マンスの難題{後編}(hirarin Side)
ミーシャさんを帰らせた後で、私はマンスさんに会って相談していた。
「先行投資だと思ってお願いします。それとも、お約束は口約束なので守って頂けませんか?」
「全く、ミーシャといいあんたといい痛い所を突くよな。分かった分かった。言う通りにする。」
マンスさんは苦笑いして言った。
「では、また明日の朝に来ますので宜しくお願い致します。」
私は一礼してからマンスさんの知り合いの人に案内されて部屋に通された。明日早く起こして欲しいとお願いしてから眠りについた。
揺さぶられて目を覚ました。まだ、当りは暗かったが多分時間なのだろう。
「ありがとうございます。」
静かにお礼を言ってから、着替えて倉庫へ向かった。途中でミーシャさんが立っていたのでちょっと驚いた。
「おはようございます。」
立っているミーシャさんへ挨拶した。
「おはようございます。早かったですね。」
「起こしてくれたので、そのまま出てきました。寝癖とか大丈夫かな?」
「うふふ。大丈夫ですよ。宜しかったら召し上がりますか?」
ミーシャさんはそう言ってパンを差し出してくれた。
「ありがたく頂きます。」
パンを咥えながら倉庫の前までやってきた。人影が見えたので急いでパンを食べたら喉に・・・。ミーシャさんが横から水筒を差し出してくれたので一気に飲み干した。
「すいません。ありがとうございました。」
お礼を言ってミーシャさんの方を見ると、お腹を抱えて笑いを堪えている。どうやら彼女のツボだったみたいだ。水筒を返してから改めて背筋を伸ばして人影が近付いてくるのを待った。予想通り昨日の責任者だった。
「あれ?早いな。それで、どうだった?」
少し感心したような目で見たが、すぐに普通の表情になって聞いた。
「はい、今日が夕方4時で、明日が夕方の4時半です。夕暮れが6時頃なのでそれまでの時間をお願いしても宜しいでしょうか?」
「分かった。他に何かあるか?」
「あはは、実はお邪魔にならないように、荷物を分ける為の検品をさせて欲しいのですが宜しいですかね?邪魔だったら怒鳴って頂いて構わないので。」
「分かった。あんたがするのか?」
「私も含めて50人くらいで一斉にやります。」
私の言葉に、また驚くミーシャさん。ちょっと笑いを堪えながら相手の回答を待った。
「二日なら構わん。好きにしろ。」
「ありがとうございます。宜しくお願い致します。」
私は深々と頭を下げた。
「じゃあ、仕事始めるからよ。」
「はい、またお声をお掛けしますので。お仕事頑張って下さい。」
邪魔にならないように、入口から離れていった。
「ひらりんさん・・・。私には教えて頂けないんですか?」
にっこりと笑っているが少し低いトーンの声で聞いてくる。少し暗いのもあってなかなか迫力があって恐い感じ。ただ、私はどうも慣れなのか分からないけれど少し可愛いさを感じていたりして(笑)
「すいませんでした。あれ以上連れ回すのは気が引けたもので・・・。」
少し上目遣いで様子を伺いながら私は言った。
「ふう、今回だけですからね?私への気遣いは無用ですから。」
「分かりました。それでは、明るくなったら、検品の方法なんかの打合せをしましょう。それまでは少し仮眠でも取って置きましょう。明るくなったらお手数ですけれど、私がお世話になっている部屋に来て頂いて構いませんか?」
「かしこまりました。眠っていましたら起こして差し上げます。」
ちょーっと今の最後の所は含みがあったなあ・・・。まあいいか。そして、その場で別れて、戻ってから少し仮眠を取った。
起きて少ししてから、朝ご飯と一緒にミーシャさんが来た。失礼だったけれど、食べながら打ち合わせさせて貰った。お昼を食べた後から、検品作業に入って、分けやすいようにそれぞれに紙を挟んでいった。何とか、最終入港前に終らせて責任者の人にあってから、荷物の第一次入れ替え作業をして貰った。思ったより最初は梃子摺ったが、そこは流石は現場。最後には見事に予定以上の移動が完了出来た。
責任者の人や他の人にもお礼を言ってから倉庫を後にした。
「私が前にお手伝いした時は一ヶ月経っても、あそこまで進みませんでした。それをたったの二日でやってしまうなんて・・・。」
ミーシャさんは信じられないという顔をして私を見ながら言う。
「私の力じゃありません。現場の方の力と、それを束ねているあの責任者の方の人徳ですよ。」
私はあっさりとそう言った。
「でも、ひらりんさんが居なければここまで出来なかったと思いますけれど・・・。」
「いえいえ、それと、その事を知っていたり、前回の失敗を知っていたミーシャさんのお陰ですよ。」
「私は何もしていません・・・。」
少し俯いてミーシャさんは呟いた。
「手柄は私のもの、責任は手伝ったものに押し付ける・・・。」
「えっ!?」
