アイドルドリーム律子2外伝〜葛西頼子〜(前編)


あたしの名前は葛西頼子。
世界でも名立たる奥野重工株式会社の企画部で部長をやっている。
国内だけでなく海外の色々な企画を手掛けて来た。最近では奥野グループの一つのプロジェクト『奥野プロダクション』の面倒を最初から見ている。プロダクションとして大分落ち着いてきたのと、任せられる人材が育ったのでそちらに任せようと思ってる。
まあ、泣きつかれたら力は貸してやるつもりだけど。

今日も良く使うファミレスに打ち合わせに来ていて、さっき打ち合わせ相手が帰った所だった。あたしはここの店のとりわけ若い店長が気に入っていて冗談交じりに引き抜きの話を持ちかけたりしていた。
「はっ?閉店?」
あたしは店長から出た言葉に驚いて聞き返していた。
「はい。急ではありますが来月一杯で締める事になりまして・・・。」
「何でまた?客の入りは悪くないだろ?」
「ええ。あの、良ければ奥で。」
「良いのかい?」
「はい。どうぞ。」
あたしは店長に案内されて奥のスタッフルームに移動した。
「実は、ここのビルのオーナーからの話でして。」
「ああ、もしかして最近の不況とかでビルを売らなきゃならなくなったとか?」
「ご推察の通りです。」
「そっか。それじゃあ仕方ないよね。店長はどこの支店に回されるの?」
「いえ、それが、うちの会社も余裕が無いらしくて、私もお役御免という訳です。」
「うわ、それって、ここのパートとかバイトとか正社員も?」
「はい、全員です・・・。」
力無く言う店長にあたしは苦い顔しか出来なかった。
「私はともかく、他の皆が可哀相で・・・。」
「う〜ん。ある程度なら面倒見てあげられるかもしれないかな。ちょっと待ってね。」
「は、はい?」
あたしは不思議な顔をしている店長を横目に携帯を掛けた。
「あ、もしもし葛西だけど。お疲れ様。例のレストランの人員採用の件ってどうなってる?」
『まだこれからで決まっていませんが?』
「だったらさ、経験者で良いの揃ってるから使ってみない?」
『まあ、葛西さんがそうおっしゃるなら考えてみます。』
「ありがとう。それじゃあ、後で履歴書送るから見といてくれる?」
『かしこまりました。では、お待ちしております。』
「うん、宜しくね。お疲れ様。」
流石は人事部の部長。話が早くて助かる。
「店長。とりあえず店長を含めて全員の履歴書のコピー貰えるかな?グループ系列のレストランがこの近く含めて複数同時オープンの予定があってね。そこに入れられればと思ってさ。」
「宜しいんですか?」
「もちろん。じゃなかったら連絡しないって。」
「でも、普通のファミレスの従業員がレストランでなんて大丈夫でしょうか?」
「心配ないよ。基礎はしっかりしてるのはあたし見てるし、細かい指導はちゃんと係がいるから大丈夫。あ〜、そっか。本人達の意思確認取れたら、ここに送って。あたしが責任持って面接は出来るようにするから。その代わり、その先までは保障出来ないからね。」
「十分です。早速話をしてみます。」
店長は嬉しそうにそういって、早速動き始めた。

そこからは早かった。そこのファミレスの従業員の殆どが散らばる形にはなったけれど、うちのレストランに配属が決まった。
だけど、一つだけ納得出来ない事があった。
店長が中卒という事で、書類審査だけではじかれた事。
あたしも高卒という事でこの大企業の就職前から今も変な風当たりがある。
ただ、実力の世界として中卒だから駄目とかありえない・・・。あたしとしては人となりを見て欲しかった。でも、その願いは届かなかった。
「済まないね、大風呂敷広げたくせに肝心のあんたをどうにも出来なかった・・・。」
あたしは素直に謝っていた。既にファミレスはビルの売却とともに無くなって一ヶ月が経とうとしていた。
「いえいえ、ここまで面倒を見て下さっただけでも十分です。それに、一番心配していた従業員の行く先が決まっただけで私は満足です。」
く〜、泣かせるじゃないかい。こういう奴だからこそ何とかしてやりたいんだよねえ・・・。
あたしはいつものように名刺をトランプみたいに広げるけど、残るカードは二枚。
(さ〜て、どっちを先に切るか・・・。)
不思議そうに見ている元店長をよそに、あたしは真剣に悩んでいた。
「ねえ・・・。」
「は、はい?」
「芸能界とお茶、どっちが好き?」
「え〜と、良く分からないんですけれど?」
「直感で良いから。」
「じゃあ、芸能界?」
「よしっ!決まり。」
「へっ!?」
俺は訳が分からないうちに、765プロダクションという場所に連れて来られていた。
「高木さん。何とか面倒見てくれないかな?」
「う〜む、そう言われてもなあ・・・。」
あたしは高木社長に経緯を話して頼み込んでいた。
「確かさ、秋月律子って居たでしょ?」
「ああ、律子君か。」
「彼女はまだフリーなの?」
「うむ。まだプロデューサーは決まっていない。」
「普通とはちょっと違うけど、教育係も兼ねて貰うってのでどうかな?」
「本人の了解が取れるのなら。最近そちらには世話になっているのもあるし。」
「そうこなくっちゃ。秋月さんは何処に?」
「今は会議室に居ると思う。それと、葛西さん。」
「ん?何?」
「律子君を苛めん様に頼むよ。」
「そこは相手の出方次第、かな?そこは高木さんが祈ってて。ほら、行くよ。」
あたしは元店長を連れて会議室へと移動していった。
「ふう、やれやれ。律子君が葛西さんを怒らせなければ良いのだが・・・。」
高木社長はちょっと溜息をつきながら心配そうに呟いていた。

