丈夫だ。じゃあ、桜崎行くか。蒼蘭が戻ってくるまで面倒頼む。天王またな。」
3人に声を掛けて先に比呂猛は部屋を出た。
「じゃあ、後宜しくね。真矢またね。」
美緒は霊閃に言って、真矢にウインクして言った後比呂猛を追って部屋を出た。
「ふう・・・。」
思わず霊閃が大きく溜息をつく。
「うふふ、霊閃さんは桜崎さんの事が苦手なんですね。」
可笑しくなった真矢は笑いながら言う。
「本人に自覚が無いのが更に私の恐怖を煽ります。とりあえず、蒼蘭はしばらく来ないでしょうからここでゆっくりしていましょう。後三日ここでお世話になりましょう。何かあるようでしたら、私に言って下さい。」
最初は少し引きつっていた霊閃だったが、真矢にはにっこりと微笑んで言った。
「そうですね。お茶でも煎れましょうか?」
「お言葉に甘えまして、お願い致します。」
二人は微笑み合ってそれぞれ動き始めた。


「まあ、しかし大したもんだ。」
建物を出た後、比呂猛は言った。
「あんたみたいに凄かないよ。あたしは時代遅れのただの女番さ。」
美緒は笑いながら言う。
「俺もそう思ったが、真理も感心してる。お前は今までに会った中で一番懐が深くて大きく感じる。」
「そんな真顔で言わないでよ。」
比呂猛の言動に美緒は思わず苦笑いする。
「確かに腕っ節は無いが、その狂気をも寄せ付けないっつうか受け止められる懐は純粋にすげえと思う。多分雪志乃もびびるぜ。」
比呂猛はニヤニヤしながら言った。
「よく分からないけれど、雪志乃 セツナに会うのは楽しみだよ。人が命を預けられる奴ってのはどんな奴なのか興味がある。これから会って貰おうって思ってる六本木 英輝もあたしがさっき電話してた相手が自分の全てを捧げるって奴なんだ。」
「楽しみか。そうか、六本木か。それは俺も楽しみだ。天才って言われてる奴がどんな奴か見てみたい。」
比呂猛は嬉しそうに言う。
「あたしは純粋に英輝は凄いって思うよ。ただ、修みたいには思えないけどね。ああ、修ってのがさっき言った電話の相手で、八方 修ね。」
「そうか、俺は八方も知ってるぞ。八方にも会えるのか?」
少し驚いたように聞く。
「来れば一緒に居るから会えるよ。」
美緒は少し可笑しくなって笑いながら言う。
「今日はどたばたしたが、その分見返りは有ったってとこか。まあ、俺と真理にしてみりゃお前に会えたのが一番の収穫だな。」
「他の皆に会ってからそれは言っておくれよ。じゃないと修と英輝が可哀想だろ。」
苦笑いしながら美緒は突っ込む。
「オッケー、分かった。どん位掛かる?」
「そうだね、1時間ってとこかな。でもさ、そっちはそう言うけど、あたしはあたしでブラッディーパープルって物騒な名前持ってる奴がどんな奴かと思って会ってみてびっくりだよ。」
美緒は意味ありげに言う。
「どうびっくりなんだ?」
比呂猛は不思議そうに聞いた。
「もっとさ、こう、いっつもぶち切れてる奴かと思ってた。でもさ、冷静じゃない。」
「まあ、普段は大人しいのかもな弱い奴にゃ興味ねえし、弱いものいじめは嫌いだからな。ただ、戦いになればいつもぶち切れてるかもしれねえ。」
ニヤリと笑いながら比呂猛は言う。
「戦い中凄いってのは聞いた事結構あるよ。その瞳の奥にある光・・・闘争心なのかな、それは凄いって思う。でも、普段は普通なんだなって思ってね。」
「ふーん。そんなの分かるのか。だから真理も驚いてるんだな。俺は狂戦士じゃねえから普段からおかしい訳じゃねえよ。後は、真理が俺を導いてくれるからな。まあ、まだまだ真理と同等の立場になれる程の実力は無いけどな。」
「ふふふ。」
美緒は比呂猛の言葉に思わず笑う。
「何だよ。」
「まあ、その真理と対等になったら聞いてみれば良いさ。後は物騒な話で周りが引くのもなんだから黙って行こうかね。」
「分かった。」
それから二人は黙って夜の町を移動していった。


セツナは中華を食べた後、家路についていた。
「十六夜か・・・。」
空を見上げて小さく呟いた。その後、気配を感じてゆっくりと振り返る。目の前に一人の男が立っていた。
「謎を解け・・・。」
それだけ言うと、男はスーッと消えて行った。セツナは男が居た地面を見てみると一枚の紙が落ちていた。拾い上げてポケットに入れた。
「下らない余興だ・・・。」
そう呟いてから、セツナは家に帰るのを止めて夜の町に消えて行った。