チャオの婦長時代（後編）
・・・三年後・・・
「もしもし。ああ、お久しぶりですにゃ。」
チャオは自宅マンションのビジフォンに映った顔を見て懐かしそうに言った。
「「実は今年娘がメディカルセンターの看護婦として勤める事になったんだよ。」」
「そうにゃんですか。それはおめでとうございますにゃ。」
頭を下げながらチャオはお祝いの言葉を言った。
「「それで、どうやら、そちらに行きそうなんでね。どうか頼むよ。」」
「分かりましたにゃ。お任せ下さいにゃ。今はちょっと都合があって昼間しか居ませんがその間に見れる事はちゃんと見て指導しますにゃ。」
「「うん。娘も母親のフレナのようになりたいと言っていたからね。」」
「・・・。ちゃんと血を継いでいるから良い看護婦になりますにゃ。」
チャオはちょっと言葉が詰まったがにっこり笑って答えた。
「「それじゃあ、夜に失礼したね。」」
「いえ、構いませんにゃ。それでは、失礼しますにゃ。」
そこでビジフォンが切れた。
（フレナの娘が看護婦・・・。もうそんなに時間が経ったんだにゃ・・・。）
チャオは目を閉じて、昔の事を思い出して少し涙ぐんでいた。
そして、今年も新人の看護婦が入ってきた。
「宜しくお願いします。」
全員が緊張しながらチャオを始めとする先輩の看護婦達に頭を下げる。
「さて、他の病棟はどかは知らないけど、ここに関しては変なしきたり等は一切無しだにゃ。とにかく、皆は患者さんを第一に考えて行動する事を忘れないでにゃ。分からない事があったら、自分で判断せずに必ず先輩や私に言う事。良いかにゃ？」
「はいっ！」
「まずは自己紹介だけして貰うにゃ。じゃあ、そっちの奥から始めるにゃ。」
チャオの言葉に、緊張しながら自己紹介が進んでいく。
そして・・・
「ルーです。アカデミーを卒業してこちらに参りました。宜しくお願いします。」
（この子がフレナの娘かにゃ・・・。）
髪の毛の長い大人びた女性が挨拶すると、周りは少しざわついた。チャオはその顔に何となくフレナの面影を見ていた。
「自己紹介中にゃ。私語は慎むっ！」
チャオの一言で一気に静かになる。
「はい、それじゃあ、次宜しくにゃ。」
静かになってから、再度自己紹介が始まった。そして、無事に全員の自己紹介が終わった。
「それじゃあ、今日のスケジュール等は全て各個人の端末に入っているからその通りに動く事。先輩に当る皆も恥じない手本を見せるようににゃ。では、解散。」
チャオはそう言うと、早速動き出す。先輩達に当る看護婦達は端末を開いて動き出す。慌てて新人の看護婦達も端末を開く。内容は書いてあるが、人によっては意味が分からずに混乱していた。分からない新人の看護婦は先輩達に聞けずに、仲間に聞いたりしていた。
「こ〜ら、そこ何やってんの？分からない事があったら先輩に聞けって婦長が言ってたでしょ。何が分からないのか、あたしに話してみな。」
一瞬ビクッっとして固まっていた新人だったが、恐る恐る向くとにこやかに言っているレイアがいて、ちょっと遠慮気味に端末を見せて聞き始めた。
「こらぁ！そこ何やってるのぉ！それはナースステーション、そっちは２０６５に運ぶぅ！もたもたしないのぉ！」
ミュールの方は、新人も先輩も構わずにビシビシと指示を出していた。一瞬、慌てたり文句を言おうとする新人が居たが、自分たちよりもてきぱきと動いているミュールには何も言う事が出来なかった。
あっという間に一日が終わって、新人の看護婦の殆どがばてていた。ただ、ルーを含む数人は特にぐったりとしている感じも無くピシッとしていた。
「はい、今日はお疲れ様だにゃ。新人はまだ夜勤には入らにゃいけど、体力的に足りないと思ったら少しトレーニングをすると良いにゃ。その辺の情報は個人端末に入れてあるから興味があったら見ておくと良いにゃ。体が資本だからそれを忘れないようににゃ。それではお疲れ様でしたにゃ。」
