――タタタタタッ
「はぁっ・・・はぁっ・・・。」
こんにちは、秋月涼です。僕は、つい最近Bランクアイドルになって、忙しい日々を送っています。
本当の姿には戻れていないけど、それもあと少しの辛抱。
今日は、TVの生放送で『TAIDAN』っていう名前の文字通り、対談の番組に出る予定なんだけど、前の仕事が押しちゃって、今、楽屋に向かって局の廊下を女走りで全力疾走中。内股で走るの慣れちゃってるのが、悲しいよぉ。
【秋月涼 様】
「あったっ!」
バンッ!
僕は自分の控え室を見つけて、ドアを開けて飛び込んだ。
「涼、本番まであと10分だけど間に合う?」
「おはようございます、社長。間に合わせます!」
心配そうに聞いてくる社長に、呼吸を整えながら返事をしてさっそく乱れた髪型や化粧を待機していたメイクさんと一緒に直し始めた。「あの、ところで、社長。」
「なに?涼?」
「今日の対談相手って誰なんですか?765プロの人だって聞いたんですけど?」
「我那覇響よ。今日、菊地真とダンスユニットを組むって発表するみたいね。」
「真さんとですかっ!?我那覇響・・・どこかで聞き覚えがあるような?」
僕は真さんの名前を聞いて、驚いたけど、何か引っかかる感じだったので首を傾げた。
「菊地真と仲が良いみたいで、涼のことを色々聞いてるみたい。会うのを楽しみにしてるって言ってたわね。」
「なるほど。私、会うのが楽しみになってきました。」
真さんと仲が良いかあ、どんな人なんだろう?
僕は、ちょっと、ドキドキワクワクしていた。
秋月さん、本番2分前ですっ!お願いします!」
「はいっ、今行きます。社長。行って来ます!」
控え室の前に迎えに来てくれたADさんに答えてから、部屋の中にいる社長へ手を軽く振って廊下に出た。
「すみません。前の仕事押しちゃいまして。」
「いえいえ、ギリギリ間に合ってくれて、助かりました。相手の我那覇さんが、代理は受けないって言っていたんで。」
「それってどういう事ですか?」
「なんでも、ダンスの話を中心にしたいのと、菊地さんの話をしたいらしくて、他の2人ではそれは出来ないだろうって。」
「ああ、それは確かにそうかもしれませんね。」
ふぅ、間に合って良かった。でも、ダンスの突っ込んだ話、真さん以外でも出来そうなのは楽しみかも。
廊下を早歩きでADさんと話しながら、僕は期待してスタジオに入った。
「秋月さん、入りました〜!」
「すみませんでした〜、本番お願いします〜!」
ADさんの声に合わせて、私は周りに頭を下げながら言って、すぐに自分が待機するセットの裏に移動した。

「みなさん、こんにちは。土曜の午後にお送りする、ステキな対談番組。『TAIDAN』へようこそ。本日の司会を勤めさせて頂く、武田蒼一です。」
えええっ!た、武田さん!?
僕はビックリして、声が出そうになるのを慌てて口を両手で塞いで堪えた。
この番組は毎回司会が変わるんだけど、実はその司会者が見たいとか、引き合わせたい二人を呼んで対談させるって言うのが暗黙の了解だって聞いてる。
っていうことは、武田さんが我那覇響っていう人を僕に会わせたいって事なのかな?
「まずは、本日のひとり目は、沖縄が生んだ天才肌のダンス系アイドル『我那覇響』さん!」
「はいさいっ!TVの前のみんな元気か〜?」
元気な声がして、足音が中央の方へ近付いていくのがわかる。ちょうど、対談する相手は反対側のセットから出てくるから、顔をあわせるのは、呼ばれてからなんだよね。
「蒼一、久しぶりだなっ!」
「うむ。響くん、元気そうで何よりだ。」
ええええええっ!?武田さんを呼び捨てっ!?一体なのものなんだっ!?
「では、もう1人。今、急成長のダンス系アイドル『秋月涼』さん!」
「みんな〜、こんにちは〜。」
カメラの方に笑顔を振りまきながら、用意されているセットの方へ移動して、武田さんを見て、我那覇響を見た瞬間、僕は固まった。
ぎゃおおおおんっ!
叫びそうになるのを抑えたというか、完全に硬直しちゃって、なにも出来なかったっていうか・・・。
結構昔だけど、事務所の前で、僕を男って見破った人じゃないか〜〜〜〜っ!!!
「さあ、そんなところで立ち止まってないで、こちらへ。」
「は、はひっ・・・。」
ロボットみたいにカクカクして歩きながら、武田さんに勧められた椅子に座る。目の前にはニコニコしてる我那覇響さんがいる。いるよぉ〜〜〜。
「では、時間は短いが、ゆっくり話を。」
武田さんはそう言うと、離れていってしまう。
「あう・・・あうぅ・・・。」
僕は助けを求めるように、去っていく武田さんの方へ両手を伸ばしていた。
「久しぶりだねっ!」
「そ、そ、そ、そうですね?」
返事してるけど、すごい挙動不審の上に、顔が痛いくらい引きつっちゃってるのが、自分でも分かる。ハッキリ言って、まともに話せる心理状態じゃない。
僕が男だってバレてる相手、それをココで言われたりしたら、僕は・・・僕は・・・。
極度の緊張状態で、もっ、もらしちゃいそう・・・。
真さんの話とかダンスの話をしてたと思うんだけど、ハッキリ言って自分で何言ってるのか分からない。
「う〜ん・・・ねえ、涼。自分と踊らないかっ?」
「えっ!?」
いきなりの提案にそれまで、ワケがわからなかった状態がリセットされた。
「あの、踊るって。私と我那覇さんがですか?」
「うんうんっ、自分のことは響でいいよ。真の持ち歌だけど、涼が踊ってるの見たことあるし、センターに真がいるつもりで、自分が右で、涼が左ね。ほらほらっ!」
「えっ?えっ?えっ!?」
我那覇さんに手を引かれるままに、立ち上がると、テーブルとか椅子を一気に押しのけて、臨時にダンススペース作っちゃったよ!?
「エージェント夜を往く、よろしくっ!」
どうやら、事前に聞かされていなかったみたいで、少しずれたけど、そこは流石というのか、すぐに曲が流れてきた。
僕は言われたままに、センターに真さんの幻影を見ながら、スッと踊りに入った。
踊っている途中で、響さんの凄さを肌で知ることになった。
す、すごいっ!真さんと同格?いや。それ以上かも・・・。やよいさんの時に勢いに引っ張られるように、響さんにダンスでどんどん引っ張られてく。だけど、真さんと一緒の時と同じですごく楽しい!
最後は綺麗に2人でキメて、フィニッシュした。
周りから拍手がして、その中から武田さんが出てくる。
「もう時間なんで、最後に一言ずつどうぞ。」
「自分、今日はすっごく楽しかったぞ!また今度、真も交えてゆっくり話しようね。」
「はい、私も楽しかったです。また、ぜひ。」
そこで、差し出された手を握って、しっかり響さんと握手した。
「では、また次回の『TAIDAN』をお楽しみに。司会は私、武田蒼一と・・・。」
「自分、我那覇響とっ!」
「私、秋月涼でした。」
カメラに向かって僕が最後に言って、正面のカメラが引いていくと赤いランプが消えた。
「はい、OKでーす!」
「お疲れ様でした〜。」
僕は、我那覇さんや、武田さんだけでなく、周りのスタッフに頭を下げた。
「秋月くん、響くんはどうだったかな?」
「真さんとは違うんですけど、凄くて、良い刺激になりました。」
僕は、興奮気味に武田さんに答えていた。
「響くんはどうだったかな?」
「うんっ、真や蒼一の言う通り、なかなかの逸材だぞっ!踊ってて分かったっ!」
「お互い得るものがあって何よりだ。企画した甲斐もあった。部屋で少しゆっくり話したいところだが、あいにく急用が入ってね。悪いが、僕はここで失礼する。」
「武田さん、ありがとうございました。」
「蒼一、またな〜!」
響さん最後まで、武田さんを呼び捨てだよ〜。何ていうか色々な意味で凄いよぉ。
「じゃあ、涼。さっきの話通り、今度は真も交えて3人で話したり、ダンスしたりしようね。約束だぞっ!」
「えっ、あっ、は、はいっ!」
僕は響さんの言われるままに返事していた。
「じゃ、バイバイっ!」
響さんはにっこり笑いながら、ポーズを取っていうと、風のように去って行った。

