「ったく、いい気なもんよネ・・・。」

「あふぅ・・・むにゃむにゃ・・・。」
アタシはジト目で寝こけている美希を見て愚痴った。

は〜い、みんなのアイドル水瀬伊織ちゃんよ♪
今日は大晦日で、紅白に出場するために765プロのメンバー12人プラス1人で来ているワ。
新生765プロのメンバーで出場が決定してて、
『Colorful Days〜12color version〜』
を12人全員で歌うコトになってるの。
まだ本番まで時間があるから、全員一緒に楽屋で待機中ってワケ。
ちなみに、プロデューサーはこの大事な時にインフルエンザでダウン。
代わりに小鳥が面倒見に来てる状態。

美希以外は全員元気なもんで、はしゃいだりおしゃべりしてる。
アタシは休み無しの上に、寝れても1時間くらいでまとめて寝れない状態での年末の激務で、正直、結構辛いのよね。
そんなのみんなに見せて心配させたくないし、アタシのプライドが許さない。
だから、みんなとはちょっと離れた所にあるソファに座ってるの。
「はぁ、気持ち良さそうに寝ちゃって・・・。」
アタシは溜め息をつきながら美希を見下ろしてた。
べっ、別にグースカ寝てる美希がうらやましいワケじゃないんだからねっ!
「でこ・・・ちゃんぅ・・・あふぅ。」
「でこちゃんって言うな・・・って・・・どんな夢みてんだか。」
思わずこぶしを握ってぷるぷる震えていたけど、寝ている相手に怒るのがアホらしくなった。体から力が抜けて、苦笑いしながら美希を見てた。
「ん〜・・・。」
ガバッ、ひしっ、ギュッ
「なっ!?」
アタシは急に起き上がって来た美希に抱きかかえられて混乱した。
「ちょ、ちょっと、美希なに・・・むぐっ!?」
ふかぁ、むにゅぅ
我に返って怒ろうとしたら、そのまま、胸に抱きしめられて何も言えなくなっちゃった。
「えへへ・・・仲良しさんなの〜・・・あふぅ。」
「・・・・・・・・・。」
アタシは美希の言葉の不意打ちと、その胸の柔らかさと温かさで気持ち良くなって、急激に睡魔に襲われた。
(ま、まずいワ・・・このままじゃ・・・ねちゃ・・・ぅ・・・。)
「すぅ・・・くぅ・・・。」
何とか抵抗しようとしたけど、あっけなく美希と一緒に寝ちゃってた。
恐るべし『あふぅ魔人』だワ・・・。

『イオリチャン・・・オキテ・・・ジカンダヨ』
「ん・・・ぅ?」
急に声がして目を覚ましたけど、真っ暗だった。
そういえば、美希に抱え込まれてたんだっけ・・・。なら・・・。
こちょこちょこちょ・・・
「あふっ?んぅ?きゃははははっ!?な、な、な、なんなのっ!?」
美希をくすぐっていたら、その内に起きてアタシを放して目をぱちくりしてる。
「『なんなの』じゃないわよ。そろそろ時間よ。」
「は〜い、あふぅ。スタイリストさ〜ん、セットお願いなの〜。」
アタシの言葉に、美希はスタイリストのいる方にあくびをしながら歩いていった。
それから、アタシを起こしたのが誰かと思って周りを見渡したケド、誰も居ない。
「あら?」
アタシは不思議に思って、その場で首をかしげた。
『イオリチャン・・・ボクダヨ・・・』
「ボク???」
さっきの声がして、あたしは不思議に思いながら自分の胸元を見た。
そこには白くてふかふかのうさちゃんが・・・。
「えっ!?う、うさちゃんっ!?!?」
そ、そ、そ、そんな、ば、ば、ば、ば、バカなコトあるワケっ!?
アタシは叫んだ後、目をぱちくりして思わず固まった。
少しして静かになって、複数の視線を感じたアタシは周りを見るとみんながアタシを見てる。
「なっ、なんでも無いワ。気にしなくてい〜から!サッサと準備しなさいヨっ!」
恥ずかしいのを誤魔化すのに怒鳴ると、何人かはニヤニヤしたりしてたけど、本番が近付いていたのもあってそれぞれ動き出した。
アタシは動きにまぎれて、そそくさと、控え室の端の方へ移動した。
「ほ、本当に、うさちゃんなの???」
周りに見られてないか細心の注意を払ってから、ソッと、抱いてるうさちゃんに聞いてみた。
『ウン。ボクダヨ』
「あ・・・ぅ・・・ぁ・・・。」
うさちゃんと話してるのよね?アタシうさちゃんと話してるぅっ!
アタシは嬉しくて、興奮状態で叫びそうになるのを必死におさえていた。
『イオリチャン・・・ダイジョウブ?』
「大丈夫、大丈夫ですとも。大丈夫よっ!うさちゃ〜ん♪」
うさちゃんの心配してくれる言葉を聞いて、感動したアタシは抱きしめて頬ずりしながら答えていた。
「はっ!?でも、これって夢カシラ・・・。」
アタシは急に心配になって首を傾げながら呟いた。
『ウウン、チガウヨ。コレハネ・・・・・・・・・』
「うん。・・・あれ?うさちゃん???」
急に何も言わなくなっちゃったうさちゃんを不思議に思ったアタシは思わず軽くゆすりながら聞いた。
「ねえ、うさちゃん?ねえ?答えてよ?」
アタシは思わず、その場でうさちゃんを両手で持って正面に持って来て、首をかしげながら聞いていた。
ガバッ
「か〜わ〜い〜い〜っ!」
「へっ!?」
アタシは急に抱きかかえられて何事かと思って、思わず固まっていた。
「うさちゃんに首を傾げながら話しかけてる伊織ちゃん、いつになくラブリーで可愛いわ〜。」
「小鳥っ!ちょっ、ちょっと、離れなさいよっ!」
小鳥だって分かったけど、その言葉に急に恥ずかしくなったアタシは思わずジタバタしながら怒鳴った。
「うふふのふ〜、い〜や〜で〜す〜。今日はゴスロリのヒラヒラでただでさえ可愛い伊織ちゃんなのに、うさちゃんとまるで話してるかのようにしている仕草、首をかしげている仕草、もう、どれを取ってもた〜ま〜ら〜ん〜!」
「ちょっ、ちょっと。こっ、この変態っ!ど変態っ!MAX変態っ!」
眼の色が変わってる小鳥に背筋が寒くなったアタシだったけど、ひるまずに思いっきり怒鳴った。
「にひひひひ。お姉さん変態でもいいですよ〜。だから、放しません〜。真っ赤な顔して必死に怒鳴る伊織ちゃんもか〜わ〜い〜い〜♪」
「こ、小鳥、アンタまさかホンキなの!?だっ、誰かた〜す〜け〜て〜!」
変な笑いを浮かべた後、頬ずりしてくる小鳥に、アタシは危険を感じてジタバタしながら助けを呼んだ。
スパーンッ!
「ぴよっ!?」
いい音がして、小鳥の動きが止まると同時にヤバかった眼の色が元に戻ってキョトンとしてる。
「こ〜と〜り〜さ〜んっ!」
思わず小鳥と一緒に、見上げるとハリセンを持って、腕組みをしつつ、メガネが光ってる律子がいた。
「り、り、り、律子さん。あの、これはね。スキンシップなのよ?」
「ほほぉ。スキンシップですかぁ?」
小鳥が上ずった声で、言い訳してるけど、律子の冷ややかなジト目は変わらない。
相変わらず、スゴイ迫力だわ・・・。
「ね?ねっ?そうよね?伊織ちゃん?」
冷や汗を垂らしながら聞いてくる小鳥にアタシはブンブンと首を振った。
「伊織は『違う』って反応してますけど?」
律子の声のトーンが一段下がった。アタシが怒られてるわけじゃないんだけど、思わず小鳥と一緒にあとずさってしまう。
「助けて、律子。小鳥に襲われたの。」
アタシは力の抜けてる小鳥から脱出して、律子の後ろに隠れながら言った。
「えっ!?ちょっ、伊織ちゃん!?私、襲ってなんか・・・。」
「本番近くの打ち合わせ中に、いきなり居なくなってなにしてるんですかっ!小鳥さんはプロデューサーの代理なんですからね?」
「あの、律子さん。私の話を・・・。」
「問答無用!今月のお給料社長に言って取り消して貰いますよっ!年明け一文無しでも良いんですね?」
「ええっ!?そ、それは困ります。ごめんなさい〜。一文無しは許して〜。」
「だったら、ほら、スタッフが待ってますから、行きますよっ!」「はっ、はひぃ〜。」
やり取りを見ていて、最後に涙目の小鳥はメガネ魔人と化した律子に連行されていった。

