聖一と恭子(前編)

2004年12月18日(土)夜
・・・某ファミリーレストラン・・・
土曜日の夜という事もあって店内は物凄く混んでいた。厨房も店員もキリキリ舞していた。バイトで勤めている恭子もその中の一人だったが、急に店長に呼ばれて厨房の横に来ていた。
「お呼びですか店長?」
(ここに呼び出されて、ろくな事言われた試し無いからなあ・・・。)
恭子は嫌な予感がしながらも聞いた。
「25日朝からなんだけど・・・。」
店長は恭子の機嫌を伺うような顔をして切り出す。
「25日、何でしょう?」
(薄々分かったけど・・・店内混んでるんだから早く言いなさいよ!)
喉まで出掛かったが、ニコニコしながら途中で切って聞いた。
「俺も出るから一緒に出てくれ。頼む!」
店長は手を合わせて頼み込む。
「はいはい、分かりましたよ。出ますよ。それだけですか?」
恭子は呆れながら答えた。
「ああ、そうだけど?」
「じゃあ、混んでいるんですからお客さん相手して下さい。」
少し不機嫌に言った。
「はいよー。」
店長の方は恭子の不機嫌な言葉は気にしていないらしく、上機嫌で新しく来た客を迎えに店内へ出て行った。
「ふう。全く、他の子に頼めば良いじゃないの・・・。」
溜息をつきながら店長を見送っていた。
「恭子ちゃん、6番と10番にお願いね。」
「はいはーい。」
横の厨房から声が掛かった恭子は元気良く返事して出来上がった料理を運んで行った。
恭子はこのファミレスでは大学生ながらもベテランで主力になっていた。言葉に衣着せぬはっきりと厳しい態度だったが、やる事をきっちりこなすので発言権はかなり強かった。そんないつもの厳しさの反面、周りに頼られたりすると断わらずに責任をもってやる面があったので、少し情けない店長の下で店内1、2位を争う人気と実力を持っていた。
お店の中の忙しさは、途切れる事無くずっと続いていた。


「んー。終ったー。」
恭子は女子更衣室で背伸びをした。夜遅くだが、店内の方はまだまだ客が沢山居て忙しかった。交代が30分遅れて入って、少し長い時間やっていたが開放されていた。手早く着替えて更衣室を後にした。
「お先に失礼しまーす。」
周りに挨拶をして恭子は店の裏口から外に出た。
「星が綺麗だし、案外寒いかな・・・。」
ちょっと夜空を見上げてからマフラーを首に巻いて、手袋をしながら歩き始めた。
「24の夜も出で、25日も朝から出かあ・・・。」
暗い帰り道の中、白い息を吐きながら恭子は呟いた。
(父さんや母さん、葵は仕方ないとして・・・25日は聖一の誕生日なんだよなあ・・・。)
ふと目を瞑ると、眠気も手伝って少しうとうとする。
プップー!キキーーー!!!
「うわぁ!?」
けたたましいクラクションと急ブレーキで鳴るタイヤの音で恭子はハッと我に帰る。気が付くと車道の方に出ていて、危うく車に引かれる所だった。恭子は慌てて道の端に移動してから、睨んでいる車のドライバーに頭を下げた。
(あっちゃー。やっちゃった。)
車が行くのを見送りながら苦笑いしていた。
「よしっ!聖一の所に行こう。」
眠気を飛ばす為に小さくガッツポーズを取って気合を入れて、家の方向とは違う聖一の所へと向かった。聖一の家まで着いて、二階を見上げてみると灯りは全て消えていた。
カチャッ!
恭子は静かに合鍵を使って静かにドアを開けた。
「お邪魔しまーす。」
小さくぼそっといってから、廊下を静かに歩いて階段を登って行った。そして、聖一の部屋のドアの前についた。
(寝てるかな?)
少しドアを開けて中を覗き込む。補助灯が部屋を薄くオレンジ色に照らしていた。聖一は部屋の真ん中に敷いた布団の中で眠っていた。恭子は部屋に入って明かりをつけた。ぐっすり眠っているのか聖一は部屋が明るくなっても眠り続けていた。
「ただいま・・・。」
返事が無いのは分かっているが、聖一に向かって呟いた。そして、そのまま顔を近づけた。唇が触れそうになった瞬間・・・
カタンッ・・・
恭子は小さな物音と視線を感じた。思わずその場で硬直してから、油が切れたロボットのようにギギギと首を音と視線の方へと向けた。少しだけ開いている扉からサッと一人消えたが、もう一人があからさまに慌てて遅れて隠れた。
「春那ちゃ〜ん。葵も出てきなさ〜い。」
恭子の声に先に春那と言われた女の子の方が出てきてから、妹の葵が出てくる。春那は葵の友人だった。
「ごめんなさい。私は声を掛けようって言った・・・むぐ?」
「お姉ちゃんごめんね〜。ささ、ゲームしよう。」
葵は春那の口を塞いでから自然な流れで、ゲーム機のスイッチを押した。
(ま、いっか。)
恭子は聖一の隣に横になってゲームの画面を見ていた。そのうちにうとうとして眠っていた。