なんか、変に気にしていた僕が・・・バカみたい・・・。
せっかく、楽しく話してくれてたりしたのに・・・。

「あぁぁ〜、もぉぉ〜〜〜!」
あまりのやり切れなさに、僕は控え室に戻る途中で頭をかきむしっていた。
「涼さーんっ!って大丈夫ですかっ!?」
「えっ?愛ちゃん!?それに、絵理ちゃんも?」
急に声がして、驚いた僕が見てみると、愛ちゃんと絵理ちゃんが居る。最近忙しくて事務所でも会えなかった二人がいたから、僕はビックリした。
「涼さん・・・頭かゆい?」
「えっ?あはははは、ちょ、ちょっとね。」
僕は急いで、髪の毛から手を放して乾いた笑いを浮かべながら、絵理ちゃんに答えていた。
「ところで、愛ちゃんと絵理ちゃんは、ここに居て大丈夫なの?」
忙しくて会えなかったのを思い出した僕は、2人の方に聞いた。
「はいっ!あたしは次の仕事がこの局で、リハーサルまであと1時間あるから問題ないですっ!」
「私は・・・打ち合わせしてる・・・尾崎さん待ち?」
「そうなんだね。じゃあ、私の控え室に寄って行く?」
「はーいっ!」
「・・・はい。」
2人と一緒に控え室に戻ってみると、社長は居なかった。
「愛ちゃんも絵理ちゃんも元気そうで良かった。」
次の仕事が控えているので、メイクさんにメイク直しをして貰いながら、2人に言った。
「えへへ、あたしはそれだけが取り柄ですからっ!」
「涼さんも・・・元気そうで・・・良かった?」
久しぶりに会えて嬉しかったから、僕だけでなく、愛ちゃんも絵理ちゃんも自然と笑顔になっていた。
「涼さんは、なんのお仕事だったんですか?」
「私はナマの対談番組で我那覇響さんと共演したの。」
「我那覇・・・響さん。廊下で・・・会った?」
「そうそう、ついさっき、絵里さんと会ったんですよっ。沖縄出身みたいで、「ちんこ」なんとかかってお菓子もらっちゃいましたっ!」
そこで、思わず僕はずっこけてしまっていた。
「愛ちゃん・・・それは、ちんすこう。響さん・・・とっても、いい人だった?」
愛ちゃんと絵理ちゃんにも良くしてくれてて、やっぱり響さんは良い人なんだなあ。
しみじみ思うと同時に、さっきの自分の体たらくを思い出して、苦笑いしていた。
(あれ?)
目の端に、さっきは無かった、普通より平べったいダンボールが映った。
なんだろうと思って中を見てみるとリンゴと・・・封筒がある。
なんか嫌な予感がするけど、封筒の中にある紙を出して呼んでみた。
『涼へ
律子ちゃんの実家にも送ってあるけど、
律子ちゃん知り合い多いみたいだから、これを渡して下さい。
母より』
あああああっ!なんで僕なのぉ!自分で渡しに行けばいいのに〜・・・。
僕は思わず手紙を持ったままガックリうな垂れていた。
コンコン・・・
「どぉぞぉ・・・。」
僕はノックされたので、ショックを引きずったまま答えた。
ガチャッ
「失礼します。絵理?絵理はいるかしら?」
ドアを開けて入ってきたのは尾崎さんだった。
「ここに・・・いる?」
「打ち合わせが終わったから、移動するわよ。」
「うん。ずいぶん長かったけど・・・平気?」
絵理ちゃんは尾崎さんに向かって心配そうに聞く。
「相手が秋月律子だったから、ちょっと手強かったわね。」
「えっ!?律子姉ちゃん、局の中に居るんですかっ!?」
尾崎さんの言葉に、僕は思わず迫りながら聞いてしまっていた。
「ええ。」
「どこで、打ち合わせをしていたんですか?」
「8階の第6会議室だけど?」
「愛ちゃん、絵理ちゃん、尾崎さん、ちょっと失礼しますっ!」
僕は尾崎さんに聞くなり、リンゴの入ったダンボールを持って、控え室を飛び出した。

ウィーン・・・
「はやくっ、はやくっ!」
僕はエレベーターの中で、小さく足踏みしながら到着するのを待っていた。
チーン!
ドアが開いて勢い良く飛び出して、右側に走り出したけど、すぐにエレベーター前まで戻った。
「え〜っとぉ・・・第6会議室・・・第6会議室はぁ・・・。」
足踏みしながら、両手がダンボールを出塞がっているので、目で地図を追う。
「左側を廊下沿いに行って1回曲がって真っ直ぐ行った一番奥の右側!」
目的の場所が分かった僕は、くるっと半回転して走り出した。
ドンッ!
「うわっ!?」
「キャッ!」
廊下の曲がり角で、思いっきり誰かにぶつかって転んでしまった。衝撃でダンボールが飛んで、落ちた衝撃のせいか、何個か転がり落ちてしまっていた。
「いたたた・・・。す、すみません。」
僕は起き上がってから、誰か分からなかったけど、ぶつかった相手に謝った。
「あ・・・はい・・・あっ!涼さん!?」
「えっ!?」
自分の名前を呼ばれて、驚いた僕は、思わず相手を見た。
「まなみさんっ!?」
見てビックリ!間違いなくまなみさんだった。
「涼さん、お久しぶりです。」
「あっ、はい・・・。でも、なんでまなみさんがこんな所に???」
876プロを辞めてから、ずっと会っていなかったのもあって、驚いた状態のままの僕は聞いていた。
「ええ、まあ、いろいろありまして・・・。涼さんこそ、こんなところでリンゴを持って待ち合わせですか???」
あっ、まなみさんだったら律子姉ちゃんの容姿知ってる!
「まなみさん、律子姉ちゃん見ませんでしたか?」
「はい?律子さんでしたら、挨拶して、さっきエレベーターに乗るのを見送りましたよ?」
「うわぁぁ!すれ違ったぁぁぁ!」
不思議そうに答えてくれたまなみさんの言葉に、僕は叫びながら頭を抱えていた。
「まなみ〜ん!どうしたの〜?まだ局長来ないの〜?」
廊下の先から聞きなれない声がしたので、そっちを見たけど、薄暗くてよく見えなかった。「あの・・・『まなみん』ってまなみさんのことですか?」
「そ、そうです。呼んでいるんで、また今度にでも。」
そういうと、まなみさんはそそくさと行ってしまった。
局長を呼びつけている人って一体誰なんだろ?それに、なんでまなみさんはそんな人と一緒なんだろ???