「そんな訳で、あたしの所にはこいつを引っ張り込めなくてね。」
あたしは挨拶を簡単に済ませて秋月律子へ経緯を話していた。
「は、はぁ・・・。」
私はいきなりやって来た葛西さんの言っている意味がいまいち分からずに、メガネに手を掛けながら生返事をしていた。
「高木さんにはさっき話を通して了解貰ってね。秋月さんさえ良ければお願いしたいのよ。」
「社長が私に一任すると?」
「そう。こいつをプロデューサーにする代わりに、秋月さんはアイドルとしての活動をスタートする。ただ、こいつは中卒のファミレス店長だった男だ。芸能界なんて知らないし、学も無い。でも、人を見る目、サービス精神なんかは人よりもズバ抜けてると思う。こいつの面倒を見ながらアイドルやってくれればってとこ。」
「あの・・・それって、私がその人の人生左右しかねないんじゃ・・・。」
私は何ともいえない顔になって言っていた。
「元々、再就職が厳しい現状なのは事実かな。働いていたファミレスの経営は悪くなかったんだよね。」
「えっ!?あの、じゃあ何で潰れたんですか?」
「ファミレスがテナントとして入っていたビルのオーナーがやっちまったんだよ。別にこいつの経営手腕が悪かった訳じゃない。むしろ売上も利益も良かったし、数字的には強いんじゃないかな。年齢層の違うバイトやパートに少ない社員を上手く使っていたからねえ。」
(という事は、あおりを受けただけか。結構やり手の店長だったって事なのね。って、何でそこまで知ってるのかしら?)
「葛西さん、随分と詳しいんですね?」
私は疑問に思ったので、素直に聞いてみた。
「あのファミレス良く打ち合わせに使わせて貰っててね。実はあたし自身が引き抜き考えて調査してたのよ。流石は秋月さん、ちゃんと突っ込んで来たねえ。」
葛西さんはそう言ってから、嬉しそうに笑う。
(むぅ、この人ただ者じゃないな。)
「で、どうかねえ。秋月さん?」
「お断りしたらどうなるのでしょう?」
私はあえて、葛西さんを試す意味も含めて聞いた。
「こいつが路頭に迷う。それと、秋月さんのデビューが遅れる。そんな所かねえ。もう一つ言わせて貰うなら推測論になっちゃうけど、将来の名プロデューサーの一人が居ない事になる。」
「そこまでおっしゃるのなら、葛西さんが何とかしてお引き取りすれば良いのでは?」
私は冷静に、だけど少し意地悪な言葉を含めて言った。
「ったく、だ〜か〜ら〜、それが出来ないからお願いしてるんでしょうがっ!765プロとうちの奥野プロダクションの人間も少なからず関わってるから良い話だと思って持って来たのに、あんた冷たいね。高木さんに、『秋月君なら快く引き受けてくれるに違いない。』って言うから打診したってのに、見損なったよ。あたしは帰る。ほら、あんたも行くよ。」
(やばっ!怒らせちゃった。)
立ち上がって怒る葛西さんが隣にいる男性を促すのを見て流石に私は焦った。
「秋月さん、一つ覚えておきなよ。あんたの一言が、他のアイドルや765プロにも大きなマイナスになるかもしれないって事をねっ!」
私を睨みつける迫力は凄まじかった。私もそれなりに肝は据わってるつもりだったけど、動けなかったし何も言い返せなかった。
「あの、葛西さん・・・。」
俺は怒ってる葛西さんを横から呼んだ。
「なんだいっ?」
「秋月さんはまだ答えはおっしゃっていませんよ。断ったら?と聞かれただけで。途中で怒って投げ出してしまっては、奥野グループの名が泣きますよ?」
かなり怒っているのは分かっているけど、筋が通ればこの人は冷静になれるのを俺は知っている。今ももしかしたら芝居かもしれないから戻れるきっかけの言葉を出してみた。
「むっ・・・。けどさ、断ったのと同じだろ?」
「私に聞かれるよりも、ご本人にお聞きするのが適当かと。」
俺の言葉に反応してくれたので、そのまま話を戻すように促した。
「分かったよ・・・。で、秋月律子。こいつを引き取る?答えは『はい』か『いいえ』ね。」
「はい。引き取らせて頂きます。」
私は葛西さんの迫力と、彼の見事なやり取りを見て反射的に答えていた。
「じゃ、置いてくから宜しくね。」
それだけ言ってあたしは会議室を出て、社長室へ向かった。
(かなり強引ではあったけどこれで良い。秋月さんもびびっちゃって可愛い所あるじゃないの。あいつもそれをかばっちゃったりしてさ。)
あたしは少し笑いながら廊下を歩いていた。少しして、ノックしてから社長室へ再び入った。
「どうだったかな?」
「引き受けてくれるとの事なので、あいつは置いてきた。基本的に礼儀作法は教える必要ないし、対人関係とかは問題ないと思う。ただ、学が無いから秋月さんだけだと厳しいかもしれないんで、高木さんからも色々知識をつけてやって貰えれば良いプロデューサーになると思うよ。」
「分かった。それにしても、葛西さんは世話好きだな。」
「何言ってるの、お互い様でしょ。」
あたしは高木さんの言葉を聞いて、少し笑いながら返していた。
「仕事の話としては、奥野プロダクションとの合同プロジェクトを考えてるんで、その時は宜しくってのと、さっきのあいつとか他にも何かこっちで役立てそうな事があったら言ってくれれば何とかするんで。」
「うむ。奥野グループが力を貸してくれるのは非常にありがたい。これからも宜しく頼むよ。」
「こちらこそ。お互い奥野グループっていう虎の衣を借る狐だけど、上手くやっていきましょ。それじゃ、あたしはこれで。」
それだけ言うとあたしは765プロダクションを後にした。
「狐というほど可愛くは無いと思うのだが・・・。まあ良いかな。」
葛西が去った社長室で一人になった高木は呟いていた。

