7月の雪


・・・7月4日 14:16 イベントホール舞台袖・・・
私は自分の出番を前に、緊張と不安で押しつぶされそうになってた・・・。
ガクガク・・・カタカタ・・・
膝も肩も・・・ううん、全身が震えて止まらないよぉ。

今ここにいるのは私だけ。
もう他のみんなはステージに上がってる。
みんなが私を待ってるのが分かる・・・だけどぉ・・・・・・。


・・・1ヶ月前・・・
「お疲れ様、雪歩」
「お疲れ様です。プロデューサー」
仕事が終ってから声をかけてくれたプロデューサーに、私はにこやかに笑いながら挨拶しました。
「仕事も増えてきたし、最近好調だし、自然な笑顔が良いね」
「えへへ、プロデューサーのおかげですぅ」
デビューしたばっかりの時は、ダメダメで大変だったけれど。って、今もまだダメダメなんだけどぉ・・・。
お仕事が増えて来て、自分で言うのもなんだけどぉ、ちょっとはマシになったかなって。
「じゃあ、今日はこれで終わりだから、帰ろうか」
「はい!」
私はプロデューサーへ答えてから、後を着いて歩き始めました。

「プロデューサーに笑顔が良いって言われちゃったぁ。えへへへ〜」
帰って来てから、お風呂に入って、嬉し恥ずかしで、お湯をぱちゃぱちゃってしながら、私はニヤニヤしちゃってた。
「はっ!?いけない、いけない。プロデューサーやファンの期待に応えるためにも、もっと頑張らないとぉ!」
我に返って気を取り直して、小さくガッツポーズしながら私は言いました。
(もっともっと頑張って、そしたらぁ、プロデューサーから『ごほうび』を・・・)
ちょっと照れくさくなって、お湯の中で指をごにょごにょしちゃってた。
「雪歩〜!明日早いのでしょう?眠らなくて良いの〜?」
「ふえっ!?はわわぁっ!」
ツルッ
お母さんの声で慌てて立ち上がった私は、浴槽に足を滑らせてしまった。
「ぁ!?」
ゴンッ!
浴室の天井の景色が見えて、後頭部をぶつけた感触がしたら、景色が真っ白になった。

♪〜♪〜♪
モゾモゾ・・・
『ALRIGHT*』の着信音がして、目が覚めた私は携帯を見てみた。
(プロデューサーからだぁ!)
ピッ!
「・・・?・・・・・・???」
(あれぇ?もしもしって言ってるはずなんだけどぉ???)
『雪歩?どうした?寝ぼけてるのか?』
「・・・?・・・!?・・・!?!?」
(おかしいなぁ?もしも〜し!?も、もしかして・・・声が出ないよぉ!?!?)
口だけパクパクするけど、全く声が出なくて、私はその場で、ワタワタしちゃってた。
『お〜い、雪歩〜?とりあえず、一旦切るぞ』
ピッ、ツーツーツー
(どっ、どっ、どうしようっ!?)
ピッ、ピッ!
切られた私は、慌ててリダイヤルにしてかけ直した。
『もしもし、雪歩。今日の仕事なんだが・・・って、あれ?雪歩?』
一生懸命声を出そうとしてるけど、全然声が出ないよぉ!
『ったく、亜美真美か美希がイタズラしてるのかな?メールしとくから、ちゃんと雪歩に返しといてくれよ!じゃっ!』
ピッ、ツーツーツー
(ふええ〜ん!イタズラじゃないのにぃ!)
私は半泣きで携帯を見つめていた。
♪へへっ、や〜りぃ♪
(あっ、メールだぁ)
私は真ちゃんの着信音を聞いて、メールを開いてみた。
『今日の仕事の件について
雪歩へ
今日の仕事は予定通り2件で、午前中は撮影。午後は歌番組の収録。
事務所には昨日も言った通り9時までに来ること。
追伸
携帯、取られないようにな』
(えっとぉ、お仕事は時間通りで・・・もぉ〜、取られてないですぅ)
私は読み終わった後、携帯をブンブン振りながら、その場でジタバタしていた。
雪歩〜!朝ご飯ですよ〜!」
「・・・」
(はーい!)
うぅぅ、声が本当に出ないですぅ・・・。
お母さんに呼ばれて、返事を自然と返そうとしていたけれど、声が出なくて、私はガックリしていた。