不思議に思って、少しボーっとしていたけど、転がっているリンゴが目の端に映って、慌てて回収してダンボールにしまった。どうやら、ダンボールが落ちてから転がり出たみたいで、傷ついてなかったのでホッとした。
でも、参ったなあ。すぐ渡して次の仕事行かなきゃマズイのに・・・。
そうだ、律子姉ちゃんに直接電話かメールすれば・・・
「あれ?着信何回かあるし、メールも来てる。誰からだろ?あ、社長からだ・・・なになに・・・。」
『仕事の件
戻って来てどこに居るのか分からないけれど、マナーモードにしてあるから電話繋がらないので、メールで用件を伝えるわね。
今日残りの2件の仕事は、他の出演者のドタキャンでお流れになったから、今日はもう帰って良いわよ。
それじゃあ、また明日の朝、事務所で会いましょう。
石川』
「えっ?マナーモード???」
ああああっ!さっきの番組入る前にセットしてから解除してなかったぁぁぁ!
社長のメールを確認してから、またしてもガックリ。
気を取り直して、マナーモードを解除してから、律子姉ちゃんに電話を掛けてみた。
『はい、律子です。どうしたの、涼?』
「律子姉ちゃん、今どこ?」
『今?事務所に戻るタクシーの中だけど?直接かけてくるってことは何か急用なの?』
「あ・・・えっとぉ・・・。」
しまったっ!リンゴ渡したいとか言ったら、律子姉ちゃん怒りそう・・・。
思わず僕は言いよどんでしまった。
『涼?どうしたの、りょ。』
「あれっ?」
急に声がしないと思って、おかしいと思ったら・・・電池切れだし・・・。
急速充電してもいいけど、律子姉ちゃんから折り返しきて、リンゴのこと話したら怒られそうだし・・・。
「これって、今日はもう仕事ないから765プロへ行けってことだよね?」
リンゴのダンボールを持って静かな投下の曲がり角に立ち尽くしながら、僕は誰に言うでもなく呟いていた。

控え室に戻った僕は、社長に謝って着替えを持ってテレビ局を出た。
「はぁ・・・。まだ着替えられないよねえ。」
溜め息をつきながら、着替えの入ったショルダーバッグを抱えて、リンゴのダンボールを持ってトボトボ歩き出した。
その内、気がついたら周りに人だかりが出来てる!?
「うわっ!正体バレてるっ!?」
ファンに殺到される前に、慌ててタクシーを拾って、765プロの事務所へ向かった。

765プロ事務所の入っているビルの前に着いて、タクシーを降りると・・・
「おっそ〜じ、おっそ〜じ、たっのし〜なっ♪」
機嫌よく歌いながら、やよいさんが掃除してる。やっぱり、クセなんだなあ・・・。
「やよいさん、こんにちは。」
僕は、邪魔にならない位置から声をかけた。
「えっ?あっ!涼ちゃんっ!久しぶりだねっ!」
「はい!お久しぶりです。元気そうでなによりです♪」
ぱーっと笑顔になるやよいさんに、僕も自然と笑顔になって挨拶を返した。
「うっう〜、久しぶりの〜、ハイ、ターッチ!」
パンッ!
「いえいっ!」
「いえい、えへへ。」
久しぶりにハイタッチをし合って、僕は嬉しくなって笑っていた。
「涼ちゃん、今日はどうしたの?」
「あ、はい。コレなんですけど、律子姉ちゃんに届け物です。」
僕はやよいさんに聞かれて、ダンボールを見せながら答えた。
「じゃあ、事務所に案内しますねっ!」
「ありがとうございます。」
やよいさんの後に続いて、僕はビルに入って行った。

