去来
ピンポーン!
セツナが真矢を見下ろしていると入口でインターホンが鳴った。セツナは転がっている真矢をそのまま置いて玄関へ行った。外のカメラを見ているといつもの男だった。セツナはすぐに鍵を開けて中へ招き入れた。
「ん?セツナ中で誰かとやりあったのか?」
男は手から滴っている新鮮な血を見て聞いた。
「真矢を・・・殺した・・・。」
セツナは小さく呟くように言った。
「そうか・・・。すぐに誰か呼んで片付けさせよう。」
男の言葉にセツナは無言で頷いた。男はすぐに携帯を取り出し掛け始めた。
「ん?」
セツナは部屋の方を見て少し厳しい表情になる。
(気配が急に現れた・・・。)
その急な変化に、話し始めようとした男は携帯を無言で切る。
「どうした、セツナ?」
「中に急に気配が現れた・・・。ここに居て、私が戻ってこなかったら誰かを呼んで。」
セツナの真剣な表情に男の表情は険しくなった。
「分かった。気をつけろ。」
無言で一回頷いてから、セツナは再び部屋へ戻る為に走り出した。
部屋にはぐったりとした真矢を抱えた男が立っていた。
「何者だ・・・。」
セツナは殺気を放ちながら構えて言う。相手の男は最初真矢を見ていたが、セツナの言葉に気がついてゆっくりと視線を上げる。
「ふむ・・・。威勢の良い事だ。私か・・・そうだな・・・この者を迎えに来た者と言っておこう。」
相手の男は涼しげに言う。
「真矢を置いて行け・・・。」
「そうは行かぬ。ここに置いてゆけばこの者は死んでしまう。」
「何っ!?」
男の言った一言にセツナは驚いてぐったりとしている真矢を見る。
「もう死んだと思ったようだな。この者はまだ生きている。赤沙羅に鍛えられた賜物だろう。」
驚いているセツナを無視して満足そうに言う男。
「私が止めを刺す!」
セツナは一気に間合いを詰めて手刀を振るった。距離的に確実に捉えたはずだった。しかし、全く手応えが無い。
(どう言う事だ!?)
「お前をここでなぶり殺しにしても良いのだが・・・。この者が止めろと言うから見逃してやる。」
何時の間にか男は間合いの外の正面に居た。男は薄く笑いながらそう言った。一瞬セツナの背筋に悪寒が走ったが、セツナは気にせず相手を睨んでいた。
「いずれまたお前はこの者と再会する事になる。私の事を知りたくば、ブラッディーパープルにでも聞くのだな。さらばだ、勇敢な少女よ・・・。」
「待てっ!」
セツナは再び手刀を振るったが、当たった瞬間男と抱えられた真矢は幻の様にすーっと消えた。残っていたのは部屋の壁をえぐった跡だけだった。
「消えた・・・だと・・・。」
セツナはえぐった跡を見ながら呟いた。その後すぐに玄関に戻った。
「どうだったセツナ?」
「男が一人。真矢はまだ死んでいないと。そして、どの位先か分からないが、再び私の前に現れると言って真矢を抱えて一緒に消えた。」
「消えた、か・・・。」
男の言葉にセツナは黙って頷いた。男は少し考え込んだ後、携帯を再び掛けた。
「私だ。天王 真矢は深手を負って消えた。多分探しても見つからない。詳細は戻ってから報告する。以上だ。」
一方的にそう言って男は携帯を切った。
「セツナ、仕事があるがどうする。今日は止めておくか?」
「いや、やる・・・。」
静かにセツナは答えた。
「では、これがターゲットだ。」
セツナは出された写真を見て怪訝そうな顔をした。
「六本木 英輝。我々組織がずっと追っているにも関わらず本当の所在が掴めなかった男だ。尻尾を掴んでも、いつも悔しい位に見事に消えられる。天才とあちこちで噂されている。これは、セツナも知っているはずだ。今回、この六本木 英輝が部下なのか詳しくは分からないが源 十六夜を迎えるという事で正式な場所に現れる事が分かった。」
男はそこで一旦切る。
「ターゲットはあくまでも六本木 英輝。源 十六夜は適当に相手すれば良い、か?」
「十六夜に関してはそうだが、六本木 英輝には選択肢が有る。」
(選択肢?)
