聖一と恭子(中編)

2004年12月21日(火)
・・・某駅構内・・・
♪〜♪
「ん?」
聖一は携帯電話のメール音に気がついて中身を確認した。
「「おはよう〜。今日休み前のラストの大学出席かな?もうすぐ誕生日だね。誕生日プレゼント何か欲しいのあるかい?」」
最近ちょこちょこメールのやり取りをしている相手だったが、同性でずっと年上の人からだった。人込みの中を抜けてからメールを返した。
「「おは〜。大学の方はご名答。周りに貰うから気を使わないで良いよ。」」
返した後ですぐに返事が返ってきた。
「「恭子ちゃんがプレゼントになるとして、首に巻く可愛いリボンでも送ろうか?(笑)」」
見た後に思わず聖一はこけそうになった。
(あ、あのなあ・・・。)
いつも強烈な発言をする相手なのは分かっていたし、予想は出来ていたのだがここまで言い切られるとは思っていなかった。
「「いらんわ(笑)」」
気を取り直して短く返信した。その後、携帯電話をポケットに入れた。返信が来た音はしていたが無視して大学へ向かった。


大学が終り、メールを全然確認していなかったので見てみると何件か入っていた。その中に、さっきの相手からの返信メールがあった。
「「さっきのは置いといて、駅前のビルに可愛い小物とか置いてある所があるから、恭子ちゃんへのクリスマスプレゼントがまだ決まってないなら買っときなよ。クリスマスになっちゃうと値札変わるから今がチャンス(笑)」」
「店の回し者・・・んな訳ないか。」
呟いてから聖一は少し笑った。
(しかし、この人は人の気持ち読めるんかね?春那ちゃんなんて翻弄されっ放しだし。まあ、ありがたく利用させて貰うかね。)
聖一は他のメールに返事を出してから、真っ直ぐに駅に向かわず、寄り道がてらに駅の前にあるビルへと向かった。ビルも、周りもすっかりクリスマスムード一色になっていた。エスカレーターに乗って上の階へと上がっていった。既にディスプレイはクリスマスセールの文字が躍り、早めのプレゼントを見ている人もちらほらと見えた。
(小物・・・小物・・・。)
聖一がキョロキョロしていると周りとは違い、ゆっくりと店のディスプレイを換えている女性店員が目に入った。女性店員は周りのクリスマスムードとは少し浮いているようにも見えた。丁度小物の店だったので聖一は女性店員の邪魔にならないように周りの小物を見始めた。
(どんなのが良いかな・・・。)
暫く見ていたが、あまり選んだ事が無いのでちょっと迷っていた。値段は3桁の安いものから5桁のものまで幅広く置いてあった。
「いらっしゃいませ〜。どんなものをお探しですか?」
のんびりとした声で女性店員が声を掛けて来た。
「えっと、彼女のクリスマスプレゼントにと思って・・・。ただ、あんまりこういうの選び慣れていないからどんなのが良いかなと思って迷ってる。」
聖一は困っているのも有ったが、正直に言った。
「もし差し障りが無かったら、その方の性格なんかを簡単に教えて貰えば試しに私が選んでみますよ。」
「えーと・・・そうだなあ。彼女は活発で明るいかな・・・。こんなんで良い?」
女性店員の問いに自信なさげに聞き返す聖一。
「それじゃあ、幾つか選んでみますから他の物でも眺めていて下さい。」
「お願いします。」
聖一はお願いした後、店内を色々眺めていた。ふと、クリスマスセールと書かれた札を端で見つけた。
(本当に値札とかが変わる寸前だったのか!?)
メールの内容を思い出して、内心で驚いていた。
「お客様、どうぞこちらに。」
女性店員に声を掛けられて、聖一はショーケースの前に移動した。
「一応、この3つなど如何でしょう?」
女性店員はそう言って、三つの小物を聖一に見せた。1つは水滴をかたどったネックレス。1つは可愛いブレスレット。1つはワンポイントの入ったイヤリング。どれも共通して言える事は華美ではなかった。
(バイトの事考えて・・・手首と耳は避けた方が良いか・・・。)
「それじゃあ、このネックレスが良いんだけど。あれ?」
聖一は考えて言った後に、選んだネックレスに値札が無い事に気がついた。
「500円です。」
(安っ!)
