ヴァレンタインナイト(中編)

「恭子さん、彼が来たわよ。起きないと・・・。」
「キャッ!?」
耳元で十六夜に囁かれた気がして、びっくりして恭子は跳ね起きた。
キョロキョロしたが誰も居なかった。
ピンポーン
「あ・・・。ホントに来た?」
インターホンが鳴って、そう呟きながら恭子は玄関へ向かった。覗き窓から見ると寒そうにしている聖一が立っている。
鍵を開けて、恭子はドアを開けた。
「いらっしゃい。」
「うん、お邪魔〜っと。う〜寒い。」
挨拶を交わしてから、二人で部屋へ移動する。
「なあ、恭子良く見えるな?」
「えっ!?」
聖一の言葉の意味が分からなくて恭子は目をぱちくりしていた。
「いや、だからさ真っ暗だし。寝てるかと思ってたんだよな。」
(真っ暗?普通に見えてるけど?どういう事?)
「あ、うん、今つけるね。」
不思議に思いながらも、電気をつけた。恭子としては別に視界には何の代わりも無かった。
「とりあえず、これ春那ちゃんからいつもの出汁巻きとチョコ。」
「うん。」
恭子は受け取りながらテーブルに置いた。すると、別の場所においておいたはずのあの袋が何故か置いてある。
(!?)
訳が分からずに恭子はそこにおいてあった自分の手作りチョコがどこに行ったのかを部屋を見渡しながら探した。しかし、どこにも見当たらない。
「どうした?恭子?おおっ!これすげえな。恭子がラッピングもしたのか?」
聖一はテーブルの上にある袋に気が付いて、見て驚きながら聞いていた。
「あ、これはね・・・。」
そこまで言うと目の前の聖一と景色が分離するようにグニャッとゆがんで元に戻る。
(何?今の!?)
恭子は訳が分からず目をぱちくりした。
「恭子、調子悪いのか?」
「ううん、大丈夫。これね、私が作ったの。」
(ちょっと何私言ってるの!?)
【「ううん、大丈夫。」】までは自分の言葉だった。しかし、その後は勝手に自分の口から出たものだった。
「へえ、凄いな。恭子いつの間にこんな得意技身に付けてたんだ。じゃあ、これ開けても良いのかな?」
「うん、良いよ。」
(駄目っ!駄目ぇー!!!)
にっこり笑って言う自分の石とは裏腹の言葉に内心で必死に叫んでいた。
聖一が袋を開けていると、恭子は変な事に気が付いた。さっき開けたはずのラッピングがまたきちっとされている。
(駄目、聖一!開けちゃ駄目っ!!!)
言いたくても、黙ったままで言葉を出す事が出来ない。
聖一はニコニコして見ている恭子を不振がらずに、丁寧にラッピングを解いて箱を開けた。
(あ・・・れ?)
恭子は開いた中身を見て、止まっていた。自分がさっき見た詰め合わせではなく、自分の手作りのチョコレートが入っていた。
「じゃあ、早速貰っても良いかな?」
「う、うん・・・。」
内心ではホッとしたのと、何故と言う複雑な気持ちだったが、聖一には少し照れ臭そうにしているようにしか映っていなかった。
「それじゃ、頂き〜っと。」
ぱくっ、もぐもぐ・・・
(どうかな・・・。)
恭子は思わず真剣な顔つきで、聖一の反応を待っていた。
「うん、美味い。」
にっこり笑って嬉しそうに聖一は感想を言った。
「良かった。」
恭子も嬉しそうに微笑んだ。
「あ、それとね。温まるものすぐに用意するから待っててね。」
「ああ、分かった。」
(温かいもの???)
また、勝手にしゃべった自分に不思議に思いながら、自然と台所に行くと、準備万端のホットチョコレートが湯気を立てていた。
(ちょっ、ちょっとこれ、あからさまにおかしいでしょ!?)
恭子は内心でツッコミを入れていたがペアのカップを持ってそのまま聖一のいるテーブルに戻ってくる。
(ちょっと待ってよ〜!)
内心で半べそになりながら言っていた。
「おお、早いな。なるほどなあ。そっか、暗かったのも実はサプライズだったのか?」
聖一はそう良いながら、差し出されたカップを受け取った。
「えへへ。来る事分かってたから、ね。」
(こら〜!何勝手なこと言ってるのよ私!!!)
