交差する出会い〜戦慄の葵(後編)〜


「どわーーー!?」
(聖一さん!?)
突然聞き慣れた声がしてハッと驚く葵。
「空き缶の後にこりゃどうなってんだー!?」
半分自棄になって聖一は叫んでいた。
無理も無い。目の前には何故か酷い有様の死体がある。しかも三人分も。
(犯人とかまだ居ないよな!?)
視線を上げて思わずキョロキョロ見渡すと、構えている横姿の葵が見えた。
(あれ?葵ちゃん?まさか犯人と対峙してる!?声は掛けない方が良さそうだな。)
聖一はゆっくり周りに用心しながらと葵の方へと歩き始めた。
「全く運が良い。」
相手はそれだけ言うと、冷たく笑った。葵は無表情でそれを見ていた。
(聖一さん。こっちに来ては駄目!)
ただ、内心では近づいて来ている聖一にハラハラしていた。
「顔、構え覚えておく。」
相手は葵の姿を焼き付ける様に頭からつま先までを一瞬で見る。
「忘れて頂けるとありがたいですね。」
葵はにこやかに答えたが、目は真剣そのものだった。相手はその言葉には返事もせずに、影に消えて行く様に去っていった。
(良かった。行ってくれた・・・。)
葵は胸を撫で下ろした。
そして、相手が見えなくなる頃に聖一が近くまで歩いて来た。
「葵ちゃんどうしたの?大丈夫?」
「周りの方は大丈夫じゃないですね。私はまあ、何とか・・・。」
そういった後で、安心して緊張が解けたのかちょっと膝がカクンと来てバランスを崩す。
「おいおい、本当に大丈夫か?」
聖一は驚いて葵を支える。
「なんか、悪霊とかそんな奴?」
半信半疑で聖一は聞いた。
「悪霊の方がある意味ましだったかも・・・。」
相手が消えていった方を見ながら葵は呟いた。
「それよりも、早くここを離れましょう。」
そう言って、支えて貰っていた状態から立ち直り聖一の手を引く。
「えっ!?だって警察呼んだ方が良くない?」
この状況で突然そう言われて驚いて言った。
「えーと、何かそういう次元じゃない気がするんです。もしかすると姉さんも危ないかもしれないから。お願いします。」
「分かった。」
いつに無く必死な葵の表情と言葉に、聖一は首を縦に振るしかなかった。


「それじゃあ、寝ている酔っ払いと勘違いしたんだね?」
駆けつけた二人の警察官は思いの他良い人で怒った感じは無かった。
「はい・・・。すいません。最近疲れていたので。」
恭子の方は申し訳無さそうに頭を下げていった。
「いや、実際にそういう事じゃなくて良かったよ。もし、それが本当だったら君も危なかったかもしれないんだからね。」
「あっ!?」
(そう言われてみればそうだ。)
警察官に言われて初めて気が付いた。実際に驚いていたのでそこまで頭が回っていなかったのである。
「家は近いのかな?」
「はい、帰る途中だったので。」
「この酔っ払いは私が連れて行くから君は早く帰りなさい。気を付けるんだよ。」
警察官は丁寧に言って、もう一人と一緒に酔っ払いを担ぎ始めていた。
「それでは、失礼します。お騒がせしてすいませんでした。」
恭子は一礼してその場を後にした。
(来てくれた警察の人怒ってなくて良かった。しっかし・・・疲れた。)
溜息混じりに足取りは重くゆっくりと歩いていった。