あいつをお願いしてから一年半。
秋月律子が一気にブレイクしていることで、元気でやってるんだろうと思っていた。
昔はたまにメールや電話をしたりして連絡を取っていたが、忙しくなってきたようなので、ここ半年くらいはこちらから連絡を入れる事はやめていた。
暑い夏で、不快指数がただでさえ高い所へ無茶な依頼が来て、依頼として断ったら命令として降りて来て、あたしは非常に不愉快でイライラしていた。
その内容は・・・
『秋月律子をアイドル水泳大会に出場させる事。』
別に何でもない事だろうと、上層部は思っているようだけど、グラビアとかを嫌っていることはあいつから聞いていて知っていた。それを伝えて断ったにもかかわらず、無茶な事を言ってくる。
まあ、サラリーマンだからこういうのが当たり前だし、今更なのは分かっちゃいるけど、どうにもねえ・・・。
社内にいると完全に煮詰まりそうだったので、打ち合わせと称してあたしは落ち着ける場所へと避難しに出掛けた。

隣にある埼玉県の一面の茶畑。暑い事には変わらないけど、ここには一杯の涼と他では得られない安らぎを求められる。あたしの自宅以外での唯一の逃避場所。
「こんにちは〜。」
あたしは慣れた感じでお茶の即売所の扉を開けながら挨拶した。
「いらっしゃいませ。おや、葛西さん。どうなさいました?」
優しく微笑みながら聞いてくる男性。名前は狭山育生。この辺の地主で日本三大銘茶の一つ『狭山茶』の生産者でもある。
「ちょっと相談がありまして。宜しいですか?」
「分かりました。玄関の方へどうぞ。」
「お邪魔します。」
あたしが地で唯一といって良い敬語交じりで話す相手でもある。実際に頭は上がらないし、精神的に追い詰められた時とかに物凄くお世話になっている。今回もそれを求めにやってきた訳。
「ん〜、美味しい。」
氷の浮かんだ緑茶を一口飲むと、お茶の良い香りと味があたしを包み込む。掻いていた汗も嘘みたいに引いていく。いっつも思うけど本当に不思議だ。
「それは何よりです。それで、今日はどうなさったんですか?」
「実は・・・。」
あたしは困っている事を狭山さんへ正直に話した。
「なるほど。難しい問題ですね。」
「あたしとしては、秋月さんに無理にとか言いたくない。でも、仕事としては割り切ってやらないといけないので、どうしようか揺れているんです。」
「詳しくは分からないので上手く言えませんが、その秋月さんにとって良い条件になるものを提示して交渉してみては如何です?飴とムチではありませんが、基本的に嫌な事でも、その人にとって良い条件が出されれば、やって下さる可能性があるのではないかと思うのです。」
「あっ!なるほど。暑さとかで頭が働いていませんでした。ありがとうございます。交換条件なら心当たりがあります。はぁ、自分の得意分野なのに何で出て来なかったかなあ。」
あたしは目からうろこで、納得した後、自分が情けなくて苦笑いしていた。
「いえいえ、人間万能ではありませんし、完璧でもありませんからね。そういう時もありますよ。」
「そう言ってくれると助かります。これで煮詰まらずに済みます。ありがとうございました。」
あたしはホッとしたのもあって頭を下げていた。
「あまり寝ていない、いえ、寝れていなかったみたいですね。宜しかったら浴衣をお貸ししますから、スーツから着替えて寝ていかれたらどうですか?」
「うっ・・・。やっぱり分かりますか?くまはうまく隠せないんですよねえ。それじゃあ、お言葉に甘えて。」
あたしは苦笑いしながら答えたけど、申し出は素直に受ける事にした。浴衣を借りて、着替えてから、お茶の匂いがかすかに漂う中、あっという間に深い眠りについていた。

