アイドルドリーム律子2外伝〜葛西頼子〜(後編)


それから、仕事に忙殺されて狭山さんの所へ行く事が出来ていなかった。
まあ、これといって悩み事なんかが無かったから良かったんだけど。
11月も終わろうかという時、代わりに珍しい来訪者がやって来た。
『奥野プロダクションからアポなしで葛西課長宛に2名様がお越しですが、如何致しましょうか?』
(ん?2人誰だろ?)
内線を取って聞かれたあたしは不思議に思っていた。
「名刺貰ってる?貰って無かったら口頭でも良いから聞いて、名前教えてくれるかな?」
『名刺をお預かりしておりますので、これから申し上げます・・・。』
「ああ、その2人なら構わないよ。迎えよこすから待つように伝えてくれるかな?」
『かしこまりました。それではお伝え致します。お疲れ様です。』
「はい、お疲れ様。」
(しっかし、珍しい組み合わせだねえ・・・。また、何かあったのかねえ・・・。)
あたしは2人の名前を聞いて、久しぶりでちょっと嬉しいのもあったけれど、厄介事じゃないかとちょっと心配していた。
「お久しぶりです、葛西さん。」
「うん、久しぶりだね。そっちはえりこちゃん、そっちは菊池さんか。元気でやってるかい?」
「お陰様で。えりこも来たがっていたんですけれど、騒ぎになっても不味いですし少し寄るだけだからって言って我慢して貰いました。」
こっちは、奥野グループの社長の娘。奥野えりこのプロデューサー。今の奥野プロダクションには居なくてはならない存在にまでなってる。
「こちらは、真のレッスンの合間で、俺だけ来させて貰いました。」
そんで、もう一人は移籍騒ぎの時に面倒を見た所属だけ奥野プロダクション、実質は765プロダクション所属の菊地真のプロデューサー。
「ってことは、示し合わせて来た訳じゃないんだ?」
「はい、偶然表で合いまして。」
「ええ、俺もびっくりしました。」
「それで、わざわざ売れっ子を抱える2人があたしに何の用だい?」
(厄介事の噂は聞いてないから大丈夫だとは思うけど・・・。)
あたしは内心でちょっと心配しながら聞いていた。
「じゃあ、先に俺の方から。実は色々お世話になりっ放しで、えりこにも怒られまして、それで何か御礼をと思ってこれを。」
そう言ってから、封筒を差し出してくる。
「俺の方は個人的にお世話になったってのと、ある噂を耳にしまして余計なお世話と思ったんですけど、収めて頂ければと・・・。」
うやうやしく大げさに、やはり封筒を差し出してくる。
片や真面目、片や曲者。ただ、担当しているアイドルに対する情熱というか愛情と言うかは誰にも負けない。そんな奴らがあたしに何だってんだろ?
不思議に思いながら、あたしは2人からそれぞれ封筒を受け取った。
「開けて構わないのかい?」
「どうぞ。」
「是非、是非。」
2人に言われて、ペーパーカッターで開ける。そして、中に入っているものを取り出した。
「お前等、性格とか違うくせにこういう時だけ一緒ってのも凄いな・・・。」
あたしは呆れ半分、感心半分で言っていた。
「えっ!?本当ですか???」
「ありゃ、かぶったかあ・・・。」
(反応それぞれ違うし・・・。なんだかねえ・・・。)
中に入っていたのは、両方ともクリスマスの日付のホテルの宿泊券付き遊園地のペアチケットだった。しかも、ご丁寧に遊園地の場所まで一緒・・・。
「ちなみにそれぞれのクリスマスの予定は?」
「えりこのクリスマスコンサートです。その後は、大阪へ移動で次の日のコンサートに備えます。」
「真のクリスマスコンサートは同じですね。その後は、打ち上げを兼ねたクリスマスパーティーが入って、何時になるかわかりません。」
「OK分かった。ありがたく頂くよ。そっちは帰って良し。えりこちゃんに宜しくね。それで、そっちにはちょっと聞きたい事があるから少しだけ残りな。」
あたしは一応2人にお礼を言ってから、菊地真のプロデューサーに待つよう言って、先にもう一人を帰らせた。
「で、噂ってなんだい?」
一人残ってから単刀直入に聞いた。
「夏祭りに葛西さんが浴衣姿で懇意にしている男性が居たとの噂です。」
「どこから聞いたその噂?」
あたしはズイッと身を乗り出して聞いた。
「そこです。」
そう言って、企画部の一人を指差した。
「ほほう・・・。それは本当なのかなぁ?」
あたしはゆらーりとそちらを向きながら聞いた。
「す、すいません。出来心でっ!」
「そうかいそうかい、帰って良し。頑張りなよ、何かあったらさっきのあいつ経由でも良いし、直接でも良いから言ってきな。」
「はい。それでは失礼しま〜す。」
そう言って、もう一人のプロデューサーも出て行った。その後、しゃべったそいつがどうなったかはあえて語るのはよそう。
「にしても、こんなもん貰っても、相手がおらんっちゅうのに。」
あたしは苦笑いしながらペアチケットを眺めていた。
(クリスマスっていうか年末じゃ狭山さんも忙しいだろうしなあ・・・。何にしても、一枚は必ず余る訳だが誰にこれをあげたもんか・・・。)
「課長!765プロの高木社長から3番にお電話です。」
「あいよ〜。」
(このチケットの行き先決まったね。)
あたしはにんまりしながら電話を取った。