「・・・」
(いただきますぅ)
私は内心で言って、手を合わせてから朝ご飯を食べるために、お箸を持った。
「待ちなさい、雪歩。『頂きます』を何故言わないの?」
ドキッ!
お母さんに言われて、私は箸を持ったまま動きが止まっちゃった。
「怒らないから、訳を話してみなさい」
「・・・」
(はうぅ、話せないのにどうすればぁ・・・)
どうして良いか分からない私は、その場でオロオロしちゃっていた。
「少し待っていなさい」
「?」
いきなり立ち上がって部屋を出て行くお母さんを私は首をかしげながら見送っていた。
(はっ!?まさか、お父さんを呼びに行ったんじゃ!?)
私はお箸を置いてからハッとして、アワアワしちゃって、そーっと部屋を出ようとしていた。
♪へへっ、や〜りぃ♪
(ひうっ!?)
びびくっ!
いきなり真ちゃんの声が聞こえて、一瞬固まったけれど、携帯を取り出してメールを読んでみた。
『大丈夫か?
今さっき、亜美真美と美希が事務所に来て問い詰めた。
亜美真美も美希も、なんか冷蔵庫にあった抹茶のお菓子を食べたらしいが、
携帯は取ってないって言うから、心配になった。
今日事務所に来れそうかだけでもいいから連絡待ってる』
(ああっ!今日食べようと思ってた、私の抹茶ロールケーキがぁ)
ちょっとガックリしながらも、事務所に行くことだけ、簡単にメールしておいた。
「もう良いかしら?」
ビックーン!ギギギギギ・・・
後ろからお母さんに聞かれて、私は恐る恐る振り向いた。
「はい。これで、どういう事か教えてちょうだい」
お母さんはそう言うと、私に和紙と筆ペンを渡してくれた。
【声が出ないの】
私はすぐにさらさらっと書いて、お母さんへ和紙を見せた。
「分かりました。とりあえず、朝ご飯を食べなさい」
【はい】
返事代わりに書いて見せてから、改めて席に移動した。
【頂きます】
そして、再び書いてお母さんに見せて、和紙と筆ペンを置いてから、お箸を持って食べ始めた。

【ご馳走様でした】
お箸をおいた後、書いてお母さんに見せた。
「はい、お粗末様。それで、雪歩」
【はい?】
改まって聞かれて、私は首をかしげながら、書いてお母さんへ見せた。
「その状態で、お仕事大丈夫なの?声が出ないということは、歌えないわよね?」
「!?!?」
(歌!?今日、歌の収録がありますよぉ!?)
なんか自然な流れになっていたのもあったけれど、お母さんに改めて言われて、私は目を見開いた後、真っ青になった。
「とりあえず、事務所の方へ行ってから、プロデューサーさんと相談なさい」
コクコク
お母さんの言葉に私は頷いた。

(うぅ・・・気が重いですぅ・・・)
私は事務所の入口前に来て、ドアに手をかけられずに俯いていた。
「雪歩?」
「!?」
いきなり後ろからプロデューサーの声が聞こえて、私はその場で固まってしまった。
「とりあえず、会議室へ行こう」
私は押されるままに、事務所に入って、あれよあれよという間に会議室で、プロデューサーと向き合って座っていた。
「とりあえず、お母さんから連絡が来て、話は聞いた。とりあえず、挨拶も出来ない状態だから、今日の仕事は雪歩が来る前に先へずらした」
ペコリ
(ありがとうございますぅ)
私は声が出ないので、その場で感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。
「でだ、とりあえず、病院へ行こうと思ってるが、それで良いか?」
コクリ
プロデューサーの申し出に、私は素直に頷いた。

病院へ着いてから、色々検査をして貰って、とりあえず外科の先生と問診になった。
「じゃあ、俺は外で待ってますね」
ギュッ
(行かないでぇ)
心細かった私は、出て行こうとするプロデューサーのスーツの袖を掴んだ。
「分かったよ、雪歩。俺も聞いて良いんだな?」
(居てくれないと、私どうにかなっちゃいそうですぅ)
コ・・・ク
私は涙目になりながらゆっくりと頷いた。

「声が出ないのは、浴槽に後頭部を強打した事が原因かと思われますが、すぐに出てる結果では、異常はありませんので、今日はお帰り頂いて結構です」
「そうですか、ありがとうございました」
ペコリ
(異常が無いのはホッとしたよぉ)
私は胸を撫で下ろして、プロデューサーと一緒に頭を下げてから診察室を後にした。