「ん・・・。」
あたしが目を覚ますと既に外は暗くなりつつあった。
「げっ!?こ、こんな時間。うわ、メールとか電話呼び出しこんなに来てるしっ!」
慌てて、メールをチェックして本社へ電話して残っている人間に代わりに対処出来る仕事を回して、それが終わってから自分で電話出来る範囲で明日へ仕事を回して貰うようにお願いしていた。
それが終わる頃にはすっかり外は暗くなっていた。
「はぁ、何とかなったか〜。」
ホッと溜息をつくと、パット明るくなる。目を少し細めると部屋の電気がついていた。
「暗いままだと、目を悪くしますよ。」
そういって狭山さんが部屋に入って来た。
「慌てていたんで、すっかり忘れてました。」
私は正直に言って、頭を掻いていた。
「葛西さんは浴衣が似合いますね。いつものスーツの格好もピッと凛々しくて良いですし、お綺麗な方は何でも似合いますね。」
「えっ!?い、嫌ですよ。からかわないで下さい。お世辞なんて言っても何も出ませんよ。」
私はちょっと照れ臭くなって誤魔化すように言っていた。
「でしたら、今回のお礼という事で出して頂けませんか?」
「へっ?えっとぉ?」
狭山さんの言っている意味が分からずに、困惑して思わず聞き返していた。
「浴衣姿で夏祭りに付き合って下さいませんか?」
「あ、あたしが?ですかっ!?」
「はい、葛西さんです。」
(うわっ、即答だ。)
あたしが聞き返したら、即答されたので慌ててしまった。
(でも、狭山さんほどの人なら行く相手に困らないだろうに。むしろ、逆に誘われてておかしくないと思うんだけどなあ。)
「まあ、仕事が無い時なら構いませんけれど・・・。本当にあたしで良いんですか?」
内心で不思議に思いながら、改めて聞き直していた。
「はい、葛西さんでなければ嫌なんです。」
「わ、わかりました。そ、そこまでおっしゃるのならご一緒させて頂きます。」
にこやかだけどやっぱり即答する狭山さんにちょっと仰け反って返事をした後、改めて頭を下げて私は答えていた。
「お仕事は大丈夫なのですか?」
「ええ、そちらは大丈夫です。今日はもう直帰にしてありますし。」
「でしたら、夕飯食べて行きませんか?」
「え〜と、それじゃあ頂いていきます。」
普通は断わるとこではあるんだけど、狭山さんの家で出てくる料理って下手なお店より美味しいことを知ってしまったあたしにとって、帰りにどこかで食べるよりも凄く魅力的なお誘いな訳で。しかも、その料理は狭山さんのお手製だっていう話。
あたしは料理はてんで駄目というか、やろうと思えば出来なくは無いけど面倒臭い。だから外食とかお弁当買って来るとかで済ませる事が殆ど。最近作ったのは、自分で食べる為じゃなくて会社の部下達への差し入れくらいかな?

「ごちそうさまでした。今日も色々お世話になりました。」
「いえいえ、またお仕事でもプライベートでも気が向いたらお越し下さい。それと、先程の浴衣で夏祭りの件は忘れないで下さいね。」
別れ際に、運転席のパワーウインドウを下ろした状態で、中にいるあたしとドアの外に立っている狭山さんは話をしていた。
「勿論、約束ですからね。こちらの地元のお祭りになりますかね?」
「そうですねえ、出来れば都内のお祭りを希望です。」
「でしたら、調べてメールしますので、狭山さんが良さそうなのを選んで下さい。私は出来るだけ合わせる様にしますので。」
「わかりました。楽しみにしています。では、お気を付けて。」
その狭山さんの言葉に運転席に座ったまま一礼してから、あたしはパワーウインドウを上げて車を発進させた。
「はぁ、あたしなんて誘っても面白くないだろうに・・・。」
あたしは少ししてから苦笑いして呟いていた。
狭山さんの事が気にならないかと聞かれたら『気になる。』と答えるし、好きかどうかって聞かれたら『好き。』って答えると思う。
ただ、こんなののどこが良いのやらと思っている私にとっては、狭山さんは憧れのプリンスと言った所。勿論あたしはただの町娘。いや、商売人の娘って所かなあ。
要は釣り合わないと思ってる。狭山さんがあたしに好意を持ってくれているのは分かるんだけど、あたし自身お茶屋さんの女将さんでいる姿が想像出来ない。
何より、今の仕事が楽しいから辞めたくないってのが大きい。

