シンデレラタイム〜ゆくトシ来るHOSHI〜プロローグ


・・・プロローグ 1231日 15:00 765プロ事務所・・・

年末を迎えて765プロの売れっ子アイドル達は大忙しだった。

『クリスマス前から年末にかけて、早くもインフルエンザにかかる患者が急増しています。今年も今日で最後です。無用の外出は避け、外出する際にはマスクなどで予防して下さい』
 その渦中の一人である水瀬伊織は、次の仕事へ同行するプロデューサーを待つために765プロ事務所に居てテレビでやっているニュースを見ていた。
「そうは言ってもこっちは仕事で外に出ないといけないし、仕事中はマスク出来ないのよね」
テレビへ少し愚痴ってから白板にびっしり書き込まれた12月のスケジュールに目を移す。
「今年あと1件で、終われば3日間休み……か」
(年明けにみんなで集まれたらと思って年末に仕事詰め込んだケド、それどころか誰とも会えないし思惑は完全に外れたわ……)
他のメンバーの1月スケジュールを見て呟いてから、ソファに寄りかかって天井を見上げた。
「いーおーりーちゃん」
声がして伊織の視界に入ったのは765プロ事務員の音無小鳥だった。
「あら、小鳥。イイトコに来たわね。ねえアイツは?」
伊織は体勢を戻してから、小鳥の方へ向いて聞く。
「そのプロデューサーさんに代わってお話があります」
小鳥は伊織の正面のソファに座りながら言う。
「仕事の件ね。聞くわ」
「話す前に、この100%オレンジジュースをどうぞ」
「あら、気が利くじゃないの。にひひっ」
テーブルにジュースが置かれると、伊織の顔がほころんだ。
「では、飲みながら聞いて下さい。結論から言うと今日のお仕事はキャンセルです」
「そう、キャンセル……。って、えっ!?キャンセル!?どういうワケ?」
小鳥の自然な話し方に伊織は思わず納得しそうになったが、驚いてオレンジジュースが入ったグラスをひっくり返しそうになったが、なんとか堪えて聞き返す。
「今流行っているインフルエンザで、出演者だけでなくゲストやスタッフも来れなくなって番組が成立しないんです。特番を組んで違う出演者で今日は乗り切って、代わりに明日の同じ時間から別番組へ出て欲しいんですって」
「それで、今日『は』キャンセルってコトね。明日ゆっくりしたかったけれど仕方ないわね。アイツには了解って伝えて」
(そのままキャンセルだけだとアタシの顔潰すから、明日の出演枠にねじ込んだのね)
理解した伊織はジェスチャーではヤレヤレとやっていたけれど、口元は笑っていた。
「流石は伊織ちゃん。きちんと伝えるわね」
「じゃあ、アタシは車呼んで帰るわね。……新堂、仕事キャンセルになったから迎えに来て頂戴」
席へ戻って行く小鳥の背中へ言ってから伊織はスマホで連絡すると残ったオレンジジュースを飲み始めた。

 しばらくしてから事務所の窓から外を見ていた伊織は、車を確認して小鳥に声をかける。
「じゃあ小鳥、迎えが来たからアタシ帰るわね」
「はい、お疲れ様でした。良いお年を」
「うん、お疲れ様。アイツだけじゃ回らないみたいだし、みんなの事ヨロシク」
「勿論です。うふふ、伊織ちゃんは優しいわね」
「なっ、何言ってんのよ。べ、別にアタシは……」
小鳥に言われて恥ずかしくなった伊織は、少しアタフタして小鳥を見返すとにんまりしていた。
「んもうっ、良いお年を!じゃあね」
照れ隠しで誤魔化すように言ってから、ドアを開けてそそくさと廊下へ出る。