「自業自得よね。しっかし、小鳥は目ざといわね。端っこで目立たないようにやってたのに・・・。」
アタシは思わずその場でブツブツ言っていた。
「い〜おりちゃんっ!」
「きゃっ!?」
急に声を掛けられて、アタシはびっくりして悲鳴を上げてしまった。
「ご、ごめんね、伊織ちゃん。驚かせるつもりはなかったんだけど・・・。」
「えっ?ああ、やよい?だっ、大丈夫よ。そんなシュンとしないでも。アタシは大丈夫だから、ね?」
謝って落ち込んでいるやよいを見て、アタシはワタワタ慌てながら言った。
「伊織、やよい、なにしてんだ?そろそろ本番前の顔合わせして、本番だぞ?」
「えっ!?もうそんな時間なワケ!?」
アタシは近付いて来た響の言葉に驚いた。
「うんっ、だから私、伊織ちゃんを呼びに来たんだよっ!」
「そうだったのね。ありがとう、やよい。」
やよいの言葉を聞いて、アタシはにっこり笑いながらやよいにお礼を言った。
「他のみんなはもう先に行っちゃってるから、早くしないとメガネ魔人が来るぞっ!」
「そ、そ、そ、それはまずいですっ!」
「確かにそれはヤバイわっ!あっ、うさちゃんどうしようカシラ・・・。」
響の言葉を聞いて、やよいもアタシも焦ったけど、うさちゃんを預けようにも小鳥は居ないし本番に出ない真美の姿も見えなくてアタシは困った。
『ボクハダイジョウブダヨ』
「うさちゃん!?」
またしゃべったうさちゃんにアタシは驚いた。
「えっ!?伊織ちゃんうさちゃんがどうかしたの?」
「えっ?あっ、な、なんでもないワ。」
やよいから聞かれて焦ったけど、何とか誤魔化した。
『ボクハイイカラ・・・ハヤクイカナイト・・・リツコサンガクルヨ』
「うげっ!?どっ、どこに置こうカシラ・・・。」
アタシはワタワタしながら周りを見ていた。
「伊織、うさちゃんはモニターの前に置いておいてあげたらいいんじゃないか?そうすれば、伊織のこと見れるし。」
「あっ!そうですね。私も響さんの意見に賛成ですっ!」
「響、そのアイデア貰うワ。」
『ヒビキサン・・・アリガトウ』
「あははっ、お礼なんていいさ〜。」
『えっ!?』
思わずアタシとやよいは同時に響を見た。
「響、アンタ誰にお礼言ってるワケ?」
(まさか、うさちゃんの言葉聞こえてるの!?)
「響さん?」
アタシとやよいは響をジッと見ながら聞いた。
「うん?伊織もやよいも、どうしたんだ?早くしないと律子が来るから、急いでよっ!」
「あっ、そ、そうだったわネ。」
「はわわわっ!」
「行くぞっ、やよいっ!」
「行くわよ、やよい!」
アタシはモニターの前にうさちゃんをちゃんと置いてから、慌ててるやよいの手を響と一緒に片手ずつ引いてステージに向かって走り出した。

うさちゃんと話せたコトとか、響にもうさちゃんの言葉が聞こえてたっぽいコトが気になっていたけど、流石に本番とかでミスするワケにもいかないから、仕事の方に集中するコトにした。

『こんばんは〜。』
本番前の少し緊張した雰囲気の中で、アタシを含めた765プロ12人で周りの出場者に挨拶した。
大御所とか姉御もいるから、好印象与えておかないとね、にひひっ♪
『あ』の春香から簡単に自己紹介していく。そんな中で、アタシはニコニコしながら自分の出番を待っていた。
『イオリチャン・・・タスケテ』
「えっ!?」
さっき話していた時のうさちゃんの声がして驚いたアタシは思わず周りをキョロキョロした。
そうすると、舞台袖で小鳥と真美がうさちゃんを取り合って引っ張り合ってるのが目に入ってた。
ちょっ、ちょっと、小鳥も真美もそんなことしたら、うさちゃんがちぎれちゃう!
アタシはオロオロして、そっちの方へ手を伸ばしてフラフラ歩き出そうとしていた。
「でこちゃん、でこちゃん!」
「なによっ、うっさいわね!でこちゃんって言うんじゃないって言ってんでしょっ!」
隣にいる美希からつつかれて、アタシはアタマに来て怒鳴った。
「あ、あのね〜、伊織ちゃん。挨拶よ〜?」
「はっ!?」
反対の隣にいるあずさから言われて、アタシは我に返った。周りの出演者の人達がアタシのひたいを見て笑っていたり、笑いをこらえたりしてる・・・。
ぐはっ!いきなりミスったわ〜!
「み、水瀬伊織・・・です。今日は、よ、宜しくお願い・・・します。」
アタシは大失態で顔から火が出るくらい恥ずかしいのをこらえて、目が泳いじゃったけどなんとか小声で挨拶して頭を下げた。
もうサイアクだわ・・・。
他の人の挨拶とかもあったけど、恥ずかしさで何も聞こえずにずっとモジモジしちゃっていた。