「・・・さん・・・聖一さん。」
「ん?」
聖一は呼ばれたので目を覚ました。
「あの、恭子さん寝てしまっているのと、私食事したいので代わって頂いて良いですか?」
「ああ、春那ちゃんいらっしゃい。ったくしゃあねえな・・・。」
春那の方に挨拶した後、恭子の事を見て苦笑いしていた。
「食事行ってきな。後はやっとくから。」
「はい、お願いします。」
春那はそういうと、部屋を出て行った。見送ってから聖一は黙って、恭子に布団を掛けた。その後、ゲームのコントローラーを握った。


「春那ちゃん。どう?聖一さん起きた?」
先に下りてきている葵は一足先に食事を箸で摘んでいた。
「うん、後はお願いしてきたよ。」
春那は返事をしながら席に着いた。
「あーあ、最初は惜しい事したなあ。タイミング早かったかなあ。」
残念そうに言いながら、出汁巻き卵を頬張った。
「普通に声を掛けようって言ったのに。葵が覗こうなんて言うから。」
苦笑いして春那が言う。
「んー。出汁巻き卵美味しい♪」
聞いて無いよとばかりに微笑みながら葵は言った。ちょっと呆れたように苦笑いしてから春那は目を閉じて手を合わせた。
「頂きます。」
葵に好評だった出汁巻き卵を早速口に入れた。
(うん、今日も良い味。)
今テーブルに並んでいる食事は、春那が自宅で作って持ってきたものだった。恭子や葵だけでなく聖一もその味には太鼓判を押していた。満足そうな春那を葵は意味ありげに見ていた。
「でもさ、春那覗こうって言った時反対はしなかったよね、しかも、興味深々だったよねえ・・・。」
「んくっ!?」
ぼそっと言った葵の言葉に春那は飲み込もうとしていた出汁巻き卵を吹き出しそうになった。箸を持っていない左手で必死に口を抑えた。何とか飲み込んで、息が苦しいのか恥ずかしいのか赤い顔で葵を睨んだ。睨まれている葵の方は涼しげに湯飲みのお茶を飲んでいた。
「いつもの成り行きとはいえ、たまには二人っきりにしてあげないと駄目かなあ。春那と一緒で興味もあるし、お姉ちゃん心配だからねえ。」
春那の方は聞きながら一回咳払いしてから、お茶を飲んだ。
「聖一さんはっきり言うんだけど優しいし、ほっとくとそのままで何もしそうにないしなあ・・・。かといってお姉ちゃんも私とか春那とか可愛いと思った女の子には抱きつくけど、聖一さんには抱きつかないし・・・。」
少しつまらなそうに言いながら煮物を箸で摘んだ。
「雰囲気なんかが揃って二人きりになれば分からないと思うけど・・・。」
宙を見ながら顎に指を当てて春那が呟いた。ちょっと意外そうな顔をして葵は春那の方を見た。
「ふーん。」
「えっ!?ああ、そうかなあって思っただけね。」
春那は少し慌てて、手をブンブンとしたが、一回咳払いしてすぐに落ち着きを取り戻して食事を再開した。
(春那、見てる所見てるなあ・・・。)
目を逸らしている春那を見ながら葵は感心していた。