次の日から一週間で社内のお偉いさんと激突して、秋月律子を水泳大会に出場させる為の手土産を用意した。それを持って、久しぶりにあいつに会う事にした。
「う〜む・・・。」
「悪い話じゃないだろ?元々あんたも秋月さんも世界進出を考えてるんだろ?」
「まあ、それはそうですけど。でも、そんな凄い条件出してくれるのに黙ってろっていうのはなぜです?」
「いやあ、そういうの聞くとさ、彼女ムキになって断わられそうだからさ。」
(流石は葛西さん。律子の性格分かってるな。)
俺は葛西さんの言葉を聞いて内心で感心していた。
「しかし、良くこの条件引き出しましたね。」
「ここだよ、ここ。」
あたしは腕をぽんぽんとやりながら答えていた。
「俺としては願っても無い話だし、律子にとってもプラスだと思います。765プロダクションの秋月律子のプロデューサーとしてこの話お引き受けします。」
「うんうん、そいつは良かった。後は上手くやってね。何か困った事があったら言って頂戴。それじゃ、またね。」
あたしはそう言って、伝票を持って会計を済ませると打ち合わせをしていた喫茶店を出て行った。

それから数日後、まだ暑い最中あたしは奥野グループが出資しているプールへ向かっていた。
途中で765プロダクションから出るあいつと秋月律子を見かけたけれど、急いでいるみたいだったので声を掛けるのはやめて真っ直ぐプールへ向かった。
何でも厚生労働省が出したメタボリックシンドロームの事で、このプールにある周囲の会社が対象になる社員や予備軍を集めて、水中エクセサイズのダイエット企画を行うらしい。
元々、いち早くプールでのエクセサイズプログラムを使ってあちこちのフィットネス系のプールで成功を収めていたのを聞きつけて、お声が掛かったと言う訳だ。
今日はその説明をする為に来ていた。
「このように、無理なくプログラムをこなして頂く事で、成果が出ています。水中での動きですから、体への負担も軽いですし、良ければそのまま一緒にスイミングプログラムも併用して頂ければ効果は更に期待出来ると思って頂いて結構です。」
あたしは、プールの関係者だけでなく、近所の会社から来ている関係者の集まっている前で説明をしていた。
「以上で当方の説明は終わりますが、ご質問があればどんな些細な事でも結構です。お気軽にお聞き下さい。」
予想通りの質問攻めに全て答えた後、近所の会社の関係者は帰っていった。

