聖一と恭子(後編)

2004年12月24日(金)
・・・某ファミリーレストラン・・・
クリスマスイブの夜と言う事もあり、カップルが数多く来店していた。華やかなで楽しい店内の雰囲気とは違い、厨房は戦場と化していた。
「恭子ちゃん2、5、8。奈々ちゃん1、4、12。」
「はーい。」
「はーあぃー。」
恭子はまだまだ元気だったが、奈々美はかなりぐったりしていた。
「奈々美ちゃん頑張って!」
「ふえぇ〜。辛いですぅ〜。」
(くっ!可愛い過ぎる・・・。)
ウルウルする奈々美をみて思わず抱き締めたくなったが、忙しい事もあり心を鬼にしてそのまま黙って先に料理を運んで行った。奈々美も我慢して恭子に続いた。その後もバイトの終る時間まで二人は馬車馬のように働き続けた。

「終ったー。」
恭子は更衣室の椅子に座って足と体を投げ出した。隣には声も出ない位疲労困憊している奈々美がいた。
「良く頑張ったね。」
ぐったりして俯いている奈々美の頭を恭子は優しく撫でた。少しの間撫でていると、奈々美は顔を上げてにっこりと笑った。
「キャー!」
思わず我慢出来ずに恭子は微笑んでいる奈々美を抱き締めた。逆らう気力も体力も無く奈々美はされるがままになっていた。少ししてハッと我に返った恭子はそっと奈々美を離した。
「恭子先輩・・・。彼氏にもにもにして貰うと良いですよ。」
ちょっとジト目をしてぼそっと言った。
「もにもに?」
奈々美の言葉の意味がさっぱり分からなかった恭子は首を傾げた。
「むにむにです〜。愛あるむにむには大きさを育みます〜。」
胸に手を当てて奈々美はにっこりしながら言った。
「・・・奈々美ちゃ〜ん。」
低い声で恭子は言いながら両手を広げて奈々美に迫った。
「キャーキャー!」
奈々美はちょこまか更衣室を上手に逃げ回った。只でさえ疲れていたので少しして二人共ぐったりして追いかけっこを止めた。奈々美はササッと着替えて逃げるように先に更衣室の出口のドアの方へ移動した
「それでは、恭子先輩お先に失礼します。」
「うん、気を付けてね。」
「はーい。」
さっきまでのぐったりしていたのは何処へやら、元気に返事をして奈々美は走って行った。
「私も返って寝よ。明日も朝からだしなあ・・・。」

ちょっと溜息混じりに言った後、ゆっくり着替えてからお店を後にした。
「うぅ、冷えてるなあ・・・。」
少し身震いして白い息を吐きながら呟いた。そして、足早に家の方へと歩き始めた。


・・・春那宅・・・
夕飯を済ませた春那は自分の部屋にいた。
(聖一さんへのプレゼントも買ったし、明日の朝のうちに渡しに行こうっと。夜早いうちには恭子さんが帰ってくるだろうし・・・。)
聖一のプレゼントを見ながら春那は微笑んだ。
「あれ?恭子さんの部屋の灯りが消えてる。」
ふと春那は窓から隣を見るといつもなら明かりのついている恭子の部屋の明かりが消えていた。
(今日は行かない方が良い・・・かな?)
直感的に感じた春那はそのままベッドへ身を投げた。そして、明かりを消した。

(葵も今頃大変なんだろうなあ・・・。)
暗くした部屋の窓越しに星空を見上げていた。


・・・某研修施設・・・
「くしゅん!」

葵は結構大きくくしゃみをした。
「大丈夫・・・かな・・・。」
聞いた相手の方が少し引き気味になっていたのに気が付いて、葵はハッとしてにっこりと微笑んだ。
(やばい、やばい・・・。)
ここ数日の研修で半徹夜状態が続いていたので、ストレスから目付きが悪くなっていた。
「すいません、大丈夫ですから。」
「なら、良いんだけどね。」
笑顔に変わった春那を見て勉強を見ていた講師はホッとしていた。
(この分だと、また朝までかなあ・・・。)
内心で溜息をつきながら、ちょっと外を見た後、葵は再び参考書に目を向けた。


