融合

「ひぃ・・・。」
後ずさる真矢の体の周囲には黒いもやがかなりくっきりと現れて来ていた。真矢はあまりの恐怖に声も出なくなって首だけ左右に振りながらとにかく後ずさっていた。もやはどんどん濃くなり、ついには実体化し始めた。
「狂気か・・・。」
神主は呟きながらも歩みは止めていなかった。
ドンッ!
「!」
真矢はとうとう外壁に追い込まれた。ただ、壁を見る余裕も無く無理と分かっていても更に後ずさろうとしていた。その時ふと、自分の視界に黒いものが入った。
「えっ!?」
神主の持っている刀とは別に自分自身に寒気を覚えた。
「ふむ、気がついたようだね。」
神主は刀をさやに収めた。
「ええっ!?」
真矢は訳が分からずに目をぱちくりとした。
「今、君が気が付いたのが狂気だよ。君自身を守るように覆っているよ。この刀の力にも動じずにね。」
神主の言葉に真矢は自分の周りを見てみた。すると確かに自分を包み込むように黒いものがある。さっきは一瞬寒気を感じたが今は自然と馴染んでいるように思えた。
「「赤沙羅の神主よ・・・。」」
静かな声が辺りに響いた。
「はい、何でしょう?」
「「この者は今までに無く器が大きく、更に俺と相性が良い・・・。こんなのは初めてだ・・・。」」
「そうですね。こんなに理性的な貴方に会うのも久しぶりです。ただし、後は彼女次第です。」
「?」
双方のやり取りの意味が分からない真矢は首をかしげていた。
「「天王 真矢。お前は我を受け入れるか?それとも我を受け入れないか?選ぶが良い・・・。」」
「えっと・・・。どういう風にしたら良いか分からないけど・・・。今まで恐いと思ってたけどそんな事無いし・・・。受け入れる!」
真矢はきっぱりと言い切った。
「「良い覚悟だ、今の時点で我に支配されていない。その精神力の強さならば、我もまた本領を発揮できるであろう。もしも、このまま我を完全に受け入れきれたのなら、我は汝の力となろう。どう扱うかは汝次第だ・・・。それでは行くぞ。我は狂気・・・。全てを狂わせる・・・天王の血の力・・・。」」
真矢はその言葉を聞いた直後、気が遠くなり意識を失った。前に倒れ込む頭をそっと神主は支えた。
「これからが・・・本当の貴方の戦いなのです・・・。笑顔で迎えられる事を祈ります・・・。」
そう言ってから、壁にもたれかかせて神主は少し距離を置いて二本の日本刀の柄に手を掛けて目を閉じた。