765プロへ移動して、高木さんと社長室でクリスマスコンサートと打ち上げパーティーの打ち合わせ。
「じゃあ、そういう事でいいかな?」
「うむ。しかし、これだけコンサートがあると打ち上げパーティーもどこへ行って良いか悩み所だよ。」
「売れっ子が増えて良い事じゃないの。あ、そうだ高木さんさ、アイドルの子でも良いし知り合いでも良いからこれ、良かったらあげて欲しいなと思ってね。」
あたしはそう言って、貰ったチケットの一枚を高木さんに渡した。
「葛西さん、これは何かね?」
「遊園地のペアチケット。実は貰い物なんだけど、全く同じものをもう一枚貰ったからさ。余りもので悪いんだけど、クリスマスプレゼントになるんじゃないかと思ってさ。」
「ふむ。ではありがたく頂くとしよう。」
「別に高木さんが使っても構わないからさ。」
あたしは少しニッと笑いながら言った。
「はっはっは、私は忙しいから行けないよ。葛西さんの方こそ、もう一枚で楽しんでくるといい。」
「そうしたいんだけどねえ。相手は居ないし、年末の忙しい時だからさ、休日だけど出勤じゃないかなって思ってるんだよねえ。」
あたしは苦笑いしながら高木さんに答えていた。
「お互い忙しい身だという事かな。」
「そうだね。それじゃ、今日はこれで。予定変更とかあったら、連絡下さい。」
「その時には、宜しく頼むよ。」
「はいはい、上手く年越しましょう。」
あたしは軽く手を振って、社長室を出た。
「あっ!?」
「ん?え〜と、音無だったっけ?」
ドアに張り付いていたっぽい事務員を見ながらあたしは聞いた。
「は、はい。音無小鳥と申します。」
「うん、電話越しでは何回か話してるね。あたしの声に覚えないかな?」
「奥野重工の葛西部長ですよね?」
「当たり。優秀優秀。だけど、盗み聞きは良くないぞ。」
「あ、はは。」
乾いた笑いを浮かべる音無にあたしは目を細めた。
「ちょ〜っとあっちで話そうか?」
「は、はい・・・。」
ちょっと萎縮している音無と一緒に、ソファで向き合いながら座る。
気不味そうにあたしの方を上目遣いでチラチラ見ている。可愛いもんだねえ。
「と・り・あ・え・ず。」
「は、はひっ!?」
「あんた旦那居るのかい?」
「へっ!?だ、旦那?いえいえ、未婚です。」
慌てて言う所が面白くて笑いそうになったけど、あたしは何とか堪えていた。
「じゃあ、恋人は?」
「え〜と、居るような〜、居ないような〜。」
音無は目を泳がせながら言う。これは居るとみて良いかなあ・・・。
「今までも、無理に色々な情報聞いちゃったり、出して貰ったお礼って事とあたしからのクリスマスプレゼント。」
そう言って、あたしは残ったチケットの入った封筒を音無の前に置いた。
「えっ?え〜と、これは?」
「あんたにあげる。それじゃ、また仕事で来るから宜しくね。」
「あ、あの、あのっ!か、葛西さ〜ん?」
あえて困っている音無を無視してあたしは765プロを後にした。
(悪いねえ。とりあえず気持ちは貰ったって事で許してね。)
チケットをくれた二人に目を閉じて心の中で謝った後、再び目を開けるとあたしは次の仕事相手の居る場所へと車を走らせた。

