期待と不安

「おはようございます。」
まだ寝ぼけ眼の真矢は寝癖がついたままで神主の前に来て挨拶していた。
「おはようございます。良く眠っていましたね。」
神主は微笑みながら挨拶し返した。外はすっかり明るくなっていて、神主の部屋に来る前に見た太陽の位置はかなり高くなっていた。
「すいません、寝過ごしてしまって。」
真矢は恥ずかしそうに少し赤くなりながら小さな声で言った。
「いえいえ、よっぽど疲れていたのでしょう。既に5日経っていますよ。」
「ええっ!?」
神主の言葉に寝ぼけ眼だった目が見開かれた。
「学校の方には体調不良なので後一週間程掛かりそうです、とは言っておきましたから大丈夫ですよ。お腹が減っているでしょうから、まずご飯を食べて、お風呂にでもゆっくり浸かってから帰ると良いですよ。」
神主のその言葉とほぼ同時にお腹が鳴った。
「はい・・・。失礼します。」
真っ赤になって俯いて逃げるように神主の部屋を出た。
「ああ、もう・・・。恥ずかしいなあ。」
真矢は思わず呟いて景色の良い廊下を歩いて行った。


セツナはいつもにも増して殺気立っていた。
昨日退院して、今日から学校に来ているのだが、学校では只でさえ人が寄り付かないのに、真矢が居ない事とで悪化している雰囲気に先生さえも声を掛けられないような状況だった。それは、退院祝いを渡した女生徒が泣いた程酷いものだった。
(遅くとも・・・来週には・・・・真矢が帰ってくる・・・。)
席に着いたセツナは教科書やノートも出さず、来ている仕事のメールでさえ相手にしていなかった。その鬼気迫る雰囲気に当てられて数人が、保健室へ行っていた。
終業時間になって少し落ち着いたセツナは、仕事のメールを見た。いつも通りの内容だった。そこに紛れて、比呂猛からもメールが来ていた。

戦慄のセツナへ・・・
件名にセツナは携帯を押している手が一瞬止まった。すぐに手を動かし始めて内容を確認し始めた。

 いよいよ、天王が帰ってくるな。知り合いの話だと午後4時頃京都駅で新幹線に乗ったそうだ。お前だけじゃなく、天王に興味を持っている連中が色々な意味で迎えに行ってるみたいだ。当然お前の知り合いだって知っての事だ。気になるなら行ってこいや。一人で踏ん切りつかねえなら付き合う。俺はお前がびびって行かないタマだとは思ってねえ。俺で良けりゃ盾位にゃなるぜ。返事は期待しねえで待ってる。
 ブラッディーパープル

(紫 比呂猛としてではなく、ブラッディーパープルとしてか・・・。)
セツナはメールを読み終わった後、口元だけ笑った。その後、返信のメールを送ってから東京駅へ向かい走り始めた。


「お、返信来たな。どれどれ・・・。」
比呂猛は携帯を見た。
「あいつらしいや。」
少し笑った後、横の視線に気が付いてそちらを見た。
「彼女から?」
隣に座っている女性は興味深そうに聞いた。
「違う違う、お前から守ってくれってお願いされた奴からだよ。」
その答えに意外そうな顔をする女性。
「彼女に嫉妬されるわよ。」
少し笑いながら女性は言った。
「んな訳ねえだろ。お前といい、こいつといい相手分かってんだからよ。全く、御大将がわざわざ部外者の里帰りに同行しなくても良いのによ。」
比呂猛は少し呆れたような口調で言った。
「でも、行って良かったわ。とっても良い所だった。それに、故郷での名声があんなに凄いのにも驚いたしね。他の連中に貴方みたいに嫌味言われなくて済みそうだし。」
言い終わった後、女性は少し笑った。
「そろそろ大宮だから乗り換えだ。天王が東京に着くのに間に合うかは微妙だな。お前は帰るのか?それとも一緒に東京に行くか?」
「折角久しぶりに表に出れたんだし、行くわ。天王 真矢、雪志乃 セツナ、他にも有名人が揃いそうな気配だから楽しみだわ。」
女性は妖しく微笑んでもうすぐ終点に着く新幹線のアナウンスを聞いていた。
「ったく、騒ぎがでかくなっても知らねえぞ。お前のストッパー居ねえじゃんか。」
「何いってるの。今は貴方がストッパーよ。宜しくね。」
「悪いけど、それは出来ねえな。今回は雪志乃の盾になるからな。二人も面倒見れねえ。」
きっぱりと言い切る比呂猛。
「仕方ないわね。出来るだけ自重するわ。それから、さっきの話なんだけど貴方はどう思う?」
さっきまでとは打って変わって急に真面目な顔になる女性。
「そうだな・・・。関東圏を掌握してえなら対決するしかねえだろうな。今すぐとは言わねえけどいずれはな。自滅するほど間抜けな連中じゃないしな。雪志乃だって暫くすればきっと幹部になる。そうすりゃ、ぶつかった時の被害も大きくなるだろうな・・・。雪志乃はお前と同じタイプだ。個人でも良し、集団の頭になっても良し。頭数が多い分、相手の方が有利だろう。お前の方の敗北が濃厚だぞ。」
比呂猛の意見に軽く溜息をつく女性。
「貴方は自分を過小評価するけれど、相手はしっかりと見て評価するものね。無駄に大きなだけの組織ではないと言う事ね・・・。貴重な意見ありがとう。戻ってから検討してみるわ。また、お願いさせて貰うかも知れないわ。」
「ああ、その時にどうするかは決めさせて貰う。」
女性はその答えには満足そうに微笑んだ。