表裏の事など知らない聖一と一緒に軽くカップをあわせる。
「乾杯!」
軽い音を立ててから、自分も聖一もホットチョコレートを飲んだ。
(ちょっと待ってよ・・・。まさかこれって・・・。)
恭子は背筋が寒くなって、内心では固まっていた筈だが、しっかりと最後までホットチョコレートを飲み切っていた。
「うん、これも美味いな。」
(終わった・・・。)
何かは分からないがそう思った恭子は、満足そうに言う聖一の顔を見て申し訳なくなってきて、目頭が熱くなってきていた。
「ん?」
(恭子?)
涙ぐみ始めている恭子に気が付いた聖一は変に思ってまじまじと顔を見た。
「ゴメン!ゴメンね聖一!」
「へっ!?」
突然ポロポロ泣き出して謝る恭子に、驚いて聖一は訳が分からないでいた。
「何かあったのか?」
聖一は少しして、優しく聞いた。恭子はその言葉に無言のまま小さく頷いた。
「信じてもらえるか分からないけど・・・。」
恭子は起きていた事を全部素直に話した。
「そっか・・・。じゃあ今俺が恭子を凄く愛しいって思うのもそのせいなのかな?」
「えっ!?いや、それは・・・どうなんだろ・・・。わかんない・・・。」
真顔で聞かれて、恭子は赤くなってどぎまぎしながら俯いて自身無さそうに答える。
「恭子・・・。」
「え・・ぁ・・・。」
名前を呼ばれて、ちょっと俯いていた恭子が顔を上げると目の前に聖一が居て・・・。
恭子は聖一にキスされていた。
「んっ・・・。」
(チョコレートの甘い味・・・。)
恭子は目を閉じて、聖一の唇を感じていた。
そして、少ししてその感覚は離れていったと同時に自分の意識も無くなっていた。


「インターホンも鳴らないし・・・合鍵でも開かない?」
(まさかお姉ちゃんと聖一さんに何か起こってるんじゃ!)
心配になって来ていた葵はどう考えてもおかしい状況にやきもきしていた。
「すぅ・・・。」
葵は息を静かに吸い込みながら構えた。
「破壊行為はいけませんわ。」
「誰っ!?」
突然後ろから声がしたのに驚いて振り向きながら言った。
そこには、暗がりの中にもかかわらず、肌の白く美しい女性が立っていた。
(気配が全くしなかったのは何故?まさか幽霊!?)
霊感のある葵は構えるのを解いて、代わりに印を組むように手を合わせる。
「人の名を聞くには自分からとご両親から習わなかったのですか?」
相手は妖しく微笑みながら静かに言う。
「私は・・・葵です。」
ちょっとカチンと来ていたが相手のいう事ももっともだったので名乗った。
「なるほど。恭子さんの妹さんですか。」
「何でそれを!?貴方は一体何者なんですか・・・。」
女性の言葉に、険しい表情になって葵は聞いた。
「失礼致しました。私は源 十六夜と申します。恭子さんとはお知り合いですわ。」
「貴方のような知り合いがいると姉から聞いた事はありません。」
(源?嘘を言っているようには聞こえないけど・・・幽霊では無さそうだし・・・。)
十六夜の丁寧な挨拶に、内心で変に思いながらもピシャッと言い切った。
「それはそうでしょうね。貴方が恭子さんにセツナさんの事を言えないのと同じ様なものですよ。」
「!?」
(あの人の関係者・・・。)
葵は驚いて体を強張らせた。
「察しが宜しいようで助かりますわ。私はセツナさんの部下の一人です。まさかこんな形で貴方に会えるとは思っていませんでした。」
十六夜は嬉しそうに良いながら、微笑んだ。葵はそれを見て、背筋に寒いものが走った。
(そうか・・・。この人が朝あの人が言ってた十六夜・・・。)
葵は朝あった事を思い出していた。
「恭子さんと彼の恋路に水を差してはいけませんわ。」
「その言葉そっくりお返しします。」
そう良いながら、葵は印を組み終わったが効果が無いのを知って、再び身構えた。
「ならばどうします?いえ、どうしてくれるんですか?」
さっきまでの妖しい微笑ではなく、目を細めながら静かに言う。さっきとはあからさまに雰囲気が変わっていた。今実際に外は寒いのだが、それとは違う寒気を葵は覚えていた。
(この人・・・あの人と違う・・・。)
変な汗が葵の背中を伝っていた。
「黙って去るのなら見逃して差し上げますわ。どうします葵さん?」
「・・・。」
(ここまで来て。お姉ちゃんと聖一さんを放ってなんて行けないっ!)
