交差する出会い〜恭しい夜(前編)〜


時間的に既に先に出ている聖一と恭子は映画館の中。その次の上映時間に間に合うように葵と春那の二人は一緒に向かっている最中だった。
「ねえ、君たち何処行くの?」
葵はうんざりした顔をして答えもせずに手だけひらひら振って無視した。相手は舌打ちして離れて行った。既に六人に声を掛けられていたのでうんざりするのも無理は無い。
「どうして、男ってああいうのが多いのかしら・・・。」
溜息混じりに呆れたように葵は言った。
「葵が可愛いからだと思うよ。」
素直な感想を春那はあっさりと言った。
「春那「も」可愛いからね。まあ、強引な人が居ないだけまだマシなんだけど。分かってるとはいえ、こうしつこいと嫌になるわ。」

葵は苦笑いして言った。そんな葵の言葉に何とも言えない顔をして返事の出来ない春那だった。
(気のせいか、今日はいつもより機嫌が悪い感じがするな。)
春那は黙っていたが何となく葵の横顔を見ていた。


映画は最近話題のアクション映画だった。内容的にはなかなか面白く、聖一も恭子も見入っていた。少し離れた所に美緒と十六夜も座っていた。美緒の方は夢中で見ていたが、十六夜は面白く無さそうに見ていた。
(あの位は当たり前だし、いまいちですわ。)
つまり、十六夜的にアクションが物足りないのだった。
(美緒にとっては面白いみたいですわね。他の方々も楽しんでいますわね。)
最初は視線に入る部分を目で追ってみていたが、その内ゆっくりと首も回して周りを見始めた。
「邪魔にならないようにしなよ。」
急に隣の美緒から小さな声が掛かったので少し驚いて前に向き直った。
「分かってますわ。」
そう呟いて返事をしてから、再び中を見渡し始めた。
そして、以前に見た感じのする女性を見つけた。恭子だった。
(あれは、あの時の・・・。)
十六夜は少し口元だけ笑って前に向き直った。
「!?」
一瞬恭子は寒気がしてビクッとなった。
(冷房効き過ぎのせいかな?)
実際に映画館の中はちょっと冷房が強い感じがした。ただ、映画に夢中になっていたので今の今までは気にはなっていなかった。隣の聖一を見ると、自分の方を見ていた。
「どうした?」
「うん、ちょっと冷えたみたいだけど大丈夫。」
「OKOK。んじゃ、とりあえず・・・。」
そう言って、聖一は恭子の手を握った。ちょっと驚いた恭子だったがそのままスクリーンの方へ向き直った。

上映が終って、観客達は皆一旦スクリーンの場所から放れて行っていた。パンフレットやグッズ、飲食物のあるエリアに人が溢れていた。
「あ、姉さんと聖一さんだ。」
既に来ていた葵の方が二人を見つけていた。
「え?どこどこ?」
「ほら、あそこ。」
キョロキョロする春那に、指を差して方向を教える。
「あ、本当だ。恭子さーん!聖一さーん!」
春那は大きな声で二人を呼んだ。
しかし、二人の方は周りのざわつきで気が付いていないようだった。

「呼んでも聞こえてないみたいだから、近くに行こう。」
「うん、そうだね。」
二人の方は聖一と恭子の方へと向かって歩き始めた。
そんな様子を恭子の少し後ろから十六夜が見ていた。
「十六夜。最初つまらなそうだったけど、最後っていうか今は楽しそうだね。クライマックスが気に入ったのかい?」
美緒は不思議そうに聞いた。
「映画はいまいちでしたけれど、他に楽しい事を見つけただけですわ。最初はついてきて損だと思いましたけれど、今は感謝していますわ。」
意味有りげに言う十六夜を胡散臭そうに美緒は見ていた。

「映画面白かったね。」
「ああ、思った以上に良かったな。」
二人はそう言いながら、出て行く人の流れに乗って歩いていた。
「ね・え・さ・ん。」
「うわっ!?」
突然後ろから声を掛けられて恭子はびっくりして思わず裏拳が出そうになった。
「何だ、葵か。脅かさないでよ。」
振り向いてからホッとした顔で恭子は言った。
「お二人ともどうもです。」
春那はそう言って二人の方にぺこりと一礼した。
「映画の方はなかなか面白かったよ。期待して良いかも。」
恭子はウインクしながら言う。
「それは良かったです。葵くるまでに機嫌悪くな・・・ふがふが。」
途中で横から葵が無言で頬をつねっていた。
「まあ、しょうがないよね。」
予想のついている恭子の方は苦笑いしながら呟く。
「機嫌どうこうってのは置いといて、折角来たんだし映画楽しんで来なよ。」
「ふぁーい。」
春那は葵につねられた状態のまま返事をした。

「はい、ありがとうございます。」
二人の方はそれだけ言うと離れて行った。
「いつもの事とはいえ大変だ。」
「そうねえ。」
二人は何とも言えない気分で言い合った。
「じゃあ、待ち合わせまで時間潰そっかって、ちょっとトイレ行って来るね。」
「入口で待ってる。」
「ごめんね〜。」
二人はその場で別れてそれぞれ離れて行った。
「じゃあ、私はトイレに寄ってから帰りますわ。」
「その後どうする?一緒に飯でも食う?」
美緒は普通に聞く。
「いえ、今日はここで別れましょう。どうせですから、知り合いに挨拶もしていきたいですしね。」
「分かった、じゃあ、また学校で。」
「では、ごきげんよう。」
美緒の方は軽く手を振って去っていった。それを見送ってから十六夜はトイレへ向かった。