「うわっ!?こ、これってプレミアチケットじゃない!?」
小鳥は葛西が居なくなった後、封筒を開けて驚いていた。
(う〜、私に相手が居ると思ってくれたのかなあ・・・。強がりで誤魔化したのが不味かったな〜。どうしようこれ・・・。)
苦笑いしながら小鳥はチケットを再び封筒にしまった。

「ふ〜む、クリスマスの日付か・・・。予定として今の所開いているのは律子君と律子君のプロデューサーか。どうするかは彼に任せよう。」
高木は予定表を見ながら呟いていた。そして、仕事から帰ってきた律子のプロデューサーを社長室へ呼び出した。
「失礼します。社長、お呼びですか?」
「うむ。今日もご苦労様。実は私からプレゼントがあってな。」
「プレゼント、ですか?」
俺は良く分からずに、怪訝そうな顔になって聞いてしまっていた。
「これなのだが、中身は後で確認してくれ給え。用事はそれだけなので、後は事務処理があるようなら頼むよ。」
「はい・・・。では、ありがたく頂きます。」
良く分からない俺は社長室を出た後、首を傾げていた。その後、封筒を開けてみてびっくり。
(うわっ!これってクリスマスの宿泊施設付きのペアチケットじゃん。幾らするんだこれ?っていうかこんなお金でも取れるかどうか分からないもの俺に?)
俺は余りの衝撃にしばらく固まっていた。
(とはいえ、誘うとしても律子しか居ないし・・・。前日のイブにクリスマスコンサートが予定されてるからなあ・・・。これを使うとしても当日使えるか分からないから、寸前までは持っておこう。)
俺はそう決めて、チケットを背広の胸ポケットにしまい込んだ。

時間はあっという間に過ぎて、12月も残りわずかになっていた。
「あの、律子さんちょっといいかしら?」
「はい?何ですか小鳥さん?」
変にかしこまって呼び止める小鳥さんを不思議に思いながら私は振り返って返事をした。
「実は、ファンの人からこれを律子さんにって。」
「私にですか?」
小鳥さんから差し出された封筒を受け取りながら、聞き返していた。
「ええ。変なものだと不味いと思って中身の確認をするのに開けてしまったけれど、チケットみたいなので。」
「そうですか。では、後で確認させて頂きますね。」
「はい、今日もお仕事頑張って下さいね。」
「任せて下さい!クリスマスコンサートも近いし、年末年始も頑張りますよっ!」
私は軽くガッツポーズをとって小鳥さんに答えた後、事務所を後にした。仕事が忙しかったのもあって、封筒の存在に再度気が付くのはクリスマスコンサートの朝だった。

「ええっ!?明日の日付のペアチケット!?」
私は封筒から取り出したチケットを驚いて見ながら叫んでしまっていた。
(これをどうしろと・・・。)
その後、私は苦い顔になりながら見ていた。
(誘うとしたって・・・プロデューサーくらいしか・・・。OKしてくれるかわからないし・・・。)
変に照れ臭くなって、その場でちょっと俯いていた。
「いけない、いけない。早く準備して出ないと。」
慌てて封筒をバッグに放り込んで、準備をした後家を出た。

