交差する出会い〜恭しい夜(中編)〜


「聖一の所に行かなくちゃ・・・。」

焦点の合っていなかった恭子の瞳に自然と焦点が戻って来ていた。ただ、それに本人の意思は反映されてはいなかった。いつもなら駆け出していてもおかしくなかったが、確実に歩いて向かっていった。
聖一の方は、暇そうに壁に寄り掛かって恭子を待っていた。
「遅いな・・・。」
ちょっと時計を見て呟いた。
「お待たせ。」
「うわっ!?」
突然後ろから静かに声がしたので聖一は驚いて振り向いた。そこには恭子が立っていた。
(恭子・・・だよな?別人かと思った。)
そう思うのも無理は無い。さっきまでハキハキしていたのが、今は偉く大人しい。
「調子悪いのか?」
心配そうに聖一は聞いた。
「うん、ちょっと冷えたかも。」
少しお腹を摩りながら返事をする。
(何か話し方とか変なんだよな・・・。)
聖一はちょっとした変化に内心で首を傾げていた。
「どうかしたの?」
少し間の空いた所で恭子の方が聞き返した。
「ん?いや。とりあえず時間潰すのにゲーセン行くか。」
「うん。」
誤魔化すように言う聖一だったが、それには気にも留めず恭子は自然と聖一の手を握る。
(変に自然過ぎておかしい・・・。それに、こういう所は突っ込んできてもおかしくないんだが・・・。)
不自然に思っていた聖一だったがとりあえず恭子と一緒に映画館を出た。いつもなら会話もあるし、多分さっきまでなら映画の話でもしている所なのだろうが、恭子の方が無言なのと、それを変に思っている聖一の間に会話は無かった。
(何か変な雰囲気だな・・・。)
聖一はいつもと違う感覚に少し戸惑っていた。
とりあえず近くのゲームセンターへ入る。少し奥に入っていって格闘ゲームが目に入った。いつもなら少し様子を見て、気に入ればすぐにでも乱入して行く恭子なのだが、今日はどういう訳か見向く事すらしない。
(やっぱりおかしいな・・・。)
聖一は隣で格闘ゲームに全く興味を示さず、何処を見るでも無くボーっと辺りを見渡している恭子を見て眉をしかめていた。
「あ、聖一。プリクラ撮ろう。」
「ああ。」
恭子は眉をしかめている聖一を見ても、お構い無しに手を引いてプリクラコーナーへと移送していった。
(何ていうか、いつもの覇気が感じられないんだよな。)
聖一は先に歩く恭子の後姿を見ながら思っていた。
二人は一つのプリクラの題の前で並んでフレームを選ぶ。この辺の慣れはいつもとは変わらない。
(うーん。微妙だ。)
さっきからおかしいと思っている聖一に今のプリクラコーナーでの恭子の動きに変な点が無いので自分の勘違いかなとも思っていた。
そんな聖一を他所に、出て来たプリクラを嬉しそうに恭子は見ていた。
(その嬉しそうな瞳が俺には真実に見えない・・・。俺が変なのかな・・・。)
笑顔の恭子を何とも言えない顔で聖一は見ていた。


葵と春那は映画鑑賞の真っ最中だった。
(うむむ〜。)
春那の方は声こそ出ていないが、興奮して手に汗握って真剣に見入っていた。
一方の葵はそんな春那を横目で時々見ながら、映画の方も見ていた。
(確かに姉さんと聖一さんの言っていた通り面白いかな。春那はすごい夢中になっちゃってるし。)
あまりに真剣になっている春那の様子が少し可笑しかったが、笑うのは心の中だけにしておいた。
(うん?)
ふと視線を感じた葵は、そちらを見た。ただ、そこには春那と同じように映画に夢中になっている人しかいなかった。
(気にし過ぎなのかな?)
セツナにあってから何となく過敏になっている自分に苦笑いしていた。
「うわ〜。」
隣の春那が思わず声を上げたので、視線をスクリーンに映す。映画の方では、かなり凄いシーンになっていた。
(私、映画観に来たんだよね。)
変に過敏になっている自分が馬鹿らしくなって、静かに溜息をついてから、映画に集中する事にした。


(葵ちゃんや春那ちゃんもおかしいって思うかな・・・。)
聖一はクレーンゲームに夢中になっている恭子を見ながら思っていた。
「聖一。また取れたよ。後一つね。」
取れた景品を片手に、恭子は手を振って言った。そんな恭子の周りにはギャラリーが出来ていた。
「あの姉ちゃん凄いな。」
「あれってアームが弱いって有名なのにね。」
「もしかしてプロとか?」
ギャラリーの方はその見事さに色々言っていた。
実際にこれは取れないだろうというのを既に3個ゲットしている。実際に恭子の前にやっていた人間はかなりお金を注ぎ込んでいたが全く取れていなかった。
いつもなら文句の一つもぶつぶつ言う恭子なのだが今日は大人しく待っていた。待っているだけでも良い時間稼ぎにはなっていたのは事実だった。
聖一の方は恭子に軽く手を振って答えていた。今聖一は恭子と少し距離を取っていた。それには訳があった。ギャラリーがうざったいというのと恭子の様子を改めて見る為。実際には前者が建前で後者が本音だった。
恭子を改めて見て聖一が出した答えは、
[やっぱり何かおかしい。]
だった。
(完全におかしいわけではないけれど、ぎこちない訳ではないし、何処がおかしいといわれてもいつもと違うとしか答えようが無い。多分他の人間から見たら変わりがあるようには見えないだろう。あの人とかだと分かるものなのかなあ・・・。)
聖一はふと携帯を取り出してメールを打ち始めた。