顔合わせはいつの間にか終わって、後は本番を迎えるコトになった。
登録してあるグループ名が、『765アイドルスターズ』とかダサい名前だけど、『な』だから、出番がそこそこ後の方になる。
だから、一回控え室に戻るコトになったけど、アタシは恥ずかしかったからその場を逃げるようにと、真美を見つけるためにサッサと離れた。
バンッ!
「小鳥っ!真美っ!」
アタシは力一杯控え室のドアを開けて、小鳥と真美の名前を呼んで、部屋をギロリと睨みながら見渡した。
ガラーンとしててスタッフを含めて誰も居ない。
さっき見間違いかと思って改めて見たけど、出て行く前に、モニターの前に座らせておいたうさちゃんがやっぱりいない。小鳥と真美にヒドイコトされてないといいんだけど・・・。
「でこちゃん、お疲れ様なの〜。ミキ本番まで寝るの〜。あふぅ。」
「キーッ!美希、アンタのせいで赤っ恥かいたじゃないのっ!」
帰って来た美希に言われて、さっきのコトを思い出してイラっとしたアタシは噛みついた。
「え〜っ、ミキなにも悪くないの。でこちゃんの番だから、ミキ呼んであげたの。感謝されてもいいけど、怒られるとかありえないの。」
「ぬ、ぬぁんですってぇ〜!」
ヤレヤレみたいなポーズを取って言う美希に更に頭に来たアタシは言いながら詰め寄った。
「でこちゃん、キーキー怒ってると、生え際後退してますますオデコ広くなっちゃうの。」
カチンッ!
「なっ、こっ、このっ・・・いい加減にしなさいよっ!このゆとりっ!!!」
アタシは更にアタマに来て、ぷるぷる震えた後、美希に怒鳴った。
「まあまあ、伊織。色々な人達から、変な緊張が解けて、かなりの人から『ありがとう』って、お礼言っといてくれって言われたから、ね?」
「そっ、そう?まあ、そういうコトなら、許してあげてもいいワ。」
春香に言われたアタシは満更でもなかったので、怒るのをやめた。
「あふぅ・・・むにゃむにゃ・・・。」
「って、寝てるし〜っ!美希、アンタねえっ!」
「伊織殿。寝ている者に怒るというのは、意味がありませんし、愚かな事です。それよりも雪歩がお茶を入れてくれると言っていますから如何ですか?」
「ふぅ、確かに貴音の言う通りね。分かったわ、お茶頂きましょ。」
アタシは貴音の正論で、落ち着きを取り戻して、お茶を入れている雪歩の方へ歩いて行った。
「はい、伊織ちゃん。今日は静岡茶ですよ。どうぞぉ。」
「いつも悪いわね、頂くワ。」
移動して座って、雪歩から差し出されたお茶を受け取って早速アタシは飲んだ。
「うん、いい温度に味だわ。お茶っ葉もいいケド、流石は雪歩といったところカシラ。」
「うふふ、ありがとう。」
にこやかに笑う雪歩と美味しいお茶の味にアタシはホッとしてさっきまでがウソのようにリラックスしていた。
「ねえ、いおりん。ゆきぴょんのお茶っておいしいよね〜。」
「あら?亜美。あっ、そうだわっ!ねえ、真美はどこなワケ?」
ホンワカしていたら亜美に声を掛けられて、うさちゃんのコトを思い出したので聞いてみた。
「えっ?真美?そういえばさっきからいないね。えっと、そしたら、ちょっと待ってね。ケータイかけてみるヨ。」
アタシは腕を組んで携帯をかけてる亜美を見ていた。
♪〜♪〜
少し離れた所で、携帯が鳴る。あのメロディはスタ→トスタ→だから、亜美でないなら真美ね。
「あれ?真美、ケータイ置いてどこか行っちゃったみたいだね。」
「ちっ、真美というより、アタシが探してんのうさちゃんなのよね。」
アタシは舌打ちしてから、爪を噛んで呟いた。
「う〜ん。ねえ、いおりん。真美が戻ってくるまで待った方がいいんじゃないカナカナ?」
『イオリチャン・・・ボク・・・サビシイ』
「うさちゃん!?待ってらんないわっ!」
うさちゃんの声が聞こえたアタシは、一目散に控え室を飛び出した。

「うさちゃんをさらったのは真美か小鳥のどっちかよネ・・・。」
アタシはキョロキョロしながら、2人の姿を探した。
「伊織さん・・・探索中?」
「ん?あら、絵理じゃない。ま、じゃなくて、亜美か小鳥見なかった?」
同じ紅白出場の876プロの水谷絵理から声をかけられたアタシは聞いてみた。
「え〜と、亜美ちゃんなら・・・見た?」
「どこっ!どこで見たのっ!サッサと言いなさいっ!」
(さっきまで亜美と一緒だったから、絵理が見たのは真美と見ていいわね。)
そう思ったアタシは迫りながら聞いた。
「ひうっ!」
「いいから指で差しなさいっ!分かったワ、怖がらせて悪かったわね。ありがとっ!」
ビビッてる絵理に付き合ってられないので、ツッコンで恐る恐る絵理の指差す方を見て、お礼を言ってからアタシはズンズンと歩いて行った。

それから、真美の足取りを追って行ってついに誰かと一緒にいる後ろ姿を見つけた。
「うさちゃんを返しなさいっ!」
「あれ?いおりん?うさちゃん???」
「あっ、伊織さん。」
アタシが怒鳴って呼びかけると、不思議そうな顔をして真美が振り向いた。一緒にいたのは876プロの秋月涼。律子のいとこね。
「いない!?ちょっと!どこやったワケ!?」
「ぐ〜る〜じ〜い〜。」
真美がうさちゃんを持っていないのを見て、アタシはエキサイトして真美に掴みかかった。
「い、伊織さん。お、お、落ち着いてぇ!それじゃあ、話できませんよぉ。」
「えっ?あっ、そ、そうね。で、うさちゃんはドコ?」
涼に言われて、アタシはちょっと恥ずかしくなって真美を解放しながら誤魔化すように聞いた。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・うさちゃんは・・・ぴよちゃんが・・・。」
「あんのぉ変態事務員っ!小鳥はどこなワケっ!」
真美の言葉を聞いて、怒りながらまた真美に聞いた。
「ま・・・じゃなくて亜美、知らないよ〜。さっき別れてどっかいっちゃったもん。」
「ちぃっ、また探し直しじゃないのっ!」
悔しくなったアタシは舌打ちした後、地団駄を踏んだ。
「あの〜、え〜と、小鳥さんというのは音無さんですか?」
「そうだけど?アンタ知ってるの?」
聞いてきた涼にアタシは答えてから、聞き返した。
「亜美ちゃんに会う前にすれ違って挨拶しましたよ?」
「ちょっとそれドコ?サッサと言いなさい!言わないとスカート降ろすわよっ!」
不思議そうに言ってる涼だけど、そんなのに構っているヒマはなかったので、涼のスカートをむんずと持ちながら、促した。
「ぎゃおおおおんっ!スカートは許して下さい〜。あの、えと、あっちです〜。」
「ありがと。それと、2人の亜美の事は他言無用よ?いいわネ?じゃないと下ごと・・・。」
アタシはにっこり笑ってお礼を言った後、スカートから更にパンティの部分を持って目を細めながら付け加えた。
「わ、わ、わ、わかりましたぁ。だ、だから、それはダメぇ。」
「わかれば良いのよ。にひひっ♪」
焦りまくる涼のスカートとパンティから手を放して、涼の方へ笑顔で言いながら、アタシは指差された方へ歩いていった。