「まあ、どうせ明日は休みだし、あたしには今夜を過ごす相手もいないから良いけどさ〜。」
(この雪で帰り電車止まらないと良いんだけどなあ。)
あたしはクリスマスイブの夜、企画部の中で一人愚痴りながら残業していた。
不意に内線が鳴って、反射的に電話を取る。
「はい、企画部葛西。」
『お疲れ様です。葛西部長宛にお客様が見えられていますが、如何致しましょう?』
(こんな時間に?誰だ?)
「外出して直帰だって言っといてくれる。どうしてもって言うなら連絡させるっていう事で連絡先聞いておいて。相手の出方次第だから、一旦保留にして名前と用件だけ聞いてくれる?」
『分かりました。では、一旦保留にしますね。』
「はい、宜しく。」
あたしは保留音を聞きながら、ノートパソコンの方のデータを打ち込んでいた。
暫く経っても保留音のままなので、諦めてこっちも保留にして向こうから連絡が来るのを待つ事にした。
更に暫く経ってから内線が鳴る。
「お、やっと来たか。」
あたしは内線を取る。
「はい、企画部葛西。」
『お疲れ様です。すいません遅くなってしまって。』
「いいよ、いいよ、気にしないで。それで誰だったの?」
『765プロダクションの秋月律子さんとそのプロデューサーさんでした。』
「へっ!?今日クリスマスコンサートじゃなかったっけ?」
『ええ、その後に来られたみたいです。それで、葛西部長に渡し欲しいものがあるっておっしゃって置いていかれました。』
「なんだかねえ。分かったよ。じゃあ、取りに降りるからさ。」
秋月律子とあいつからコンサート終わったばっかりでわざわざあたしに渡したいものがある?一体なんだろうね???
下りエレベーターの中であたしは疑問に思いながら腕を組んでいた。
「お待たせ。それで、あたしにってのはどれだい?」
「お疲れ様です。これです。秋月さんが、自分からだと言えば分かるからともおっしゃっていました。」
「ふ〜ん、そうかい。分かったありがとうね。残り一時間ってとこかな。流石に雪だし他には誰も来なくて暇だと思うけど頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
あたしは軽く受付の子に手を振って分かれた後、再びエレベーターに乗って企画部へ戻った。
「一体何なんだろうねえ?」
自分の席に座った後、封筒を開けると見覚えのあるチケットとメモが入っていた。
(戻ってきたかあ・・・。)
「何々・・・。」
『葛西部長様
この度は色々なお計らいありがとうございます。
お心遣いはありがたいのですがお気持ちだけ受け取る事に致します。
チケットは二枚ともお返し致しますので、どうぞ葛西部長の方でお役立て下さい。
765プロダクション 秋月律子』
「なんだか律子ちゃんは偉くご立腹のようだねえ。あれ?二枚ともって書いてあるけど一枚しかない?」
あたしは中にあるチケットが一枚しかない事を疑問に思って、もう一枚が封筒に張り付いてないかとか暫く探していた。
(ああ、あいつが引き抜いたんだ!)
探している最中に答えが分かって、探すのをやめた。
「本人に行ってもしょうがないんだろうけど、これあたしの所に戻って来てもねえ。先に音無のところとか高木さんのところに戻って来てなら分かるんだけどさあ。」
あたしは愚痴りながら、チケットを封筒にしまった。
(どうせ無駄になるんだろうけど、しょうがないよね。一枚はあいつが役立てるから良しとするか。)
ちょっと溜息をついた後、あたしは再びノートパソコンへ向かった。

ほぼ同時刻、静かな雪景色の茶畑の中にある邸宅の電話が鳴り始めた。
「はいはいはい。ちょっと待って下さいね。」
私は鳴りっ放しの電話に言い聞かせるように、呟きながら受話器を上げた。
「もしもし狭山ですが?」
『夜分にすいません。夏にお世話になった秋月律子のプロデューサーです。』
「今夜はクリスマスコンサートでお忙しいのでは?」
珍しい電話相手を不思議に思いながら、私は聞いていた。
『コンサートは終わりまして、今律子は助手席で寝ています。』
「おやおや。それで、私に何の御用ですか?」
『実はお願いがありまして。この前の夏にはご迷惑をお掛けしてしまったので、その穴埋めも兼ねまして、葛西さんに連絡を取って頂けたらと。』
「葛西さんにですか?」
意図が分からずに、怪訝そうに聞き返していた。
『はい。実は・・・。』
「わかりました、そういう事なら喜んで連絡を取らせて頂きます。雪道気を付けて下さいね。それでは失礼します。」
私は理由を聞いて納得して電話を切った。