「お疲れ様でした。」
そして、先に新人の看護婦達が帰っていく。
「それじゃあ、夜勤の人宜しく頼むにゃ。日勤で終わりの人はお疲れ様にゃ。少し残業のある人も頑張ってにゃ。それじゃあ、あたしはこれで失礼するにゃ。」
「お疲れ様でした。」
チャオはみんなの挨拶に見送られて、ナースステーションを後にした。
それから三日後の夜、メディカルセンターから近い居酒屋「猫八」で新人看護婦の歓迎会が行われていた。猫八は最初チャオの行きつけのお店だったが、いつしか第二外科病棟メンバーの行きつけのお店になっていた。
一部の夜勤者を除いた殆どの第二外科病棟のメンバーが揃っていた。
「レイア先輩、どうぞ。」
「ああ、悪いねえ。」
まだ、数日しか経っていなかったが元々面倒見の良いレイアの周りには沢山の新人看護婦や同僚が集まっていた。
「ミュール先輩、やっぱりあの患者さんにはリハビリを頑張って貰うのが良いんでしょうか？」
「そうねぇ。長い道のりにはなるだろうけどぉ、その方が後々を考えても良いと思うわよぉ。」
ポツリポツリとだが、ミュールの周りにはその専門的な知識や、腕を見てきた新人看護婦などが熱心に相談等をしていた。
（皆、上手くやってるみたいで何よりだにゃ。）
それ以外も、先輩達と新人が上手くやっているのを見て、チャオは満足そうに手酌で日本酒を飲みながら、ししゃもをモグモグ食べていた。
「あ、あの〜・・・。」
「んにゃ？」
消え入りそうな声が後ろから聞こえて、チャオは振り向いた。
そこには、俯いたままのルーがいた。
「どうかしたのかにゃ？ルー？」
チャオは不思議そうに聞く。
「きょ、今日は申し訳ございませんでした。」
俯いたまま、更に頭を下げてルーは謝る。
「ああ、あの事かにゃ。あんなの、気にしにゃい、気にしにゃい。」
「え！？」
余りにあっけらかんと笑いながら言うチャオにルーはポカンとして、思わずチャオの顔を見ていた。
「誰でも失敗はするにゃ。あたしなんて、今回の１０倍は凄い事やっちゃったもんにゃ。」
「１０倍ですかっ！？」
チャオの続けて出た言葉に、今度は目を真ん丸くする
「そうにゃ、その時も婦長が全部庇って、片を付けてくれたんだにゃ。その後も度々失敗してたにゃ〜・・・。」
チャオは昔を思い出すように、遠い目をしながら言う。
「・・・。」
どう言って良いか分からず、ルーはその場で黙っていた。
「あたしが看護婦時代、こうして婦長になってからも失敗は数々見てきたにゃ。これで変に硬くなるよりも、次は同じ過ちはしないって思う事が大事だにゃ。それに、今回は患者さんを巻き込まずに済んでるにゃ。最後に患者さんを庇ったのは偉かったにゃ。」
「そ、そんな事は・・・。」
チャオの言葉に、ちょっと照れ臭そうに言うルー。
「その心意気が大事だにゃ。それよりも、怪我は大丈夫かにゃ？」
「あ、えと、その・・・。」
「ほ〜ら、見せてみるにゃ。」
「はい・・・。」
誤魔化そうとしたルーだったが、チャオに押し切られて右腕を見せた。
「どれどれ〜。」
（赤くなって腫れてるにゃ・・・。）
チャオは右腕をちょっと見てから軽く触る。
「んっ・・・痛っ。」
「ごめんにゃ。これは思ったより酷いにゃ。すぐに冷やして大人しくしてるにゃ。」
「あの・・・でも・・・。」
そう言いながら、チャオは濡れタオルをそっと腕に巻いて、問答無用で横にさせる。
「患者は大人しく言う事を聞くにゃ。」
「はい・・・。」
「マスター、氷持って来てにゃ。水割り用ので良いにゃ。」
「あいよ〜。」
慣れたやり取りで氷化到着すると、近くのタオルを氷嚢代わりにして腕に当てる。
「すみません・・・。」
ルーは申し訳無さそうに言う。
「謝る事なんて無いにゃ。ルー、お母さんの事覚えているかにゃ？」