セツナは意図が分からず首を傾げた。
「六本木 英輝の才能は組織として恐れている。だが、その才能を組織に引き入れる事が出来れば良いと上は考えている。結果はどちらでも良い。最終判断はセツナに任せるそうだ。」
「それも、上が決定したのか?」
少し不満そうにセツナは聞く。
「そうだ。今の表情から嬉しくも無いだろうが、期待しているそうだ。」
男も苦笑いしながら言った。
「貴方は?」
「ん?私か?期待しているかいないかというなら、期待している。私はセツナが全力を尽くしていればそれで構わん。結果はおのずと着いて来る。例え、失敗だとしてもそこから学べばそれで良い。元気で生きていれば、次が有る。それで良い・・・。」
そう言って男は軽くセツナの頭を撫でた。
「なら・・・良い。」
セツナは照れたのを隠すように少し俯いて呟いた。顔を上げてから、写真を受け取ってセツナは男と一緒にマンションを出た。
「行って来る。」
「六本木 英輝に関しては心配していないが、源 十六夜には気を付けろ。」
セツナは無言で頷いて、男と反対方向へと歩き出した。
都内ホテルの一室
「お邪魔します。」
静かだがはっきりとした口調で女性が入って来た。とても色白で綺麗だったが少し日本人形を思わせる人とは少し違う風貌だった。
「どうぞ。」
中に居る一人の男性が席を勧めた。その男性のすぐ横には長身の男性が立っている。女性は軽く一礼して正面の席に座った。
「良く来てくれたね。源 十六夜さん。」
男性はにっこり笑って女性に声を掛けた。
「いえいえ、六本木 英輝さんからのご指名とあらば参りますわ。」
十六夜はそう言って微笑み返した。
「こっちは、私の面倒を見てくれている雪志乃 静成。」
紹介されると静成はその場で一礼した。それに合わせて十六夜も軽く一礼し返した。
「他にはいらっしゃらないのかしら?」
十六夜は周りを軽く見渡しながら聞いた。
「後二人居るが、別件をお願いしていて今日はここには来れないんだ。わざわざご足労願ったのに済まないね。」
英輝は申し訳無さそうに答えた。
「お互いに本日の事は分かっているので手短に参りましょう。貴方を狙っている輩が沢山居ますからね。」
十六夜は鋭く目を細めて英輝を見た。
「そうだね。私は君を迎えたいと思っている。その気が有るか無いかを聞きたいかな。」
十六夜の様子に全く動じずに、英輝は聞いた。
「喜んでお引き受け致しますわ。貴方を支える四人目に成りましょう。」
にっこりと微笑んで十六夜は手を差し出した。英輝はその手を取って、にっこりと微笑み返した。
「英輝・・・。」
「ん?どうした?」
急に横に立って呟いた静成の表情が厳しくなった。十六夜も英輝から手を引いて立ち上がった。
「どう、お呼びしたら良いかしら?六本木さん。」
「好きに呼んでくれ。」
「では、改めて英輝さん。凄まじい殺気を放って誰かが近付いて来ていますわ。」
十六夜はドアの入口の方を見ながら言う。
「話し合いの通用する相手だと良いんだけどね。一番乗りは静成の親戚かな?」
静成が緊張している状況でも、英輝は楽しそうに笑いながら言った。
「親戚・・・。雪志乃・・・戦慄のセツナかしら?」
「うん。」
静成とは違い、冷静な表情で聞く十六夜に光輝は即答した。
「静成。雪志乃セツナさんだったら丁重に迎えてくれ。良いね?」
「・・・分かった・・・。」
少し不服そうだったが、静成はドアの方へと歩いて行った。
「彼女は甘くないですわよ。」
「分かっているさ。ただね、他の違い話す余地は有ると思う。何も命乞いしようと言う訳じゃ無いよ。」
そう言って笑う英輝。
「源さんは、雪志乃 セツナさんに会った事がある?」
「いいえ、今日会えるなら初対面ですわ。」
「この際だ、会うと行かなくても見るだけでも良いだろう。」
「うふふ、本当に大した方ですわ。」
十六夜は楽しそうに笑って言った。
ガラガラガラ・・・
表のドアが崩れた。
外側にはセツナ、内側には静成が立っていた。
「立ち塞がるのなら容赦はしない・・・。」
セツナの殺気と言葉に思わず体が反応しそうになったが、静成はその場で一回目を閉じて開けた。
「雪志乃 セツナ様ですか?」
「そう・・・だが?」
静成の発言と態度にセツナは怪訝そうな顔をしながら答えた。
「奥で英輝が待っている。どうぞ。」