♪〜♪〜
「うん?着信?千早から?」
アタシは面倒くさくなったけど、とりあえず出た。
「もしもし、アタシだけど、なに?」
『水瀬さん、もうすぐ本番よ。どこにいるの?』
うわっ!ホントにヤバイ時間じゃないのっ!
「それより、いい加減その『水瀬さん』ってやめなさいよね。『伊織ちゃん』って可愛く呼んでくれたら答えてあげる。」
アタシは内心を隠しつつ。少しにんまりしながら言った。
『くっ・・・。『伊織』ではダメなの?』
「・・・・・・・・・。」
うろたえる千早の声を聞きながらも、アタシはあえて黙って控え室の方へ向かっていた。
『伊織?伊織・・・ちゃん?い、いおりちゃ・・・くっ・・・。』
必死に言ってる千早がおかしくてアタシは吹き出しそうになるのをこらえながら歩いていた。
そして、携帯を両手で持っている千早の姿を控え室の前の廊下で見つけた。
「い〜お〜り〜ちゃ〜ん♪」
「はいはいっ♪」
千早の可愛い精一杯の呼びかけに、アタシは千早の背中から可愛く答えた。
「うひゃぁあっ!?なっ、どっ、えええっ!?」
「ぷっ、なんて顔してるのよ千早。」
動揺しているのと、何でココにって言おうとしてるけど言えてない千早を見てアタシは我慢できなくて吹き出しちゃった。
「千早の後ろにいたわよ?教えてくれて、ありがとネ。本番ちゃんとしなさいよ?にひひっ♪」
真っ赤な顔してまだ、ワタワタしてる千早に、アタシはにっこり笑いながら言った。

誘拐犯の変態事務員が見つからなくて、うさちゃんが心配だったケド、流石に紅白本番をすっぽかすワケにも行かないから、そのままみんなと一緒にステージに上がった。

「おれんじぃ〜♪」
「ピンクぅ〜♪」
隣にいるやよいがアタシを見ながらにこにこしている顔を見返してアタシもニコニコしながら歌う。
「パ〜プル〜♪」
「ブラーック♪」
あずさの方にもニコニコしてバトンタッチして、最後の真まで12色がリレーされる。
『みんなキレイだね〜♪とてもキレイ〜だね〜〜〜♪♪♪』
歌詞の終わりの部分を全員でコーラスして、音楽の最後の最後、みんなで両手を振ってしめた。
拍手が起こる中、アタシは思う。
(これって、振り付けなのカシラ?)
心の中では小首をかしげていたけど、ウインクしながら投げキッスをして、ステージ袖に移動していった。

「バッチリだったわね。にひひっ♪」
ステージ袖を降りて、通路を抜けて待合室に入ってから、歌の出来の良さに、アタシはご機嫌でニコニコしながらみんなの方に言った。
「すっごくドキドキしたけど、上手く行ってよかった〜。」
「私もドキドキだったよぉ。」
「亜美もドキがムネムネしてヤバかったけど、チョ〜うまくいってよかったのデスよっ!」
興奮したように春香、雪歩、亜美は言い合ってる。
他のみんなも色々言ってたんだけど、アタシは端っこの方にいる876プロのメンバーの様子が変なのに気がついて近付いていった。
「大丈夫?愛ちゃん?」
「緊張・・・してる?」
「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!ぜ、ぜ、全然キンチョーなんてしませ、せ、せんよっ!?」
「どうかしたワケ?」
原因はあからさまに分かったけど、とりあえず、アタシは3人の方へ聞いてみた。
「い、伊織さん!?」
「ひうっ!」
「ちょっと、涼!絵理!なんなのよ、そのあからさまに人を避ける態度はっ!」
アタシはいきなりあとずさる、涼と絵理の失礼な態度にムッとしながら言った。
「だって、ねえ?絵理ちゃん?」
「伊織さん・・・オデコが光ってて・・・怖い?」
「にひひ・・・。絵理、怯えながらも言ってくれちゃってるわネ?」
絵理の言葉に、アタシは引きつった笑いを浮かべながらジリジリと2人に迫っていった。
「あははははっ!」
『???』
いきなり笑い出した愛に、アタシだけでなく涼も絵理もキョトンとなって見てしまった。
「伊織さん!あたし、緊張解けましたっ!これで、もうすぐの本番行けますっ!涼さんと絵里さんと協力してあたしの緊張ほぐしてくれてありがとうございますっ!」
「あっ、そ、そう・・・。よかったわね・・・。」
アタシは深々と頭を下げてくる愛を見て、複雑な心境になりながらちょっと呆け気味で愛に言っていた。
「涼さんっ!絵里さんっ!行きましょうっっ!!!」
「う、うん・・・。」
「さっきとは・・・別人?」
「もう出番だろうから、しっかりやってきなさいよ。本番終わったらアタシたちの控え室に来なさい。年越しそばあげるカラ。」
元気一杯にいっている愛にキョトンとし続けている涼と絵理の3人に、アタシは少し笑いながらいった。
「ホントですか!?伊織さんっ?よーしっ!あたしがんばりますっ!」
愛はやよいよりも大きな声で言いながら、アタシの両手を取ってブンブン握手して走って行ってしまった。
「あ、愛ちゃん待ってぇ!絵理ちゃん行くよっ!」「伊織さん・・・あとで?」
慌てて絵理を引っ張りながら追いかける涼と、一礼して離れて行く絵理をアタシは手をヒラヒラさせながら見送った。

「伊織ちゃん、流石は先輩ですねっ。」
「あっ、小鳥っ!うさちゃんをドコにさらったのよっ!」
褒められて、誰かと思ったら小鳥だったので、アタシはすぐに噛みついた。
「べ、べ、べ、別にさらってなんかいませんよ〜?」
あからさまに目だけなく顔を逸らして言う小鳥をジト目で見た。
「ちゃ、ちゃんと、モニターの前で大人しく座って、伊織ちゃんのステージを見てるはずです。真美ちゃんが見てますから。」
最後の真美のところだけは、ボソボソと耳元で囁かれた。
「ふ〜ん、これで居なかったらタダじゃおかないんだからねっ!」
「まあまあ、伊織。他の人も居るから、あんまり怒ってるとこ見られると心象良くなくなるよ?」
「真・・・。そ、そうね。アンタに免じて許してあげるワ。」
小鳥に怒鳴ったら、真から正論で諭されたので、アタシは納得して矛を収めた。
そして、そこから真と一緒に少し離れてイスに座った。
「どうしたの?こんな所で怒るなんて伊織らしくないよ?」
「伊織ちゃん、どうしたの?」
真に聞かれると、やよいが心配そうに聞きながら近付いて来た。
「あのね、ヘンなこというケド、アタシ、うさちゃんの言葉が分かったの・・・。」
笑われると思って、アタシは言った後、ちょっと後悔してた。
「ふ〜ん、そっか、よかったね。」
「うわ〜、伊織ちゃんスゴイですっ!」
「えっ!?笑わない・・・の?」
アタシは真とやよいの反応が意外だったので、思わず聞いちゃってた。
『何で笑うの???』
「えっ、だ、だって、おかしいとか思わない?」
真とやよいに真顔で聞き返されて、アタシの方がオロオロしていた。
「う〜ん、まあ、確かに思わなくはないけど・・・。でも、伊織はそれで嬉しいんでしょ?」
「伊織ちゃん、うさちゃんと話せてうれしい?」
「うん・・・。すごく嬉しいワ・・・。」
恥ずかしかったから、アタシは上目遣いで真とやよいの方をチラチラ見ながら答えていた。
「へへっ、じゃあ、ボクはいいと思うよ。」
「うっう〜。うさちゃんがなんて言ってるか、私にも後で教えてね、伊織ちゃん!」
「アンタたち・・・。」
にこにこ笑いながら言ってくる真とやよいに、アタシは不覚にも、うるっと来ちゃった。