「小鳥さ〜ん、律子さん帰って来たですか〜?」
やよいさんは、事務所に入るなり大きな声で聞いています。一方、僕は律子姉ちゃんが居ないか、中をキョロキョロ見ていた。
「あら、やよいちゃん。そちらは、お客さんですか?」
少し奥の方から、制服を着たキレイな事務員さんが出てきた。
「は、初めまして、秋月涼です。」
「こちらこそ、初めまして。765プロダクション事務員の、音無小鳥と申します。」
ちょっと緊張しながら挨拶すると、丁寧に返してくれた。
「律子さんから、さっき電話が入って、首都高の事故渋滞に捕まって、戻るまでにはしばらくかかるって。」
「そうですか〜。涼ちゃん、どうする?待ってる?」
「え〜っと、どうしよう・・・。」
このまま、リンゴを預けて帰っても良いんだよね。仕事があれば、すぐ帰るんだけど律子姉ちゃんが戻ってくるまで待てるし・・・悩むなあ。
僕はその場で腕を組んで、悩んでいた。
「ただいま〜っ!小鳥、言われた通り、真を赤坂サガスで拾ってきたぞっ!」
「ただいまっ!小鳥さん、予備の携帯貸して貰えますか?」
あっ!響さんと・・・真さんだっ!!!
「お疲れ様です。響ちゃん。真ちゃん。真ちゃんには、こっちの予備渡しておきますね。」
「やよい〜、今日もカワイイなあ〜。」
「えへへへ〜。」
響さんは、質問そっちのけでやよいさんの頭を撫でたり、抱きしめたりしてる。やよいさんも嬉しそうに笑ってる。これって、日常茶飯事なのかな?
僕は思わず2人の方を見てしまっていた。
「あれっ?涼?」
「あっ、すみません。真さん。お久しぶりです。」
真さんから声をかけられて、微笑ましい光景に気を取られていた僕は我に返って慌てて挨拶した。
「今日はどうしたの?」
「はい、実は律子姉ちゃんに届け物で。」
「仕事とか時間の方は大丈夫なの?」
「はい、今日はあと2件あったんですけど、流れたんで大丈夫です。」
「えっと、真さん。律子さんはじゅーたいに巻き込まれちゃってまだ戻ってないんです。」
「あれ?自分、律子より後に局出た上、真を拾うのに寄り道したけど、なんで早く着いたんだ???」
「響、アンタは運が良かったのヨ。」
「真クン、おかえりなの〜。」
「真ちゃん、おかえりなさ〜い。」
「えっ?」
首を傾げる響さんの言葉に答えるように、1人、そして、どこからともなく真さんの左右に2人現れた。
「伊織、それはどういう事だ?」
「アンタが真を拾うのに、1回首都高降りて赤坂に回って再度高速に乗ったから、渋滞を回避出来たってワケ。」
説明してるのって、レッスン場で会った事のある水瀬伊織さんだ。
「そっか〜。って、伊織、自分が赤坂行ったの、よく知ってるな?」
「ひっひっひ。ミキ知ってるの。でこちゃん、律子さんのことが心配で、小鳥に細かく聞いてたの。」
「伊織ちゃん、ずっとソワソワしてたもんね。」
あっ、真さんの隣にいるのって、伊織さんと同じくレッスン場で会った、星井美希さんと萩原雪歩さんだ!
「う、うっさいわね、それと美希、でこちゃんっていうんじゃないって言ってんでショ!それと・・・べ、別に、アタシは、次の仕事で律子と一緒だから、遅れるのを心配してるだけなんだからっ!やよい、おやつあるから来なさい。」
「は〜い♪」
伊織さんはそれだけ言うと、やよいさんと一緒に奥の方へ行ってしまった。
伊織さんって夢子ちゃんと似たような話し方するような気が・・・気のせいかな?
って、伊織さんに挨拶し損ねちゃったな。せめて、美希さんと雪歩さんには挨拶しないと。
「秋月涼です。」
僕は言った後、2人に頭を下げた。
「あふぅ、レッスン場で何回か会ったよね?」
「はい。」
「どうも、萩原雪歩ですぅ。」
「ご丁寧に、どうも。」
「じゃあ、挨拶もすんだし、小鳥さん、会議室どこか空いてますか?」
「第2会議室が空いていますよ。」
「それじゃあ、ちょっと借ります。涼、響、律子が戻るまで3人でダンスの話しようよっ!」
「ええっ!?い、いいんですかっ?」
僕はビックリして、聞き返してしまっていた。
「うんうん、いいね。真、すっごくいいアイデアだぞっ!ほらほら、涼、いくぞ〜!」
「えっ、あっ、あの、お、お邪魔しま〜す・・・。」
僕は響さんに押されて、真さんの後を付いていく形になっていた。気のせいか、美希さんと雪歩さんの目が怖かったけど、気のせいってことにしておこうっと。

「あれ?来たは良いけど、カギかかってる。ボク小鳥さんからカギ借りてくるから待ってて貰って良いかな?」
「じゃあ、自分はその間に給湯室でなにか探して、飲み物とか持ってくるぞ。涼はここで待っててくれ。」
「はい。行ってらっしゃい。」
僕は、真さんと響さんを見送って、会議室の前で待つことにした。
くんくん・・・
「うん?」
なんかいい匂いがしてくる?
匂いの元がどこなのか探すために、周りを見てみた。
「あれ?ドアが開いてる?」
隣の第1会議室のドアが少し開いてて、そこから匂いが漂ってきていた。
好奇心と、ちょっとお腹空いてたのもあって、僕はそーっとドアを開けて、中を覗いてみた。
「美味しいですね、四条さん。」
「ええ、やはり、らあめんは格別です。」
「でも、良いのかしら。会議室を借り切ってしまってラーメンだなんて・・・。」
中に居るのは、天海春香さん、話しかけているのは・・・確か、四条貴音さん?それに千早さんもっ!
3人で並んでラーメンを食べてる。匂いから察するに味噌ラーメンだと思う。ううう、美味しそうだなあ・・・。
「ムッ!面妖な気配!曲者っ!」
ヒュッ、ヒュッ!カツカツッ!
四条さんが投げて来た割り箸が、僕の顔をかすめて、後ろの廊下のコンクリートの壁に突き刺さった。
「えええっ!?」
ハラッ・・・
更に、僕の髪の毛が何本かが落ちていく・・・
「う、ウソ・・・。」
あまりに驚いてしまって、腰から力が抜けて思わずその場に、へたり込んでしまった。
「見ない顔ですね。貴方は何者なのですか?返答次第によっては・・・。」
「うわあああっ!」
いきなり声がして見ると、四条さんから見下ろされていた。目が、目がマジなんですけど。しかも、なんか箸を構えてるよっ!なんだっけ、時代劇の仕事人?みたい・・。っていうことは、僕ヤバい!?
「四条さん、どうしたんですか?誰か居るんですか?」
「あら?秋月さん?」
「あっ!千早さん。助けて下さいっ!私、ブスリはイヤです〜!」
力が入らない状態だったんだけど、千早さんを見たら不思議と力が入ったので、慌てて千早さんの後ろに隠れた。
「千早、その者をかばうという事は、らあめんを敵に回すという事です。つまり、それは、私を敵に回すという事です。覚悟は良いですね?」
「四条さん、それはどういう・・・。この秋月涼さんは律子のイトコです。変な人ではありません!」
あああっ!四条さんと千早さんがにらみ合いになっちゃった〜。ど、ど、ど、どうしようぉ。
「えっ!?律子さんのイトコ?」
「は、はいっ、今日は律子姉ちゃんに届け物をしに来たんですっ!」
春香さんの疑問に慌てて、僕は答えた。
「では、なぜここに居るのですか?」
「響さんと、真さんに待つように言われたんですけど、その間に開いてるドアの隙間からいい匂いがしたのと、お腹が空いていたんで何かと思ってつい・・・。」
僕は四条さんに本当の事を話した。
「あっ!私ドア閉め忘れてたっ!」
「春香・・・。四条さん、戻りましょう。」
「千早、本当かどうか分かりません。本当に響と真が来るか見届けてからに致しましょう。」
ううう・・・。四条さんに信じてもらえてないよぉ。
「分かりました。春香、戻りましょう。せっかく四条さんが作ってくれた味噌ラーメンがのびるから。」
「うっ・・・。秋月涼、千早に救われましたね。またいずれ・・・。ま、待って下さい、千早!春香!」
僕と正面向いていた時は、きりっとしてたけど、背中を見せた途端かわいくなった様な?
バタン!
ドアが閉まる寸前まで見送っていた僕は、四条さんの変わりように呆気に取られて、ぽかーんとしていた。