2004年12月25日(土)
・・・聖一宅0:00・・・
(今頃恭子はバイトかあ・・・。)
♪〜〜♪
「ん?」
ボーっとしていた聖一は、ふと携帯電話が鳴っているのに気が付いて相手が誰なのか見てみた。
(春那ちゃんか。)
「もしもし。」
「「聖一さんお誕生日おめでとうございます。」」
「うん、ありがとう。」
元気な声に聖一は少し微笑んでいた。
「「それでは、失礼します。」」
「うん、またね。」
♪〜〜♪
(あれ?)
少し余韻に浸ろうとする間も無くまた電話が鳴る。
(今度は誰だ?)
聖一は着信を確認してみる。
(公衆電話?間違い電話か?)
「もしもし・・・。」
少し首をかしげながらも出てみた。
「「聖一さんお誕生日おめでとうございます。そして、メリークリスマス。」」
「ああ、葵ちゃんか。どうしたの公衆電話なんかから?」
不思議に思った聖一は率直に聞いた。
「「まだ、研修中で帰れそうに無いのと、朝に帰っても挨拶出来そうになかったんで休憩中に電話掛けてます。」」
「ありがとう。研修頑張ってね。」
「「はい、それでは失礼します。」」
携帯電話を切って布団に横になった。
(もう、電話来ないだろ・・・。)
♪〜♪
そう思った瞬間に短く携帯電話からメールの着信音が鳴った。
「ん〜誰からだ〜。」
ちょっと面倒臭そうに確認してみる。数日前に某駅のビルで会った彼からだった。
「「お誕生日おめでとう♪ふふっ、お祝いメール一番のりかな?(笑)」」
(まめっつうかなんつうか。電話番号知ってんのにメールってのがこの人らしくて良いか。))
ちょっと笑いながら聖一はメールを返した。
その後、特にやることも無く天井をボーっと眺めているうちに眠っていた。


「〜♪」
春那は鼻歌交じりに家の玄関を後にした。その手には紙袋がぶら下げられていた。
「あれ?」
ふと見ると先に走っていく恭子の後姿が見えた。
(今日もバイトっていってたもんな・・・。大変だな恭子さん・・・。)
「はーるーなー。」
「うひゃあ!?」
突然後ろから声を掛けられて驚いた春那は飛び上がって驚いた。恐る恐る見ると見るも無残な葵がぐったりとしながら立っていた。
「あ、葵?」
余りの変わり果て様に思わず春那は聞いてしまった。
「そーよー。もー私ボロボロだからプレゼントはお願いねー。」
「う、うん・・・。」
(ボロボロって・・・。確か昨日の夜は食事に誘われてるって・・・。)
春那は返事をしながらも、いけない想像をしていた。
「はーるーなー。私昨日研修だったのー。食事には行ってないわよー。」
「えっ!?あ、ああ。そ、そうなんだあ。ふーん、そっかあ。」
あからさまに動揺している春那を葵はジト目で見ていた。
「そっ、それじゃあ、これからプレゼント渡しに行くね。ゆっくり寝てね。またねー。」
春那はそう行って逃げるように去っていった。
「全く・・・。自分で想像しているような事してくれる相手見つけなさいっての。そこまでは不味いのかな?」
呟きながら目を閉じて考えようとすると、眠気で気を失いそうになる。
(不味っ!)
目を開けて、よろけた体を立て直す。
「寝よ・・・。」
呟いてから、ふらふらと自分の家の玄関へと歩いていった。
「ふう、危なかった・・・。」
春那は少し離れてからホッと胸を撫で下ろしていた。
「さってと、早く渡してきちゃおうっと。」
再び上機嫌で春那は聖一の家を目指した。