あたしが時計を見ると、ちょうど、23時を少しだけ回ったところだった。
(う〜ん、終電にはまだ時間あるんだけど、雪が気になるしなあ。電車が止まる前に帰ろうかなあ・・・。)
仕事はもう少しで片付きそうだったので、微妙な空模様を窓から見ながら休憩のコーヒーを飲んで悩んでいた。
「ん?外線?誰も取らない?ってまあ、この時間じゃ誰も残ってる訳無いか。はいはい、出ますよ。」
あたしは、窓から移動して、コーヒーの入ったカップを置いて電話に出た。
「はい、奥野重工株式会社、企画部、葛西と申します。」
『遅くまでお疲れ様です、葛西さん。狭山です。』
「えっ!?さ、狭山さんっ!?」
(な、何で???)
あたしは訳が分からなくて変な返事をしてしまっていた。
『はい、狭山です。葛西さん、明日お暇ですか?』
「ええ、まあ、一応休日ですけれど?」
あたしは自分を落ち着かせるために、答えた後ちょっとコーヒーを口に入れた。
『でしたら、葛西さんの持っている遊園地のチケット2人で使いませんか?』
「ぶっ!?へっ?な、何でそれを???」
いきなりの発言にあたしは、口の中にあったコーヒーと吹き出して、驚きながら答えていた。
『秋月律子さんのプロデューサーさんから、夏祭りのお詫びにと教えて貰いました。』
(あんにゃろ〜、余計な事を・・・。)
あたしは、ティッシュで吹き出してしまったコーヒーを拭きながら内心で怒っていた。
『それで、どうでしょう?駄目ですかねえ?それとも、他に一緒に行くお相手がいらっしゃるんでしょうか?』
「駄目とか居るっていったらどうします?」
『とても悲しいです・・・。それと、その相手に激しく嫉妬します。』
(うわっ!?狭山さんマジで言ってるし。)
あたしは冗談のつもりで言ったけれど、電話越しには通じなかったみたい。
「良いですよ。好意で貰ったチケット無駄に出来ませんし、狭山さん以外に誘って下さるなり誘える相手は居ませんからね。」
『本当ですか?ありがとうございます。そう言って下さるとは嬉しいですね・・・。』
「あたし如きで、そんなに喜ばなくても・・・。」
あたしは思っている事が、おもわずぽろっと口に出てしまっていた。
『葛西さんだから嬉しいんですよ。それじゃあ、明日迎えに行きますから、どこへ行けば良いかだけメールででも下さい。』
「は〜い、かしこまりました。では、また明日。」
電話を切って、冷めたコーヒーを飲む。
「はぁ、ほんとにこんなののどこが良いんだか?」
あたしは溜息をついた後、少し苦笑いしながら呟いていた。

次の日、久しぶりにあたしは助手席に座っていた。
運転しているのは狭山さん。遊園地に向かう最中で、昨日遅かったのもあってあたしはウトウトしていた。
「葛西さん、寝てしまっても構いませんよ。着いたら起こしますから。」
「そうですか?ではお言葉に甘えて・・・。」
そう言って、すぐにあたしは眠りに着いた。そんなあたしの寝顔を微笑ましそうに狭山さんが見ている事など知る由も無かった。