「流石、トイレも綺麗だわ。」
恭子は感心したように言いながら中へ入っていった。用を足した恭子は洗面台で手を洗っていた。十六夜はそれが分かっているかのようにトイレへと入っていった。
「風邪って感じじゃないし、やっぱちょっと冷えてたのかな?」
ちょっと首を傾げながらも、さっきの一瞬の寒気を思い出していた。
「お体には気をつけた方が良いですわよ。」
「えっ!?」
下を向いてハンカチで手を拭いていた恭子は驚いてその場で固まった。
(ま、まさか・・・。あの時の声!?)
固まった恭子だったがすぐに顔を上げて鏡を見た。すぐ後ろには日本人形を思わせる風貌の美人が立っていた。あの時と同じで鏡に映ってはいるのだが、気配がしない。
(本物って事!?)
葵から霊などの話を聞いている恭子は思わずそう思わずに入られなかった。
「どうかしましたの?」
相手は鏡越しににこやかに微笑む。恭子にはその微笑が不気味でならなかった。
(後ろを向けば分かる事だわ!)
意を決して恭子は後ろを向いた。そこには鏡に映っていたのと同じ女性が立っていた。
(幽霊じゃなかったのね。)
恭子はちょっとホッとしていた。
「正面向いては初めまして。源 十六夜と申します。」
相手は軽く頭を下げて挨拶する。
「挨拶される覚えは無いんだけど。」
恭子はジト目で十六夜を見て言った。
「うふふ、あの時と違って強気ですのね。」
少し小馬鹿にしたように十六夜は言う。
「えーえー、凄いマジックを見せて貰ったから驚いただけよ。別に正面向いてれば恐くもないし。」
そう言って恭子はハンカチをすぐにしまってから、軽く構える。
「空手の構えですわね。ただ、ここはトイレですからね。」
やはり、挑発するように嫌味っぽく笑いながら言う。恭子は正直かなりムッとしていた。
「手の上げない相手に、空手の技を駆使しますの?貴方はそんな野暮な方には思えませんわ。」
「くっ・・・。」
(頭に来るけど言っている事は正しいわ。)
恭子は仕方なく構えるのを止めた。
「とても素敵な彼に、可愛らしい妹さん。それに妹さんのお友達かしらね。」
十六夜は意味ありげに目を細めて言う。
「どういう意味!」
「お名前お聞きしても良いかしら?」
恭子の問いには答えずににこやかに十六夜は聞く。
「あんたに名乗る名前なんて無いわよ!」
ムッとして恭子は怒鳴る。
「そう、それは残念ね。それでは、他のお三方に聞いてみようかしら。私は今の所貴方にしか興味は無いんだけれど・・・。」
さっきまでとは違い、冷たい目になって言う。
「巻き込みたくなかったら言えって事?」
恭子は怒気を含んでいたが静かに言う。
「そうは言っていませんわ。まあ、ここで災いの元を断つというのも一つの手段でしょうけれどね。」
(完全に挑発されてる。乗るべきか、いや一発位入れても文句はないでしょ。)
恭子は決心してふっと笑った。その様子を不思議そうに十六夜は見ていた。
「私の名前はね・・・。」
「はい。」
言いかけて十六夜が聞く体勢になった所を、不意打ちで正拳突きを放った。確かな手応えはあったが、みぞおちに入っている筈の拳はあっさりと十六夜の掌で止められていた。
(この距離と不意打ちでもあっさり止められた!予想範囲内だったって言う訳!?)
すぐに手を引いて恭子は構え直した。
「名乗って頂けないのなら、こちらで勝手に調べさせて頂きますわ。ただし、今の分はどこかでお礼をさせて頂く事になると思いますけれどね。」
十六夜は冷静にそう言って、構えている恭子を無視してトイレから出て行こうとする。
「ちょっと待ちなさいよ!」
恭子に言われて十六夜は立ち止まる。
「今度は後ろからの不意打ちでもして見ます?」
「そんな事しないわよ!それより他の三人が関係ないなら名乗れば良いんでしょ。」
恭子は強い口調で言った。

「そうですわね、それと先程の分をなんらかしらの形で変えさせて頂ければ構いませんわ。」
まだ、恭子に背を向けたままで十六夜は静かに言う。
「ここで、全部かたを付けて。」
恭子は納得行かない感じだったが、無理矢理言い切った。
「分かりましたわ。まずは名乗って頂きましょう。」
十六夜の言葉に恭子は渋々自分の名前を名乗った。それを聞いて満足そうに振り向いてから恭子に近付いていく。
「彼が待っていますからね、痛い思いはさせませんわ。」
そう言いながら近付いてくる十六夜に恭子は言い様のない不安に囚われていた。十六夜は目の前まで来てじっと恭子の瞳を見る。
「さあ、恭子さん。私の目を見て。」
近付かれて変な感じはあったが、それと同時に不思議な雰囲気を感じていた。恭子は最初嫌々十六夜の目を見ていたが、一旦見ると不思議と吸い込まれそうな感じでそのまま見入っていた。
「一夜限りの夢を貴方に・・・。夢を解く鍵は彼にしておきましょう。流石に私と同じ名前の十六の夜の夢は貴方にとって辛いでしょうからね。」
「あっ・・・。」
恭子が一言声を上げると、その場で気を失って崩れ落ちる。十六夜は倒れる前にそれを支える。
「恭子さん起きなさい。彼が待っているわ。」
「はい・・・。」
十六夜の声に目をつぶったまま返事をする恭子。そして、ゆっくりと目を開ける。その瞳の焦点は合っていなかったが、しっかりと立ち普通の足取りでトイレから出て行った。
「さて、私も行きましょう。恭子さんまたお会いしましょうね。くすくす。」
恭子を見送った後、十六夜もトイレから出て行った。
それと入れ替わるようにして、数人の女性が一斉にトイレに入っていった。
「どうしてトイレに入れなかったんだろ?」
数人の内の一人の女性が呟いていた。