聖一と恭子2(前編)



・・・某ファミリーレストラン・・・
「先輩?」
奈々美は恭子の様子がおかしい事に気が付いて声を掛けた。恭子は最初声を掛けられた事に気が付かなかった。
「恭子先輩っ!」
スーッと息を吸い込んだ後大きな声で奈々美は呼んだ。
「えっ!?」
恭子は驚いて下げている食器を落としそうになる。
「うわわわっ!」
奈々美はそれを見て滑り込みながら食器を空中で上手く受け止める。
「はふう。危なかったですう。」
「危なくしたのは誰かなあ?」
恭子は腕を組みながら奈々美を見下ろして言った。
「あわわわ。」
「こらー!二人とも忙しいんだから早く持って行ってくれ。」
厨房から柴崎の声がして恭子はすぐに奈々美を起こして仕事に戻った。

シフトが変わって恭子と奈々美は更衣室にいた。
「先輩、今日はどうしたんですか?」
「うん?私何か変?」
「いつもの切れが無いです。」
(むう、奈々美ちゃん鋭いな。流石にいつも一緒の事だと分かっちゃうかな。)
「ちょっと調子悪くてね。」
恭子は苦笑いして答えた。
「今日は帰ってゆっくり休んで下さいね。」
「うん、そうする。ありがとうね、奈々美ちゃん。」
そう言って恭子は先に更衣室を後にした。
「先輩・・・本当に大丈夫かな・・・。」
奈々美は恭子を見送った後、心配そうに呟いた。

(最近忙しくて聖一にも会えてないな・・・。)
恭子は大分暖かくなってきていた帰り道の信号待ちで空を見上げていた。
(辛い・・・な・・・。)
その後、ふと目線を元に戻すと信号が点滅していた。
「うわっ!やばっ!」
恭子は急いで走り出した。

帰ってからいつものようにコントローラーを握っていた恭子は馴染みの相手と話している状態だったが、今日はいつもと違い気を失うように眠ってしまった。
起きて気が付いてみると、TV画面は既にお約束の状態。
「あっちゃあ・・・。悪い事しちゃったなあ。」
恭子は苦笑いしてもう一度行こうと思ったが、余りの眠さに再び眠りについていた。


・・・次の日・・・
平日にもかかわらず店内は大忙しだった。
「恭子ちゃん、奈々美ちゃん。3、7、12宜しく。」
「はーい。」
「はいですう。」
二人はてきぱきとこなしていたが、そのうち恭子の動きが鈍くなって来ていた。
(あれ、おかしいな・・・体が重い・・・。)
そう思いながらも、恭子は仕事を続けていた。
「先輩、ちょっと休んだ方が良いですよ。」
途中で見ていられなくなった奈々美が恭子に声を掛けた。
「大丈夫よ、奈々美ちゃん。それにこんなに忙しいんだし。私だけ休んでいられないよ。」
「でも・・・。」
少し無理に笑って言う恭子に奈々美はそれ以上言えなかった。
21時を回ってようやく店内は落ち着き始めていた。
「二人ともお疲れさん。」
厨房の中から柴崎が二人に声を掛けた。
「いえいえ、まだまだ行けますう。」
少し笑いながら奈々美は柴崎に返事した。一方の恭子は顔色が悪く返事出来ていなかった。
「せ、先輩?」
余りの顔色の悪さに、驚いて奈々美は駆け寄りながら声を掛けた。
「あ、大丈夫・・・だい・・・じょ・・・。」
恭子は軽く手を上げて答えたつもりだったが、途中で視界がぼやけて気を失って倒れた。
「キャー!恭子先輩!?シバさーん!恭子先輩がーー!!!」
奈々美は何とか恭子が頭を打たないように滑り込んで体を張っていたが、思わず悲鳴に似た叫びを上げた。驚いた周りの皆が駆け寄ってきていた。

「う・・・。」
恭子が気が付くと更衣室の天井が見えた。
「先輩!」
「奈々美ちゃん静かに。」
「はーい。」
視界に奈々美と柴崎が入って来ていた。奈々美は目に涙を溜めながら心配そうに見下ろしている。柴崎の方はホッとした顔をしていた。
「奈々美ちゃんごめんね。シバさんお騒がせしてすいません。」
奈々美はただ首を横に振っていた。
「いや、しゃべらなくて良いよ。まだ顔色も悪いし辛そうだからね。タクシー呼ぶから今日は帰りな。」
「え・・・でも・・。」
「良いから、今日は帰るんだ。」
柴崎の言葉と表情には、ノーと言わせない迫力があった。
「はい・・・。」
恭子はそういうのが精一杯だった。
「タクシーが来るまでは目を閉じてそのままにしておきなさい。着たら呼んであげるから。」
柴崎は恭子の返事を待たずに更衣室から出て行った。恭子はドアが閉まる音がすると目を閉じた。奈々美はそんな恭子を黙って心配そうに見ていた。