その後、あたしはプールの関係者と休憩がてら、お茶を飲みながら話していた。
「最近の不景気で普通のお客さんが来なくて困っていた所に、今回の話は本当に助かりました。」
「いえいえ、回りまわれば、皆さんの為ですよ。説明を聞きに来られていた会社としては下手な税金を納めずに済む上に、従業員の健康管理にもなって、それぞれのご家庭としても健康に関する不安の解消とともに、医療費も少なくて済むようになるでしょう。こちらの施設としては使用される事で、経営の不安をせずに済む。そして、我々としてはまた一つの成功例として他からのお呼びが掛かる。良い事尽くめですよ。」
「はっはっは。流石ですね。正直、大手さんなのでどういう方が来られるか心配していたのですが、葛西さんのような方で良かったです。会社の関係者の方も納得して帰られましたし、早速契約されるとおっしゃって頂いたところもありますので。」
「それは何よりです。後はこちらで頑張って頂ければ良いかと。ん?」
あたしは話している最中に、視界に意外なものが入ったのでそちらを見た。
「どうかしましたか?」
「申し訳ない。この格好だけどプールサイドに入って構わないかな?」
不思議な顔をして聞いてくる相手にあたしは急いで聞き返した。
「え、ええ?どうぞ。」
「では、ちょっと失礼。」
返事を聞くなり、あたしはプールサイドへ急いで出た。目標は喧嘩腰でやりとりしている水着姿のあいつと秋月律子。
(何で、ここにいるんだか・・・。)
あたしは一瞬何ともいえない顔になったが、考えていても無駄な事は分かっていたのでズカズカと近付いて行った。
あたしが近くまで言っても興奮しているせいか、全く気が付いていない。
(若いなあ。)
そう思いながら、話に割り込むタイミングを狙っていた。
「本当だよ。」
「か、葛西さんっ!?」
(はいはい、葛西ですよ。全く、喧嘩腰になってる割には、ハモって答えちゃって息はぴったりだねえ。)
「水泳大会のスポンサーがうちでね。会社としては、今が旬で、国内で押しも押されぬ売れっ子アイドルの秋月さんに是非出て欲しいって訳。交換条件として、これからの海外ツアーなんかの資金を含めたバックアップをさせて貰おうって事なのよ。765プロもそれなりに大きくなったけど、流石に単独じゃ売れっ子を世界に出しちゃうリスクを背負うのは辛いだろうし、これからスポンサーを探すってのも難しいだろ?」
内心で笑いを堪えながら、あたしは説明をして秋月律子に聞いていた。
「それは葛西さんが奥野グループ内で交渉したって事ですか?」
「そうだよ。悪い話じゃないだろ?秋月さんは一年掛けてこいつを敏腕プロデューサーに育てて、今売れているのは曲のお陰もあるけど、ちゃんとした実力派の歌唱力を持つアイドル。うちも最初から負け覚悟の無駄な投資はしないつもり。言ってる意味は、秋月さんならわかるよね。」
あたしは相手が秋月律子だと言う事を考慮して聞いていた。
「まあ、分からないではないです・・・。」
「ただ、こいつには水泳大会寸前までバラすなって言っといたんだけどさ、ここに来る時点でおかしいと思ったから来て見たらこうなってた訳だ。何でバラした?」
(こいつの立場を少しでも良くしてやらないと。)
あたしは、ここであえて聞いた。
「騙し討ちをしたくなかったのと、水上騎馬戦で泳げない律子が上に乗る事になって落ちでもしたら洒落にならない。それで、騒ぎになったり律子に万が一の事でもあったら不味いと思って今日はここで少しでも水に慣れて貰えればと思って連れて来たんです。」
「プロデューサー・・・。」
「なるほど、そういう事ね。泳げないってのは流石に知らなかったね。じゃあ、人払いするから今日は少しでも水に慣れておいて。」
(よし、どうやら二人のわだかまりは無くなったな。どうするかは、こいつと、賢明な秋月律子さんにお任せするかね。)
あたしは二人の様子を見てから、内心で決めて割り切った。
「あの、私まだ出るとは言っていません。」
「あっそ、じゃ、出なければ良いんじゃない?だったら今日は今後の為に水に慣れておけば良いよ。あたしは別に構わないし。」
「えっ!?そんな・・・あっさり・・・。」
(ふっ、動揺してるよ。まだまだだねえ。まあ、可愛いって事にしとくかね。)
あたしは笑うのを我慢しながら二人に背を向けた。そして軽く手をひらひらさせてプールサイドを後にした。
「あの、あれって・・・。」
「そう、アイドルの秋月律子とそのプロデューサーです。あたしちょっとした知り合いでして。悪いですけれど、今日これから二人の貸切に出来ませんか?」
「ちょっと待って下さいね・・・。」
あたしはパソコンで予定を見ている相手に聞いた後、目を閉じながら回答を待っていた。
「大丈夫ですね。」
「その分の料金請求はここにして下さい。それでは、先程の仕事の件、宜しくお願いしますね。私は次があるので、これで失礼します。」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」
挨拶を終えて、あたしはプールを後にした。
(しっかし、泳げなかったってのは本当に意外だったなあ。)
あたしは運転しながら少し笑っていた。

それから少しして、狭山さんと約束していた会社の近くで行われる都内の夏祭りの日がやって来た。
前日に、『良ければこれを着て下さい。』とメッセージの入った新品の高そうな浴衣が送られてきていた。着ないのも勿体無いし、わざわざ送ってきてくれたのでそれを着て電車で待ち合わせ場所に来ていた。
「お待たせしました。」
「いえいえ。」
「良くお似合いです。」
「ありがとうございます。わざわざ送って下さったのに、着てこないのも悪いかと思って。」
「ふ〜む、それは義務感というものでしょうか?」
珍しく狭山さんがちょっと難しい顔をして聞いて来た。
「そう聞かれたら、『義務感です』としか答えられませんね。」
あたしは少し意地悪な感じで答えていた。
「聞き方が良くなかったという事ですね。反省・・・。」
少し俯きながら言う狭山さん。いつもは見せないこういう態度がおかしくて
何とか笑いを堪えていた。
「あの、葛西さん。」
「はい?」
「手を繋いで頂いても良いですか?」
「『嫌です。』と言ったら?」
あたしはいつになく聞きにくそうに言ってくる狭山さんに対して、また意地悪に答えた。
「むむぅ・・・。」
「ぷっ、冗談ですよ。そんな中学生とかじゃないんですから。自然に取って頂ければ構いませんよ。」
困っている狭山さんの姿を見て、流石に笑いを堪え切れなくて、少し吹き出した後、あたしの方から手を差し出した。
(何かあたしよりも、狭山さんが変に意識しちゃってるのかな?)
いつもの余裕のある微笑みが少しぎこちないし、動きも心なしか不自然な感じ。こんなあたし相手に緊張してるって事なのかな?
「私はもっと自然体の狭山さんが好きです。」
「えっ、あ〜・・・はい。」
あたしが笑いながら言うと、ちょっと照れ臭そうに返事をしてから、狭山さんはいつもの笑顔に戻っていた。
屋台めぐりをして、焼きそばやお好み焼きなんかを買い込んで、休憩所の中に陣取って二人で祭りの風景を見ながら食べていた。
「こういう自由なお祭りって良いですね。」
「いつもは有力者として見られ、扱われて窮屈ですか?」
「流石は葛西さん。その通りです。だから、地元ではなくこちらのお祭りをとお願いしたのです。それと、好きな人と一緒にこうやってお祭りを楽しみたかったから・・・。」
「ま〜たまた〜、ご冗談・・・。」
最後の台詞に、あたしはちょっとドキッとしながらも誤魔化すように笑いながら答えていた。でも、狭山さんの真剣な表情を見てしまったら、言葉が止まってしまっていた。
「と、とりあえず、食べましょう、ね?」
「そうですね。」
あたしは誤魔化すように言って、お好み焼きを口に入れていた。