「母ですか？生みの母の記憶はおぼろげですが、育ての母は存命ですので今でも毎日顔を合わせていますよ。」
チャオの突然の問いに不思議そうにルーは答えた。
「そうかにゃ。あたしはね、ルーの亡くなったお母さん。フレナに助けられたんだにゃ。」
「そうだったんですか！？」
「その事がきっかけで、あたしは看護婦になる事を決意したんだにゃ。そして、今ここに居るんだにゃ。不思議なものだにゃ、その娘であるルーが目の前にいてこうやって手当てしてるにゃんて・・・。」
驚くルーにチャオは静かに微笑みながら言う。
「婦長・・・。」
「フレナの献身的な看護のお陰であたしは今ここに居られるんだにゃ。ルーにもその血が流れてる。今日の出来事を見て、身を挺して患者さんを救ったのを見てそう確信したにゃ。ルーは勿論、フレナとも違うしあたしとも違うけど、きっと良い看護婦になるにゃ。」
「ありがとうございます。でも何か不思議です・・・。こうしてると・・・何だかチャオ婦長に以前もこういう風にされていたような気がするんです。」
チャオの言葉にお礼を行った後、不思議そうにルーは言った。
「それは気のせいじゃないかもしれないにゃ。あたしがフレナの葬儀に出させて貰った時にぐずるルーを抱いてた記憶があるにゃ。」
「そうだったんですか・・・。何だかホッとするんです・・・。不思議です・・・。」
チャオがにこやかに言うと、ルーは目が閉じそうになりながら呟くように行っていた。
「安心して、寝ると良いにゃ・・・。」
静かにチャオがそういうと、ルーは自然と目を閉じて寝息を立て始めた。
チャオは寝ているルーを見て微笑みながら、優しく頭を撫でていた。
・・・二年後・・・
いよいよチャオの外科医としての最終試験が始まろうとしていた。
ルーはすっかり立派な看護婦になっていた。
レイアも既に退職が決まっていて、ミュールもいつの間にか相手を見つけて退職が決まっていた。
今夜の夜勤は丁度この三人の勤務になっていた。
「いよいよ今日だねえ。」
電子カレンダーを見ながらレイアが呟いた。
「チャオ婦長大丈夫でしょうか？」
「チャオなら大丈夫だよ。」
心配そうに言うルーに、レイアは軽く肩を叩きながら言った。
「今日の夜勤は楽そうで良かったですわぁ。」
ミュールは気楽そうにお菓子をポリポリ食べながら言っていた。
「あんたねえ。妊婦が菓子なんて食ってんじゃないよ。」
レイアは呆れたように突っ込みを入れる。
「まあまあ、固い事言わないのぉ。」
そう言いながら、食べるのを止めずにポリポリとかじっていた。
「あの〜、ミュール先輩。」
「ん〜？な〜に？ルーちゃん？」
ルーに聞かれてミュールは不思議そうに聞き返した。
「えっと、皆も知りたがっているのですが・・・。その、結婚のお相手はどなたなのかなと。」
「あれぇ、そう言えばいってなかったっけぇ？」
ルーの言葉に目をぱちくりしながら首を傾げながらミュールは言った。
「あたしも聞いて無いよ。聞いたら、どうしようかなぁとか誤魔化してたのあんただろ！」
レイアの突っ込みに、ルーも黙ってコクコク頷く。
「ハリスだよぉ。」
「へっ！？」
「ええっ！？」
あっけらかんと言うミュールに、レイアもルーもびっくりして声を上げる。
「ハリスってあの外科医のハリス先生ですか？」
「うん、そうだよぉ。」
驚いて聞くルーにやはり当たり前のように答えるミュール。
「うん、そうだよぉってあんた、いつの間にたらし込んだのよ。」
「たらし込んだなんて失礼なぁ。計画的犯行ですぅ。」
「あ、あの・・・。」
レイアとミュールのやり取りに思わずルーはそれ以上聞けなくなってしまった。
「チャオちゃんとの噂になった時があったでしょう？」
「あの机ぶち壊し事件の時ね。」
