紅と紫

東京駅から少し離れたビルの間の路地では血生臭い光景が広がっていた。
「もう終わり?」
妖しく微笑む紅の前には複数の死体と、まだ生きている3人が対峙していた。紅は手についた血を軽く舐めた。
「久しぶりね・・・。この味・・・。」
その光景を見て、1人が逃げようとしたが突然血を吐いて倒れた。
「何っ!?」
他の2人は驚いて倒れた人間を見る。特に外傷は無く何で血を吐いたのか分からなかった。
「馬鹿ね・・・。怒りを買ったのよ。貴方達、将門の首塚って知らないの?」
「それがどうしたって言うんだ?」
紅の言葉に少し馬鹿にしたようにして相手の1人が聞き返す。
「私、別に信心深い訳じゃ無いけれど、将門は尊敬するわ。関東の守り神ですもの。それを不当に扱う自体、貴方達にここを掌握する権利は無いわ。」
「実力があるとはいえ、所詮は弱小組織。せいぜい吠えるが良いさ。セツナも殺せない奴が大口叩くな。」
もう一人が真面目に言う。
「あの子と一対一でやり合えば確実にやれるわ。まあ、一度お情けで生かしてあげたけれど、その事実も知らないようね。所詮、下っ端って事ね。さようなら・・・。」
言い終わって幻影のように揺らめいたかと、立っていた二人はあちこちから血を噴き出してばったりと倒れた。
「もう、来ちゃったか。」
紅は残念そうに、近付いてくる比呂猛の方へ向き直った。
「相変わらず腕は鈍ってねえな。流石は鮮血の紅って言われるだけの事はあるな。」
「誉めてくれてありがとう。貴方に誉められるなんて嬉しいわ。」
紅は返り血で真っ赤になっていたが、軽く微笑みながら言った。
「んじゃ、帰るか。何しでかすか分からねえから送ってく。ほれ、後でちゃんと着替えろよ。」
比呂猛は持っているバッグからタオルとウェットティッシュを出して紅に渡した。紅は綺麗に返り血を拭き取ってから、比呂猛に返した。
「それじゃあ、途中のデパートで着替えるわね。」
「ああ、ここはほっといても構わなねえよな?」
「ええ、この管理者が片付けるわよ。一応お詫び入れてから行くわね。」
そう言って紅は将門の首塚へ向かって歩き始めた。比呂猛もそれに続いて歩き始めた。
「まだ、結構居るな。」
比呂猛は周りをぐるっと見渡してから言った。
「そうね、でも手は出して来ないわよ。」
「何で?」
「これから行く所に答えがあるわ。」
「ふーん。」
比呂猛は深く聞かずに、その後は黙って紅に着いて行った。程なくして二人は将門の首塚の目の前まで来た。
「ああ、そういう事か。」
納得したように比呂猛は頷いた。
「ごめんなさい。騒がしくしてしまって。ただ、貴方に迷惑をかけるつもりは無いわ。これからも、この地を見守って居てね。」
そう言って紅は目を閉じて手を合わせた。その姿をちょっと意外そうに比呂猛は見ていた。少しして、紅は目を開けて歩き始めた。
「確か、将門だったっけか?」
「そうよ。私は貴方みたいに何者も恐れない人とは違うからね。」
少し笑いながら紅は言う。
「別にお前が将門にびびってるとは思ってねえよ。ただな、ちゃんと大切にするもんはしてるんだなって思っただけだ。俺だって地元を大切にしてるしな。」
「そうね。だからこそ、あれだけ人気もある訳だろうし。それに関しては羨ましいわ。」
「何いってんだ、お前だって好かれてるだろ。周りに人が沢山居るのがその証拠だ。」
「ありがとう。貴方がこうやって隣に居る事も感謝しないとね。」
紅は嬉しそうに言った。
「そいつは微妙だけどな。まあ、雪志乃は分からんが、お前は敵だった奴も味方に出来る魅力があるからな。実際に俺だって昔は敵だった訳だしな。さっき、俺と雪志乃相手にって言った時、そのまま来られたらどうし様かと思ったぜ。」