事務所へ戻ってから、会議室でプロデューサーを待っていた。
(プロデューサー、なかなか戻って来ないなぁ・・・)
どうしたのかと思って、会議室を出て、私は事務所の中を探し始めた。
「萩原君の事だが・・・」
(あれ?社長の声?)
私はふと自分の名前が聞こえたので、足を止めた。
そこは社長室の前で、ドアが少し開いていた。
(本当は駄目なんだけどぉ・・・)
気まずい気持ちはあったけど、どうしても気になる方が強くて、私はドアの前で聞き耳を立てました。
「残念だが、声が出ないままでは、引退という道しかない。アイドルにとって声は命のようなものだ」
「!?!?」
(えええっ!?引退っ!?)
声が出ないのが不幸中の幸いでした。声が出てたら思いっきり叫んでいたと思う・・・。
ショックを受けて、その場でボーゼンとしながらも耳だけは、中の会話をしっかりと聞いていました。
「そんなっ!一時的なものかもしれませんし、録音や録画、口パクでその間を埋められます!」
「ふむ。確かに一時的な事かもしれない。ただ、あまり長くなるようであれば、フォローしきれない。それに、1ヶ月後には、新生765プロとして、星井君、四条君、我那覇君を含め全員揃ったライブがある。全員で歌う予定の新曲は、まだ録音などしていないし、どうするのかね?」
「うっ・・・」
「君の気持ちも分かるし、私も鬼ではない。そのライブまでは何とか事実を隠せるよう勤めよう。だが、そのライブまでに、どうにもならない場合は・・・」
「・・・・・・わかり・・・ました・・・」
ポタッ・・・ポタッ・・・
少しだけ開いているドアの先に見えたのは、プロデューサーの震える握りこぶしから床に血が落ちている光景でした。
(プロ・・・デューサー・・・)
私はどうして良いか分からずに、その場で立ち尽くして泣いていました。
その後の会話は、何も私には聞こえていませんでした。
カチャッ
「ゆ、雪歩っ!?」
「!?」
(プロデューサー!?)
目の前の驚いた顔のプロデューサーから名前を呼ばれて、我に返った私は、反射的に背を向けて走って逃げていました。

事務所を飛び出した私は、ひとりで家に帰って来て、食事も取らずに部屋で泣いていた。
『アイドルにとって声は命のようなもの』
(それを、私は失った・・・だから引退する・・・当然ですよねぇ・・・あはは・・・)
泣いてるんだけど、変に納得出来てしまって、おかしくなって声は出ないけど笑ってしまっていた。
(ほんの少しだけ、自分に自信ついてきたけどぉ、これでまた逆戻り・・・)
枕に突っ伏して、目を閉じて今までの事を思い出す。
765プロに入って、アイドル候補生になって、プロデューサーと出会って・・・。
思い出したら、また止め処なく涙が溢れて出てくる。
(アイドル辞めたくないよぉ・・・プロデューサーと一緒にいたいよぉ・・・)
そう思えば思うほど、悲しくなってきて、明るくなるまで泣いていた。その内に泣き疲れて寝ちゃってた。

「・・・ほ・・・きほ・・・雪歩っ!」
「・・・!」
(・・・おかぁさぁん!)
ギュッ
揺すられて起きてから、お母さんの顔を見たら、急に涙が溢れてきて、そのままお母さんに抱きついた。
「プロデューサーさんが来ています」
(会えないよぉ・・・)
フルフルフル
私は泣きながら、駄々っ子みたいに首を横に振った。
ガシッ、ズルズルズル
フルフル、フルフル
(いやぁ〜、離してお母さぁ〜ん)
私を掴んで引きずっていくお母さんに思いっきり抵抗して、私はジタバタ暴れた。
パンッ!
「!?」
いきなり頬をはたかれて、私は目をぱちくりして止まっていた。
「あの方は、雪歩の事を心配して、力になろうとして来て下さっているのですよ。聞けば、今日も仕事があって、それを何とかキャンセルしたとか」
ぷいっ
(そんな事言ったって、どうせ私はもう引退するしかないんだもん)
私は拗ねて顔を逸らした。
「朝からずーっとあなたを待っているの。食事も出されたお茶にも手を出さずにね」
(朝・・・から?)
お母さんの言葉に、私は逸らした顔の先にある時計を見てみた。
『17:46』
(えっ、ゆう・・・がた?)
良く見てみたら、西日が差してるのに気がついた。
「行くわね?」
・・・コックリ
少し悩んだけど、最後は小さく頷いた。

