発見者

5月23日 12:52
山名 正一   宮原 富男   赤木 由美  高坂 誠  蓮見 しのぶ
横山 優子(横山 秋子の母)  

横山家の中はほのかなお香と線香の香りが漂っていた。その中でかすかにすすり泣く声が響いていた。

「何で秋子が殺されなくてはいけないの・・・。」
かなり強い口調で、怒りと悲しみの交じり合った声で言った。その後で、秋子の母の優子は三枚目になるハンカチで目を抑えた。
その言葉は正一の心にグサッと刺さっていた。自分があんな事を言わなければこんな事にはと、自責の念にかられていた。
学校の方は午前中で終っており、生徒会役員を始め、同級生、秋子を可愛がっていた先輩達、そして、先生達も来ていた。秋子に直接会って、生徒会役員をお願いした、校長の圭一郎も来ている一人だった。
正一同じ副会長の由美は、泣きっぱなしで会長の富男が慰めている。それを見ていた書記の誠は何とも言えない顔をしている。何故、何とも言えない顔をしているかと言うと、富男が由美を慰めていると言うより子供をあやしている様にしか見えなかったからである。
「由美ちゃん。良い子だから泣くの止めようね。」
富男はいつもの笑った顔で由美に言う。
「会長、良く笑ってられますね。人が死んだんですよ。もう、横山さんは・・・。」
そこまで言って再び泣き出す由美の頭を撫でながら、
「よしよし、良い子だからねえ。」
と相変らずの表情と口調で言う。そんな、富男を見て、誠だけでなく正一もなんだかなあと、呆れた顔をしていた。
暫くして、焼香が始まり、次々と両親、秋子の親戚達、学校の人間達へと順番は回っていった。そんな中、賢はクラスの代表として焼香に来ていた。表面は悲しそうな顔をしていたが、気持ちはその表情とは裏腹だった。順番が回って来て、焼香を行う為に一人で遺影と向き合う。さっきまでの悲しい表情が一変し勝ち誇ったような賢の顔を見たのはその遺影だけだった。
(残念だったな横山。どうやら私の勝ちだ。)
という、心の叫びは誰に聞こえる訳も無かった。焼香が終り、再び家族の方に向き直った時にはまた、さっきの悲しい表情に戻っていた。
焼香をする為のクラスの代表者は、賢を含めた2年生、3年生だけでなく1年生も含まれていた。蓮見しのぶもその中の一人だった。