少し笑いながら比呂猛は言った。
「ふふふ、別の場所なら考えたわよ。」
冗談なのか本気なのか分からない感じで、薄く笑いながら言う。
「おいおい勘弁してくれよ。あそこで天王が入って31でも微妙だと思ってたんだからよ。」
苦笑いしながら言う比呂猛。
「嫌ねえ、過大評価し過ぎよ。そこまで化け物じゃないわよ。」
本気で言っている比呂猛の言葉を聞いて、笑いながら答えた。
「まあ、貴方以外はどうにでも出来るって思っていたけれどね・・・。」
紅は笑うのを止め真面目な顔をしてから、ぼそっと後から続けた。
「洒落になってねえよ。ったく、頼むぜおい。」
ここに居ない誰かに言うような口調で比呂猛は愚痴った。
「比呂猛。私ね、本気で対決考えるわ。もっと人材集めてじゃないと無理だけど・・・。セツナは独立して貰うまで待っても良いわね。殺すには惜しい子だわ。それに、殺すとあの子が厄介になりそう。そうなれば、京都のお偉いさんも出張ってこないといけなくなるだろうし・・・。暫くは、先々の為に大人しくしておくわ。今日は色々あって楽しかったわ。」
「そうか、なら良かった。これで、不機嫌で帰られて暴れられても困るしな。お前の面倒見てる連中が可哀想だ。」
「ふふふ、さて、デパートに着くわね。さっさと着替えて帰りましょう。夕飯はどうするの?」
デパートの明かりが見えて来て、横に居る比呂猛に聞いた。
「どっちでも良いけどな。お前に任せる。」
「じゃあ、地元でご馳走させて。迷惑かけちゃったし、お礼って事でね。」
「分かった、じゃあ、あいつに連絡しとくから着替えて来てくれや。俺は入口近くで時間潰してる。」
比呂猛は携帯を出して、早速電話し始めた。紅は邪魔しないように離れてからデパートの中へ入って行った。
「悪いな、ああ、帰りは明日の朝かな。そうだな、さした騒ぎにはならなかった。うん、うん、分かった。じゃあな。」比呂猛は携帯を切ってポケットに入れた。
「全く、こっちに戻ってきたらおもりってのも何だかなあ。まあ、でも東京駅で派手にやってくれなくて良かったぜ。まあ、飯でちゃらって事にしとくか。」
比呂猛はデパートを見上げながら呟いた。


「狭い所なら有利だって思ったの?」
既に血しぶきで真っ赤になっている女子トイレで、紅は小さく呟いた。
目の前には既に2人が倒れていた。ただ、さっきとは違い、原型を全く留めていなかった。
「さあ、誰に頼まれたのか言いなさい。そうすれば、少しは楽に死なせて上げるわよ。」
相手は何も言わずに構える。紅は特に構えもせずに相手を見ている。構えてはいるものの、蛇に睨まれた蛙のように相手は動けなかった。
「どうしたの?かかって来なさい。その為にここに来たんでしょ?」
紅は妖しく微笑んで言った。
相手は女性だったが、恐怖の余り、顔面蒼白になっていた。
「貴方は元々、こういう事するタイプじゃないわね。表に出ずに、後ろでバックアップするタイプね・・・。」
小刻みに震えている女性を値踏みするように見て、紅は呟いた。相手は何か言いたそうだったが、口を開ける状況ではなかった。それだけ、怯えている様子だった。
「貴方に選択肢を与えましょう。一つはここで、これと同じになる。もう一つは貴方のように代えのきかない人間をこんな所によこすミスキャストを起こす組織から抜けて、私の所へ来る。」
紅の言葉に相手の女性は驚く。
「どちらを選ぶかは貴方に任せるわ。ただ、早くしないと貴方の組織の掃除屋が来るからそれまでね。」
そう言うと、紅は殺気を飛ばすのを止めて腕を組んで相手の回答を待った。
「あ・・・あの・・・。」