にっこり笑って言う店員の値段に思わず口に出そうになったが、驚きの表情だけで済んでいた。そして、無言のまま500円玉を出していた。
「毎度ありがとうございます〜。」
女性店員はペコリと頭を下げながら言った。
「包みますから少し待って下さいね。」
そう言い残して、女性店員は店の奥の方へと入って行った。聖一はとりあえず目の前に残っているイヤリングとブレスレットを見ていた。
(これ、高いのかな?)
似たものを探して周りの商品を見始めた。
「あの〜すいません。これ、包んで頂けますか?」
「へっ!?」
突然後ろから声を掛けられて聖一は一瞬固まった。
(もしかして、俺、店員と間違えられてる!?)
「すいません、俺店員じゃないで・・・す・・・。」
頭を下げた後、相手を見るとなんとメールの相手だった。
「よ、聖ちゃん。ここでバイト初めたの?」
ニコニコしながら相手は言う。
「白々しいぞ・・・。まだ仕事の時間じゃないのかよ。」
聖一はジト目で相手を見た。相手は年上だがそんなのはお構い無しに突っ込んだ。
「そうなんだけど、頼まれ物のついでに寄ったんだ。安かったろ?」
「ああ、嘘かと思ったくらいにな。」
相手の言葉に何とも言えない複雑な表情で言った。
「って、やっぱりここの回し者なのか?」
「あっはっは、何でそうなるのよ。数年前に偶然ここで買い物してからちょこちょこ寄らして貰ってるだけだよ。」
聖一の言葉に相手は笑いながら答えた。
(こういう言い回しの時は、ちと胡散臭いんだよな。)
何となく訝しげに相手を見ていた。
「お待たせしました〜。」
そんな時に女性店員が綺麗に包んだ袋を持って来た。
「やあ、どうも。」
「あら、お仕事は良いんですか?」
相手が女性店員に話し掛けると、聖一と同じ質問をした。
「こっちにも言われたよ。仕事のお使いのついでだよ。後で来るんでディスプレイ換えるのそれまで待って貰える?」
「店長が来るまでだったら良いですよ〜。」
「それじゃ、私は会社へ戻るわ。んじゃ、またそのうち食事でもしよう。」
聖一も女性店員も自分を指差した後に、顔を見合わせていた。そんな二人を置いて笑いながら彼は店から離れていった。思わず二人は見送っていた。
「ああっ!すいませんでした、こちらになります。」
「あ、ああ。ありがとう。」
二人は我に返ってちょっとぎこちないやり取りをしていた。その後で二人共可笑しくなって少し笑い合った。
「それじゃあ。」
聖一は軽く手を上げて店から離れていく。
「ありがとうございました〜。」
去っていく聖一の背中に女性店員のちょっとのんびりした声が響いた。


・・・春那宅・・・
春那の家は恭子の家の隣に位置している。部屋では春那と恭子の妹の葵が話をしていた。
「春那はクリスマスイブとクリスマスはどうするの?」
「私は家族と過ごすかな。葵は?」
春那は葵の問いに答えてから聞き返した。
「とりあえず、24日の夜に食事に誘われているけれど行くかは微妙かなあ・・・。下心みえみえだし。25日はお姉ちゃんと聖一さんの誕生日プレゼントでも選びに行こうと思ったけど、お姉ちゃんバイト入っちゃったから一人で行くって所かな。」
「誘ってくれる相手がいるのは正直羨ましいかな・・・。」
葵の言葉を聞いて春那はポツリと呟いた。
「まあ、誘われて嬉しい相手なら良いんだけどね。お姉ちゃんが聖一さんに誘われるみたいだったら喜んで行くし、そのままお泊りで、次の日一緒にショッピングって洒落込んでも良いんだけど・・・。そういう春那だって言い寄ってくる男の一人や二人いるんじゃないの?」
一息置いてから鋭く突っ込みを入れる。
「うーん・・・居ない・・・と思うけど。」
顎に指を当て目を瞑って少し考えてから、ちょっと自信なさげに答えた。
「まあ、実際は可愛いのに、あの人が言うみたいに大人仮面だったもんねえ。」
「うぅ・・・。」
突っ込みが入って、思わず春那は詰まる。
