決断

東京駅からの帰り道。セツナも真矢も一言も発さずに黙っていた。
いつもなら隣同士で歩いているが、今日は、セツナが前でその後ろを真矢は歩いていた。
(セツナの話って何だろう・・・。)
真矢はセツナの背中を見ながら、真剣な顔付きになって考えていた。そんな真矢の前を歩いているセツナは妙に興奮していた。
(ふふっ・・・。決着をつける時がもうすぐ来る・・・。どちらかが死ぬ・・・。)
セツナの瞳は妖しく光っていた。
「雪志乃 セツナさんですか?」
セツナの家のある最寄駅から歩いていると、途中の人気の無い道で行く手を塞ぐように二人の男が立っていた。そのうちの一人が口を開いた。
「そうだが。何か用か?」
分かっていてわざと聞くかのように少し薄く笑いながら聞くセツナ。その言葉に黙っていた一人が一歩前に出ようとしたが、もう一人がそれを制した。
「こちらから名乗らなくて失礼した。私は紫 比呂猛の知り合いのもの。本名は訳あって名乗れないのはご容赦願いたい。」
「紫の知り合いが、私に何の用だ?」
深々と頭を下げて言う相手に、セツナはさっきまでの態度を変えて普通に聞く態度に変わった。
(この人・・・。赤沙羅神社に居たのと同じものを感じる・・・。)
真矢は、今話している方を改めて良く見ていた。
「紫 比呂猛からの伝言を預かっています。聞いて下さいますでしょうか?」
「聞いても構わんが、後ろのもの言いたげな奴に言わせてやったらどうだ?」
今話している方の態度の低さに、後ろに居る方はそれが気に入らないのか、プルプルと震えていた。話していた方はセツナに言われて後ろに振り返った。
「お許しが出た。言うが良い。」
「ふう、何であんたが、こんな小娘相手にペコペコすんだよ!」
制されていたもう一人の男は待ってましたとばかりに、大きな声で言った。
「小娘って何ですか!貴方こそ失礼じゃないですかっ!」
もう一人と、セツナが何か言おうとする前に真矢が怒鳴った。その様子を見て、真矢本人以外の皆が驚いていた。
「ふっ、言わせておけ。」
セツナは鼻で笑って言う。
「でも!」
「何だと、この小娘!」
セツナの言葉に真矢と相手の一人が反応する。
「何ですか貴方は!さっきから失礼なのは貴方じゃないですかっ!」
真矢は、喧嘩腰で男に食って掛かる。
「譲ちゃんに何言われた所で痛くも痒くもねえよ。」
言われた男は小馬鹿にするように真矢に言う。
「貴方は・・・。」
「真矢。そんな小物は相手するな。弱い奴程良く吠える。」
セツナは真矢を制して静かに言う。
「弱いかどうかやってみなきゃ分からんだろうが!」
セツナの言葉に今度は相手がいきり立つ。
「馬鹿者。こちらの女性と雪志乃さんの言う通りだ。自分の立場をわきまえなさい。」
「す、すいません。でも・・・。」
もう一人に言われるとさっきまで威勢の良かった男が恐縮する。
「ここには君がどうこう出来る方は居ないのだよ。それも分からずに大口を叩くんじゃない。一つだけ言っておこう。雪志乃さんは紫 比呂猛が一目置く人物なんだよ。その意味は言わなくても分かるよね?分かったらもう黙りなさい。これ以上、紫 比呂猛の顔に泥を塗らないで下さい。」
静かに言ってはいるが、真矢にもその迫力は感じられた。男の方はそれから、一回セツナと真矢の方に頭を下げてから黙り込んだ。
「では、聞こう。」
「先にお礼を。愚かなこの者に慈悲を頂きありがとうございました。」
軽く頭を下げて言う相手に、別に良いという感じでセツナは手を軽く上げる。
(ふえ〜・・・。セツナって凄い。)
真矢は自分がいきり立っていたのを反省すると共に、冷静に対処しているセツナを見て感心していた。