相手の女性は恐る恐る聞く。
「何かしら?」
「何故、そんな事を聞くんですか?」
まだ、顔は青かったが不思議そうに紅に質問した。
「さっきも言った通りよ。貴方のような人材が欲しいのよ。ここで、しかも無駄に散らせるのは惜しいと思うだけ。こんなミスキャストないでしょ?貴方は秘書やオペレーターのような仕事が向いていると思うのよね。こんな血生臭い所に引っ張り出される人種じゃないわ。訳ありでもなければね・・・。」
最後の部分で相手の女性はピクッとする。
「もし、後者を選ぶなら訳は後で聞いてあげるわ。出来るだけ協力してあげる。どう?」
女性は悩んだ後に血だらけの床に土下座した。
「もう、生きているだけで辛いんです・・・。どうするかはお任せします。殺すなりなんなり好きにして下さい。」
そう言ってから泣き崩れた。
「そう、なら連れて帰るわ。その代わり、暫く気がつくまで時間がかかるでしょうけれどね。新たな人生をこれから歩むと良いわ。一旦おやすみ・・・。」
そう言うと、当身を食らわしてぐったりなった女性を抱え起こした。


「おせえっ!」
比呂猛はデパートの入口で思わず叫んだ。周りが見ていたが気にもせずにむすっとしていた。その時携帯が鳴った。
「何してんだよ!」
相手が紅と分かっていた比呂猛は怒鳴った。
「ごめんなさい。トイレで襲われてね。その中でいい子見つけたから連れて帰ることにしたの。今日の迷惑ついでにお願い。デパートで大きな袋買って5階の女子トイレに来て。掃除の看板出しておくから。」
「しゃあねえな。今、掃除の連中入って行くから途中で足止めしてから行く。俺が行くまでそこから動くなよ。」
言うだけ言って、携帯を切ってポケットにねじ込んでから比呂猛は走り出した。


(15分ってとこか・・・。)
紅は時計を見ながら、女性の服を脱がせて自分の代えの服を血の飛び散っていない綺麗な所で着せていた。
「この子は結構敏感で優秀だし、連れて帰れれば大きなプラス。あっちにはマイナス。ふう、比呂猛を正式に自分の所に迎えられないのが本当に惜しいわ。でも、本当にこういう時に文句も言わずやってくれるから助かるわ。それだけに、代わりとはいわないけれど一緒に出れる人を探さないといけないって事ね・・・。」
呟きながら、女性に付いた血を丁寧に拭き取っていた。
外に気配がして、女性をそっと寝かせてから紅は外へ向かって出た。
「どうやら、別働隊が居たみたいね。」
中で待ち構えていると、2人入って来た。惨状を見て、一人はその場で吐いた。もう一人は紅に気が付いて、持っていた刃物で切りつけたがあっけなく下に転がっているものと一緒になった。もう一人はそれで気が付いて、紅の方を見て震えながら刃物を持っていた。
「さようなら・・・。」
あっけなく、もう一人も血しぶきを上げて重なり合うように倒れ込んだ。
「折角拭いたのに、無駄になったわ・・・。」
呟きながら比呂猛が来るのを待った。
少しして、比呂猛がやってきた。
「悪いちと手間取った。」
「十分だわ。この子なんだけど、証拠を残すのに血を出すから近くのここの病院へ運んで頂戴。私の患者だって言えば分かるわ。時間が無いから私は屋上から出るわ。後で落ち合いましょう。」
「分かった。」
その答えを聞くと気絶している女性の何ヶ所かを切って、床に血を垂らした。ある程度の所で止血して比呂猛に引き渡した。そして、無言のまま女子トイレを後にした。比呂猛は女性を大きな袋に入れて抱えてデパートを後にした。
「流石ね・・・。」
無事出た比呂猛を確認して、屋上に立っていた紅は満足そうに笑った。ビル風が紅の長い髪をなびかせていた。