「涼?どうたの?」
「えっ?あっ、真さん。」
「どうかしたのか、涼?」
「響さんも。ちょ、ちょっと。あはは。」
『?』
僕の様子を見て、カギを持っている真さんと何かお菓子?の袋と2Lのペットボトルをもっている響さんは顔を合わせて首を傾げていた。
流石に今あったこと、言わない方が良いよね?
ガチャッ
「じゃあ、入って。」
「それじゃあ、お邪魔しま・・・。」
真さんに言われて中に入ろうとした瞬間、誰も居ないはずの会議室の中に誰かって言うか、3人も居るのに驚いて言葉が詰まってしまった。
「ん?涼、どうした?」
「あの、響さん。中に人が・・・。」
不思議そうに声をかけてくる響さんに僕は中を指差しながら言った。
「亜美、真美、勝手に入っちゃダメだろ!って、あれ?あと1人知らない人がいる・・・。」
真さんの方が先に入って怒ったのを聞いて、双海亜美ちゃんが2人?いるのと、もう1人知らない人がいた。
「亜美と真美は良いとして、キミ誰?」
「亜美のトモダチだよ。ネリっちだよ!」
「ガクッ!ヘンなトコで略さないデ。アタシはサイネリア。そういうあんたは?」
「ん?自分、我那覇響。TVで見たことか聞いたこと無い?そこそこは売れてるぞっ!」
「ハァ?知らないデスねえ。ドコの三流アイドル?」
「うが〜〜〜!誰が三流アイドルだ〜っ!」
「ああっ!響、ダメだよ怒っちゃ。」
怒った響さんが、真さんに止められてる。響さんじゃないけど、僕もアタマに来た!
「響さんを知らないなら、誰なら知ってるのっ!?」
「ん〜、亜美チャンと絵理先輩ぐらい?後はチャライし〜。」
「それって、ボクも?」
うわわわっ、真さんも怒っちゃってるよぉ。って、絵理先輩?もしかして・・・
「もしかして、水谷絵理ちゃんの知り合い?」
「絵理先輩を気楽にチャン付けするあんたは、ダレ?」
「私は秋月涼。絵理ちゃんとは876プロの同期よ。」
サイネリアって言う変わった格好をしている女の子から聞かれて、僕は答えた。
「ふ〜ん。まあ、アタシは亜美チャンたちと絵理先輩のコトで大事なカイギ中だから、ジャマしないで。チャライ人と一緒に出ていって、ネ?」
「んっふっふ〜。チャライまこちんとひびきっちは退場なのデスよ〜。」
「デスよ〜。」
サイネリアに合わせて、2人の亜美ちゃんが揃って言う。言うんだけど〜、真さんと響きさん、あからさまに怒ってるよ〜。止めたいけど、止められる雰囲気じゃないし〜。
「涼、5分だけ表で待っててくれるとボク嬉しいな?」
「自分としては、その間耳を塞いでおいてくれるとスゴク嬉しいぞ?」
「あ、ははは・・・はい・・・。」
真さんも響さんも、引きつってかろうじて笑ってるけど、目がすごくこわい。「はい」としか言えないよぉ。
僕はすぐに回れ右して入り口のドアに向かった。
「ボクがどれだけチャライが見せてあげるよ・・・。」
「ガルルル・・・・。」
背筋に悪寒が走って、とても後ろを振り返る勇気は僕には無い訳で・・・。
パタンッ
『ア゛―――――!!!』
耳を両手で塞いでも、すごい音とか、悲鳴が聞こえるけど、気のせい、気のせいなんだ〜!
心でそう叫びながら、僕はしゃがみ込んでいた。
シーン・・・
すごく長かったような、あっという間だったような・・・。静寂が辺りを包んでいた。

カチャッ、びびくっ!
ドアが開いた音に僕は思わず体を強張らせる。そして、恐る恐る振り向いた。
「涼、待たせたね。さあ、入って。」
「はっ、はい!」
緊張しながら立ち上がって、僕は室内に入った。
「えっと・・・あの、響さんは?亜美ちゃんもさいねりあ?でしたっけ?彼女達は?」
ごんっ・・・どんっ・・・
「せんぱ〜い!た〜す〜け〜て〜!」
『許して、ガナッハー!食べちゃヤダよ〜!』
ん?天井からかすかに声がした???
「フゥー!ガルルル・・・。」
しーん・・・
「気のせい・・・かな?」
僕は天井を見上げながら首を傾げていた。
「響は3人を連れて出たんだ。少ししたら、戻ってくるよ。」
「はぁ?そう・・・ですか?」
真さんの言葉を聞いて、部屋の周りを見渡すと、出て行くようなドアも、隣に繋がっているようなドアもない。窓があるけど、ここはかなり上の階だし出て行くのはありえない。
何となくもう一度上を向いて見渡すと・・・
「あれ?」
通風孔の金網が外れかかってる?念の為よ〜くみると、何かが引っかかっているのが分かる。丸いもの・・・。どこかで見たような・・・あれって、亜美ちゃんの髪どめ!?その横に引っかかってる小さな布切れって、響さんのシャツの色だよね?
なんであんなところに、あるの!?
「涼、座って。響が戻るまで、飲み物でも飲んで待とうよ。」
「は、はい・・・。」
気になっていたけど、真さんの勧めてくれた椅子に座った。
僕が紙コップを持つと、真さんがペットボトルのお茶を注いでくれる。
ガチャッ
「涼、真、待たせたな〜。」
「はい、響。」
「あ、響さ・・・。」
入口から戻って来た響さんに真さんがお茶の入った紙コップを渡して、僕も響きさんを見たら、シャツの裾部分が破けてる・・・。それを見て言葉が止まってしまった。
「うん?どうしたんだ、涼?」
「い、いえ、その、あの・・・えっとぉ・・・。」
響さんに聞かれて、思わずどもりながらも、僕はシャツの破けた部分と、通風孔の網に引っかかっている布切れを見比べていた。
「じゃあ、早速、ダンスの話でもしよっか?良いよね、涼?」
「は、はいっ!モチロンです。」
真さんに答えてはいたけど、正直上の空だった。
「じゃあ、自分からはじめるぞっ!やっぱりダンスってさ・・・。」
や、やっぱり、響さんの破けたシャツの部分と通風孔の布切れが一緒としか思えないよぉ。
僕は心の中で泣いていた。
なんであんなところにあるのかとか、どうやってここから出て戻ってきたのかとか、亜美さんたちがどうなったのかとか・・・。聞けない、聞けないよぉ。
『どう思う?涼?』
「へっ!?」
話なんて全く気に出来ていなかった僕は、真さんと響きさんから聞かれて固まってしまった。
「え、え〜とぉ・・・。」
「ボクの意見に賛成してくれるよね?」
「ふっふっふ〜。甘い!甘いぞ、真っ!この件に関しては、涼も自分の意見に賛成してくれるぞっ!」
うわぁ・・・2人ともかなり真剣に僕のこと見てる〜。真さんに賛成すべきか、響さんに賛成すべきか・・・。何の話か分からないし、ど、ど、どうしよぉ・・・。
あっ!そうだっ!
僕はひらめいた。2人のどちらかに賛成しなくてもいい方法が!
「すみません。僕は二人の意見には賛成出来ません。」
『ええええっ!?』
「どっちでもないってどういう事?じゃあ、涼の意見聞かせてくれる?」
「うん、確かにナゾだぞ・・・。自分もどういう意見なのか聞きたいぞ?」
「はいっ!?」
し、しまった〜!やぶへびだったあああっ!
「あの・・・その・・・つまり。両方って言うかぁ・・・半分ずつっていうかぁ・・・。あははは・・・。」
「両方?」
「半分ずつ?」
きょとんとした顔で、真さんと響さんが言っているけど、ああああっ!ウソをついてるし、話を聞いてない手前、良心の痛みに、た・え・ら・れ・な・い〜!
ぎゃおおおおおんっ!
「ううう・・・。あ、あのぉ・・・。」
「なるほどねっ!そっか、どっちかだけじゃなくて両方もありだよね。」
「ぇ?」
謝ろうって思って、言葉が出る寸前で真さんから言われて、僕は目をぱちくりしていた。
「そっかあ!半分ずつで両方の食感を楽しむ。イイトコ取りとは恐れ入ったぞっ!」
「えっ?えっ?えっ?」
なんだか、真さんと響さんにヘンに納得されちゃってるんですけど?なんだコレ?
「ボクは断然つぶあん派なんだよね。季節的に美味しくなってくるあんまんの話から始まってようかんとか、あんぱんとか広がって、どっち派かなと思って、だいたい別れちゃうんだけど斬新な意見聞けたなあ。」
「うんうん、自分はゼッタイこしあんしかないんだぞっ!両方って人少ないし、それだけって聞いてて、なんかいい加減だなあって思ってたけど、半分ずつっていう具体的な意見には自分参ったぞ。」
「あ、あはは、あははは。あんこ・・・。あはははは。」
すごく真剣に聞かれたけど、あんこの話だったんだ・・・。僕が乾いた笑いを浮かべてると、真さんも響さんも合わせて笑っていた。
この空気で、改めて僕がどっちかとか言えない、言えるわけない・・・。
「よしっ!そしたら、今日の放送で言ってたこと、やっちゃうんだぞっ!」
『?』
急に響さんから言われて、僕と真さんは意味が分からずに首を傾げた。
「じゃ〜んっ!ラジカセで〜、『エージェント夜を行く』『迷走mind』『Next Life』の3曲がカラオケバージョンで入ってるぞっ!ここまで言えば分かるよね?」
「オッケー!さあ、机と椅子片付けようっ!」
「はいっ!」
悪戯っぽくウインクしながら言う響さんの言葉と、すぐに立ち上がって言う真さんへ、僕は元気良く返事をしていた。
3人で机と椅子を端に寄せてから、ラジカセを置いて、そこから曲のイントロが流れ始める・・・。