・・・某居酒屋・・・
「ん?メールかな?」
携帯電話の着信音が短く鳴って男性は呟いた。
「どうぞ〜。見て下さい。」
相手の女性はにっこりと微笑んで言った。
「悪いね。それでは早速。」
男性は携帯電話を取り出してメールを確認した。
「「ちょっと質問
今、恭子とかと映画見て終ったとこなんだけど、何か終って少ししてから恭子の様子がおかしいんだ。調子悪いとは言うんだけど、どうも調子悪いってのとは違う気がするんだ。トイレに行く前とそれから後の短い間になんだ。こんな事ってあるのかな?どう思う?」」
メールは聖一からだった。
「ありゃ、ほら、クリスマスの時の彼からだよ。」
男性は女性に言った。
「あらあら〜。何ですって?」
女性の方は分かったらしく、頷いてから聞き返した。
「こんな感じ。」
男性はそう言って携帯電話をそのまま渡して見せようとする。
「はわわ、良いんですか?」
女性は驚いて目をぱちくりする。
「良いの良いの。」
男性は笑いながら言う。
「おほん。では、失礼して。」
女性は男性からメールを受け取って内容を確認する。確認してから男性に携帯電話を返した。
「どう思う?」
男性は率直に聞いた。
「そうですねえ。多分トイレで何かあったんだと思いますけれど・・・。急に変わってしまったと言うのは見逃せませんね。些細な変わり方なのかもしれませんけれど注意してみてあげると良いと思いますよ。」
女性の意見に男性はふむふむと頷いて聞く。
「まあ、男伊達らに見抜く力は鋭いからなあ。貴重な意見として返しておくね。」
「はい。あ、ちなみに、そこに名前のあった子が彼女なんですか?」
気になっていた女性の方は思わず聞いた。
「うん、そうだよ。選んでくれたものは多分彼女が今も身に付けていると思うよ。それじゃあ、悪いけど返信させて貰うね。追加あったら頼んでね。」
そう言って携帯電話の方を改めて見る。
「ちなみにそちらは食べ物何か要ります?」
「魚系でお任せかな?」
画面を見たまま男性の方は答えた。
「は〜い。すいませ〜ん。店員さ〜ん。えっとですね、ししゃもと焼鳥を塩で一皿お願いします。」
「はい、かしこまりました。ししゃも、焼鳥一丁。」
男性の方は注文しているうちに返信のメールを打ち込んでいた。


「お、返って来た。早いな。」
聖一は早速見てみた。
「「ご返答〜
そっちからメールくれるなんて珍しいと思ったら(笑)「トイレで何かあったんだろうと思うけど注意深く見てあげて。」女性からの貴重な意見です。私からは・・・映画は楽しかったかな?ってのと他の二人にも見て貰ってどうかってとこだね。聖ちゃんの見立ては間違ってないと思うから安心しなよ。ヘルプ欲しけりゃ追加メールお待ちしてます(笑)」」
(うげげ、もしかしてデート中だったとか。)
聖一は「女性からの貴重な意見」という所を見てそう思った。そして、すぐに返信メールを打ち始めた。
「お詫び
デート中だったらごめん。映画は面白かったよ。後は意見サンクス。参考にするわ。」
打ち終わった後ふと気が付いた。
(待てよ、さっきのメールその相手にも見せてるって事じゃねえか。すげえ微妙・・・。)
聖一は何とも言えない顔をしていた。そう思っているとすぐに返信メールが来た。
「「大丈夫
居酒屋で大人数でワイワイやってるだけだよ。内容は見せても平気だと思ったし、逆にこういうのは多くの意見あった方が良いかなって思ったからさ。もし気分を害したのなら謝るよ。一緒じゃそうそうメールとかも出来ないだろうし、こっちも返せるかわからんから一旦ここで切ろう。やばそうだったりしたらメール頂戴。その時にはすぐに見るからさ。ああ、そうそう。ラブホからのドキドキメールは却下ね(爆)でわでわ〜」」
途中までは真面目に見ていたが、最後の部分を見て聖一はこけそうになっていた。
(ったく、この人は・・・。でも、デートの邪魔じゃなくて良かったかな。)
聖一が携帯電話をしまって、恭子の方を見るとどうやら、4個目をゲットしたらしくギャラリーに見送られてやって来た。
「はい、これ聖一の。」
そう言って恭子は景品を一つ渡した。
「ありがとな。何かさっき待っていた時間で殆ど時間潰れたな。待ち合わせのとこまで行くか?」
「うん。」
そして、また恭子の方から手を繋いでゲームセンターを後にした。


「嘘つきですねえ。」
ちょっとジト目になって言いながら女性はししゃもをかじっている男性を見た。
「嘘つきだよ。」
男性は気にもせずにっこりと笑顔で断言した。
「はわわ。」
女性の方は驚いて、まだ身の残っている焼鳥の串を落としそうになった。
男性の方が全部メールのやり取りを送受信とも女性に見せていた結果のやり取りだった。
「こういう嘘は許して欲しいかなあ。これからまだ気を使わなきゃいけないだろうから。要らない気を使わせてもだしね。」
「う〜ん。やっぱり上手ですねえ。そう言われたら悪く言えない。」
女性の方はちょっと悔しい顔をして言う。
「まあ、メールではああ言ったけどさ、ちゃんとここではデートって思ってるから許して頂戴な。私から誘ったんだしね。」
ちょっと不機嫌な女性に男性は微笑みながら言った。
「分かりました〜。それでは、気分を改める意味も含めて乾杯〜。」
「お許しありがとう。はい、乾杯。」
レモンサワーのグラスとウーロン茶のグラスが小気味良く音を立てた。