葵と春那が食事を終え二階に戻ってきて、更にかなり経ってから恭子は目を覚ました。
「うー。聖一お腹減った。」
寝ぼけ眼で言う恭子の前には聖一、葵、春那の三人が居た。
「恭子さん、今日は私のお弁当がありますから。」
「ホントッ!?春那ちゃん素適〜♪」
そう言って恭子は春那に抱きついた。いつもの事なのでやれやれと言う表情をする春那。少しして恭子が離れてから二人は下の階へ下りて行った。
「おっ!今日は出汁巻き卵だ!」
席に着いてから恭子はテーブルの上を見て歓喜の声を上げた。
「食べて良いかな?」
「うふふ、どうぞ。」
既に箸を持っている恭子を見て、春那は可笑しくなって少し笑いながら答えた。恭子の方は本当にお腹が減っていて、凄い勢いで食べ物が消えていった。春那の方はそれを見ながらお茶を入れていた。
「恭子さん。」
「ん?」
呼ばれて恭子の箸と動きがピタッと止まる。
「お茶です。」
差し出されたお茶を、受け取って再び恭子は食べ始めた。
「恭子さん。」
「ん。」
今度は湯飲みを差し出す恭子。
「あ・・・お茶ですね。」
反応が違ったので思わず春那の方を見た。お茶を煎れながら春那は恭子の方を見ていた。
「恭子さんはクリスマスや年末年始はどうなさるんですか?」
「うーん。それがねえ、バイト入っちゃったんだよねえ。」
恭子は食べ物を飲み込んだ後、苦笑いしながら答えた。
「24日の夜じゃなくてですか?」
「うん、25の朝からも出てくれって言われちゃってね。」
「そうですか・・・。」
ちょっと悲しそうな顔をして俯く春那を見て恭子の胸はズキッと痛んでいた。
「ほら、でも25日の夜は空いてるから大丈夫。」
「それは、聖一さんには言ったんですか?」
「まだ、これから。ちょっと言い難いんだけどしょうがないしね。」
ちょっと苦笑いして言う恭子。
「後、年末はまだ分からないかな。もうちょっとしてみてからだね。さってと、ご馳走様。やっぱり春那ちゃんの料理は美味しいね。」
「お粗末様でした。」
春那の言葉を聞いてから、恭子はすぐに二階へと上がっていった。それを見送ってから、春那は洗い物をしに流しへと移動した。


「あのさ、聖一・・・。」
「ん?」
恭子は部屋に戻ってきてからゲームのコントローラーを握っている聖一に声を掛けた。
「ああ、代わるか?」
「えっと、そうじゃなくて・・・実はね、25日の朝からもバイト入っちゃったの・・・。」
少し気まずそうに恭子は言った。
「まあ、しゃあないだろ。」
「えっ!?」
余りにあっさりと言う聖一に思わず間抜けな声を上げた。葵と春那も一瞬キョトンとしていた。
「だから、しゃあないって言ったんだよ。バイトじゃしゃあないだろ。」
「うん、ごめんね。夜には来るから。」
「無理しなくて良いからな。」
「うん。」
二人のやり取りを見て、春那はちょっと納得の行かない顔をしていたが黙っていた。
(二人らしいや・・・。)
その横で葵はちょっと冷めた顔をしていた。


「じゃあ、またね。」
恭子は軽く手を振った。
「邪魔しました〜。」
「お邪魔しました。」
先に言った葵に軽く突っ込みを入れて引き摺る様にして春那は去っていった。三人が視界から消えるまで見送ってから聖一は二階の自分の部屋へ戻った。
「さーて、もう一眠りするかな。」
明るくなって来た外を見てから聖一は欠伸をして布団に身を投げた。