交差する出会い〜恭しい夜(完結編後半)〜
無言のまま、聖一と恭子の二人はは階段を上がっていっていた。
(恭子どうしたんだ・・・。)
さっきの玄関先での無言で服の袖を引っ張っていた恭子の表情を思い出しながら聖一は複雑な心境だった。
部屋に入って、何となく向かい合っていた。
「こうしててもしゃあないか。」
聖一はテレビのスイッチを入れて、ゲーム機に電源を入れてコントローラーを握った。
「恭子どうする?こっちやる?パソコンにする?」
振り向きながら聞いた。
「今日は見てる・・・。」
恭子はそう言ってから、黙ってテレビ画面を見ていた。
(本当にテレビ画面を見ているのか?)
聖一は恭子の表情を見て何ともいえない顔をしてからテレビの方に向き直った。
「綺麗な月だねえ。」
男性は空を見上げながらしみじみ言った。
「そうですねぇ。」
すっかり出来上がっている女性の方は分かっているんだか微妙な感じだった。ただ、飲んだ割には少し頬が上気している位だった。
「しかし、今日は良く飲んだねえ。」
「うふふ。」
男性の言葉に意味有り気に笑う。
「さーて、そろそろ帰ろうか?」
「明日はお仕事ですかぁ?」
「いや、休みだよ。」
「じゃあ、もう少し付き合ってくれませんかぁ?」
おねだりする様に上目遣いで言う。
「構わないよ。」
男性は軽く笑いながらあっさりと答えた。そして、近くにある居酒屋へと入って行った。
「ウーロン茶。」
「日本酒、冷でぇ。」
注文をした後、店員が離れていくと女性の方は微笑みながら男性を見た。
「酔ってる?」
「うふふ、酔ってますよぉ。」
両手を組んでそこにあごを乗せて答える。
「やな事あったのかい?」
「何でもお見通しなんですねぇ。」
「そんな事ないって。流石にその飲み方見てりゃ自棄酒かなって思うよ。」
男性は少し苦笑いしながら言う。
「でも、自棄酒だって分ってて付き合ってくれるんですねぇ。」
「まあ、色々お世話になってるからねえ。後は性分かもね。」
そんな事を言っている内に飲み物が運ばれて来た。
「ししゃもと軟骨揚げね。」
「かしこまりました。」
店員が離れていく間に、危ない手つきでお猪口にお酒を注ぐ。
「はい、じゃあ乾杯。」
「かんぱ〜い。」
ニコニコしながら女性の方はクイッと一気に空ける。
「最後まで面倒は見ないからね。」
「ええ〜。冷たいですぅ。飲ませてるのにぃ」
とっくりでお猪口に注がれるのを見ながら言い合う。
「お酒強いのは知ってるからね。終電で帰ろうね。私も明日病院だしね。」
「いっつもそう言って逃げるですぅ。」
(今日は偉く絡むなあ。)
男性は内心でそう思いながらもニコニコしながら酒をお酌していた。
「好きな人居ないんですかぁ?」
「いっつも言ってるけど居ないよ。」
少し絡むように言う女性にキッパリという。
「私は貴方の事が好きですよぉ。」
「何となく分かるよ。」
あっさりとにこやかに言う。
「でもぉ、深入りさせてくれません。」
女性は口を尖らせて不満そうに言う。
「深入りねえ。こうやって付き合って色々話してるのは、評価に値しないのかな?」
「キスすらしてくれません。」
結構大きな声で言っていたので周囲の視線を集めていた。
「そう来たかあ。」
男性は周囲の視線など全く気にせずにいった。
「キス位して下さいよぉ。」
そう言ってその場で目を粒って唇を突き出す。
「全く、しょうがないなあ。」
(えっ!?も、もしかしてぇ!?)
女性は期待してドキドキして待っていた。少しすると女性の口に冷たい感触がする。
「・・・。」
女性は思わず黙って不機嫌な顔になる。
「私はアルコール駄目だからねえ。間接キスで勘弁しといて。こういうのは素面でね。」
「むぅ〜。約束ですからねぇ。素面の時、絶対キスして下さいよぉ?」
女性は一気に男性ににじり寄って言う。
「ん〜。酒臭い。まあ、そっちが覚えて居たらね。」
男性はちょっと顔を逸らしながら答えた。
「約束です・・から・・・ね・・・え・・・。」
そう言って女性の方は突っ伏して寝息を立て始めた。
「やれやれ。困ったもんだ。」
全然困った顔をせずに少し笑いながら男性は言って、注文を持ってきて何処に置こうか迷っている店員からししゃもと、軟骨揚げを受け取った。
「ん〜。やっぱりししゃもは美味しいねえ。」
男性はウーロン茶を飲みながらししゃもをかじって言った。
(あ、そういや・・・聖ちゃん大丈夫かいな?)