遊園地なんて来るのは何年ぶりだろう。
狭山さんも十数年ぶりらしく、年甲斐も無く2人ではしゃいでしまっていた。
(ヤバイ、遊園地ってこんなに楽しかったっけか?)
あたしは余りの楽しさに、浮かれまくっている自分に思わず問いかけていた。
でも、狭山さんも楽しそうなので、自分一人が冷めちゃうのも悪いので、そのままのノリで最後まで楽しんでいた。
暗くなってからのパレードを見る時だけ大人しくしていたが、それ以外は閉園までアトラクションに乗りまくりだった。
途中であいつと秋月律子を見かけたけど目もくれずにいた。
何というか、自分でも笑っちゃうくらいの、どこの中学生のデート?という感じだった。
でも、楽しかったのは否定出来ない。
(あたしが子供って事なのかなあ。)
そんな事を思いつつ、泊まる為に狭山さんと一緒の部屋に来ていた。
「狭山さん、どうでしたか?」
「とても楽しかったですね。そういう葛西さんは?」
「同じく。自分でも笑っちゃうくらいはしゃいじゃいましたね。」
あたしは笑いながら答えていた。
「今日は接待だったんでしょうかね・・・。」
「接待が良いんですか?」
あたしは目を細めながら意味ありげに聞く。
「こう思ってしまう自分がとても嫌です。でも、葛西さんの前では素直で居たい・・・。」
「こんなあたしに変に気を遣う事無いですよ。」
「じゃあ、敬語やめて下さい。」
真剣な眼差しで私に言ってくる。
「お望みとあらば。じゃあ、何て呼んだら良い?」
「名前で呼んで欲しいです・・・。」
(うおう、狭山さん照れてる。貴重過ぎる。)
「出来たら、あたしの事も名前で、それと敬語抜きで。」
「あ〜、敬語は勘弁して下さい。もう癖になってしまっていて・・・。でも名前で呼ぶのは照れ臭いですけれど何とか・・・。」
「普通逆のパターンの気がするけど、ま、いっか。」
あたしは少し笑いながら、狭山さんに近付いていく。
実はあたしも無茶苦茶恥ずかしいんだけど、相手が照れているせいであたしの方が変に照れられない。
「頼子・・・。」
「育生・・・。」
流石にここまで来て目を閉じると、鼓動が早くなっているのが分かる。
ピリリリリ!
ビクゥッ!
流石に驚いて、あたしも狭山さんも目を開ける。もう本当にあと少しで唇が触れ合いそうな距離。目の前に彼の顔がある。
「ごめん。」
あたしは離れて鳴っている携帯を取る。
「はい、葛西。」
『お疲れ様です。葛西課長、助けて下さい〜。』
聞き覚えのある社内の女の子の声。あたしは思わずその場で苦い顔になる。
「どうしたの?」
『クレームが発生して、お客さんが直接本社に乗り込んできちゃってるんです。責任者を出せの一点張りで。誰も居なくて連絡して、葛西課長しか捕まらなかったんです。』
「ふぅ、オッケー。今からだと1時間ってとこかな。とりあえず、応接室に通してお茶とお茶菓子やって大人しくしてて貰いな。雪のせいで遅れますがって口実つけてね。あたしが行くからさ。」
『ありがとうございます。すいません、お休みなのに・・・。』
「いいの、いいの。じゃあ、後でね。上手く引き止めておいてね。」
『分かりました。お待ちしています。お疲れ様です。』
ピッ
「急用ですか?」
「緊急事態かな。」
さっきまでの甘い雰囲気は消えて、あたしはしっかりと見据えて答えた。
「送りましょうか?」
「電車の方が速いと思うから。」
「一緒に居た方が言い訳にも使えますよ。」
(流石は狭山さん、分かってくれてるなあ。)
「それじゃあ、一緒に来て貰えるかな?」
感心しながらも、お願いする。
「貴方が言うなら喜んで。」
微笑む狭山さんに、あたしもにこっと笑う。
「だけど、ここまで来てお預けなんて、夏より酷いですよ。」
「狭山さん。年末年始の予定はどうなってますか?」
子供みたいにむくれている狭山さんの姿に笑いそうになるのを堪えながら私は聞く。
「特に何も無いですね。年末の大掃除と新年明けたら挨拶に行くくらいです。」
「だったら・・・年明け一緒に迎えない?」
流石にそこまで言うと、あたしは照れ臭くなって目が泳いだ。
「是非。そうと決まれば急ぎましょう。」
にっこり微笑んだ後、狭山さんは私を促してくれる。
「上手く時間稼いでてよ〜。」
あたしと狭山さんは、急いでホテルの部屋を後にした。