私がぼそっというと驚いてミーシャさんは顔を上げる。
「以前はそうだったみたいですね。」
苦笑いしながら言うと、ミーシャさんはしまったという顔をして口を抑える。
「ミーシャさん辛い思いされたんですね。成功は皆のものだし、皆の為で、失敗した時の責任は私だけ被れば良いんですよ。気を楽に持って自分に出来る事やりましょうよ、ね?」
「あ・・・はは・・・。」
ミーシャさんの目にみるみる涙が溜まっていった。
「喜ぶのは、明日全部済むまで取っておきましょう。ぬか喜びじゃ悲しいですからね。」
私の言葉に頷いてミーシャさんは涙を拭いた。
「明日、もう一度検品を午前中にして重なる前のものを確実に確認してリストを作って、最後の一時間半で全員で一気に終らせましょう。それが終ったら、現場の責任者の方と一緒にマンスさんの所へ行って正式な管理者を決めて貰いましょう。」
「はい、今日はもう何処も行かないんですか?」
「マンスさんに状況報告と明日の経緯を話して戻ろうと思います。内容は今と同じですけれど一緒に参りますか?」
「はい、喜んで。」
私はミーシャさんとマンスさんに今日の状況を話した。流石にびっくりしていたが、明日の話もすると宜しく頼むとだけ言われた。その後、ミーシャさんと別れて借りている部屋へと戻った。
「明日は、力仕事もあるからさっさと寝るか。」
私はすぐに横になって眠りについた。
そして、いよいよ最終日がやってきた。私だけでなくミーシャさんもかなり気合が入っているのが分かる。午前中の検品を終わらせて、手の空いている人間で一気にリストを作った。それが終る頃に、丁度最終入港時間になった。
「いよいよですね。」
ミーシャさんは少し緊張した面持ちで入港してくる船を見上げながら言った。
「さーて、最後の詰め。頑張りましょう。皆さんもご協力お願い致します。」
頭を深々と下げて、荷が下ろし終わったのを見計らって一気に最後の入れ替え作業に移った。
流石に昔のように力が無く途中でよろけたりしたが、周りの人が助けてくれた。一時間半後汗だくになって息が上がっていたが、倉庫の中は綺麗になっていた。
「やったー。終ったー。」
私は思わずその場で座り込んでから、仰向けに寝転がった。視界にミーシャさんや責任者の人を始め色々な人が入って来た。
「お疲れ様でした。」
「はい、お疲れ様でした〜。」
少し涙ぐみながら言うミーシャさんに私はにっこり笑いながら答えた。
「いやあ、あんた大したもんだ。いっそ、ここの責任者になったらどうだ?ちゃんと現場の事考えてくれるしな。」
「お褒めのお言葉ありがとうございます。でも、今回は本当に皆さんのお陰です。これで、早く帰れますね。」
「はっはっは。」
私がそう言うと責任者の人は豪快に笑った。
「よっと。あ痛たた・・・。慣れない事したから筋肉痛に。」
ちょっと苦笑いしながら起き上がると周りにいた皆がドッと笑った。良かった良かった。なんだかんだ言っても、一番ホッとしてるのは私なんだけれどね。いやー、終ったー!
責任者の人を連れてマンスさんの所へ報告に行った。
「お約束の件、先程完了致しました。」
「そうか、やったか。大したもんだ。ほれ、これが商人の証だ。無くすなよ。」
私はマンスさんから受け取ってポケットにしまった。
「マンスよ。それで後任の管理者はどうするんだ?」
そう言いながら責任者とミーシャさんは私の方を見ている。
「と、言う事みたいなんだがどうかな?」
マンスさんが聞いてきた。
「申し訳ございません。大変名誉な事なのですが、商人になったからにはお世話になったサフィーネ・ミューラー様にお礼を申し上げに行きたいと思っております。後任にはこの候補の者達から選んで頂ければ間違いないと思います。」
マンスさんもミーシャさんも責任者も皆で残念そうな顔をする。
「皆でそんな顔しないで下さいよ。」
私は苦笑いしながら言った。
「まあ、仕方ない。じゃあ、せめてイズルードまでの船賃は出させてくれ。それ位は良いよな?」
「お言葉に甘えさせて頂きます。」
マンスさんの申し出には即答した。
「また、ここに来たら声掛けてくれや。連中と飯位は奢るからよ。」
「はい、ありがとうございます。ここに来た時にはお仕事の邪魔にならないように声を掛けさせて頂きます。」
責任者に向かって答えた。
「本当に、サフィーネ様のお勧めになった方だけの事はありましたね。また良ければこちらにも顔を出して下さいね。それと・・・。マンス様・・・。」
ミーシャさんは少し声のトーンが落ちてマンスの方をにっこりと笑いながら見る。
「な、何かなミーシャ?」
ちょっとマンスさんは怯んだ。
「サフィーネ様のお手紙には今回のこのような件をどうこうと言う一節、本当に入っていたのですか?」
あーあ、言っちゃった。まあ、流石はミーシャさんなんだけどね。薄々は感じていてあえて言わなかったんだけど、裏目に出ちゃったかな?