響さんは自然で自由で圧倒的。そんな中に女性としての魅力が溢れ出て、すごく魅惑的・・・。
真さんは洗練されて、キレがある。男の僕から見てもカッコいい・・・。
僕はその2人に引っ張られるように、何も意識しなくても勝手にカラダが動く・・・。
すごい・・・キモチいい・・・こんなの・・・初めて・・・。
トリオで3曲終わって、全然踊り足りない・・・。もっと踊りたい・・・。
2人も同じみたいで、ラジカセのCDがリピートかかってる間に、無言のまま僕と真さん。僕と響さん、真さんと響さん。
踊ってない人は、踊っている二人を見ながら軽くステップを踏む。
そして、それぞれがソロで・・・
その内に3人がそれぞれで踊りだして、最後にまたトリオになって踊る・・・
ほんとにスゴイ!キモチよすぎて!夢みたいだよぉ!
最後の最後、『迷走mind』のラストで3人並んでキレイにポーズを決めた!

まだリピートかかってるはずなのに、CDラジカセが余韻を邪魔しないかのように、ウソみたいに静かになった。
「へへっ!」
「にへへっ」
「あははっ」
余計な言葉なんて要らない。真さん、響さん、僕は笑い合ってコブシをあわせた。
『ダーンッ!や〜りぃ!』
3人で一緒に言ってから笑いあった。多分、僕の今までで最高の笑顔になれたって思う。
踊っていた、ダンスの激しさだけじゃない、色々な満足感やドキドキ、目を閉じて余韻に浸りまくっていた。
「はいっ、真、涼。」
「ありがと、響。」
「あっ、すみません。頂きます。」
響さんから紙コップを渡されて、少しずつお茶を飲む。目の前に居る響さんをちょっと見てると、シャツの胸もとのボタンが外れて、ブラとか見えてその、胸もぷるぷる揺れたりとか・・・
踊ってて興奮してるのもあってか、すごく男の子になっちゃってて、ちがうドキドキが・・・。あああ、なんで、こんないい事の後なのに〜!僕って最低だ〜っ!
「いやあ、やっぱ、ダンスには国境とか、いろいろなもの要らないんだな〜って思うぞ。」
「うん、そうだね。メロディさえあれば言葉の壁なんて関係ないからね。」
「本当に・・・そうですよね。」
僕は何とか響さんの胸から目を逸らしながら、答えていた。
「いやあ、だから、涼がお・・・。」
「ええええっ!?」
僕はナチュラルに言いそうになる、響さんの口を光の速さで塞いだ。
「え?お?なに?」
「ムガムガ・・・。」
「響さんは、『涼がおしとやかなのに、ダンスになると弾けてる』って言ったんですよ。あははは。」
真さんに聞かれて、ドキッとしたけど、スラスラとウソが出た。
「ふ〜ん、そっか。」
「ぷはっ、そうじゃないぞ!自分が言いたかったのは、涼はおと・・・。」
「ぎゃおおおおん!」
また、言いそうになる響さんに心臓が止まるかと思うくらいビックリして、叫びながら両手で響さんの口を塞いだ。
「ん?おと?涼はおと・・・なに?」
「え、えっとですね。『涼は大人しいのに、踊ると別人だぞ。』って言ったんです。」
ダンスでかいた汗とは別の冷や汗ダラダラで答えていた。
「そうなんだ?」
真さんは目をぱちくりしながら、不思議そうにしている。響さん、こんなところでバラしちゃダメ〜!
ぐいっ
「うが〜!ち〜が〜う〜!自分が言いたいのは、涼が男でも関係ないってことだぞっ!」
「ぎゃおおおおおおおんっっ!!!」
ひ〜び〜き〜さ〜んっ!いっちゃった〜〜〜〜!!!
僕は心の底から叫んでいた。
真さんには知られたくなかったのに〜。サイアクだよぉ。
世界が終わったかのような絶望感に打ちひしがれた僕はガックリうな垂れた。
「ああ、そういうこと。うん、そうだね。ボクも響と同意見だよ。」
「ぇ?」
真さん、その反応は?驚くどころかなんかナチュラルに肯定してませんか???
「えええっ!?真さん、もしかして僕が男ってコト・・・。」
「へへっ、分かってたよ。」
「ウソ〜〜〜〜!?だ、だって、レビューの時とか・・・。」
僕はあまりの驚きで、叫びながら真さんをまじまじと見ていた。
「あ〜、恥ずかしかったけどね。でも、涼に言ったことにウソはないよ。」
「あ、ははは・・・。あの、いつから?」
「最初に会った神社から。」
「ぎゃおおおおん。だってぇ、そんな素振り1回だってみせてなかったじゃないですかぁ。」
僕は色々な事を思い出しながら、半泣きで言っていた。
「涼、甘いぞ。自分でも分かるようなこと、真が分からない訳ないし。きっと、涼のこと気遣ってだと思うぞ。」
「あはは、響にはかなわないな。ごめんね、涼。」
「ううう・・・。嬉しいんですけど、複雑ですよぉ。」
響さんの言葉と真さんの言葉を聞いて、ちょっと安心したけど、必死に隠してたのが、真さん分かってたって考えると情けない限りで・・・。
「でも、この事務所で気が付いてるのは自分と真だけだぞ。ワケアリっぽいから、自分は黙ってるけどね。」
「ありがとうございます〜。」
「後は、まあ、気付く可能性が高いとしたら勘の鋭い貴音と男の人が苦手な雪歩かなあ。まあ、大丈夫だと思うけど。あ、そうだ、律子は知ってるんだよね?」
「はい、律子姉ちゃんは知っています。前にこの事務所に来た時は、やよいさんも一緒でニヤニヤしながらバラされそうになって、ヒヤヒヤしました。」