「それでは、私はこれで」
ススッ
お母さんがふすまを閉めて出て行く。
机の前にはプロデューサーが座っているんだけど、どうして良いのか分からなくて、私はずっと俯いていた。
「雪歩、そのままで良いから聞いてくれ。とりあえず、病院の方から連絡があって、異常は無いとの事だ」
コクン
ちょっとホッとして私は頷いた。
「後は、昨日の社長と俺の話を聞いてたと思うから、単刀直入に言う。俺は、1ヶ月諦めない。最後の最後まで、雪歩が声が戻る事を祈るし、声がなくても出来るダンスやビジュアルのレッスンもやるつもりだ!」
「!」
(えっ!)
私は言葉に驚いて、顔を上げてプロデューサーの顔をまじまじと見てしまっていた。
「だから、雪歩も諦めないでくれ!必ず声が戻ると信じて一緒に頑張ろう!」
ぽろぽろ・・・ツツー・・・
(嬉しい・・・嬉しいよぉ。ふえぇぇ〜)
私はプロデューサーの言葉を聞いて、その場で泣き始めちゃった。
「えっ!?あ、ご、ごめん。って、ぐはぁっ!」
ズデーン!
「!?」
(ぷ、プロデューサー!?)
謝ってから、立ち上がろうとしたプロデューサーが思いっきり転んじゃったのを見て、私はビックリして、涙が止まった。
「いつつつ・・・ずっと正座してたから、足の感覚が・・・って、しびれっ・・うが・・がが」
(うふふふっ)
私は悶えているプロデューサーを見て、こらえ切れずに笑ってしまっていた。

それから、私は声が出なかったけど、一応声を出す練習だけは少しやって、ダンスとビジュアルのレッスンを重点的にやっていた。
でも、声が戻ることはなかった。

そして、ライブ当日がやって来てしまった・・・。


・・・7月4日 10:25 イベントホール リハーサル・・・
ダンスのリハーサルは完璧に合わせられる様になってた。というか、私自身ビックリしたけど、少し余裕があるくらいでぇ。

でも・・・
(声が出ないよぉ!)
私はリハーサルの休憩の時に、イスに座ったまま、頭を抑えて口をパクパクしながらジタバタしていた。
「雪歩、大丈夫か?」
「!?」
急にプロデューサーの声がして、驚いて恥ずかしかったのもあったので、苦笑いしながら振り向いた。
「もし、出番まで声が出なかったら、出て行った後、俺が説明する。だけど、俺は諦めてないからな。まだ時間はある!」
「・・・・・・」
(でもぉ、もう時間ないしぃ・・・無理ですよぉ)
プロデューサーの言葉は嬉しかったけど、正直もう無理だって思ってる。
その反面、プロデューサーの言葉は、私を完全な諦めという絶望から救ってくれていた。
「雪歩ちゃん。お茶ですよ〜。今日は頑張りましょうね!」
そう言って、横から小鳥さんが、紙コップを渡してくれます。
ペコリ
軽く頭を下げて、マイナスの気持ちと一緒にお茶を一気に飲み干した。
そして、空になったコップを両手で小鳥さんへ渡しました。
きゅっ
「!」
急に小鳥さんに抱きしめられて、私はビックリして目をぱちくりしちゃってた。
「雪歩ちゃん。みんな、諦めて無いからね。私も、社長も、プロデューサーさんも、他のみんなだって。だから、決して諦めないで。声が出なくたって、雪歩ちゃんは雪歩ちゃんだもの」
ツー・・・キュッ
(小鳥・・・さん)
私は嬉しくて、抱きしめ返して泣いていた。