「あの時のチャオちゃん本気で怖かったですぅ。だから、真相を確かめるべく本人に聞いたのぉ。」
「それで？」
「見事に振られたんだってぇ。」
「へぇ、って事は告ったことは告ったのか。」
「うん。だけど駄目だったみたいだねぇ。その気が無いのを他の先生にも伝えたんだってさぁ。」
チャオの事だったので、ルーは黙って頷きながら真剣に聞いていた。
「で、何でそこからお前がハリスの相手になるんだ？さっぱり分からんぞ。」
「チャオちゃんのこと以外でも、それから色々話とかしててねぇ。」
「ほほぅ、それで計画的犯行に至った訳か。」
「計画的犯行じゃないですぅ。たらし込んだんですぅ。」
「あの・・・言ってる事がさっきと違う気が・・・。」
ルーは冷や汗を垂らしながら、小さな声で突っ込みを入れた。
「あのねルー。答えは簡単だよ。両方って事だ。」
「ああ、なるほど。」
レイアに言われて、手をポンと叩いてルーは納得して頷いた。
「だけどさあ、既成事実作っちゃったのもあんたの計画的犯行な訳？」
ちょっとジト目になってレイアが言う。
「それがぁ、違うのぉ。」
「ほう、言い訳聞いてやろうじゃないの。」
「ぷぅ、最初から言い訳にしないでよぉ。私はちゃんとしないとって言ったの。だけど良いって言って聞かなかったのよぉ。危ないって言ってたのにぃ。しかも、一度じゃなくて何度も駄目だって言ったんだよぉ。その上、何回も何回もした上にぃ・・・。」
「ストップストップ！ルーが居るんだからそこまでね。」
「あららぁ。」
レイアに止められてミュールがルーを見ると、真っ赤になって恥ずかしそうに俯いていた。
「それで、結果がそれって事か。」
ちょっと呆れたようにレイアが言った。
「私もこうなっては欲しくなかったんだけどぉ、責任取るって聞かなくてぇ。」
少し苦笑いしながらミュールは呟く。
「まあ、ハリスってのは擦れているようには見えないし、遊んでいるようにも見えないからねえ。そうなるだろうねえ。しっかし、ミュールがそういう形で収まるとはね。」
ちょっとニヤニヤしながらレイアは言う。
「レイアちゃんの意地悪ぅ。でも、良いも〜ん。次期センター長候補夫人にぃ、チャオちゃんの影からの後方支援も出来るしぃ。」
「あの、それってどういう・・・。」
復活したルーが不思議そうに聞く。
「ルー、ミュールはね昔っからチャオ、チャオでうるさかったんだよ。今回もその一件が絡んでこうなった訳だけどさ。可愛くて仕方ないって奴だね。まあ、あんたにはそういう方が似合ってるよ。あたしは当分メディカルセンターとは関係持たないだろうからね。ああ、でもルーとかチャオとかとは飲んだりしても良いかな。誰かさんはお高くとまってるから放っておいてもあちこちから声が掛かって忙しいだろうからねえ。」
「むぅ、レイアちゃんやっぱ意地悪だ〜。」
ミュールは拗ねたように言ってそっぽを向く。
「あ、あの、えっと・・・。」
ルーはどうして良いか分からずあたふたし始めた。
「あっはっは。冗談冗談。ごめんねルー。あたしとミュールはいっつもこんなもんだからさ。ミュールもいじけてるんじゃないよ。ちゃんと誘ってやるからさ。」
「本当にぃ？」
ミュールは少しだけ振り向いて疑わしそうに聞く。
「当たり前だろ。同期なんだし。さって、ルー。ナースコール鳴ったから行くよ。ミュールはゆっくりしてな。」
「はいっ。」
「ありがとうぉ。レイアちゃん愛してるぅ。」
先に出て行くレイアに返事をしてすぐに着いて出て行くルー。その後から、少しふざけ気味にミュールが言った。
そんな頃、チャオの最終試験が終わっていた。
「はにゅぅ。やっと終わったにゃ〜。後は一週間後の結果を待つだけだにゃ。」
ヘロヘロになりながらも自分のマンションに帰って、ベッドに倒れ込むようにして眠ってしまっていた。
・・・一週間後・・・