俺は水泳大会に出たご褒美と言う名目で律子と夏祭りに来ていた。
浴衣姿の律子はとっても綺麗で、周りの屋台の事よりも気になっていたし、見惚れていた。
「プロデューサー?」
「あ、ああ。すまん。」
「屋台一杯ありますね。ん〜、何から食べましょうか?」
律子の好きなものからで構わないぞ。」
「じゃあ、まずは定番の焼きそばから。ほら、早く!」
俺は律子から手を引かれるままに着いていっていた。正体がバレて騒ぎにならないかという心配があったが、今は楽しんでいる律子に付き合う事に決めた。
(案外こういう場所ではバレないもんだなあ。)
そう思いながら、お好み焼き、ソースせんべいと順調に屋台巡りをしていた。

その内に花火が上がって、夏の夜空に大輪を咲かせる。
「綺麗ですね〜。」
「そうですね。葛西さんにはかないませんけれど。」
「ぶっ・・・んぐっ!?げほっ、けほっ。」
さらっと言われた台詞に、一瞬理解出来なかったが、理解した瞬間食べていた焼きそばが気管に入ってむせ返ってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「けほっ、な、何とか。」
涙目になっていたけど、心配させないようにと無理に笑いながら私は答えていた。
「ん?」
あたしは目の端に見覚えのある顔が映った気がしたので、そちらに視線を移した。
(おいおいおい!何でここに居るんだあいつ等は!?)
あたしの目に映ったのは、あいつと浴衣姿の秋月律子だった。周りは花火に機を取られている人が多くて、あの二人も空を見上げていた。
「どうしました?葛西さん?」
「狭山さん、あそこに居るの誰だか分かります?」
聞かれた私は、小声で言いながら目立たないように二人を指差した。
「えっと、浴衣姿の方は確か秋月さんでしたっけ?もう片方は・・・。良く存じ上げませんが、察するにプロデューサーさんですか?」
「流石は狭山さん。ご名答です。」
「不味いですよねえ?」
「ええ、非常に不味いと思います。せっかく楽しんでいたんですけれど、協力して貰えますか?」
「喜んで。私はどうすれば良いですか?」
「本社が近いのでそこまで二人を逃がす手伝いをして貰えれば助かります。」
「分かりました。先行するのはお願いします。私は周りを上手く誘導しますので。この辺で会社の名前を聞けば分かりますかね?」
「ええ。すぐに分かるかと。」
そこまで言い合った後、お互いに頷いてからあいつと秋月律子の二人へ近付いて行った。

「こんな所でな〜にしてるかなご両人?」
「はっ!?って葛西さん!?」
「本当にいい度胸してるって言うか、バカって言うか・・・。」
あたしは呆れながら驚いている二人を交互に見ていた。
「俺が悪いんです。りつ、むぐっ!?」
「アホかお前はっ!」
あたしは名前を言いそうになるプロデューサーの口を塞ぎながら怒鳴った。
「すいません・・・。」
代わりに秋月律子が謝ってくる。
「それは良いから。何で来たの?」
「車です。」
「場所は離れてる?」
「5分くらい離れているコインパーキングです。」
口を押さえたままのプロデューサーはそのままにして、あたしは秋月律子と話をしていた。
「だったら、一旦本社に逃げた方が良いね。そこに言ったとしても車両規制と客で動けなくなる。狭山さん、こいつと後ろお願いします。」
そう言ってあたしは狭山さんにプロデューサーを渡す。
「良いかい、秋月さん。既にね正体はバレてる。ただ、まだ騒ぐ奴がいないだけ。何枚か写真とかは撮られてるよ。」
「本当ですか?それ?」
あたしがボソボソと言うと、彼女は驚いて聞き返してくる。
「嘘言っても仕方ないだろ。大体見知った顔だから、写真は出る前にこっちで潰す。騒ぎになったとしても突破しないと。中でもみくちゃにされたらどうしようもない。短い時間だけど走るよ。良いね?」
「は、はい。」
神妙な顔つきになる彼女と息を合わせて、一気にその場から走り出した。
「りつ・・・むぐっ!?」
「ですから、名前はNGですよ。我々は後ろからの追っ手を振り払う事です。行きますよ?」
「は、はい。」
それから少しして、律子の正体がバレたが、葛西さんのと狭山さんのお陰で奥野重工の本社ビルに逃げ込む事が出来た。