「さあ、ラストリハーサルだ!」
プロデューサーの声を聞いて、今日最後の出番にして貰っている私は、舞台袖に歩き始める。足が物凄く重い・・・。
「雪歩、頑張ろ?」
「雪歩さん、大丈夫ですか?」
「雪歩ちゃん・・・」
コクリ
春香ちゃん、やよいちゃん、ショートカットになったあずささんの心配そうな顔に、私は小さく頷く。
「はぎ・・・いいえ、雪歩、しっかり!」
「雪歩、ファイトなの!」
「雪歩、しっかりしなさよネ!」
コクッ
千早ちゃん、ふわっとした髪で、更にばいーんってなった美希ちゃん、髪型が変わって少し大きくなった伊織ちゃんからのエールで強めに頷く。
『ゆきぴょん、いこっ!』
(うふふっ)
大きくなって可愛くなった亜美ちゃんと同じく大きくなって綺麗になった真美ちゃんに両手を取られて、クルクル回ると、なんかおかしくなって笑っちゃった。
「うんうん、その笑顔よ、雪歩」
「雪歩、良い笑顔だぞっ!」
褒めてくれる盛りの髪形になった律子さんと、元気な響ちゃんの言葉で、普通ににこっと笑顔になった。
「雪歩殿、一緒に参りましょう」
「さあ、一緒に行こう、雪歩!」
憧れの四条さんと、綺麗になったけどやっぱりカッコいい真ちゃんの2人から手を差し出された私は、亜美ちゃんと繋いだまま左手を四条さんの手に乗せて、真美ちゃんと手を繋いだままの右手を真ちゃんの手に乗せた。
そしたら、胸の中から熱い気持ちがあふれ出して、涙が自然に溢れてきた
(みんな・・・本当にありがとう・・・)
「・・・・・・ございますぅ」
『雪歩っ!?ゆきぴょん!?雪歩さん!?』
「は、はひっ!?」
いきなりみんなに凄い顔でにじり寄られた私は、後ずさりながら返事していた。
「雪歩っ!声出てるじゃないかっ!」
「ふえっ!?・・・ああっ!ほ、本当ですぅっ!!!」
プロデューサーの言葉を聞いて、最初は良く分かってなかった私だったけど、理解してその場で万歳していた。
「よし、じゃあ、このままリハーサルスタート!」
『はいっ!』
私も含めて、全員で返事をしてから、リハーサルがスタートした。

ブランクがあった私だったけれど、思いの外きちんと歌えていた。
(あれ?でもぉ・・・)
嬉しかったんだけど、なんか変な違和感があった。
「あっ!?」
『はいっ!ストップ!雪歩ちゃん、どうしたの?』
「あのぉ、私の声、変じゃないですかぁ?」
ストップをかけられた私は、スタッフさんへ聞いてみた。
『そうだねえ。でも、それで行くしかないよ!』
「は、はいぃ。わかりましたぁ」
(でも、大丈夫かなぁ・・・)
確かにスタッフさんの言う通りだと思ったので、私は不安になりながらも、リハーサルをこなしていた。