赤組の勝利で幕を閉じた紅白本番はエンディングを迎えていた。
まあ、アタシがいるんだから勝って当然よね。にひひっ。
「みなさ〜ん、いいお年を〜♪」
アタシは周りのメンバーや赤組の人達と一緒にテレビに向かって手を振りながら微笑んでいた。
「はい、OKです。皆様、お疲れ様でした〜。」
スタッフの声で、みんなの緊張が解ける。
アタシも例外じゃないけど、まだ大御所とか姉御が残ってるから気が抜けないワ。
「今日は、ありがとうございました。」
アタシは個人的に大御所や姉御に挨拶してから、みんなと一緒に出場者に挨拶して回った。

「ふぅ〜、終わったワ〜。真美〜、うさちゃんは?」
アタシは控え室に戻って来て、ドアを開けながら居るであろう真美に向かって言った。
「ギクッ!」
真美はいたけど、不意にうさちゃんを後ろに隠した。
「ギクッて、な〜に〜カ〜シ〜ラ〜?」
目を細めたまま、アタシはスス〜っと真美に寄っていった。
「な、な、な、なんでもないよ?」
「後ろに隠したのはうさちゃんよネ?」
挙動不審でどもる真美にあたしはズイッとひたいを突き出すように詰め寄りながら聞いた。
「か、か、か、かくしてなんかないよ?うさちゃんは、ぴよちゃんが・・・。」
『イオリチャン・・・ボクハココダヨ・・・。』
「イイワケすんじゃないわっ!うさちゃんを返しなさいっ!」
真美が言っている最中にうさちゃんの悲痛な声が聞こえたアタシは問答無用で真美に組み付いて後ろ手にしていたうさちゃんを助け出した。
「ったく、バレる嘘ついて隠すんじゃないわよ。うさちゃ〜ん♪」
アタシはうさちゃんをギュッと抱きしめた後、ほおずりした。
『サビシカッタヨ・・・イオリチャン。』
「ごめんね、うさちゃん。もう、お仕事終わったからずっと一緒よ〜♪」
アタシはにこにこして、うさちちゃんに向かって言った。
「い、いお・・・りん?」
「あによっ!?」
真美に呼ばれて、うさちゃんとの会話を邪魔されたアタシはムッとしながら睨んで聞いた。
「えっ、だ、だって、いおりん、うさちゃんとマジではなしちゃってる・・・から・・・大丈夫なのカナ〜って?」
「えっ!?あっ、そ、そうね。きょ、今日のステージ疲れたのよ。だから、うさちゃんに癒して貰おうかな〜ってね。オホホホホ・・・。」
物凄くイタイ人みたいに見ながら言ってくる真美に、ハッと我に返ったアタシは、ごまかしながら引きつり笑いをしていた。
「ふ〜ん、そっか〜。ならイイケド。真美、いおりんがマジでぶっ壊れて不思議少女になっちゃったのかと思ってビックリしちゃったよ。」
「ま、まさか〜。アタシに限ってそんなコトあるわけ無いじゃない。あは・・・あはは。」
「うんうんっ、そうだよねっ!あははっ。」
真美も笑っていたので合わせて愛想笑いしていた。
『イオリチャン・・・ボクノコエ・・・キコエナイノ?』
「そ、そんなことないわ!」
切なそうに言ううさちゃんにアタシは思わず真剣な顔になって答えた。
「ほえっ!?なにいってるの?いおりん???」
「はっ!な、な、なんでもないわよ〜。そろそろなのに、そばが来ないって向こうの声が聞こえたから、それに答えただけよ?」
アタシはムチャクチャ慌てたけど、それらしく真美に答えた。
「ホント〜かな〜?」
「ふ〜ん、そういうコトいうんだったら、真美にはそば無しね。亜美だけにするワ。」
ジト目で見てくる、なかなか鋭い真美を黙らせるために、目を細めながらアタシは言った。
「ああっ!?ウソっ、今のウソだよ〜。いおりんカワイイっ!いおりん、マジサイコー!」
「ふふんっ、分かれば良いのよ。わ・か・れ・ば。だけど、本当に遅いわね。ちょっと見てくるわ。」
慌てて急におべっかを使って来た真美に言ってから、アタシは控え室の外に出た。

「ごめんね、うさちゃん。やよいや真みたいに心の広いヤツばっかりじゃないの。それと、どうしても体面気になっちゃって・・・。」
周りに誰かいないか見渡して、いないのを確認してから、うさちゃんに謝った。
『ウウン。チャントキコエテレバ・・・ボクハカマワナイヨ。ヨカッタ、イオリチャントハナセテ』
「よかった。ありがとう、うさちゃん。やっぱり優しいのね。」
うさちゃんに優しく言われて、アタシは微笑みながら言った。
「だけど、何で急にうさちゃんの言葉が分かったのカシラ?」
アタシは自分で人差し指を顎に当てて言いながら、首をかしげていた。
『ソレハネ・・・・・・』
「それはっ???」
うさちゃんの言葉に、アタシは思わず真剣な眼差しになって聞いていた。
「伊織さん・・・実は不思議系?」
「キーッ!うっさいわねっ!今、大事なトコなんだから、黙っててっ!」
急に後ろから声をかけられて邪魔されたアタシはムッとして、その場で相手に怒鳴った。
「ひうっ!?」
「邪魔が入ったけど、大丈夫よ。それで、うさちゃん、どういうコト?」
どっかで聞いた悲鳴だったけど、アタシは気にせずうさちゃんに問いかけていた。
「ぬいぐるみと話すのは伊織先輩の趣味ですね!いいこと知っちゃった〜!エヘヘヘ〜っ!」
「はっ!?」
もしかして・・・完全に見られてた!?
アタシは大きな愛の声で我に返って、ギギギと油が切れた人形みたいに振り向いた。
目の前にはビビッてる絵理と、不思議そうに見ている愛、ニコニコしている涼がいた。
「アンタたちは何も見てない、イイワネ?年越しそばがもうすぐ来るから、さっさと中入んなさい。」
『は〜い。』
少しニヤニヤしてた3人だったけど、アタシは恥ずかしいのを我慢して、無理矢理3人を中に押し込んだ。