真矢は沢山のお土産を持って、新幹線に乗っていた。夕暮れの車窓を眺めながらも、早くセツナに会いたくて仕方がなかった。
(これで、堂々とセツナと付き合える。でも・・・こんな私でも受け入れて以前みたいに付き合ってくれるかな・・・。)
赤沙羅神社で貰ったお弁当を食べる手が止まった。さっきまでは嬉しさしかなかったが、急に不安になり始めていた。
(何からどうやって説明すれば良いんだろう・・・。)
真矢は弁当をボーっと見つめる形で考えていた。
「あの・・・。気分でも悪いんですか?」
「えっ!?」
隣に座っている人から声を掛けられ真矢はハッとして、我に返った。
「いえいえ、何でも無いです。大丈夫です。」
大きなジェスチャーでアピールしてから、誤魔化すように弁当をかき込んでむせていた。隣の人からお茶を貰って涙目でペコペコと頭を下げた。そこから立ち直る時には、すっかり心配を忘れて、隣の人と談笑を始めていた。新幹線は浜松湖を過ぎて一路東京へと向かっていた。


東京駅の構内は、仕事帰りのサラリーマンや旅行客でごった返していた。ただ、それに混じっていつも見かけない連中がかなり居た。
「意外と見た顔が居るわねえ。」
比呂猛の隣を歩く女性は楽しそうに辺りを見渡していた。女性を知っている者は意図的に目を逸らしていた。
「ったく、お前は目立つな。」
比呂猛は苦笑いして言った後、諦めてそのまま無言で歩いていた。
(逆にこいつを連れて来て正解だったかもしれねえな。周りにはいい牽制になる。)
「貴方の知っている人居るかしら?貴方の知り合いだとかなり面倒そうだから、先に聞いておきたいわ。」
「居るが、気に留めるまでもねえ。」
静かに一言だけ言って、後は再び無言になった。女性は納得したように頷いてから、比呂猛に続いた。


「東京ー。東京ー。終点です・・・。」
アナウンスが流れて真矢と隣の人は気が付いて、荷物を下ろしてホームに降り立った。隣の人は迎えが来ていた。真矢は邪魔にならないように、軽く頭を下げてから出口の方へと向かった。
(ちょっと羨ましいかな・・・。)
下りのエスカレーターに乗りながら真矢はお土産をボーっと眺めていた。エスカレーターを降りると、多くの視線を感じた。今までに無い感覚だった。
(視線・・・・。普通に見ている訳じゃなさそう・・・。)
真矢は警戒しながら自動改札を出て、乗り換える為に案内板を見上げた。
「えーっと・・・。」
「天王 真矢さんかしら?」
「えっ!?」
横から急に声を掛けられた真矢は驚いて、すぐ横を見た。見たことの無い綺麗な女性と、同い年位の男性が一人並んで立っていた。
「あ、あの・・・。どちら様ですか?」
真矢は訝しげに上目遣いで相手を見ながら聞いた。
「あら、ごめんなさいね。雪志乃 セツナさんの知り合いの知り合いかしらね。知り合いは、こっちね。」
女性は顎に手を当てながら答える。
「そうでしたか。でも、何でセツナの知り合いの方がここに?」
セツナの知り合いと言うことで納得した真矢だったが、自然とその後の疑問が口から出た。
「貴方を迎えに向かっていると聞いてね。私、一度彼女に会ってみたかったから。無理を言って連れて来て貰ったの。」
「えっ!?セツナが迎えに!?嬉しいけれど、何で知っているんだろう?」
真矢は腕を組んで考え込み始めた。
「ほら、来たみたいだから本人に聞いてみたら?」
女性の言葉に、凄い速さで辺りをキョロキョロする。遠くに、走っているセツナが見えた。
「セツナーーーー!!!」
周りが見ているのも気にせずに真矢は一目散に走り出した。声を聞いたセツナは女性をみて一瞬ギョッとしたが、近付いてくる真矢の方を見て不敵に笑った。
「あの子・・・。何か勘違いしているかもしれないわ・・・。」
女性はそれだけ言うと、比呂猛を置いて走り出した。比呂猛も女性を追うがそのスピードに追いつく事は出来なかった。
セツナは走るのを止めて、その場に止まって真矢を待った。
(真矢・・・。待っていた・・・。)

その瞳の奥は鋭く光っていた。