「それでは、お伝え致します。「冷静になって事を急くな。もう一度自分を見つめてみろ。」だそうです。」
「分かった。ご苦労。もし、紫に会うのなら、借りは必ず返すと伝えてくれ。」
「かしこまりました。今、雪志乃さんに伝えた事を本人に伝えますのでその時に必ず今のお言葉をお伝え致します。」
相手は深々と頭を下げて言った。
「一つ聞いても良いか?」
「何でしょうか?」
「?」
セツナが相手に何かを聞いているので不思議そうに真矢はその様子を見ていた。
「紫の何処が気に入った?」
「ふふふ。答えますから逆に聞かせて下さいませ。何故、私が紫 比呂猛を気に入っていると思うんですか?」
相手は楽しそうに聞き返した。
「お前程の奴が紫を同等に呼ぶ事、伝言役を買って出ている事、私と紫を比べている事の三つ。」
セツナは静かにだがしっかりと答えた。
「私を評価して頂けるのは光栄です。お察しの通りです。後は最後の一つがお気に障ったのならお詫びします。」
「いや、紫と比べられるのなら構わん。」
「それでは、彼の何処が気に入ったか、同じく完結に申し上げましょう。強く、気高く、甘くなく優しい。」
もう少し何かを言おうとしたが、相手はそこで口を閉じた。
「その続きは怪しい所だ。だが、紫に関しては全くもってその通りだと思う。惹かれるのも分かった。それでは、伝言頼む。」
「はい、それでは、失礼致します。御武運を。」
「ありがとう。そちらもな。」
セツナは少しだけ微笑んで相手に言った。相手はまた、深々と頭を下げてから去っていった。
「行こう、真矢。」
「う、うん。」
思わず見送っていた真矢は、セツナに声を掛けられて少しつんのめってから歩き始めた。


「うわ〜。相変わらず大きいなあ。」
真矢は思わず驚いた声を上げながら見上げていた。
「やっぱり、セツナここに住んでるんだ?」
「そうよ。行くわよ。」
そう言って、オートロックを開けたセツナは歩き始めた。真矢は恐る恐る着いて行った。エレベーターに乗って上がっていく。そして、フロアにつくと普通に歩いていく。真矢の方は遅れないようにあたふたと着いて行った。暫く歩くと、表に「雪志乃」と名前の入った表札があった。
カチャッ!
「どうぞ。」
「う、うん。」
ロックが外れてセツナは静かに真矢を中へ招き入れた。
「ふわ〜。広〜い・・・。」
中に入って真矢は中を見渡して感嘆の声を上げた。
「おかしいとは思わない?」
「え?」
セツナが静かに言う一言に真矢は驚くのを止めて、セツナの方へ向き直った。
「おかしいって何が?」
真矢は不思議そうにセツナに聞いた。
「両親・親類の居ない女子高生がこんな高いマンションに一人で住んで居る事が・・・。」
「そう言われてみればそうだね。何でだろう?」
言われて納得したように頷いてから、真矢は腕を組んで考え始めた。セツナはソファに座って答えが出るのを待った。
「立ってないでそこに座ったら?」
30分位微動だにせず、脂汗を垂らしながら真剣に悩んでいる真矢にセツナは声を掛けた。
「うん、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて。」
真矢は座った後、再び考え始めた。セツナはその様子をただ見ていた。

外はかなり暗くなって来ていて、部屋も薄暗くなっていた。
「ごめん、分かんない。」
完全にオーバーヒートの真矢はぐったりとなって言った。
「それなら、答えをあげる・・・。」
少し薄く笑って言うセツナ。少し暗かったが、その様子がはっきりと見えた真矢の背筋に何かが走った。
「私ね。殺し屋なの。」
