聖一と恭子(完結編)

2004年12月25日
・・・某ファミリーレストラン17:00・・・
いつも無理でもニコニコしている恭子だが、今は明らかに怒っていた。その怒りを隠そうともしていなかった。
「何でよっ!店長出るって言ったじゃないっ!!!」
そう、怒っている理由は一緒に出るから出てくれとお願いしていた店長が来ないとの知らせが入り、更に一人風邪で来れなくなってしまった為に恭子が残らなくてはならなくなっていたからである。
多分目の前にいるのが柴崎でなければ恭子の怒りはこんなものではなかっただろう。休憩室の外では声を掛けたくても掛けられない新人の厨房のバイトが立ち尽くしていた。店内の方は昨日よりはましなものの、それでも忙しい事には変わりなかった。
「恭子ちゃん。怒りはごもっともだが頼む。」
柴崎はそれだけ言って頭を下げた。
「くぅ・・・。」
まだまだ怒り足りない恭子だったが、頭を下げる柴崎を見て溜息をついた。
「分かりましたよ。ただし、店長次来た時はどうなっても知りませんからね。」
「分かった。本当に済まん・・・。」
頭を下げたまま柴崎は唸る様に言った。
「いえ、シバさんは悪くないですから。さあ、行きましょう。表でシバさんの事待ってる人がいるよ。」
再び笑顔になって言う恭子の声を聞いて、柴崎は頭を上げた。
「入って来い。」
「す、すいません。」
新人のバイトの男の子が申し訳無さそうに入ってくる。
「あの、奥さんから電話が入っているんですが・・・。」
「分かった。お前はすぐに戻って手伝え。恭子ちゃんもホール頼む。」
「はいっ!」
「分かりました。」
先に新人のバイトの子が走って出て行き、恭子はそれに続いて出て行った。」
柴崎はそれを見送ってから、電話を取った。
「もしもし、済まんな。今日は本当ならこれで終わりなんだが、人がいなくて。ああ、今日が休みだったのも分かってる。そう言うな。他にも俺と同じ目に会ってるバイトの女の子がいる。クリスマスだけでなくて彼の誕生日でもあるらしい。その子を残して帰るのは酷いだろ?ああ、日付が変わる頃には帰れると思う。ああ、愛してるよ。それじゃあ、二人にも宜しくな。大丈夫だ、プレゼントは買ってある。それじゃあ、仕事に戻る。」
電話を切ってから柴崎は休憩室を後にして厨房へと戻っていった。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?おタバコは吸われますか?」
(こうなったら自棄よ!やってやろうじゃないの!)
恭子は腹をくくって客を席へと案内した。


そんな頃、葵はまだ爆睡していた。
春那は買い物先のスーパーの鮮魚売り場で流れている変わった歌に気を取られていた。


・・・19:00聖一宅・・・
「ん?もうこんな時間か・・・。恭子まだバイト終らないのかな・・・。」
聖一は呟いてテレビを見ていた。
(家に帰ったかもしれないし・・・どうすっかな・・・。)
家に電話しようか迷っていた。
(もうちょっと待ってみるか・・・。)
少し拗ねた風に寝転がって少しして聖一は眠ってしまっていた。


・・・某ホテルレストラン・・・
「メリークリスマス。」
「メリークリスマス♪」
夜景が綺麗なレストランで一組のカップルが乾杯していた。
「本当にお誘い頂けて嬉しいです〜。しかも、こんな立派な所に。」
驚いて言う女性は、某駅のアクセサリーのお店の店員だった。
「まあ、あの時に約束したしね。こちらこそお誘い受けて頂いて光栄だよ。てっきり彼か友達なんかと過ごすのかなって思ったからね。」
女性に言われて男性の方は恐縮して答えていた。女性の方は少々雰囲気に圧倒されていたが、男性の方は慣れた感じだった。
「そういえば、この前の男の子は知り合いですか〜?」
「うん、今頃彼女と宜しくやっているんじゃないかな。君が選んだ物だし、彼女も気に入るんじゃないかな。」
「上手ですねえ〜。」
ちょっと目を細めて女性は男性を見た。
「そんな事ないよ。私もこういう所はどうかと思ったんだけど。ここが終ったら居酒屋でも行こうか?」
「はわわ。凄いギャップです〜。」
笑いながらこっそりと言う男性に女性は目をぱちくりして言った。
「様子見ていると、慣れない感じだし。ここもねえ、色々あるんだけどそれは、居酒屋で話すよ。」
「お酒飲んで変な事しちゃ嫌ですよ。」
意味ありげに言う男性を見て女性は悪戯っぽく微笑んで言った。
「信用ないなあ。」
女性の言葉に笑いながら男性は答えた。そして、静かな雰囲気の中、時間が流れていった。