アタシは中に入るのが怖いのもあったけど、それより、年を越しちゃうかもしれないので、控え室の前でソワソワしながら待っていた。
「伊織お嬢様。お待たせ致しました。」
「新堂、遅いっ!」
アタシは恥ずかしいのが残っていたのもあって、ちょっと新堂に八つ当たりするように言った。「申し訳ございませんでした。お申し付け通り、係りの者全員女性で揃っております。どうぞお連れ下さい。何かございましたらお呼び下さい。」
「分かったワ。」
新堂に言われて、アタシは頷いてから、控え室のドアを開けた。
ガチャッ
「はい、みんな、お待たせ〜!」
「これより、『みなせでこのかみいおりん』のおな〜り〜。」
「皆のもの、年越しそばなるぞっ!頭が高い控えおろ〜。」
『はは〜。』
あのネ・・・。『でこのかみ』とか言ってる亜美に思わずツッコミを入れようとしたケド、律子まで一緒にやっているのを見てアタシは乗るコトにした。
「ミキ、そばに下げるアタマはないの〜。」
「私はらあめん以外に心を奪われなど致しませんっ!」
そばつゆのいい香りがして、係りの人間が入ってくる中で、美希と貴音だけはかたくなになって言っていた。
「ふふふ、そう言うと思って、ちゃんと年越しおにぎりと、年越しラーメンを用意したんだけどな〜?食べたくないなら他のみんなと食べるから別に良いケド〜?」
アタシは目を細めながら、美希と貴音に言った。
「なのっ!?それを早く言うの〜。はは〜!」
「なんとっ!?流石は伊織殿。お見逸れ致しました。平に、平にご容赦を。」
それを聞いたら、美希も貴音も瞬間的に周りに合わせて頭を下げていた。
「ぷっ!」
あまりの変わりように、アタシは我慢出来ずに吹き出しちゃった。
まあ、美希のおにぎりと貴音のラーメンは想定内だったし、他にも色々持ち込んでるから問題なし。ちゃ〜んと大御所や姉御の所にも差し入れに行かせてるしね。
『今年一年、お疲れ様でした!かんぱ〜い♪』
全員の前に食べ物が揃う前に、全員でグラスを合わせて乾杯した。
その後、全員の前にそば、おにぎり、ラーメンが揃って、他にも食べ物とかデザートが並んだ。
「それじゃあ、年越す前にたべちゃいましょショ!せ〜のっ!」
『いっただっきま〜す!』
アタシが音頭を取って、全員で言って、食べ始めた。
「揚げ物欲しい人はアッチに言ってね。そうすれば、揚げたて食べれるから。」
ずるずるずる〜。
アタシはみんなに言ってから、自分もそばをすすった。
「うん、なかなかいい味。」
「伊織ちゃん、おっきい海老の天ぷら入っててびっくりしたけど、とっても美味しいね。えへへっ。」
「まあ、当然よね。」
納得している所に、やよいが来たので、アタシは得意気に言った。
「だけど、弟とかにも食べさせてあげたかったなあ・・・。」
「なに言ってんのよ。このアタシがちゃんと、やよいの家にも宅配しておいたわよ。」
しょんぼりするやよいに、アタシはにっとしながら言った。
「ほんとっ!?ありがとう、伊織ちゃん、大好きっ!」
「うふふふっ、って、やよい!どんぶりっ!」
「あっ!?」
お礼を言われて抱きつかれたのは良かったんだけど、その拍子にやよいがどんぶりを放り投げちゃってた。
ササッ
ひっくり返ると思って、やよいと耳を塞ぎながら見てたら、ものの見事に千早が右手を空けてどんぶりを汁もこぼさずに受け止めた。
「千早・・・。アンタなにものなワケ?」
「千早さん、すごいですっ!」
「ふふ、春香のそばにいて、受け取ることが増えたから、慣れてしまっているのかも。」
呆気に取られてるアタシと感心してるやよいに、千早は少し照れくさそうに言った。
確かに春香の不意なばら撒きを拾えるようになってたら、この位は朝飯前ってカンジね。
アタシは妙に納得して頷いていた。

もぎゅもぎゅ・・・
「う〜ん、おにぎりサイコーなの〜♪この、天むすって海老天が入っててゴーカなの。」
ちょっとした騒ぎの中、美希は上機嫌で、年越しおにぎりを食べていた。
コンコン
「ん?誰だろ?は〜いなの〜。」
ガチャッ
「こんばんは、先程ゲストでお会いした、桜井夢子です。涼の知り合いで、こちらにいると聞いたんですけれどいますか?」
「涼ならいるから、どうぞなの。」
夢子が挨拶すると、美希はあっけなく控え室に入れた。

「おおっと!千早お姉ちゃん!」
「千早お姉ちゃん、もう一丁いっちゃうよ〜?」
あからさまにわざとなカンジの亜美と真美がどんぶりを千早の方に放り投げた。
千早の方は反射的に自分の持っていたどんぶりをテーブルに置いて亜美のどんぶりを左手で受け止めたけど、右手がやよいのどんぶりで塞がっていたので、真美のとんぶりまで受け止めきれず・・・
バシャッ!
「あっちぃぃいい〜〜!?」
千早はもろにアタマからどんぶりとアツアツのつゆを被っちゃって、その拍子に両手に持っていたどんぶりを放り投げちゃった!
「やよいっ、千早をお願いっ!」
アタシはそれだけ言って、片方のどんぶりを追いかけた。もう1つまではムリっ!
ヒューー、どバシャッ!すぽっ。
追いかけていたどんぶりはあずさと小鳥の方に飛んで行って、小鳥のアタマからもろにつゆをかけた後、空っぽになったどんぶりがあずさのアタマにスポッとハマった。
「うわっちぃい〜!?」
「あら〜?停電かしら〜?」
今度はジタバタ暴れた小鳥の持っていたどんぶりが宙を舞う。
ヒュー
「むっ!面妖な気配っ!!!」
ぱしっ!
貴音が、そう言ってキッとした顔立ちで、どんぶりを箸で掴んで止めていた。
「た、貴音・・・アンタ・・・。」
さっきの千早よりありえない光景に、アタシは呆気に取られて呟いていた。
「うふふ、伊織殿。その様に褒められると照れます。なぜ出来るかの問いですが、ちょっとした、らあめん守護術濃厚味噌師範のたしなみです。」
「別に褒めてないし・・・。聞いてもないし、なにその妖しい術・・・。」
照れくさそうに言っている貴音にアタシはげんなりした顔でツッコミを入れていた。
「そういえば、もう1つは!?」
ハッと我に返って、アタシは周りをキョロキョロした。
876メンバーといつの間に来たのか、確か桜井夢子だったカシラ?の4人が固まってる所へ落ちそうになっていた。
「絵理、愛、涼、夢子、危ないっ!」
「はっ!?せりゃ〜っ!」
スパッ!バシャッ!
愛が見事にどんぶりをパンチしたんだけど、どういうワケか真っ二つに割れた!?
どんぶり自身の直撃はさけれたんだけど、中身のそばとつゆが4人に降り注いてた。
「あちゃちゃちゃ!?」
「熱い・・・これが恋?」
「ぎゃおおおおんっ!何で、こか・・・股に集中してかかっちゃうのぉ!?」
「なにっ!?なんなのっ!?」
壊さないで受け止めればよかったのよネ・・・。
「ほらっ、みんなで、さっさと拭いて着替えなさい。」
酷い状況になってる4人を見ながら、アタシは近くにあったタオルを4人に投げたんだけど・・・
ヒュー・・・ヒュー・・・ヒュー・・・ヒュー・・・
今度は4人が持っていたどんぶりがありこちに飛んでく・・・悪夢だワ・・・。
アタシにどうしろってのよっ!
心の中で文句を言いながらも、被害を最小限に食い止めるために、飛んで行く先を見極めた。