僕は真さんに聞かれて、苦笑いしながら答えた。
「なあ、涼、それって、マズくないか?」
「はい?響さんどういうコトですか?」
「だからさ、涼。今日、律子が戻って来てみんな揃ってる所で言われたらどうするの?」
「ああああああっ!!!」
そんなコトされたら誤魔化せるわけないよぉ!
真さんに聞かれて、僕は叫んだ後、一気に血の気が引いた。

「行こう、戻ってきてたら手遅れかもしれないけど、まだ間に会うかもしれない!」
「は、はいっ!」
真さんに言われて、真っ白になっていた僕は我に返って立ち上がる。
「なあ、涼。男だってコトがバレたら、マズいんだよね?」
「はい。少なくとも今は・・・。訳は・・・その・・・あの・・・。」
響さんから聞かれて、僕は苦しくて言いよどんでしまっていた。
「なんくるないさ〜。自分も真も涼の味方だぞっ!ワケありってだけでいいさ〜。」
「そうそう、話せるときが来たらで良いから。ほら、早く意かないとっ!」
「響さん・・・真さん・・・。はいっ!」
僕は嬉し過ぎて、思わず目が潤んでしまっていたけど、返事をして一緒に会議室から飛び出した。

「ハァ?あずさがお姉様?アンタってヘンなシュミあるんじゃないでしょうネ?」
「失礼ねっ!あなたこそ、それなりの年齢なのにぬいぐるみなんか持ってて、恥ずかしくないの?」
あれ?夢子ちゃん?伊織さんと言い合いになっちゃってるよ。止めないと。
「キーっ!なんですってぇ!このコスプレ女!」
「なによっ!ぬいぐるオデコッ!」
「夢子ちゃん、伊織さん、ケンカはよくないかと・・・。」
『あなた(アンタ)は黙っててっ!』
「はっ、はいっ!すみません・・・。」
夢子ちゃんと伊織さんの迫力に僕は思わず謝ってしまっていた。
「あらあら〜、どうしましょう〜?」
あずささんが隣で困ってるけど、僕も困ったよぉ。
ガチャッ
「ただいま戻りましたぁ。」
「お帰りなさい、律子さん。伊織ちゃんと、イトコの涼さんでしたっけ?が待っていますよ。」
うわぁっ、こんなタイミングで律子姉ちゃんが戻ってきちゃったよぉ!
「えっ?涼、来てるんですか?」
「はい、お届け物だそうで。」
「律子姉ちゃん!」
夢子ちゃんと伊織さんも気になっていたけど、とりあえず律子姉ちゃんに声をかけながら、近寄って行った。
「あら、涼、いらっしゃい。それで、私に届けものってなにかしら?」
「あの、これリンゴなんだけど、母さんの田舎から送って来たもので、律子姉ちゃんにって。」
律子姉ちゃんから聞かれて、僕はダンボールに手紙を載せて渡した。
「そう、わざわざありがと。それにしても、おばさんは涼がメジャーなアイドルになっているっていうのに、こういうお使い頼むのはすごいわよね。」
「あははは・・・。」
なんて答えて良いかわからなくて、僕は乾いた笑いを浮かべていた。
「あら?真?響?なんで、涼の後ろから私を見てるの?」
「えっ?」
僕は律子姉ちゃんの言葉を聞いて振り向くと、後ろに真さんと響さんが立っていた。
「涼、律子は自分が何とかするから、真とみんなを頼むぞ。まずは伊織と、あのにらみ合っちゃってる涼の知り合いっぽい子を何とかしてくれる?」
「は、はい。」
響さんに耳打ちされて、僕は頷きながら返事した。
「ねえ、律子。このリンゴいくつか貰っても良いかな?みんなに少しお裾分けしたいんだけど。」
「ええ、良いわよ。じゃあ、6つくらいでいい?大きめだから、真と涼の2人で3つずつくらいだったら持って行けるわよね?」
「じゃあ、私と真さんで持っていくね。」
「涼?私って?ああ、そっかぁ〜。うふふ。」
リンゴを受け取ると、律子姉ちゃんが「にまぁ」って笑ってみんなが集まっている方へ走って行っちゃってる!ううう、ヤバイ、これはヤバ〜い!
「あのねえ、みんな聞いて、今日来てる私のイトコの涼なんだけどね・・・。」
「響さん、タスケテ!」
僕は涙交じりのウルウルした目で手を組んで響さんに懇願した。
「・・・ガルルルゥ。」
響さんは豹変して一瞬で律子姉ちゃんの後ろに立っちゃった!?
『ねえねえ、律っちゃん。涼おねーちゃんがなんなの?』
「それはねえ、お・・・。」
ビビビビビビッ!!!
「おばまぁっ!?!?!?」
響さんから、電撃!?が出て、食らった律子姉ちゃんが変な声上げて気雑しちゃったよ!?
『ギャー!ガナッハーが出たぁっ!』
2人の亜美ちゃんが叫ぶと、隣に居たサイネリアもガタガタ震えて声が出てない。
あっ!1人の亜美ちゃん髪止めしてない!やっぱりアレって・・・。
こわい考えになったけど、そっちから目を逸らす事にした。
「ま、まさか、秋月涼、貴方は、もしや・・・。」
「涼ちゃんってもしかして・・・。」
「えっ!?あ、あの・・・わ、私・・・。」
まさか、四条さんと雪歩さんに気付かれたっ!?僕は思わずうろたえてしまった。
「あふぅ、貴音どうしたの?」
「雪歩、どうかしたの?」
シュッ、シュツ、ゴンッ!ゴンッ!
「美希、それは、お・・・ごっ!?」
「春香ちゃん、それわぁ・・・おぶっ!?」
美希さんと春香さんへ答えようとした瞬間、リンゴが貴音さんと雪歩さんの即頭部に当たって、綺麗に2つに割れてそれが、美希さんと春香さんの両手に乗っかる。なに、その手品!?
「美希、春香。そのリンゴ、涼からの差し入れで美味しいよ?」
投げた真さんがにっこり笑いながら言うけど、コワイ、こわいよぉ!
「シャリッ。う、うん。ミキ、とっても美味しいって思うな。涼のコトはどうでもいいのっ。」
「そ、そ、そうだね。あ、あの、わ、私、給湯室で細かく切ってくるねっ!」
「春香逃げるのズルイのっ!ミキもいくの〜っ!」
そう言うなり、美希さんと春香さんはぴゅーと奥へ行ってしまった。

