短い恋

山名 正一  横山 秋子
5月18日 9:20

山名 正一は一時限目が終わり休み時間になって、大好きな推理小説を読んでいた。
「山名〜、だれか呼んでるぞ〜」
クラスメイトから呼ばれ自分を呼んでいる声の主を目で探した。
同じ生徒会の横山 秋子だった。正一は小説をしまって秋子のいる廊下へ歩いていった。
「どうしたんだ横山。何か用かい?」
いつも通り少し笑いながら正一は尋ねた。
しかし、秋子はいつもの様に返事を返してこないし、まして何も言わなかった。何にしてもものすごく真面目な顔をしている。ここでは話せない重要な事なのだと察した正一は彼女を促して屋上へ移動した。移動している間二人は言を発さず黙って歩いていた。屋上に出ると、暖かい日差しが二人を迎えた。
「それでさ、横山。俺に話があるんだろう?しかもかなり重要なのが。」
秋子はこの正一がなぜ会長にならなかったんだろうと今でも思っている。同性から好かれるタイプだし、頭も良いし、スポーツも出来る。その上女の子にもかなりモテルときている。十分と言えるほどの器を持っているのに。と。
しかし、今はそれどころではなかった。
「実はこの前の決算の時に・・・」
そこまで言って後を続け様としたが、それは正一の方から出た。
「計算が合わない。かな?」
秋子は少しびっくりしたが、すぐに首を縦に振った。
正一は秋子がとても優秀な会計だと言う事は去年から生徒会で一緒だったので良く知っていた。
今まで表に出なかった文化部の不正な部費の使い込み事件を暴いたのもそう思わせる一因だった。
使い込みをした部は廃部、使い込んだと思われていたお金は多額だったがほとんどまだ使われる前だったので全額返済となった。
正一は、またなのかなとちょっと顔が渋くなる。
その顔を見てかどうかは分からないが秋子は切り出した。
「そうなんだけど、まだ完全に裏が取れてないから。何処がどういう風にって限定出来ないの。」
知ったかぶりをせず、今の状況を相手に分かりやすくはっきり、キッパリ言う事が秋子のモットーだった。
正一は秋子のそういう所が好きだった。と言うより秋子が好きなのである。実は生徒会に入ったのも、毎日秋子と会えるという不純な動機だった。
しかし、生徒会の仕事もやってみると面白く今や立派な副会長になっていた。来年は会長を目指してみようとも思っていた。
今、屋上に秋子と二人きり。話の内容が重要である事は正一には分かっていたのだが、この二人きりという状況が正一を少し暴走させた。
「横山。俺、お前の事好きなんだけど」
「え!?」
秋子は思わず声が裏返る。先ず初めに何言ってるのこの人は?と思い、次に私の話聞いていてくれたのかしら?と。最後になって、山名君が私の事を好き?まさかそんな馬鹿な、と思った。顔もその思いと共に変化していた。先ず呆れ顔に始まり、少し疑って怒っている表情になり、最後にまさかという顔になっていた。
その変化を今自分が何を言ったのか改めて理解した正一は、その場を何とかしようと思い言った。
「そ、それで、どうしてそれが分かったの?」
あからさまに焦っているのが分かる言い方だった。いつもなら「わかったの?」などとは絶対に言わないし、こんなに取り乱したりしない。
「ぷっ。あははは。」
それを知っている秋子はおかしくなって笑ってしまった。でもそれは、正一が普通の高校生であると納得させてくれて、ホッとする気持ちも含まれていた。いつも真面目で、結構近寄り難いイメージがあったが、それも今のでイメージが吹き飛んでいた。
確かに秋子にも気が無かった訳ではない。しかし、自分の顔にコンプレックスを持っていたのでとても告白する所まで行かなかった。
つけている眼鏡、切れ長のちょっとつり目で、眼鏡をかけると更にそれが強調され外見で結構キツイ性格に見えてしまう。更にはっきり、キッパリと言う性格もあり異性からのアプローチもなく、自分からも言う事は今まで全く無かった。
とりあえずはこの問題よね。と自分に言い聞かせて笑った顔を元に戻し言った。
「今期の予算の決算の時に出て行った金額と会計報告のプリントにあった額の総合計額が合わないのよ。」
秋子の笑った顔を見てえらいとこ見せちゃったなと思いながらも、初めて見た秋子の笑顔は正一の思いを更に加速し高まらせる事になった。
しかし、そこは流石は正一。その思いは一旦しまい込んで、いつもの冷静さを取り戻して答えた。
「うん、そうか。俺は会計じゃないから良く分からなかったけど、それは不味いよな。とりあえずそういう事をする奴がいる以上、早く暴いて反省させなきゃな。」
「勿論よ。」
間髪入れず秋子は頷きながらキッパリと言った。
しかし、この時の自分の言葉であんな事になるとは、正一はこの時は知る由も無かった。
「そうだな。ところで・・・さっきの事なんだけど・・・・。」
こういう事は慣れていないせいか、顔が赤くなっている正一を見て、秋子はまた少しおかしくなったが笑いを堪えていった。
「何人の女の子にそういう事言ったの?」
軽くからかうつもりで言った言葉だったが、
「心外だ!俺は横山に言うのが生まれて初めてだ。そういう目で俺を見ていたなんて残念だ・・・」
初めは怒っていたが段々悲しそうな表情になる。
正一の反応は秋子には意外だった。「冗談だろ。」とか言うと思っていた。
その反面安心していた。きっと自分なんかより美人の子から言い寄られても返事はNOと言い続けてきたんだな。と。
「冗談よ。でもちょっと前までは機械的って言うのかな。あんまり好きじゃなかったけど、とっても人間らしいことが分かったからね。山名君が焦ったりするの初めて見たもんね。OKしちゃおう。別にいい加減に言ってる訳じゃないからね。」
自分でもこんな事が言えるのかと、秋子は驚いたのと同じに恥ずかしかった。
「それを言ったら俺だって初めて横山が笑った所見たからね。ますます好きになったよ。別の虫がつかないようにしなくちゃな。」
そう言ってスッと正一は秋子に近寄って眼鏡を取った。
「あっ!山名君。私それが無いと何も見えないの」
焦っている秋子に、
「素顔の秋子が見たかったんだ。もう君を放さないよ。」
そう言ってぐっと秋子を抱き寄せた。秋子は眼鏡が無い事だけでも焦っていたがこの言葉と態度、そして正一のムードに飲まれていた。
「好きです。」
正一からそっと唇を重ねた。秋子はびっくりしたがすぐに目をつぶって自分から正一の首に腕を回した。しばらくして二人は離れた。
「私もよ、正一。」
と秋子が眼鏡を掛け直しながら言った直後に、2時限目始まりのチャイムが鳴った。
「じゃあ、また放課後」
「うん。」
もう生徒会の副会長と書記ではなく、恋人の関係に一歩踏み込んだ二人はそれぞれのクラスへと戻っていった。

二人が出ていった後、屋上から見える空は雲に覆われ季節外れの北風が吹き始めていた・・・。