「へ!?」
セツナの言葉に真矢は驚きの声を上げてその顔のまま固まった。
「大きな裏の組織に所属しているの。私のまたの名を「戦慄のセツナ」。意外と裏では有名みたい。」
「は・・・はは、そ、そうなんだあ。」
冷静に淡々と言うセツナと対称的に、真矢は動きがぎこちなく笑顔は引きつりどもっていた。
「それでも、私を友達と呼べるのか?狂気を宿した天王 真矢!」
最後の語尾を強くして言った言葉に真矢はビクッとなった。
「な、何で・・・。それを・・・知ってる・・・の?」
真矢の狼狽ぶりは凄いものだった。
「組織から情報は貰った。赤沙羅神社にも先に行って神主にも会った。帰ってくるのも分かっていた。」
「!!!」
真矢は目を見開いて驚いた。それを見て、セツナはゆっくりと立ち上がった。
「真矢・・・。決着をつけよう・・・。どちらかがここで死ぬ。」
そう言うと、セツナは軽く構える。その瞳はさっきまでのものとは違っていた。目の前の獲物を狩る殺し屋のものだった。
「セツナ、駄目だよ・・・。あたしには出来ない・・・。セツナが殺し屋だって何だって良いんだもん。セツナはセツナだもん。」
真矢はそう言ってボロボロと泣き始める。
「狂気があれども無防備なら、死ぬまでだ。」
セツナは相変わらず冷たい瞳でゆっくりと近付いて行く。
「あたしは、セツナと居れればそれで良いの。セツナはこんな私が嫌なの?だから殺すの?」
「別に嫌いな訳じゃない・・・。狂気如き気にはせん・・・。ただ、これ以上一緒にいる事はお互いの為にならない・・・。私に近付きすぎた。それだけだ・・・。誰かに殺されるくらいなら真矢の手に掛かった方が良い・・・。真矢が誰かに殺されるくらいなら私がこの手で・・・。」
冷たい瞳のままだったが、右目からだけ涙が頬を伝っていた。
「セツナも私も死なない。その道だってあるよ。諦めちゃいけないんだ。私だってこの狂気のせいで先祖の人達は酷い最後を迎えていた。でも、私は違う。決めたんだ、セツナの為だって。そりゃびっくりしたよ、セツナが殺し屋だなんて。でも、そんな事でどうこうなる私じゃないよ。狂気を受け入れたんだもん。」
力強く言う真矢。その様子を見て少したじろぐセツナ。
「セツナが私を受け入れてくれるなら問題は何も無いよ。良いよ、受け入れられなくても。それだったら、セツナの納得の良く通り、私を殺して。セツナにだったら殺されたって構わない!」
泣きながらも笑顔になって言う真矢。その瞳には一点の曇りも無かった。
「いい度胸だ・・・。だが、例え無防備でも容赦はしない・・・。」
静かに言うと、たじろいていたセツナは再び構えてゆっくりと近付いていた。真矢はその迫力を感じて、小刻みに震えていたが歯を食いしばってその場で立っていた。
(真矢よ・・・良いのか・・・。)
不意に頭の中に声が響く。
(うん、良いの。ごめんね狂気さん。折角仲良くなれたのに・・・。)
(構わん。この状況にまでなって我を振るわないお前に感心するばかりだ。)
(だって、今この世で一番好きで大切な人なんだもん。セツナにだけは出来ないよ。)
(そうか。)
「くっ!!!」
狂気との会話の途中で凄まじい痛みが胸に走って真矢は我に返った。胸を見てみると、セツナの腕が見える。多分自分の右胸を貫通しているのだろう。
「かはっ。」
真矢は少し血を吐いた。セツナは無言で貫いた手を引き抜いた。
「セツ・・・ナ・・・。あり・・・・が・・・・とう・・・。」
それだけ言うと真矢はその場で崩れ落ちた。抜いた左手の指先からは血が滴って床に落ちていた。セツナは崩れ落ちて動かなくなった真矢を冷たい目で見下ろしていた。