迎え

走っている真矢はセツナの異変に気が付いた。
(夢で見た時と同じ瞳!?)
背筋に悪寒が走り、少し前で止まって体を硬直させた。そして、体から薄く黒いもやが立ち始めた。
(駄目!セツナは駄目なの!)
真矢は自分を抱え込むようにしてその場にしゃがみ込んだ。セツナは冷たい瞳でそれを見下ろしていた。
(それが狂気か・・・。面白い・・・。)
セツナは口元だけ笑うとゆっくりと真矢へと歩き始めた。
「久しぶりね、セツナ。」
大分近くなった所で、真矢とセツナの間に女性が割って入った。
「紅か・・・。」
セツナは相手を見据えて小さく呟いた。
「あの時と違って、随分と勇ましく、強くなったわね。」
嬉しそうに言うが、目は笑っていなかった。
「時が経てば変わるさ・・・。そこをどけ。真矢と決着をつける・・・。」
静かだがはっきりといった。凄まじい殺気が紅と呼ばれた女性に飛ぶ。しかし、女性は微動だにせずその場に立っている。
「嫌だといったら?」
「力ずくでもどいて貰う・・・。」
紅の問いにセツナは即答した。紅はその言葉に満足したように頷く。
「なら、やって御覧なさい。返り討ちにしてあげるわ。以前の様にね。」
紅のさっきまでの穏やかな表情と雰囲気が変わった。
「まあ、ちと待てや。」
今にも一触即発だった二人の間に比呂猛が割って入った。比呂猛はセツナの肩を軽く叩いてから押して、少し紅から距離を置かせた。
「邪魔するな・・・。」
セツナは不機嫌な顔で比呂猛を睨んだ。
「まあ、そう恐い顔すんな。邪魔するつもりはねえよ。」
「してる・・・。」
「いいから、ちと落ち着けや。俺の手振り払って行くな。」
「腕を落としてなら行っても良いのか?」
「俺が紅の肩持つと思ってんのか?メールで言っただろ、今日の俺はお前の盾だってな。」
「?」
少し落ち着いたセツナは言葉の意味が分からずに訝しげな顔をして比呂猛の方を改めて見た。
「まあ、見て聞いとけや。頭の良いお前ならすぐに分かる。」
それだけ言って比呂猛は、セツナに背を向けて紅に向き直った。セツナは驚いたが、比呂猛の言葉の真意を確かめるべく背中を見つめていた。紅の方も驚いて、顔色が変わったが薄く笑った。
「紅、自重するって約束だよな。冷静じゃない雪志乃をここでどうこうしようってのは頂けねえな。俺は雪志乃に盾になると約束した。お前が雪志乃をどうこうしてえなら、俺をまず排除する事だな。冷静になった雪志乃と俺を相手にする気があるなら、喜んで相手するぜ。」
ニヤリと笑いながら言う比呂猛にやれやれと言うポーズをとって紅は苦笑いした。
「降参、降参。貴方一人でも冗談にならないのに、二人なんて相手するつもりは無いわ。何処までやれるのか試したかったんだけど、ちょっと残念だわ。」
「それは正解だな。雪志乃の味方は俺だけじゃないみてえだしな。後ろからも何かされるとこだったぜ。」
比呂猛の言葉に紅は後ろでしゃがみ込んでいた真矢の方を見る。真矢は無言で紅を睨んでいた。
「ああ、天王だっけか。そいつ根は悪い奴じゃねえし、もう雪志乃に手は出さねえから許してやってくれや。」
「ええ、分かりました。えーと・・・あのー・・・。」
真矢は頷いた後で、比呂猛の方を見て首を傾げて困ったように苦笑いした。
「紫・・・。真矢はお前の事を知らない。名乗ってやってくれ。」
「ああ、そうか。悪い、悪い。俺は紫 比呂猛。雪志乃の知り合いだ。」
後ろからセツナに言われて、比呂猛は軽く挨拶した。
「紫さん、ありがとうございました。」
真矢はぺこりと頭を下げてお礼を言った。
「構わねえよ。約束だからな。紅、お前邪魔。」
「はいはい。」
紅は溜息をつきながら比呂猛の前まで来た。
「さてと、雪志乃行ってやれや。せっかく迎えに来てたんだし。」
「ああ・・・。」
セツナは複雑な心境で歩き始めた。
「びびんなよ。あいつは狂気を受け入れたんだ。お前の正体なんぞで取り乱しゃしねえよ。」
後ろからぼそっと比呂猛が言った。その言葉にセツナは歩みを止めた。急に止まったので真矢は不思議そうにセツナの方を見ていた。
「色々、すまん。」
「頭は下げるなよ。俺なんぞに頭下げたら、お前の価値が下がる。その言葉だけで十分だ。」
頭を下げそうになっていた所で言われてセツナは比呂猛の方を見た。比呂猛はニッと笑っていた。その顔に軽く笑ってから、セツナは再び真矢の方へ向いて歩いて行った。

(全く・・・、かなわんな・・・。)
セツナは内心で苦笑いしながらも、真矢の前までやってきた。真矢は立ち上がってセツナを正面から見た。
「おかえり・・・・。」
「ただいまっ!」
セツナの言葉に嬉しそうに笑って、真矢はいつものように抱きついた。


「ありがとね、比呂猛。」
「ん?ったく久々に外に出て熱くなるなよな。面倒みねえって言ったのによ。」
少し離れた所で見ていた二人は呟き合っていた。
「ふふっ。借り一つにするからさ。」
「へいへい。」
少し笑いながら言う紅に、素っ気無い答え方をする比呂猛。
「ほんとに似てるよな、お前と雪志乃は。」
「そうね、今日で良く分かったわ。上手く付き合うことにするわ。うふふ、きまぐれだったけれど、貴方に彼女を助けるの頼んで良かったわ。これで、退屈せずに済みそうだわ。」
嬉しそうに言う紅を横目でちらっと見てから比呂猛は、抱き合っている状態の二人へ近付いて行った。
「しょうがない、比呂猛に連れて行かれる前に周りの知り合いに挨拶でもしてこようかな。」
紅はそっとその場を離れた。


「再会で喜んでいる所悪い。俺はお役御免で良いのか?」
「ああ、後は二人で大丈夫だ。」
「紫さん、本当にありがとうございました。」
抱きついていた真矢は、離れてから再びペコリと頭を下げてお礼を言った。
「じゃあな。」
比呂猛は軽く手を振って人込みに消えていった。
「帰るか・・・。」
「ねえ、セツナ・・・。」
先に歩き出そうとするセツナの袖を持って真矢が言う。
「うん?」
「話・・・したいな。」
「家に来る?」
真剣な真矢の表情にセツナは今まで上げた事の無い自分の家に誘った。真矢はその言葉に、一瞬驚いてセツナの顔をまじまじと見る。
「私も話がある。」
「う、うん。」
セツナの雰囲気に少し気圧されながらも、真矢は頷いた。二人は東京駅を後にしてセツナの家に向かった。