「かっ、葛西さん!?」
「さ、狭山さんっ!?」
廊下を曲がった所で驚いているいつもと風貌の違う秋月律子とあいつに遭遇した。
「葛西ですが?」
「狭山ですが?」
あたしと狭山さんはにっこり笑いながら2人に言っていた。狭山さんはいつもと変わらないんだろうけど、あたしはあからさまに不機嫌で目は笑っていなかった。
「あ、はは・・・。手繋いで仲良さそうですね?」
俺は口が滑ってしまって、流石にヤバイと思って、口を押さえながら一歩後ずさった。
「うっさい!」
あたしは照れ隠しもあったけど、手を振り解いてから怒鳴った。
「葛西さん、先にやったのはそちらですからね!」
私はプロデューサーの前に立ち塞がって葛西さんを睨みながら言った。
「はぁ?あたしは高木さんと音無にチケットやったんだけど?あんた等に渡せなんて一言も言ってないよ!」
怒りで笑っていた顔が変わって、あたしは秋月律子を睨み返した。
「律子、先に返すべき相手間違えたんだよ。俺等。」
睨み合いになっている律子の後ろから、俺はそっと律子の方へ囁いた。
「そういう事だね。あんた達、覚悟は出来てるんだろうねっ!」
「うっ・・・。」
流石に劣勢だと思った私も、葛西さんの迫力もあってプロデューサーと同じ位置に一歩下がってしまった。
「まあまあ、葛西さん。今は助けを待っている方が居ますから、ね?」
飛び掛ろうとしているあたしを確実に後ろから押さえ込みながら、狭山さんが言ってくる。
「くぉんのぉ。こんな時じゃなかったらぁ、あんた達ぃ・・・。」
「はいはい、二人とも怪我したくなかったら、そこを開けて下さいねえ。邪魔ですから・・・。」
「はっ、はいっ。」
最初はニコニコしながら言っていた狭山さんだったけど、急に冷たい表情になって言った最期の『邪魔ですから』の台詞に【俺】と【私】は気をつけの格好になってハモって返事をして別れて道を空けた。
「狭山さん、離して。こいつ等をこのまま放置なんてありえない!」
(一発殴りでもしないと気が済まないっ!)
あたしは怒りでジタバタ暴れながら言った。
チュッ
「へっ!?」
「えっ!?」
「ええっ!?」
いきなり狭山さんに頬をキスされて、あたしはその場で固まった。両端に居る秋月律子も、あいつも呆気に取られていた。
「はい、では参りましょう。お二人はごゆっくりどうぞ。」
あたしは何が起きたのか分からないまま、狭山さんに引き摺られていっていた。その様子を見ている秋月律子とあいつの姿が小さくなっていった。
「葛西さん、ご自分で歩けませんか?」
「えっ!?あ、ああ、ごめん。」
あたしは我に返って、照れ臭くなって自分で歩き始めた。
「すいませんね。あそこで怒りを沈めるには不意打ちしかないと思ったもので。」
「ぅん、別に・・・ぃぃ。」
あたしはあったことを思い出してキスされた恥ずかしさと、我を忘れて怒ってしまった自分の恥ずかしさとで俯いて呟くように返していた。
(う〜、あたしとした事が〜。)
「可愛いですよ。」
「・・・バカ・・・。」
狭山さんに囁かれてあたしは小声でボソッと言っていた。
「うぅ、寒っ。」
外に出て急に来た寒さに思わず身を屈める。
「もう一回頬にキスしましょうか?さっきは耳まで赤かったですし、少しは温まるかも?」
「調子に乗るなっ!」
あたしは狭山さんの頬をつねりながら言った。
「いひゃい・・・。」
「ふふ、変な顔。」
笑った後、頬を放して最寄り駅へと先に歩き出した。
途中からは隣同士になって、自然と手を繋いでいた・・・。


765プロダクションだけでなく何人もの影の功労者『葛西頼子』
鬼部長と社内で恐れられる切れ者の彼女は、これからも世話好きな性格から何人もの人間と絡んでいく事になる。
秋月律子の新プロダクション設立の話に絡んだり、狭山とのくっつきそうでくっつかない、くっつけない関係などはまた別の話である。