「分かった。」
そう言った、セツナを静成は中へと案内した。途中で、セツナの気で体が反応しそうになるのを必死に抑えていた。
「こちらです。」
「ありがとう。試して悪かった。」
ドアの前で中へ促す静成に小さな声でセツナは言った。
(こいつ・・・わざとだったのか・・・。)
一瞬静成はセツナの顔を見たが、セツナは気にせずに中へと入って行った。静成はセツナに続いてドアを閉めながら後に続いた。
「いらっしゃい。雪志乃 セツナさん。良かったらそちらに。」
英輝は普通に客を迎えるようにセツナに席を勧めた。
(さっきの後ろの奴の対応はこいつの考えか・・・。)
セツナは座らずに英輝を睨んでいた。
「話す余地は無いと言う事かしら?」
何時の間にか英輝の左側に立っている十六夜が聞いた。
「お前に答える必要は無い。」
十六夜の答えにセツナは本人も見ずに即答した。
(私は眼中に無いと言う事ですわね・・・。)
その言葉に十六夜は少し口元だけ微笑んだが、目は笑っていなかった。
「済まなかったね、セツナさん。無理に勧めている訳じゃないし、十六夜が言った事が気に障るなら謝るよ。ただ、話す余地はあると取って良いんだよね?」
最後に真面目な顔になって言った一言に、一瞬セツナは固まった。
(見抜かれているのか・・・。気のせいかもしれないが・・・全て透かして見られている様だ。)
「ああ、申し訳ないね。良かったらそちらの私を生かしてくれる条件を言ってくれないだろうか。」
セツナの様子が変わっても、何も気にせず英輝は聞いた。
「我々の組織の為だけにその才能を活かす。それが条件だ。」
セツナはすぐに我に返って答えた。
「私から提案出来る身分では無いのだろうがどうだろう、更にそこに条件を付けさせて貰えないだろうか。」
「聞くだけは聞こう。」
「ありがとう。最初に来てくれたのが君で良かったよ。こちら、いや私からの条件は1つだけ。君にだけなら協力しよう。君と同じ組織の他の人間には協力したくない。どうだろう?」
「分かった。条件を飲もう。」
セツナは迷いも何も無く即答した。その答えに満足そうに英輝は微笑んだ。
「ふふ・・・死ぬのが一年延びたか。セツナさん・・・。」
「セツナで良い。」
セツナは小さくだがはっきり言う。
「分かったよ。セツナ、後一年で出来るだけ大きくなれ。なれずとも大きくなる道筋は作れ。私はその為にこの知恵を貸そう。それが、私がここで死ななかった、いや、私の中に何かを見出し殺さなかった、雪志乃 セツナという人間に対して出来る事だ。皆にも後一年は私の我侭に付き合って貰うよ。良いね?」
英輝は嬉しそうな顔をして言った後、静成と十六夜の方を見る。静成も十六夜も黙って頷いた。
「これで良いかな?セツナ?」
「十分だ。来るまでに十人始末した。組織の情報では後来るとしても、2、3人。しかも雑魚と言う事だから安心しろ。私は報告の為に戻る。明日、私に連絡をして来い。以上だ。」
セツナはそれだけ言うと返事も待たずに、静成の横を通って部屋から出て行った。
「うん、思っていた通り素適だね。惚れ惚れするよ。」
満足そうに笑いながら英輝は言った。
「雪志乃 セツナ。中々の人物ですわね。」
少し皮肉交じりに十六夜は言う。
「十六夜。君は彼女には一生勝てないよ。ここで君が彼女を殺していたとしても、ね。」
「お見通しでしたのね。」
少し溜息混じりに十六夜は呟いた。
「私と話す前に、既に静成の心を捉えていた。それで、私の決意は決まったよ。静成、私の判断に不服かな?」
「そんな事は無い・・・。構えていた自分が恥ずかしかった。一度普通に話がしてみたい。」
「そうか、ふふふ。静成が気に入ったのなら間違いは無い。連絡を入れる時に言っておくよ。」
「ありがとう・・・。」
静成は静かに言った。
「治と美緒には、源さんに会ってもらってから話すとするかな」
「さっきみたいに、十六夜で結構ですわ。」
「わかった。それじゃあ、ドアの修理費を払って行くとするか。途中でセツナの言う雑魚が来たら頼むね。」
英輝の言葉に二人は無言で頷いた。三人は、十六夜、英輝、静成の順に部屋から出て行った。途中で襲われたが、静成の出番も無く呆気なく十六夜に撃退された。それを見て、英輝は満足そうに微笑んだ。
そして、三人は夜の街へと消えて行った。