携帯を取り出したが特にメールは入っていなかった。
「そろそろ、正念場かな?」
何となく窓から少しだけ見える月を見ながら男性は呟いた。
「聖一・・・。」
「ん?って、おいっ!?」
後ろから聞こえた声に振り向くとそこには・・・
「恭・・・子!?」
聖一は目を疑った。一糸まとわぬ姿で立っている恭子が居る。
「おい、服・・・。」
恭子は聖一の言葉を聞いているのかいないのか、少し微笑みながらゆっくりと聖一に近付いていく。
(綺麗だ・・・。)
聖一は不思議とその雰囲気に飲まれ始めていた。目が恭子の体全体に釘漬けになっていた。
♪〜
(携帯!?)
突然の音に聖一は我に返った。そして、すぐに携帯の内容を確かめた。
「「こんな月夜の
雰囲気に飲まれるなよ(笑)」」
(見てるのかよ!?)
今の状況に余りに当てはまった言葉だったので聖一は叫びそうになっていた。
「聖一・・・抱いて・・・。」
恭子の甘い言葉とその瞳に吸い込まれそうになる聖一だったが、頭を振って頬を叩いてから、
「恭子、目覚ませ・・・。」
静かに言いながら軽く恭子の両頬を叩いた。驚いた恭子は目をぱちくりする。
(あれ???聖一?ここって聖一の部屋???映画館は???)
恭子は訳が分からず混乱していた。
「ふう、とりあえず、服・・・。」
「えっ!?」
(私・・・は、裸っ!?!?)
びっくりして逃げるように服を拾って恭子は一旦部屋から出た。
(ど、ど、ど、どうなってるの!?)
真っ赤になってあたふたと下着をつけながら恭子は何とか落ち着こうとしていた。
「はあ、やべえ・・・。」
聖一はその場で思わず仰向けに寝転んで呟いていた。
(美味しい場面ではあったんだが・・・ってそうじゃねえか。)
複雑な気持ちで天井を見上げていた。
(そうだ、何で分かったんだ!)
聖一はすぐに携帯を取り出して返信した。
「「Re:こんな月夜の
何で分かったんだ!?見てたのか!?」」
♪〜
すぐに返事が帰って来た。
「「はい!?
何かあったの?」」
(そうだよな・・・見えてるって言うか、分かる訳ねえじゃん・・・。でもなあ、この人だし・・・。)
「「追伸
恭子ちゃんがおかしいってのと関係あって、元に戻ったのならOK。後は本当の意味でごゆっくり〜(笑)こっちも良い所なんで邪魔しちゃいやん♪(爆)」」
(なんつう追伸だ・・・。)
苦笑いしながら聖一は内容を読んで、携帯をしまった。
「あ、あの・・・聖一・・・。」
部屋の入り口から恥ずかしそうに恭子が声を掛けた。
「とりあえず、入って来いよ。」
「うん。」
促されて恭子は気不味そうに聖一の目の前に座った。
「憶えてないのか?」
「うん・・・。映画館のトイレから・・・さっきまで・・・。」
(恥ずかしいのもあるけど・・・悔しいよ・・・。)
恭子は言いながら、唇をかみ締めて涙ぐんだ。
「とりあえず、戻ったんなら良いじゃんか。泣くなよ。」
「あっ!?」
そう言って聖一は恭子を抱き寄せた。いつもと違ってかなり力強くキュッと抱きしめていた。恭子の方も思わず抱き返していた。
「ごめんね、ごめんね。」
「何も謝る事なんてないさ。俺の方こそおかしいとは思ってたけどここまで引き摺っちまって悪かった。」
お互いに謝りあいながら二人は更に強く抱き締め合った。
「おや?」
十六夜はふと月を見上げた。
「どうしたんだい十六夜?」
「いえ、一夜限りの夢が、もう覚めてしまったなと。」
口調は残念そうだったが、口元は少し笑っていた。
「ふ〜ん。まあ、良いか。それにしても、綺麗な月だね。」
「ええ、そうですわね。」
英輝はちょっと気にはなったがそれ以上突っ込まなかった。
その後、三人は暫くの間月を見ていた。
「それじゃあ、今説明した所まで行って下さい。そこまで言ったら起こして聞いて下さい。少し寝れば大丈夫でしょうから。」
そう言って男性はタクシーの女性運転手にお金を渡した。
「わかりました。」
そう言ってから、後部のドアが閉まる。
「それじゃあ、またね。狸寝入りなら大丈夫でしょ?」
閉まり切る前に男性はぼそっと呟いた。
「馬鹿ぁ・・・。」
女性は横になったままで小さく呟いた。
「やれやれ、担いでいる時に軽いんだから自分で歩く意思があるって事だもんねえ。」
去っていくタクシーを見送った後、男性は終電のホームへと歩き出した。
途中で急に恭子の体がぐったりとなったので聖一は慌てて横にさせて、膝枕をしていた。
「別に、裸になんてならなくたって俺は・・・。」
軽く髪の毛を撫でながら聖一は呟いた。
「俺は・・・何?」
「!?」
目を瞑ったまま恭子は聞いた。流石に驚いた聖一はその場で一瞬硬直した。
「良いから寝てろよ。」
「うん。」
誤魔化すように言う聖一の言葉に、素直に返事をしてから恭子は安心して寝息を立て始めた。
そして、聖一の方も少しして釣られて重なる様に眠っていた。