最初に落ちそうなのが、楽しそうにおしゃべりしてる、律子と雪歩のところネ。
「律子っ!雪歩っ!どんぶりよけてっ!」
「うん?どんぶ・・・りゃぁあっ!?」
「きゃぁぁああああ!?」
ごいんっ、ドサッ
「えびふぎゃっ!」
ワタワタした律子の頭に直撃して、律子はヘンな声上げながらKOされて倒れちゃった!
ガンッ、バシャッ!
「ふぅ、たすかっ・・・ってないですぅっ!ふえぇ、熱いよぉ。」
そのあとどんぶりはバウンドして雪歩のアタマに行ってたけど、いきなりヘルメットが現れて防いだ。だけど、中身までは防げずにつゆとそば浴びて泣き始めちゃった。サイアクだわ・・・。
アタシはなんと言えない顔になってヒサンな状況を見てアタマをおさえてながらも、他のどんぶりに目を移した。
次は、美希の方に・・・って、寝てるしっ!このままじゃ、どんぶりが後頭部に当たっちゃうじゃない!
「美希、美希っ!起きなさいってばっ!」
「あふぅ・・・むにゃむにゃ・・・。」
アタシは慌てて必死になって呼んだけど、美希は起きる気配がない。
「特大のツナマヨとたらこがダブルで入ったおにぎりが来たわよ〜っ!」
ガバッ!ガシャンッ!バシャッ
「なのっ!?スペシャルおにぎりどこなのっ!?」
瞬時に起きた美希はギリギリの所で、落ちてくるどんぶりを回避出来た。つゆとそばも、美希とは違う方向に流れて行った。
「ふぅ・・・危なかったワ・・・。」
胸を撫で下ろしつつも、残った2つのどんぶりの行方を追った。その先には、こっそりソロ〜リソロ〜リとやっている、亜美と真美が居た。
「亜美っ!真美っ!止まりなさいっ!」
『ギクギクッ!』
アタシの言葉に亜美と真美は硬直して、恐る恐るコッチを見る。
「そばの食べ残しはダメよ?」
(もうちょい後ろに下がれば、ジャストミートだワ・・・。)
アタシは目を細めながら言う。
『い、いおりん、も、もうお腹一杯だよ?』
バシャッバシャッ
後ずさりした、亜美と真美にピンポイントで上からそばとつゆが降り注いだ。
『とかちっち〜!?』
亜美と真美はヘンな悲鳴を上げて、どんぶりをかぶったまま、つゆとそばにまみれながら走り回っていた。
かなり酷い状況だけど、これでなんとか落ち着いたわね・・・。
アタシはホッとして、思わず近くにあったイスに座った。

「ふん、ふん、ふっふっ〜ん♪海老のかきあげ乗せてもらお〜っと。」
春香は鼻歌交じりに、どんぶりを持って揚げ物をしているところへスキップして行った。
『はるるん熱いよ〜。だぢげで〜!』
「えっ!?どうしたの亜美、真美?」
ぐにゅるっ、つるっ!
「えええっ?うわぁぁっっ!?」
ドタンッ!
亜美と真美に言われて、気がついた春香が聞いた途端、何かを踏んで思いっきりすべって転んだ。その拍子に持っていたどんぶりがどこかへ飛んで行っていた。
「いったったった〜。あれ?冷たい?めんつゆとおそば?」
転んで起きてみると、手に冷たい感触がしたので見てみると、そばつゆとそばが散乱していた。

「ふう、これで、ようやくゆっくりそばが食べれるワ。フーフー、ずるずる〜。」
アタシはホッとしてどんぶりを持って、おそばをすすった。
ヒュー・・・
「ん?」
さっきあちこち宙を舞っていたのと同じ形のどんぶりが、また宙を舞っているのが目の端に入ったので、気のせいかと思ったけど、そばを食べながら見てみた。
バシャッ!ヒュボッワッ!ゴーーー!!!
落ちた先が、天ぷらを揚げている油の中で、一気に油がはねて火柱が上がった!
「ぶはっ!?ゲホッ、ゲホッ!」
アタシは食べていたそばを吹き出した上に、気官とか鼻とかに入っちゃって涙目になってせき込んでいた。

「あれ?どんぶりどこいっちゃったんだろ?」
春香は首を傾げながらキョロキョロ周りを見ていた。
『はるるんっ!後ろ、後ろっ!』
「うん?うし・・・ろぉおおおっ!?」
つゆとそばまみれになっている亜美と真美に言われて、不思議に思いながら春香が後ろをむくろ、ものすごい火柱が上がっていた。春香は驚いてその場で尻もちをついていた。

「律子っ!って気絶してるんだった、え〜と、え〜っと・・・。」
(真と響だけで何とかなるカシラ・・・。)
アタシは部屋中がパニックになっている中で、知恵を搾り出していた。
そうだわ!さっきの愛のどんぶり割り。アレだったら、愛もいけるワ!
「真ッ!響っ!愛っ!3人で鎮火してっ!」
「えええっ!?あたし消火器使ったことないですよーっ!」
「鎮火って、ボクたちでどうするのさっ?」
火に怯えずに立ち向かえそうな3人に言ったんだけど、愛はオロオロしちゃってるし、真は困ったようにアタシに聞いてくる。
やっぱムリ・・・よね・・・。
「ふっふっふ〜、自分たちに任せれば、なんくるないさ〜♪」
『響(さん)っ!?』
響の言葉に愛と真だけでなく、アタシまで思わずビックリして声を上げてしまっていた。
「伊織が自分たちを選んだのは消火器をどうこうなんて期待してないぞっ!火元を3人で囲むんだっ!」
それから、アタシはなんというか、こう野生の感とか玄人にしか分からない動きみたいなものを見てた気がする。
3人が、それぞれ三角形の頂点の場所に立って無言で頷き合ってから構える。
「いくよっ!燃えろボクの乙女心(コスモ)!はぁぁあああっ!烈風一撃必殺っ!!!」
「豆タンクの底力みせますっ!てやぁぁぁあーーーーっ!キアイ旋風弾っ!!!」
「みんなの力を合わせれば、なんくるないさ〜!なんくるウェイブッ!!!」
ヒュゴォオオオオオッッ!!!
真、愛、響の放った技が合わさって、火元を中心に凄まじい竜巻が生まれて、あっという間にあれだけ凄かった火柱ごと消えていた。
「へへっ、や〜りぃ。伊織、人選お見事っ!」
「にへへっ、流石は、伊織だなっ!」
「そ、そう?ま、まぁねぇ〜?」
アタシは凄まじさに呆気に取られていたけど、ウインクしてくる真と、笑顔で言ってくる響に顔を引きつらせながら答えていた。
「うわー!うわーっ!すっ、すごいですっ!消えちゃいましたっ!」
愛はただ驚いて、真と響の手を取ってブンブン握手していた。
「はぁ・・・なんとか治まったわね・・・。」
アタシは力が抜けて、その場でペタンと床に座り込んだ。
「伊織ちゃん、危ないっ!」
「でこちゃん、よけるのっ!」
やよいと、美希がそれぞれ違う方向からアタシに向かってタックルしながら言われて、アタシはワタワタ、オロオロしてた。
ガシッ!ガシッ!
「ぐはっ!」
正反対からやよいと美希にタックルでサンドイッチされたアタシはその場から動けずにさっき食べたそばが出そうになっていた。
「伊織さん、上っ!」
「う・・・え゛っ!?」
ゴインッ!
夢子の声が聞こえて、上を見ようとした瞬間、堅いものがアタシの脳天を直撃した。
「伊織ちゃん・・・ちゃん・・・ゃん・・・。」
「でこちゃん・・・でこ・・・。」
薄れ行く意識の中で、泣きながらアタシを呼ぶやよいと美希の声がしていた。