無言のまま、内心で意を決した葵は十六夜との間合いを一気に詰めた。


「そうだったんですか・・・。」
男性の意見で数駅離れた居酒屋に二人は居た。女性は男性に会えなかった間に何があったのかを聞いて複雑な顔をしていた。
「うん、まあやっと落ち着けたから挨拶も出来なくて申し訳なかったと思ってね。もしお店を辞めてたらどうしようとドキドキしてたよ。」
「その時に・・・。」
「ん?」
ぽつりと言う女性に男性は不思議そうに聞いた。
「私は邪魔だったんですかね・・・。」
「・・・。難しいな・・・。正直言ったら考える余裕すらなかった・・・かな・・・。」
切なそうに言う女性に男性は真面目な顔をして答えていた。
「今日は茶化さないんですね・・・。」
「この件については茶化す事じゃないと思うし、私でも茶化せないよ。」
「何で・・・会いに来たんですか?さっきも言ってましたけど本当なら駅にも来たくなかったんじゃないんですか?」
酔ったのもあってか、女性はふてくされたように言う。
「本当にお世話になった君には話さないといけないと思ったからさ。」
男性はふざける事無く真面目な表情のままはっきりと言った。
「義務感ですか?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・。」
女性は急に真面目な顔になって聞くが、男性は苦笑いしながら自身無さそうに答える。
「本当に変わっちゃったんですね。私の事あんなに振り回したくせに・・・。今はこんなに一杯一杯で・・・。」
「君の言う通りかもしれない。今は振り回す余裕すらないかもね。」
そう言うと、男性は今日初めて笑った。
「ふふっ。そう、その貴方が好きなの。一杯一杯の情けない貴方なんて見たくない。」
女性もおかしそうに冗談めかして言う。
「まだ、マシな方だよ。今さっきまで本当の笑い方すら忘れてたよ。ありがとう。」
「な、何真顔でそんな事言ってるんですか!?」
男性が頭を下げながら言うと、照れ隠しをするように言った後女性は一気に目の前にあったワインを飲み干した。


「ん・・・。眩しっ・・・。」
(眩しい???)
葵は何故か眩しさで目を覚ましていた。
「良かった、葵ちゃん気が付いて・・・。」
「えっ!?」
声がしたので見てみると、ホッとした顔の春那が横に居た。
「私・・・ここ・・・。」
葵は必死に思い出そうとしていたがさっぱり思い出せないでいた。
「あのね、2時間位前に家のインターホンが鳴って出てみたら、葵ちゃんがぐったりして倒れていたの。それで、慌てて中に運び入れて寝かせていたの。」
「そっか・・・。」
(全然覚えてない・・・。思い出せない・・・。どうして?)
軽く返事をしたものの、なかなか今日の事すら思い出せない事に葵は焦っていた。
「そういえば、恭子さんと聖一さんは元気だった?」
「えっ!?お姉ちゃんと聖一さん???」
「だって、私に電話くれて恭子さんの所に行くって言ってなかったっけ?」
(頭でもぶつけたのかな・・・。でも、こぶとか無かったし・・・。辺にとぼけている感じでもないし・・・。どうしたんだろう?)
春那は心配して不思議に思いながら聞いていた。
「お姉ちゃんの所・・・。痛っ・・・。」
思い出そうとして頭に激痛が走った。
「大丈夫!?」
「うぐっ・・・うぅ・・・。」
「変に思い出さない方が良さそうだよ?とりあえず楽にして横になった方が・・・。」
頭を抑えて苦しんでいる葵を見て、ワタワタしながらも言いながら横にさせた。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
(一体何?)
葵は荒い息をしながら、横になって何も考えないと楽になったのを不思議に思っていた。
「とりあえず、温かいものでも入れてくるから。ゆっくりしててね。恭子さん達には明日聞けば良いよ。ね?」
「う、うん・・・。」
(何か変だけど・・・。今は春那の言う通りにしておいた方が良い気がする。)
葵は変に考えるのを止めて、静かに目を閉じた。