「とりあえずは、ここで祭りが終わって車両規制が解除になってから帰るんだね。」
「すいません。ありがとうございました。」
俺と律子は一緒に謝った後、葛西さんにお礼を言った。
「別に構わないよ。水泳大会にも出てくれたし、貸しは二人にじゃなく高木さんにしとくから。」
「うへ〜。」
俺はなんとも言えない顔で言っていた。
「あの、お世話になったついでに、あんず飴が食べたいな〜とか許されますか?」
「お、おい、律子!?」
(そこで要求出来る立場じゃないだろ俺等は!)
流石に不味いと思って、律子に突っ込んだ。
「まあ、国内屈指のアイドルのお願いですから、聞きましょう。」
あたしはそう言って、内線で残っている人間を呼び出して、買いに行かせた。
「これで良しと。屋上は社内の人間に開放してるから、花火が終わるまではかなりの人数残ってるからね。この企画部にいるのが一番安全だと思うよ。狭山さんは、お時間大丈夫ですか?」
二人に言った後、狭山さんに聞いた。
「ええ。ただ、良い所を邪魔されたので、少し機嫌が悪いくらいです。」
(うわ〜い。狭山さ〜ん。いつもと全然違う〜。)
あたしは、ニコニコしているけどあからさまに機嫌の悪くなっている狭山さんを見て、内心で慌てていた。
「す、すいません。」
(秋月律子が慌てて謝ってるし〜。あいつはどうして良いかそわそわしてるし・・・。)
「えっと、とりあえずあんず飴が来たら、他の場所に2人で行きましょう。どっちか携帯の番号頂戴。」
「でしたら、私が。」
あたしの言葉に、秋月律子の方が先に動いて、赤外線で番号を渡してくれた。
バンッ!
「お、お待たせしました。あ、あんず飴です。」
終わったのとほぼ同時に汗だくになった他の部署の買い出しに行かせたのが入ってきた。
「お疲れさん。偉く早かったね。これ、皆からの心遣い入り。」
そう言ってあたしは一万円札を渡した。
「ありがたく頂きます。それでは、失礼致します。」
あたしを除いた三人は呆気に取られていた。
「葛西さん。随分と教育が行き届いているんですね。」
「ま、これが奥野重工本社という事で。」
まだ、呆気に取られたまま言ってくる秋月律子にあたしは少し笑いながら答えていた。
「それじゃ、あたしは狭山さんの接待の続きしてくるから、ここで大人しくしてるんだよ。トイレは出てすぐ右にあるから、そこ以外は外に出ないように。良いね?」
「はい。」
「それと、監視カメラ回ってるから二人きりになったからって変な事しないように。」
「ちょっ!ちょっと葛西さん?」
「なっ!?何言ってるんですかっ!?」
2人のツッコミを無言で軽く受け流しながら、あたしは狭山さんを伴って企画部の部屋を後にした。
プロデューサーと2人きりになった部屋の中で、ちょっと気不味い空気になっていたけれど、買って来て貰ったあんず飴は甘酸っぱくて美味しかったし、窓から見える花火も綺麗だった。

交通規制が解除になって、2人へ連絡を取って帰らせた後、少しゴミの残る道を狭山さんと駅に向かって歩いていた。
「接待だったんですか?」
「『そうです。』といったら?」
「・・・・・・。」
私の言葉に、狭山さんは無言になってしまった。ちょっと意地悪言い過ぎたかな?
「逆に狭山さんはどう思ったんですか?今日のあたしは貴方を接待していました?」
「いつもと違って、ちょっと新鮮でした。邪魔は入りましたけれど、とっても楽しかったです。接待だったらこんなに楽しくなかったと思います。」
「だったら、それが答えです。」
あたしは狭山さんににこやかに笑って言った。
「そうですか。嬉しいです・・・。」
狭山さんもにっこり笑いながら噛み締めるように言っていた。
「また、お邪魔しますね。」
「はい、お待ちしています。」
お互いに言い合った後、それぞれ逆の路線になる電車に乗り込んで別れていった。