「でも、これからは大丈夫そうだし、春那みたいなタイプは好かれるから。後は春那の眼鏡に適う人が居るかだね。」
葵は少し意味ありげに見ながら続けた。
「あ・・・はは?どう・・・だろ?」
何とも言えない複雑な表情で春那は首を傾げながら呟いた。
「私、葵みたいに器用じゃないし・・・。」
少し俯きながらぼそっと続けた。言った後でハッとして顔を上げる。必要以上にニコ〜っと笑っている表情の葵がいた。ただ、目は笑っていなかった。
「あ、えっと・・・何でもない。」
誤魔化し笑いで春那が言うと葵の目が笑った。
「それに、私これから研修で忙しいから25日戻って来れるか分からないし、聖一さんへのプレゼントは春那と連名でお願いしちゃおうかな。」
「もし、戻って来れないようならそうしとくね。はい、紅茶のお代わり。」
「ん、ありがと。」
葵が受け取ったティーカップからは湯気が出ていた。それから二人は暫くの間黙って紅茶を楽しんでいた。
「今年はちょっと波乱の予感・・・かも。」
一言何となく春那が呟く。葵は黙ったままチラッと見たが、本人が気が付いていないようなので再び紅茶の方へ目を落とした。


・・・某ファミリーレストラン休憩室・・・
「しかし、恭子ちゃんも災難だねえ。」
いつも厨房に入っているベテラン社員の柴崎が気の毒そうに言った。
「いえ、仕事ですから。それに、シバさんも出じゃないですか。」
恭子は少し苦笑いしながら言う。
柴崎は厨房を仕切っている40過ぎの社員で皆から「シバさん」の愛称で呼ばれている。昔店長と喧嘩して辞める辞めないの騒ぎで店が潰れそうになった事があり、それ以来店長が本当に頭の上がらない唯一の存在だった
「俺は社員だから良いんだよ。それに家族にゃ前後でサービスするさ。恭子ちゃんは彼氏居るんだろ?」
「ええ、まあ・・・。」
笑いながら言う柴崎に気まずそうに答える。
「25日は出来るだけ早く帰らしてあげるから頑張んなよ。昔、俺も仕事でかみさんとのクリスマスの時に気を使って貰った事あるからな。これは店長には内緒な。」
「シバさん・・・。」
柴崎の言葉が嬉しくて恭子はちょっとその後の言葉が出なかった。
「シバさーん!休憩中すいません。新人がやっちまって、来て貰って良いですか?」
勢い良くドアを開けて厨房に入っている一人が言った。
「分かった、すぐ行くから出来る所からやっとけ。」
「はい、分かりました。」
入って来た人間は返事をしてすぐに踵を返して出て行った。
「それじゃあ、先に行くわ。ゆっくり休んどいてくれ。また後で宜しく。」
「はい。」
柴崎はそう言って休憩室から出て行った。
「シバさんも若い時そんな事があったんだあ・・・。」
恭子は良いながら、椅子に寄りかかった。
「おはようございま〜す。」
ドアを開けて元気良く一人の女の子が入って来た。高校生でバイトの奈々美だった。
「はーい、奈々美ちゃんおはよう。今日も宜しくね。」
「こちらこそ宜しくお願いします。」
元々恭子も小柄だったが更に一回りコンパクトな体系の奈々美はペコリとお辞儀しながら言った。
「ああっ!もう可愛いなあ。」
「ふあっ!?」
思わず恭子は椅子から立ち上がって奈々美をキュッと抱き締めた。驚いた奈々美は目をぱちくりしながらその場で固まっていた。
「先輩、胸小さい・・・かも?」
「うぐっ!」
思わず放たれた奈々美の一言に恭子は思わず固まった。幸せでほんわかしていた時間が一瞬にして凍りついた。
「え、えっと・・・そうだ!恭子先輩、時間が不味いです。」
奈々美は苦し紛れだったが、時計を見て言った。
「そうね・・・行くわ。後から宜しくね。」
少し無理ににっこり笑って恭子は言った。
「はいっ!」
少し冷や汗を垂らしながらも、奈々美は元気良く返事をした。恭子は休憩室を出てから、思わず胸元を見た。
(分かっているけどさ〜。奈々美ちゃんから言われるとちょっとショックかも・・・。)
何とも言えない顔をした後、気合を入れ直す為に軽く頬を叩いてから背筋を伸ばして店内へと歩いて行った。