そして、丁度葵と一緒に聖一が戻ってくる頃、恭子が疲れた表情でやってきた。玄関の前でばったりと会った。
「姉さん。何も無かった?」
ちょっと心配そうに葵の方が聞いた。
「え?葵どうしたの?春那ちゃんの所じゃなかったっけ?」
ここに居るはずの無い葵が聖一と一緒に居る事に驚いて恭子は答える前に思わず聞き返していた。
「えーと、中で話すね。」
何とも言えない表情で葵は答えた。
(何かありましたって顔になっちゃってる。葵がこの表情って事はよほどの事だったのかな。)
恭子は内心ちょっと渋い感じになっていた。
(あ、そうだ、こっちに先に聞かれてたっけ。)
すぐに思い直して恭子は口を開いた。
「うーん、まあ変な事があってねえ。こっちも中で話すよ。聖一遅くなってごめんね。」
軽く手を合わせて謝った。
「いや、まあ何ていうかお疲れさん。恭子も葵ちゃんも。そして多分俺も。」
言葉の真意がつかめずにちょっと目をぱちくりして恭子は一応頷いた。
「まあ、買出しあるからそれでも飲み食いしよう。ってしまった量が足りねえ。」
聖一は葵をチラッと見てから笑いながら言った。
「そうだね。春那ちゃんに応援頼もう。」
恭子もちょっと笑いながら言った。
「私、凄くお腹減りました。」
葵はそう言いながらにっこりと笑った。
「うわ、凄え事になりそうだな。」
何とも言えない顔をして言ってから、また聖一は笑った。
三人はふと夜中なのに気が付いて、静かにしてから聖一の家に上がっていった。


「十六夜!人を呼びつけといてどういう事だい!」
美緒は今までの怒りを思いっきり怒鳴り声にして十六夜にぶつけた。
「分かってますわよ。ですから謝っているではありませんか。」
コンビニには不良がたむろしていて、美緒と一触即発状態になっていたが、やってきた十六夜にのされて転がっていた。周りに屍累々状態だったが、関係なく二人の会話が続いていた。
「しかも、途中で悪さしてきただろ。」
「ふう・・・、全く美緒には隠し事出来ませんわね。」
十六夜は少し苦笑いしながら言った。
「悪さではなく、一つ邪魔な死体を片付けただけですわ。あのやり口はセツナさんのものでしょうからね。しかも発見者が警察呼んでいたのでもみ消しました。」
「セツナこんな所にいるんだ?」
珍しいと言った感じで美緒は聞いた。
「多分近くに・・・と、いらっしゃいましたよ。」
十六夜の言葉に美緒は振り返る。
「何だか嬉しそうだな。」
美緒はそう言ったが、十六夜にはいつもの無表情なセツナにしか見えなかった。
(いつもながら、良く分かりますわね。)
十六夜は関心半分呆れ半分で思っていた。
「面白い奴にあった。」
そこで初めて少しだけ口元が笑った。
「悪趣味な感じだな。今日は仕事なのかい?」
苦笑いしながら美緒は聞いた。
「ああ、人数は多かったが全て片付けた。ターゲットでは無かったが私を正面から見据えた。」
「それは、何処の命知らずですの?」
十六夜は少し呆れた口調で言った。
「分かっても尚ってのは凄いんじゃないか?あたしなら逃げるね。」
「嘘おっしゃい。正面向いて噛み付く人が何いってるんだか。」
十六夜は更に呆れた表情になって言う。
「あの構え、動き、眼差し。また、いずれ。」
何となく思い出すような感じでポツリと言う。
「何処の誰だか知らないけど、大変なのに気に入られたもんだ。まあそれは置いといて、とりあえず、近くのファミレスででも飯食おう。腹減ったよ。」
美緒はお腹を押さえながら言った。
「賛成ですわ。」
十六夜は珍しく素直に、そしてすぐに賛成した。セツナの方は二人を見て黙って頷く。
「勿論、散々遅れた十六夜のおごりな。」
ニヤッと笑いながら美緒は言う。
「はいはい、分かりましたわ。その代わり案内は頼みますわよ。」
「よっしゃ、決まりっ!」
美緒はそう言ってから、二人の前を歩き始めた。
「こいつ等は?」
セツナは周りで呻いている連中を見て聞いた。
「放って置いて構いませんわ。」
「良いから二人とも行こう。」
前の方から美緒が二人を急かす。
「命があるだけありがたく思いなさい。さあ、セツナさん参りましょう。」
冷たい目で静かにそう言って十六夜はセツナを促した。セツナは黙って促されるままに歩き出した。
「そう言えばセツナさん。お仕事は良いんですがあまり派手にやって目立たない様にお願いしますわよ。」
十六夜はぼそぼそとセツナに耳打ちした。
「目撃者を消せば関係ない・・・。」
「それをいうなら、目撃者を残すのはどうかと。」
十六夜はちくりとやりかえす。
「もっともな意見だ。真矢の影響かもしれん。次からは忠告気を付ける事にする。」
セツナは素直に聞いて答えた。
「ありがとうございます。今回の中の一件は、何も無い事にしておきましたから。」
「分かった。」
そんな二人のやり取りをいつの間にかジト目で美緒は見ていた。
「分かってますわ。」
本当に分かっているのか怪しい感じで微笑みながら十六夜は答える。
「それなりにはやってみる。」
セツナは素っ気無く答える。
「何処にでも色々な奴が居るものだ。」
二人には聞こえないくらい本当に小さな声でセツナは呟いた。