・・・7月4日 13:55 イベントホール 舞台裏・・・
「後5分でライブ始まっちゃう。ど、どうしよぉ・・・」
私は自分の声の感じが全く前みたいにならなくて、焦って半泣きで言っていた。
ポンッ
「雪歩、大丈夫だよ!」
「えっ?」
急に肩を叩かれて、振り向いたらニコニコした春香ちゃんだった。
『はるるん、なんだかよくわからんが、凄い自信だ〜!』
スパーン!
「亜美ぃ、真美ぃ、余計な事言わなくて良いから、行くわよ。じゃ、雪歩、待ってるからね」
律子さんが光の速さでハリセンを取り出して、振り抜いた後ウインクされた。
「ギャー、メガネ魔人にさらわれる〜。ゆきぴょん、亜美を助けて〜!」
「真美も、亜美と一緒にステージで待ってるかんね〜!」
律子さんにジタバタしてる亜美ちゃんと真美ちゃんが連れて行かれるのを、私はポカーンとしながら見送っちゃっていた。
「雪歩、私たちは先に行って待っています」
「雪歩ちゃん、頑張りましょうね〜」
「あっ、はい」
優しく微笑む四条さんとあずささんの言葉で我に返って、私は笑顔に代わって返事しました。
「さあ、頑張るわよ〜」
「あずさ、そちらではなくこちらです」
「あらあら〜」
「くすくす」
四条さんに引っ張られていく、目をぱちくりしているあずささんを見て、私は笑っちゃいました。
「雪歩。その、声が出なくて辛かったでしょうし、今も複雑だとは思うけれど・・・頑張りましょう」
「ありがとう、千早ちゃん。心配してくれて」
私は心配して言ってくれている千早ちゃんににこやかにお礼を言った。
「え・・・あ・・・うん」
「へへっ、千早照れてるし〜」
「べっ、別に私は本当の事を・・・」
真ちゃんに言われて、千早ちゃん耳まで真っ赤になっちゃってる。
「うっう〜!雪歩さん、ハイターッチ!」
パンッ!
『いえいっ!』
やよいちゃんとハイタッチしてから、一緒に言って私は小さくガッツポーズした。
「じゃあ、ボクもっ。ダーンッ!」
言われてから、ガッツポーズしたグーで、真ちゃんとコブシを合わせる。
「雪歩さん、私たち先に行きますねっ!」
「雪歩、お先に・・・」
「雪歩、ステージで待ってるよっ!」
そそくさと行く千早ちゃんの右手がやよいちゃんに持たれて、左手を真ちゃんに持たれて、ワタワタしながら行っちゃった。
「雪歩、アンタしっかりやんなさいよっ!」
「えっ、あっ、うん」
目の前にズイッと寄られて、ちょっと強めに伊織ちゃんに言われた私はちょっと仰け反りながら答えていた。
「ひっひっひ。あのね、雪歩。でこちゃんね、スッゴク心配してたのを、ミキ知ってるの」
「そうなんだぁ?」
笑いながら言う美希ちゃんの言葉に私は、チラッと伊織ちゃんを見た。
「うっさい!あたしが心配なんてするワケないでショ!ま、まあ、ステージで辛かったらちゃんと言いなさいよネ・・・」
「う、うん」
最初の剣幕と違って、ボソッと言われた言葉へ反射的に返事をしちゃってた。
「ほら、言った通りなの」
グイッ
「良いから。美希、アンタも来るのよ!」
「は〜いなの〜」
「うふふっ」
なんかさっきの律子さんと亜美ちゃん、真美ちゃんみたいだったので、また笑っちゃった。
「さってと、自分も行くね。雪歩、なんくるないさ〜♪」
「うん、ありがとう、響ちゃん」
にかって笑って言ってくれた響きちゃんに、私もにこっと笑って返事した。
「あ〜と〜は〜。ほ〜らっ、春香も行かないとっ!」
「へっ!?あっ、いっけない!雪歩、みんなも居るから心配しないでねっ!」
「うんっ!」
「春香っ!はやくっ!はやくっ!」
「待って、響ちゃん、って、うわぁっ!?」
すってーん
春香ちゃんが転ぶのが分かった私は思わず両手で目をふさいじゃってた。
そーっと、指の間から見てみたら、春香ちゃんと響ちゃんが手を振っていたので、私も手を振り返した。
(私もスタンバイ・・・しないと・・・)
さっきまでがウソみたいに足取りが軽くなった私は、舞台袖へと歩き出した。


・・・7月4日 14:17 イベントホール舞台袖・・・
外からは、ライブの盛り上がりが聞こえて来てる。
(うぅぅ・・・声が変わっちゃった私の事、ファンのみんな受けれてくれるかなぁ・・・)
凄く不安で、私は全く動けなくなってた。
(ふえぇ、体が動かないよぉ)
私は半泣きで、何とか自分の体を動かそうとしていた。
だけど、どうやっても動いてくれなかった。
(もうすぐ出番なのにぃ〜!)
焦りと不安でおかしくなりそうだった。
「雪歩」
ぽんっ
「ひうっ!?ぷっ、プロデューサー!?」
私はびっくりして、振り向いた後、思わず声を上げてしまった。
「しーっ!」
コクコク
プロデューサーに言われて、私は急いで口を手で押さえてからうなずいた。
「雪歩、よく聞いてくれ」
コクン
真剣な表情をしているプロデューサーへ、私はゆっくり頷いた。
「例え、声が出なくても、声が変わっても、雪歩は雪歩で何も変わりはしない!」
「プロ・・・デューサー」
私は目がうるっとなっちゃった。
「そして、俺は今までもこれからも雪歩のプロデューサーとして、全力でサポートして行く!だから、何も不安にならなくて良い。安心して行って来い!」
「はいっ!」
私は返事をしてから、こぼれる前に、ハンカチで涙をぬぐった。

「さあ、ここで、まだ出て来てなかった萩原雪歩ちゃんが、次の曲を紹介しながらの登場ですっ!」
落ち着いた所で、春香ちゃんの声が聞こえる。
「雪歩、みんなと、ファンが待ってる」
「はい。行って来ます、プロデューサー!」
私は返事をした後、プロデューサーへ力強く言ってからステージへと走って出て行った。
「こんにちはぁ、萩原雪歩ですぅ。次は、新生765プロ全員でぇ『The World is all one !!』」
まぶしいライトにウインクしながら自己紹介して、曲の紹介をしながらみんなと横一線に並んて、イントロが流れると同時にみんなと踊り始めた。