「あー・・・そのなんだ・・・。すまん・・・。」
マンスさんはその場で頭を下げた。ミーシャさんが何か言おうとしたが私が制した。何てって顔してる。
「マンスさんにはマンスさんの考えがあってした事ですよ。いいじゃないですか。皆が喜んだ事なんだしね。」
「・・・。ひらりんさんがそうおっしゃるなら・・・。」
かなり不満そうだったが、この場は収めてくれた。
「それでしたら、次のイズルード向けの船の手配だけお願い出来ますか?」
「明日あるが、それでも良いか?」
「はい、構いませんよ。」
「明日行っちまうんじゃ、お礼も出来やしねえな・・・。」
責任者はちょっと悔しそうに言った。
「良いですよ。これで気持ち良く仕事をして貰えればそれで構いませんよ。後任の方と仲良く上手くやって行って下さい。困った事が有ったらミーシャさんに相談して下さい。」
「分かった、本当にありがとうな。」
「いえ、仕事ですからね。」
私はにっこり笑って答えた。
「私は明日お見送りさせて頂いても宜しいですか?」
ミーシャさんはマンスさんにそう言っているが、どう見ても、駄目なんて言わせませんよって入ってるよな(笑)
「行って来い。俺は見送り出来んからその分も頼むぞ。」
「かしこまりました。」
ミーシャさんは満足そうに答えた。
次の日になって、私は港にいた。すぐ横にはミーシャさんがいる。
「本当にありがとうございました。ミーシャさんが居てくれて助かりました。」
「そのお言葉そっくりお返しさせて頂きますわ。」
ミーシャさんはにっこり笑って言った。
「あの、これお弁当です。船の上ででも食べて下さい。私の手作りなのでお口に合わないかもしれませんけれど。」
「いえいえ、ありがたく頂きますよ。短い間でしたけれど、とても楽しかったです。」
私はここ数日の事を思い出しながら言った。本当に楽しかったもんなあ。
「こちらも充実した数日過ごさせて頂きました。」
ミーシャさんも喜んでくれて何より、何より。
「あの・・・ひらりんさん・・・。お弁当以外でも何かお礼出来ませんかね?」
「うーん。別にミーシャさんの見返り期待してやった訳じゃないですからねえ。そうだなあ・・・。」
私はちょっとピンと来た。最後にちょっと困らせちゃおうかな。
「じゃあ、お礼のキスっていうのは良いんですかね?」
私は言った後、困るミーシャさんを想像していたのだが意外な答えが帰ってきてしまった。
「構いませんよ・・・。」
「へ!?」
正直空耳かと思った。私の方が驚いてしまった。参ったなあ・・・。何か気のせいか顔が赤くなっているような気がするんですけど(汗)
「じゃあ、頬にお願いします。」
私はとりあえず最悪の事態を避ける為にすぐに言った。恥ずかしそうにしながらもミーシャさんはキスしてくれた。うわーい。私がびっくりだ(自棄笑)えーい、こうなったら自棄ついでだ!
「それでは、お手を拝借。」
少し赤い顔のままミーシャさんは右手を差し出した。軽く握って握手した。少しホッとしたようにミーシャさんも軽く握り返してきた。
「本当にありがとうございました。」
そう言って私はミーシャさんの手を引き寄せてから、手の甲へキスをした。
「!?」
流石に驚いたのかミーシャさんは真っ赤になって固まった。私は笑いを堪えながら、そっと離れて船の方へ歩き出した。
「気安くキスを許しちゃ駄目ですよ〜。本当に好きな人として下さいねえ。」
「なっ!なっ!」
赤い顔をして何かいいたそうだったがミーシャさんはそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかったというのが正解かも(笑)私は悪戯っぽく笑って手を振ってから船に乗り込んだ。
少しして、船が港から離れていく。
「ミーシャさんお元気でー!」
「ひらりんさんも緒他社でー。」
手を振るミーシャさんの瞳には少し涙が光っていたような気がした。
船はそのままイズルードへと進み始めた。