三人で話しをしている最中、葵の背筋に悪寒が走った。
(まさか・・・ね・・・。)
葵はセツナと正面から向き合った時の事を少し思い出していた。
(今までにあった事の無い凄まじさだった・・・。)
その場で少し唾を飲み込んでいた。少し震えそうになったが無理矢理押さえ込んだ。
「それでね、数秒の間に死体が酔っ払いになってたのよー。」
「なんだそりゃ。」
「警察呼んじゃった後だったから来た警官の人に謝らなきゃいけなかったし。」
苦笑いしながら恭子は言った。
「あった出来事は確かに意味不明だけど、無事で何よりだよ。こっちなんて本物だったからな。」
今度は聖一の方が苦笑いして言った。
「そうなんだ?」
「葵ちゃんが犯人なのかな、誰かと退治してるとこで見掛けたのよ。」
(あの時聖一さんが来てなかったら・・・私・・・。)
心ここにあらずといった感じの葵を見て恭子は声を掛けた。
「葵?あーおーいー!?」
「えっ!?」
恭子に呼ばれて葵は現実に引き戻された。
「恭子、葵ちゃんさ疲れてるんだよ。そっとしておいてあげなよ。」
「うん、そうだね、あんまり食欲も無いみたいだし。」
実際に葵はいつも食べる量の半分も食べていなかった。
「今日はちょっと疲れているだけだから寝れば明日には直るよ。」
二人の心配そうな表情を見て、心配ないよという感じで答えた。
「まあ、今日はそれぞれあんま良くなかったからさっさと寝ちまおう。」
「そうだね。」
「そうですね。」
聖一の一言でそれぞれ眠りについた。


ファミレスの出口でセツナと、美緒・十六夜の二人が別れようとしていた。
「何かあればお呼び下さい。」
十六夜はそう言って一礼する。」
「んじゃ、また。」
美緒の方は軽く手を振る。
「英輝に宜しく言ってくれ。」
セツナはそう言って軽く手を上げてから二人から離れていった。二人と完全に離れて人気が無いのを確認すると携帯を取り出してかけた。
「もしもし・・・。」
「「セツナか。仕事は終ったか?」」
電話の相手はいつもの男だった。
「終った。全て片付けた。」
「「分かった。今帰りか?」」
「途中で、十六夜と美緒に会って食事をしてさっき別れた。」
「「そうか、車を回すか?」」
「いや、タクシーで帰る。それと、一つ頼みがある。」
「「何だ?」」
「この付近で合気道の使い手で名前は多分「あおい」という女性の身元を調べて欲しい。該当するのは少ないと思うが、細かい情報は追って送る。」
「「分かった。身元を調べるだけで良いんだな?」」
「それだけで良い。」
「「分かり次第伝える。ご苦労だった。」」
そう言って珍しく相手の方から切れた。
「忙しいのか。」
セツナは呟いて、通りに出てからタクシーを拾った。
「お客さんどちらまで?」
「ちょっと遠いが千葉の霞賀裏まで。」
その言葉に運転手はちょっといぶかしげな顔をする。
「お金はちゃんとあるから大丈夫。」
そう言ってセツナは財布からお金を出して見せる。
「かしこまりました。高速使いますか?」
お金を見た運転手は態度を変えて丁寧に聞いた。
「任せる。」
「はい、では出しますね。」
そして、タクシーはセツナのマンションへと向かって走り始めた。