「・・・真矢・・・真矢・・・。」
「う・・・ん・・・?」
真矢は呼ばれて目を覚ました。
(えっ!?)
真矢は声が出なかった。あまりの驚きに口が開いたままだった。目の前には死んだ筈の両親が微笑んでいた。
「どうしたの?真矢?」
「忘れてしまったのかい?」
二人の問いに首をぶんぶんと横に振った。
「私の可愛い真矢・・・。」
「真矢・・・。」
二人が真矢に手を伸ばした瞬間・・・
自分の体から黒いものが出て来て両親の伸ばした手を手首から切り落とした。
「い・・・嫌あああぁーーーー!!!」
真矢は絶叫した。そんな絶叫などお構い無しに黒いものは両親の体を切り刻んで行く。嫌なのにその凄惨な光景から目を逸らす事が出来なかった。バラバラになった肉塊を目の前に真矢は呆然と立ち尽くした。
(私が・・・父さんと・・・母さんを・・・殺したんだ・・・。)
真矢は頭の中が真っ白になった。
「真矢・・・。」
誰か聞き慣れた声がしたが、真矢は反応しなかった。
パンッ!
頬を叩かれて真矢は気がついた。しかし、ボーっとただ相手を見るだけだった。目の前にいたのはセツナだった。
「セツナ・・・。」
名前を呟いた後、止め処なく涙が溢れてきた。
「ん?どうした?」
セツナは不思議そうに真矢を見ていた。
「私ね・・・両親を殺しちゃったの・・・ひっく・・・。」
しゃくりあげながら真矢は言った。
「仕方ない・・・。」
「えっ!?」
意外な答えに真矢は驚いて我に返った。
「な、何いってるのセツナ?殺しちゃったんだよ!?しかも両親だよ!?」
真矢はセツナの両肩を揺さぶって叫んだ。
「だって、そんなに手が赤い。」
「えっ!?」
真矢はすぐに自分の両手を見た。血で赤黒く染まっていた。それにも驚いたが、それ以上にセツナの手が赤く染まっている事に衝撃を受けていた。
「セ、セツナ!?・・・その手!?」
「そうね、赤い。私は別に驚かない。当たり前だから・・・。」
そう言い終わるとセツナの目つきが変わった。いつも自分に見せる目ではなかった。背筋に悪寒が走った。初めてセツナを恐いと思った。
「震えている。それでは、私は殺せない・・・。真矢・・・。さようなら・・・。」
「駄目・・・。セツナだけは駄目えぇーーー!!!」
真矢が叫ぶと目の前のセツナが光に包まれて消えた。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ。」
真矢は凄まじい脂汗をかいてその場に立っていた。目は血走って、精神的に限界に来ていた。
(汝・・・我のものとなれ・・・。さすれば・・・汝を苦しみから解放してやる・・・。)
頭の中に不意に声が響く。
「こんな事で・・・絶対に屈したりはしない!」例えセツナがどうであろうと私は貴方に支配されたりしない!」
それからも凄まじい光景が目に入り、嫌な音が耳から聞こえ、生暖かいものを感じたが真矢はそれから以降は決して弱音を吐かずに全てを受け入れた。
暫くしてから景色が地獄絵図から変わった。
「「天王 真矢よ。汝が一番大事に思っているものは分かった。だが覚えておくのだ・・・汝が本当に取り乱せば我は容赦無く全てを奪い狂わせる・・・。汝が我を受け入れるという事は、一生我に悩まされる事も忘れるな・・・。」」
目の前に何時の間にか黒いもの、狂気が立っていた。
「うん。セツナがいる限り絶望はしないよ。私、セツナの為だったら何でもする覚悟だよ!」
「「ならば、我の力を思う存分汝の力として振るうが良い。汝は我を受け入れた!」」
「宜しくね。狂気さん。」
少し笑いながら真矢は手を差し出した。
「「汝は本当に大物だ・・・。」」
少し呆れたように言って狂気は手を差し出し、二人は握手した。その瞬間、真矢は再び気を失った。


「真矢!?」
セツナは叫んで起き上がったが、痛みのせいで無言で俯いた。
(今のは・・・真矢?あの黒いのが狂気・・・なのか?)
痛みを堪えながらも厳しい表情でセツナは自問していた。
(狂気を受け入れ帰って来たら、私の素性もばれるだろう・・・。)
「その時が、決着を漬ける時だ・・・。」
セツナは不敵に笑った。


真矢が気が付くと目の前に神主が居た。
「ただいま戻りました。お蔭様で受け入れられました。」
にっこりと笑いながら言う真矢に神主は目を開けてからホッとしたように溜息をついた。
「お見事でした。後は、すぐに戻っても構いませんし、一晩と待っていっても構いませんよ。大分疲れているでしょうからね。」
「戻れそうならすぐにでも・・・ありゃ!?」
そう言いながら立ち上がると、膝がかくんとなって力が入らなかった。
「見た目は大丈夫ですけれど、狂気との融合もありますから極度に疲労しているのかもしれませんし、これから数日も体として疲労状態になるかもしれません。今日は休んでいくと良いかもしれません。」
「はい、すいませんが、もう一日お世話になります。」
真矢は照れくさそうに言った。
「では、私が運びましょう。今の貴方に他のものが近づけないかもしれませんからね。」
「お手数掛けます。」
抱えられて、ぺこぺこと頭を下げていた。それを見て、神主は軽く笑っていた。
(ついに、天王家の呪縛はここで解き放たれましたね・・・。後は新たな道をどう歩んでくれるのか・・・。)
神主がそう思っている間に真矢は寝息を立てていた。
(雪志乃セツナ・・・。貴方と一緒にどう歩むのか、遠くから見届けましょう。)
神主は青空を見上げてから、ふすまを開けて中へと入っていった。
抱えられている真矢の顔は、満足そうな顔をしていた。