一回深呼吸して落ち着いた伊織は、廊下を歩き始めた。
「あっ!伊織ちゃん!」
「あら?やよい?」
(今日は午前中で終わりじゃなかったっけ?)
目の前に高槻やよいが現れて嬉しかったが、さっき見たスケジュールを思い出した伊織は首を傾げる。
ガバッ
「伊織ちゃ〜ん、どうしよう……」
「な、何で泣くのよ?それに何でココに居るの?」
抱きつきながら泣いて上目使いで聞いてくるやよいを見て伊織は動揺しながらも何とか聞き返した。
「あの……、えっと……、インフルエンザで鍋が特番で……」
「やよい、落ち着いて。まず、何でココに居るか教えて」
アタフタしながら意味不明な事を言うやよいを落ち着かせながら、伊織は笑顔になって優しい口調で聞いた。
「うん。インフルエンザで潰れた番組の代わりの特番に出演のオファーが来たってプロデューサーから連絡があって……」
「インフルエンザと特番の意味は分かったケド、鍋って何?」
「ああっ!それで、今夜鍋パーティーの約束していたんだけど行けなくなっちゃってどうしようって……」
やよいは言った後、しょんぼりしてうつむいてしまう。
「ねえ、やよい。素朴な疑問なんだケド、欠席の連絡すれば良くない?」
「それが、鍋パーティーの案内にある連絡先に電話したんだけど繋がらなくって……」
そう言うと、やよいは1枚の案内状を差し出す。
「繋がらない?」
伊織は内容を後回しにして連絡先を見てスマホでかけてみた。
『おかけになった電話は現在使われておりません。番号をお確かめになってもう一度おかけ直し下さい……』
「欠席の連絡しようと思ったんだけど繋がらないし、お仕事入っちゃって行ってる時間もないからどうしようって……」
最初に抱きつかれた時のように、やよいが上目使いで言ってくる。
「やよい、ここに書いてある主催者の『槙原志保』って信用出来るの?」
「うん。何回か料理番組で共演して、まだ新人アイドルだって言っていたけれど、料理が上手でとってもいい人だよ」
やよいはにっこり笑いながら答える。
「ふ〜ん、アイドルなのね。ところでやよい。仕事は何時にどこなの?」
「えっと……、お台場に17時だよ?」
聞かれたやよいはたどたどしい手つきでスマホを操作してから答える。
「お台場!?ちょっと時間ヤバイんじゃないの?」
「ふぇ?ああっ!1時間切ってれぅっ!」
「新堂来てるから車で送るわ。アイツへの連絡と鍋パーティーの件は車の中でしましょ。行くわよ、やよい」
「う、うんっ」
伊織は、やよいの返事を待たずに手を引いて走り出し、やよいも返事をしながら一緒に走り出した。

 車に乗ってからやよいはプロデューサーへ連絡をして、伊織は案内状の主である槙原志保へ連絡を取ろうとしていた。
「槙原志保の事務所までは辿り着いたけど、プライベートの情報は教えられないっていう答えで行き止まりね……」
伊織は案内状を見ながらスマホを切って悔しそうに言った。
「伊織ちゃん、ごめんね……」
「やよいが謝る必要なんてないわよ。やよいが知ってる連絡先がこの案内状と同じじゃ連絡の取りようがないもの」
小さくなっているやよいの頭を撫でながら、伊織はにっこり笑顔に変わって言った。
「今日は仕事が休みになったし、新堂の話だと住所が帰る途中だっていうからアタシが直接行ってやよいが欠席だって言ってくるわ」
「あの、伊織ちゃん。私の代わりに出て貰うっていうのはダメ……かな?」
「えっ?」
突然の申し出に、伊織は目をぱちくりする。
「志保さんには行くって一か月前の共演した番組の時に約束して、参加人数に入ってるだろうから……だから……」
やよいは伊織の手を両手で握りながら必死に訴えかける。
「お台場ですが如何致しますか?」
「ありがとう、新堂。やよい、お台場着いたわよ」
「ふぇ!?い、伊織ちゃん……」
驚くやよいだったが、伊織をジッと見つめる。
「……分かったわ。アタシが代わりに行ってあげる。だから、やよいは安心して仕事にいってきなさい、ね?」
やよいの手を握り返しながら伊織はウインクする。
「うんっ!ありがとう伊織ちゃん!だ〜い好きっ!!!」
「ほら、早く行かないと遅れるわ。仕事するみんなが待ってるから」
抱きつかれた伊織は抱き返して背中をポンポンしながら言って車から送り出す。
「行ってらっしゃい、やよい。よいお年を」
「うっうー!伊織ちゃんも、よいお年をっ!」
ブンブンと手を振るやよいへ軽く手を振りながら答えると、車がゆっくりと走り出した。
「新堂、改めてこの場所へ向かって頂戴」
伊織は新堂へ案内状を渡してから、急いでメールを打って返信を待った。

♪〜♪
(来たっ!)
メールの返信が来て、伊織はすぐに開いてみる。
(響からはおでん。沖縄って一年中あるのね。でも他はよく分からず。春香からは、検索先のURL。後は、ベースのスープで具材が違うケースが多いから大体どれにでも無難に合う食材一覧ね)
読んだ直後、お礼と仕事へのエールのメールを入れた。
「新堂、途中で鍋用の食材調達したいんだけど、時間ある?」
10分ほどでしたら大丈夫かと」
「そしたら進行方向の途中で食材が調達できそうな店に行って頂戴。後は買う物分かってるから買い物手伝って」
「かしこまりました」
(やよいの代理だし、アタシとしても恥ずかしいものは持っていけないわ)
新堂の返事を聞いた後、伊織はぐっと拳を握った。

その後、スーパーでタキシード姿の紳士とお嬢様が凄まじいスピードで、白菜を始めとした食材をカート四台分買い込んでいる姿が目撃された。




 シンデレラタイム〜ゆくトシ来るHOSHI〜 へ続く

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