「ぅ・・・。」
アタシは気がついて頭をおさえると、こぶにはなっていたけど痛くなかった。
「あっ!伊織ちゃんっ!」
「でこちゃん、大丈夫なのっ!?」
声をかけられてみると、ボロボロ泣いて心配そうにしてるやよいと美希がいた。
「あのね、美希。だから、でこちゃんって・・・。」
ガバッ
「よかったの。ミキ、助けてもらったのに、助けてあげられなかったの。ごめんなのっ!」
言葉の途中で、美希に抱きつかれて言われたアタシは、嬉しかったけど、ヘンに恥ずかしくて何も言えずにほほをポリポリかいてた。
「あのね、伊織ちゃん。みんながどうしようかってワタワタ慌ててたんだけど、夢子ちゃんがすぐに応急処置してくれたんだよっ!」
「べっ、別に、他に出来る人がいなさそうだったから、やっただけなんだからっ。」
(ぷっ、夢子って、アタシに似てるのね。)
アタシはやよいとその隣にいる夢子言葉を聞いて、ちょっとニヤニヤしていた。
「なっ、なによ、その顔は・・・。」
「べっつに〜。夢子、アンタはタオルの恩を返してくれただけよね?」
ムッとしながら言ってくる夢子に、アタシはにっこりしながら言った。
「そ、そうね。それと、はい。」
「うさちゃん?」
ちょっと慌てたカンジの夢子から、うさちゃんを差し出されて、アタシは驚きながら受け取った。
「そばつゆとか他のもので、汚れてたから綺麗にしておいたの。汚れたこの子を見てまた気絶されたり泣かれても困るから。」
「なっ!気絶なんてしないし、泣かないわよっ!」
にんまりしながら言う夢子にアタシはムッとしながら言った。
「それだけ怒鳴れるなら、ケガの方は大丈夫ね。ご馳走様でした、伊織先輩。」
「あ、あり・・・がと・・・。どういたしまして・・・。」
にこやかな顔に変わって言われたアタシは、恥ずかしかったけど、ボソボソとお礼を言ったりしていた。
「さっき、ぐったりしちゃって、私も美希さんも夢子ちゃんも他のみんなもスッゴクびっくりしたけど、元気になってよかった♪」
「やよい・・・。」
「でこちゃんは、すっごい、なかよしさんだからっ!」
「美希・・・。」
嬉しさとか、色々な感情がこみ上げてきて、アタシはちょっとウルウルしてきちゃった。
「うるうる伊織さん・・・かわいい?」
絵理の声で我に返ったアタシが周りを見渡すと、みんながニヤニヤしながら見てる。
「うげっ!?な、な、な、なに、み、み、みんなして、にやにやしてんのよっ!」
物凄く恥ずかしくなって、耳まで熱くなったアタシは照れ隠しで怒鳴った。
ゴーン・・・ゴーン・・・
その瞬間、除夜の鐘が鳴るのが聞こえ始めた。
『あけましておめでとうございます!』
それまでの状況は置いておいて、アタシもみんなもそれぞれ新年の挨拶を交わした。
「今年もみんな、よろしくネ!にひひっ♪」
そして、アタシはみんなの方へウインクしながら元気良く言った。



オマケ
年明けの収録も終わって、ようやく来たオフの朝、アタシはベッドの中に居た。
「は〜、やっと休みがきたワ〜。ねえ、うさちゃん、今日はどこに出かけようカシラ?」
大晦日以来しゃべってくれないうさちゃんだったけど、アタシは以前より積極的に話しかけていた。
『ユウエンチノ・・・メリーゴーランド・・・イッショニ・・・ノリタイナ』
「うさちゃんっ!」
抱えていたうさちゃんがしゃべってびっくりしたアタシは思わずうさちゃんをまじまじと見た。
『アノネ・・・イオリチャン』
「う、うん、うんっ!」
うさちゃんの言葉にアタシは真剣な顔で頷く。
『ボクガハナセタノハ・・・ガンバッテルイオリチャンヘ・・・オクレタ・・・サンタクロースサンカラノ・・・プレゼント・・・ナンダ・・・』
「そっ、そうなのっ!?」
アタシはびっくりして目をぱちくりしながら、思わず聞き返していた。
『ダケド・・・モウジカンガ・・・キチャッタ・・・』
「えっ!?そんな、だって、ほとんど話して無いじゃないっ!」
悲しそうに言ううさちゃんにアタシはポロポロ泣きながら言った。
『ゴメンネ・・・デモ・・・ムカシトチガッテ・・・イオリチャンハ・・・ヒトリボッチジャナイヨ・・・イッパイ・・・ナカマガイルヨ』
「れもぉ〜。うひゃひゃん・・・。」
アタシは気持ちが一杯になって涙が止まらなかった。
『ボクハ・・・イツデモ・・・・ソバニイルヨ・・・ダカラ・・・ナカナイデ』
「ふぇぇえええ〜。」
諭すように言ううさちゃんにアタシはギュッと抱きしめながら声を上げて泣いた。
『ダイジョウブ・・・マタ・・・キット・・・ハナセルヨ』
「ひっく・・・えぐっ・・・。」
うさちゃんの言葉に、アタシはうさちゃんを正面に持ってきた。
『ダカラ・・・ワラッテ・・・にひひっ』
「っ!?・・・うんっ!にひひっ♪」
うさちゃんが微笑んでアタシはビックリしたけど、泣き顔のままありったけの笑顔になった。
「また、話そうね、うさちゃん・・・。」
また、うさちゃんをギュッと抱きしめながら、アタシは呟いた。
「さっ、やよいと美希もオフだから一緒に遊園地へ行って、うさちゃんもメリーゴーランドに乗ろうねっ!」
アタシは笑顔になってうさちゃんに言ってから、携帯をかけ始めた。