「ん・・・。」
額に冷たい感触がして恭子は気が付いた。
「あれ?」
店内とは違う見慣れた天井だった。
「あ、恭子さん気が付いたんですね。」
視界に春那の顔が入ってきた。
「春那ちゃん。私確か・・・。」
「あ、無理に考えない方が良いですよ。とりあえず、柴崎さんという方がタクシーで連れて来てくれたんですよ。恭子さんぐったりしていたんで、そのままここまで運んで貰ったんです。」
「そっか・・・。」
春那の説明を聞いてちょっと溜息混じりに苦笑いした。
「まだ、顔色良くないですから、そのままゆっくりしていて下さいね。」
「うん、そうさせて貰うね。」
ちょっと弱々しく笑って恭子は目を閉じた。
(恭子さんかなり辛いんだな・・・。)
春那は一旦部屋から出て、一番部屋から離れた電話の受話器を上げて慣れた番号を押していた。


聖一は落ち着かずに部屋でそわそわしていた。
(恭子が倒れたっていうけど・・・。)
そう思った瞬間、電話が鳴った。思わず聖一は反射的に受話器を取っていた。
「もしもし・・・。」
「「もしもし、聖一さんですか?春那です。」」
「ああ、春那ちゃん。恭子大丈夫?」
「「ええ、落ち着いて今休んだ所ですから。心配ないですよ。」」
「そっか、良かった。」
(思ったより軽そうなんだな。良かった。)
聖一はホッとして、その場で目を閉じていた。
「「もう少ししたら、私は帰ります。」」
「うん、分かった。電話ありがとうね。」
「「いえいえ、それではまた.」」
「宜しくね。」
「「はい。」」
聖一は受話器を置いてから、安心してその場に座り込んだ。
(春那ちゃんが居れば安心だな。明日か明後日にでも見舞いに行くかな。)
ごろんと横になって天井を見上げながらそんな事を考えていた。

「ん?」
少ししてメッセの音に気が付いた。
「あ、久しぶりだな。」
携帯のメールでやり取りしていたあの相手だったが、最近携帯を解約してしまっていたので連絡が取れていなかった。
「「こんばんはー」」
相手の言葉に返すようにPCのキーボードを叩いた。
「「ばんわー。久しぶりー」」
「「おお、聖ちゃん久しぶり。元気かい?」」
「「俺は元気だぞw」」
「「俺は?ってことは誰か風邪でも引いたの?」」
(ったく相変わらず鋭いな。)
少し笑いながらも聖一は返答を打ち込んだ。
「「恭子が倒れた。」」
「「へ!?倒れたって大丈夫なの?」」
(うわ、思ったより驚いて動揺してるぞ。)
「「春那ちゃんから電話あって落ち着いたってさ。」」
「「いつ?」」
「「今夜だって。」」
「「聖ちゃんそんなとこで何してんの?」」
「「いや、春那ちゃんが来ても寝てるからって言ってるし大丈夫だって言ってるから、明日にでも行けば良いかなって。」」
聖一の正直な意見だった。
「「アホたれ!良いから今からさっさと行って来い!」」
「「え?今から?」」
(本気で言ってるのか?)
聖一は相手の真意を測りかねていた。
「「こういう時は最初が大事なんだよ!さっさと行け!」」
「「いや、もう遅いし」」
「「良いから行け!」」
(この人相変わらず押し強いな。)
ちょっと苦笑いしながら聖一はその言葉への返答を打ち込んだ。
「「わかった。行って来る。」」
「「気をつけてね」」
「「あいよ」」
パソコンの電源はそのままですぐに上着を羽織って聖一は階段を下りた。玄関で春那とすれ違った。
「聖一さん、お出かけですか?」
「恭子の所に行って来る。」
「え?あ・・・。恭子さん寝ていますよ?」
「それでも良いんだ。心配だから寝顔だけでも見てくるよ。パソコン落としてないから頼むね。」
「はい、お気をつけて。」
春那は微笑んで聖一を送り出した。
(起きたら恭子さん驚くだろうな。)
ちょっとその場でくすっと笑って階段を上がっていった。
「あれ?」
(でも、電話した時にはとても出て行くような感じは無かったような?)
春那は首を傾げながらついているパソコンを覗き込んだ。
「ログは残ってない・・・か。」
名前を変えると早速声を掛けられた。
(あ・・・。)
「「こんばんはー」」
「「こんばんはです」」
「「聖ちゃんに会った?」」
「「さっき、玄関で会いましたよ」」
「「よしよし、行ったか」」
(ああ、そういう事だったんですね。流石。)
春那はちょっとその場で笑って改めてメッセで話し始めた。
聖一は玄関を飛び出した後、最寄駅から電車に乗って恭子の下へと向かっていた。