ただ、しのぶが他の人間と違っていたのは、秋子の殺される現場を見た唯一の人間だった。

あの日、しのぶはクラス委員として生徒会に書類を提出する為に生徒会室の前に立っていた。ノックをしようとしたら、丁度扉が少し開いていた。しのぶは何となく中を覗いて見た。そこで見たものは、左手で秋子背中から口を押さえ右手でアイスピックを持っている賢だった。そして、そのアイスピックは秋子の首に吸い込まれるように根元まで突き立てられた。秋子の表情は一変し、賢の血走った目は今でも脳裏に焼き付いていた。しのぶは余りの恐怖に一瞬凍りついたが、その場から逃げなくてはという考えに切り替わり、腰が抜けそうになりながらも必死に生徒会室から離れて逃げ出していた。
その起こった現実と、更に現実には起こっていない事が悪夢となってしのぶを苦しめていた。
夢の続きはいつも決まっていた。起こった現実の後に、血の跡がついたアイスピックを持って自分に保積 賢が向かってくるのである。しのぶ自身は恐くて動けずにいると、左手で口を押さえられ、
「見てしまったようだな。お前も横山のように死んで貰うぞ。」
そう言ってアイスピックが自分に振り下ろされる。そこでいつも目が覚めるのである。あの事件以来毎日同じ悪夢を見ていた。そして、半分ノイローゼ状態になっていた。その証拠に、焼香を終えて自分の近くに来る賢を見るとアイスピックを持って迫ってくる様にしか見えない。ただでさえ、寝不足と悪夢で顔色が悪いのに更に血の気がスーっと引いて行き、体中が震え始める。悲鳴を上げて逃げ出したかった。あの、尋常じゃない目付きの保積 賢にしか見えない。
(だ、誰か助けて・・・。こ、殺される・・・。)
と今にも叫びそうになっていた。
そのしのぶの異変にいち早く気が付いたのは誠だった。しのぶの周囲を見たが気がついている人間はいなさそうだった。そして、もう一度しのぶを見た時に目が合った。しのぶはハッとしたように目を逸らした。
(どうかしたのかな?)
不思議に思った誠はしのぶに近付いていった。誠の行動にしのぶは焦った。視線を自分から故意に、しかもあからさまに逸らした事で、相手の興味を引いてしまった様だった。
(ど、どうしよう。確か、あの人は生徒会の高坂先輩。先輩になら話しても大丈夫かしら・・・。)
そんな事を考えているうちに、誠は目の前まで来ていた。
「確か、一年の蓮見さんだっけ。どうしたの?具合でも悪いの?」
誠は顔色が青く体が震えているのを見て、風邪でも引いているものだと思っていた。
「え、ええ、ちょっと。」
しのぶは嘘は言っていなかったが、顔も引きつっているし、どもっている上に態度がぎこちなかった。相手が正一ならば、何かあるなと思う所なのだろうが、誠はかなり体調が悪いだけだろうと受け取っていた。
「じゃあ、家まで送るよ。あ、ちょっと待ってて。会長に一言言ってくるから。」
誠はそう言ってすぐに振り向いて富男の方へすぐに走っていった。
「あ、あの・・・。」
手を伸ばしてそう言ったしのぶの声は届いていなかった。周りも、誠が来て気が付いた様子で心配して声を掛けた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ。」
周りを気遣ってしのぶは無理に笑って言った。何人かは、そこに突っ込みを入れようとしていたが、先に誠が来ていた事もあり、そちらに任せようと思ったのか、皆それ以上は何も聞かなかった。
「会長、会長!」
誠は少し五月蝿いくらいに富男を呼んだ。呼ばれた富男の方は由美を慰めていたが、落ち着いた由美を確認してから声のした方を向いた。
「あ、まこちゃん。どうしたの?」
そう言われた誠はどっと疲れて、カクンとなった。しかし、すぐに立ち直って、
「会長。その「まこちゃん」って言うの止めてくれませんか。」
心底嫌そうな顔をして言う。
「別にいーじゃん。」
特に止めるとも思えない笑顔であっさりと言う。
「でさ、僕を呼んだみたいだけど、何か用?」
「あ、そうだ。あそこにいる女の子分かります?」
我に返って誠のしのぶを指差す方を富男は見る。
「女の子一杯いるけど、どの子?」
「ほら、あそこの調子悪そうな一年生わかりませんか?彼女送って行きたいんで、先に帰りたいんですけど良いですか?」
分からなかった富雄は再び指差す方を見た。確かに一人調子の悪そうな女の子が見える。
(確かしのぶちゃんだったかなあ。)
富男はちょっと自分の記憶を探っていた。
(あんな子じゃないと思ったけど・・・・。ま、ここはまこちゃんに任せるかな。)
「いやあ、まこちゃんも隅に置けないなあ。彼女がいるなら言ってくれればいいのに。」
突然そう言われて誠は真っ赤になった。
「そ、そんなんじゃないですよ!」
富男は誠の答えを聞いているのかいないのか、ただ笑っている。
「分かった分かった。彼女の体調悪いのに付け込んで送り狼しないようにね。」
「そんな事しませんっ!って体調悪いの分かってるじゃないですか!もう、行きますからね!」
誠はさっきより真っ赤な顔になり、大きな声で怒鳴ってから、しのぶの方へ戻っていった。
(まこちゃんってからかうと面白いなあ。)
富男は誠を見送りながら相変わらずにこにこしていた。
「ごめん。お待たせ。」
誠はちょっとバツが悪そうに言った。
「あの、何か口論になっていたみたいですけれど大丈夫なんですか?」
まだ、青い顔をしたままのしのぶは少し弱々しい声で聞いた。
「ううん、会長が下らない事いうから。気にしないでいいと。さ、行こう。」
首を横に振りながら、気遣って言ってからしのぶを促した。
「はい、すいません。ありがとうございます。」
「いや、無理しなくて良いからさ。辛かったら言ってね。」
無理に笑うしのぶに痛々しそうな顔になって誠は言った。その後、二人は横山家を出ていった。
「さーてと、僕等もお暇しようかね。」
「はい。」
富男の声に正一だけが返事をした。
(やれやれ、こりゃ暫く生徒会も開店休業になりそうだなあ。)
富男は一旦空を見上げて背伸びをして先に歩き出した。