・・・23:45・・・
「京子ちゃんそれ持って行ったら先あがっちゃって良いよ。後やっとくから。」
厨房から料理を持っていこうとする恭子に柴崎が声を掛けた。
「はーい。」
店内は深夜になって大分落ち着いて来ていた。恭子は料理を運んでから厨房へと戻ってきた。
「それじゃあ、すいません。お先に失礼しま〜す。」
「ちょい待ち。ほれ、これ持ってきな。」
そう言って柴崎は綺麗に包んだ箱を差し出す。お店の包装なのはすぐに分かった。
「シバさん、これは?」
「彼と一緒に食べな。変なもんは入ってないから安心しな。それじゃあ、良い夜をね。メリークリスマス。」
「ありがとうございます。それじゃあ、シバさんもみんなも良いメリークリスマスを。」
箱を受け取ってから恭子は手早く着替えて店を後にした。
「うぅ・・・寒い。後10分・・・走れば間に合う!」
気合を入れて恭子は走り始めた。

・・・23:55・・・
「はあっ!はあっ!」
息を切らせて何とか、聖一の家の目の前に着いた。見上げると聖一の部屋の電気が着いている。
(良かった、起きてる。)
合鍵を使って急いで開ける。いつもなら静かにこそこそ行く所だが今日は急いでいた。ドタドタと階段を駆け上がって部屋のドアを開けた。
「聖一!誕生日おめでとうって・・・寝てるし・・・。」
恭子は思わずがっくりなってその場にへたり込んだ。
(ま、いっか・・・。)
そのまま、寝ている聖一の所まですぐに近付いた。
「改めて、誕生日おめでとう・・・。」
恭子は静かに呟くように言ってから唇を軽く重ねた。
「ありがとう。」
「ええっ!?」
寝ている筈の聖一から突然声がして驚いて目をぱちくりする。
「メリークリスマス。」
そう言って驚いている恭子の首にスッとペンダントをかけた。
「ありがと・・・。」
照れ臭そうに聖一からネックレスに視線を移して恭子はお礼を言った。
「あっ!そうだ。一緒に食べよう。」
手元にある貰って来た箱を開けた。ケーキや、ローストチキンが入っていた。
「おっ!うまそう。」
聖一は起き上がって早速ローストチキンにかぶりついた。それを見てちょっと微笑んでから恭子もローストチキンに口をつけた。
そのうち、ケーキも食べ終わりジュースを飲んで二人は落ち着いていた。
「ふう、食べた食べた。」
「たまにはコンビニ以外でこういうのも良いよね。」
「だな、買出し行かずに済むしな。」
笑いながら聖一は言った。
「まあ、それはそれとして、このペンダント高くなかった?」
ちょっと誤魔化す様に恭子は話題を変えた。
「まあ、気持ちだからさ。そんなの気にすんなって。さっきは寝たふりしてて悪かったな・・・。」
「う・・・。」
言われて恭子は思い出して少し赤くなって言葉に詰まった。
「俺さ・・・。」
近付いてくる聖一に恭子はドキドキしていた。
「恭子の事好きだよ・・・。」
思わずその言葉に恭子は聖一の方を見る。聖一はいつもと違いちょっと赤い顔をして照れ気味だった。
ちょっとぎこちなく聖一は恭子を抱きしめた。お互いに心臓がバクバク鳴っていた。そのまま、布団に倒れこんで上になった聖一から唇を重ねた。
そして、恭子の服のボタンに手が掛かった時・・・
カタンッ
聖一と恭子はその場で固まった。そして、自然と離れてからドアの方を見た。ドアの所には誰も見えなかったが、あからさまに誰かが居る気配がした。
「葵・・・春那ちゃん・・・。」
恭子は静かに、とても静かに二人の名前を呼んだ。それを聞いて、ドアの影から二人が気まずそうに出てきた。
「ごめんなさい、声を掛けようと思ったんですけど、掛け難くて・・・。」
春那は申し訳無さそうに小さな声で言う。
「もう少し遅く来るべきだったかなと・・・。」
葵の一言に恭子の何かが切れた音がした。
「うきーーー!!!」
恭子は奇声を上げて葵に掴み掛かった。
「きょ、恭子さん落ち着いて!」
「夜中に暴れんなー。」
二人に止められていたが恭子はまだ興奮していた。
「恭子さん、これで勘弁して下さい。」
春那がそう言うと、葵はピクッとする。それを見て、恭子も抑えていた聖一もその場で動きが止まる。
ミシッ!
嫌な音がして、春那の肘が葵の脇に食い込んだ。
「!?」
一瞬の事で声が出なかった葵の動きが止まる。
「それでは、私達はこれで失礼します。」
ぺこぺこと頭を下げて動けない葵を引き摺って部屋から出て行った。聖一と恭子は唖然として見送っていた。暫く部屋の時間が止まっているように二人はその場で固まっていた。
「えーっと、あはは。」
恭子は思わず笑った。
「はっはっは。」
聖一も可笑しくなって思わず笑っていた。少しの間笑ってから、抑えていた聖一が恭子を放す。
「続きは・・・。」
二人で言ってから少し赤い顔同士無言で頷いた後に、軽く唇を重ね合った。
日付は既に25日から26日になっていた。