「我那覇さん・・・。」
千早さんの声?よく通る声だったので、見てみると・・・その響さんに近付くとかありえなくないですかっ!?
「ガルルル・・・。」
「その、シャツ胸のところが開いてて・・・我那覇さん・・・私・・・。」
「ガッ!?・・・うわぁっ!?千早っ!やめろぉ!?誰か助けてぇ!?」
「ええええっ!?」
我那覇さんが襲われちゃってる!?しかも、千早さんが!?!?
「えーいっ!」
ゴンッ!
「みんごすっ!?」
ぱたり・・・
僕はそんな千早さんを見たくなくて、全力で持っていたリンゴを投げたら後頭部に当たって、千早さんは倒れてしまった。
「千早さん、ごめんなさい・・・。」
その場で、手を合わせながら僕は謝っていた。
「小鳥さんっ1そこで、盗み撮りしないっ!」
ヒュッ、ゴスッ!
「ふぎゃっ!?」
真さんが言って、最後のリンゴを投げると、ソファの陰に居た音無さんに当たったみたいで、ビデオカメラを構えたまま倒れていた。
「小鳥さんのカメラはボクがなんとかするから、伊織と知り合いの子をお願い!」
「はいっ!」
周りはスゴイ大惨事で、あずささんの服ちょっとめくれちゃってて・・・ごくっ・・・
じゃなくてっ!
そんな中で、にらみ合いになっちゃってる夢子ちゃんと伊織さんの方へ向いた。ちょうど反対側に、心配そうに見上げてるやよいさんが居た。
「やよいさん、やよいさん。」
「あっ、涼ちゃん。どうしよぉ。伊織ちゃんも夢子ちゃんも、言っても聞こえないみたいで〜。」
「僕もさっき止めようとしたんですけど、話聞いてくれなかったんですよねえ。どうしましょ〜?」
僕はやよいさんと一緒にアワアワ、ワタワタしていた。
「伊織っ!先輩なんだから、ケンカはやめろっ!」
「ん?響?ジャマすんじゃないわ・・・。」
「ガルルルルゥッ!」
「ひいっ!?」
伊織さんは最初に響さんに言い返したけど、豹変されて後ずさった。
「あなた、脅すなんてよくないわっ!」
『えっ?』
思わず伊織さんと一緒に僕も驚いてしまった。夢子ちゃんが、伊織さんの前に立ちふさがりながら言ってる。
「響さん、ダメですっ!」
「やよい先輩も、いいですから。響、先輩ですね。私を先に・・・。」
やよいさんも立ちふさがったけど、夢子ちゃんは更に前に出て、2人をかばいながら言う。でも、夢子ちゃんの足、震えちゃってる・・・。
「バカいってんじゃないワヨ!そんなへっぴり腰じゃダメ。響、アタシをやりなさいっ!」
「響さん、伊織さん、夢子ちゃん、やよいさんの前に私をっ!」
ちょっと遅れちゃったけど僕は我慢出来なくなって、3人をかばうように一番前に出た。
「涼?あなたいつからいたの?」
「あはは、さっきから居たんだけどね・・・。」
ビックリした顔で聞いてくる夢子ちゃんに、僕は苦笑いしながら答えた。
「あっはっは。ケンカがおさまれば、なんくるないさ〜♪」
『へっ?』
いきなり、「にかっ」と笑いながら言う響さんに、僕だけでなく他の3人も呆気に取られていた。

「夢子、だったわね。最初かばってくれてありがと・・・。」
「べ、別に、私こそ・・・。そ、それと、あなたをかばうためにやったんじゃないわよ。やよい先輩をかばうためだから。」
伊織さんは素直にお礼を言ってるのに対して、夢子ちゃんも素直じゃない感じで顔を赤くしながらそっぽ向いて言ってる。
「そ、そう・・・。」
「でも、最初は伊織さんをかばったよね?それに伊織さんにもかばわれてホッとしてたよね?」
伊織さんがフクザツそうな顔をしているところへ僕は笑いを堪えながら言った。
「なっ、なに言ってるのよっ!そ、そりゃあ、最後かばってもらって嬉しかったけど・・・。」
「えっ?」
その後、夢子ちゃんと、伊織さんは何も言えないみたいで、ちらちら見合っている。
「えへへっ、じゃあ、伊織ちゃんと夢子ちゃんで仲直りの握手〜!」
『ええっ!?』
「それは私も賛成です。」
驚いている2人を後押しするように、僕も言った。
「そ、そう?ま、まあ、やよいが言うなら、してあげようカシラ。」
「やよい先輩と涼が言うなら、私もしてあげてもいいかな。」
すごくぎこちなく手を出し合ったけど、最後はしっかり握手してた。2人とも似た者同士なんだなあってしみじみ思った。

それから、全員気が付いて、ぎこちない人も居たけど、全員でリンゴを仲良く食べてから、挨拶を済ませて話をしていた。なんだか、気絶しちゃった人は、僕がどうこうって話忘れちゃってるみたい。よかった〜。

少しして伊織さんと律子姉ちゃんが仕事で出かける時間になって、切りも良いので、そこで僕はお暇することに決めた。
そして、外に出て最後に夢子ちゃんと伊織さんの挨拶になった。
「伊織先輩。これどうぞ。」
「アメ?貰うわね。」
「えっ!?それって!?」
マズいんじゃないっ!?
僕は慌てて、その場でワタワタしていた。
「うん、美味しいワ。しかも、アタシの好みのオレンジ味だなんて、アンタやるじゃない。」
「いえいえ、伊織先輩ほどでは。」
「今度会った時、覚えてなさいよ。にひひっ♪」
「フフッ、期待してます。」
僕1人が冷や汗ものだったけど、どうやら、普通に仲がいいみたいなのでホッとしていた。
そして、律子姉ちゃんと伊織さんの2人に挨拶して別れた。

「ふふっ。」
「なに笑っているの、涼?」
「ナ・イ・ショ!」
僕は悪戯っぽく夢子ちゃんに答えた。
「なによそれ、教えなさいよ!」
「そうだね、そのうち、ね?」
僕は今日あったことと、これからのことを含めて夢子ちゃんに言った。色々あったけど、すごく楽しい一日だった〜!