働いているチャオの元に、合否を伝える専門学校からのデータチップが送られてきた。
「チャオ婦長届いたよっ！」
お昼前にレイアの声で、ナースステーションは騒然となった。ただ、チャオは変に動揺させたりしたくなかったので、お昼に開けるのでそれまでは普通に仕事をするようにと全員に通達を出した。
そして、お昼休みがやってきた。
ドキドキドキ・・・
チャオはいつに無く緊張していた。
（これで、今までの５年が問われる事になる。レイア先輩がわざわざ残ってくれた・・・。皆があたしの為に頑張ってくれた・・・。あたしは出来る事をやった・・・筈にゃ・・・。）
色々な思いを胸に、少し手が震えていたがデータチップを端末にセットした。
【おめでとうございます。チャオさん。見事合格です。】
明るい音楽と共にその文字が空中に浮かんで、花火のグラフィックが映る。
「あ・・・はは・・・やった・・・にゃ。」
チャオは知らず知らずの内に涙が溢れてきていた。
「やったじゃん、チャオ。おめでとう。」
「レイア・・・先輩・・・。」
「うんうん、おめでとうチャオちゃん。」
「ミュール・・・先輩・・・。」
チャオは答えながら、ポロポロ泣いていた。
「チャオ婦長おめでとうっ！」
パンッパンッパンッ！
ナースステーションに居る全員がそう言ってクラッカーを鳴らす。
「み、みんにゃ・・・ありがとうにゃ。本当に・・・ありがとにゃ・・・。」
チャオは皆の方に頭を下げながら、お礼を言っていた。床にはポタポタと涙が止め処なく落ちていた。
・・・三ヵ月後・・・
レイアとミュールは病院を辞める時が来て、チャオも婦長を辞めメディカルセンターの新任の外科医になる事が決まっていた。
そこで、送迎会が猫八で行われていた。
「婦長、あ、えっと先生の方が良いんですかねえ？」
ルーは困ったように聞きながら、おちょうしを持っていた。
「送迎会だから、婦長で良いにゃ。」
「はいっ、では、婦長お疲れ様でした。先生になってからも頑張って下さいね。」
チャオに言われてルーは改めて言いながら、おちょこにお酒を注いだ。
「ありがとにゃ、あたしの方こそ、宜しく頼むにゃ。」
チャオはそう言いながら、今度は自分の方からおちょうしを傾ける。
「すいません。頂きます。」
慌ててルーは近くにあったおちょこを取って受ける。
「それじゃあ、乾杯にゃ。」
「乾杯。」
二人は軽くおちょこを合わせてから、くいっと一口で飲み干した。
「ね〜、ハリス。なんでこんなのと一緒になっちゃうかなあ。」
「え、えっと・・・。」
少し酔ったレイアに捕まったハリスはどう答えて良いか困っていた。
「私のダ〜リンに手を出さないでよ〜。レイアちゃん！」
反対側から、ミュールが来てハリスを自分の方へ引き寄せる。
「ちょっと待ちなよ。手なんて出す訳ないだろ、こんな計画性の無い奴に。」
「うぐっ・・・。」
レイアに言われて、持っていたコップを落としそうになるハリス。
「へへ〜ん。何て言われても構いませんよ〜だ。レイアちゃんの旦那より稼いでるも〜ん。」
「男はねえ稼いでりゃ良いってもんじゃ無いんだよ。」
その後二人の良い合いがヒートアップして行き、ハリスだけでなく周りの誰も口が出せなくなってしまっていた。
「あの、すいません婦長・・・。」
「んにゃ？どうしたにゃ？」
「あの二人、何とかなら無いでしょうか？」
困った一人の看護婦が言い合いになっているレイアとミュールの方を指差して助けを求めるように言った。
「やれやれ、しょうがないにゃあ。ルー、一升瓶中身入り二本用意するにゃ。」
「はっ、はいっ！え〜っと・・・。」
言われたルーは慌てて周りを見渡して中身の入っている一升瓶を探した。
「あの、これで良いでしょうか？」
そして、見つけた二本をチャオに渡した。
「うん、オッケーだにゃ。」
チャオはそれだけ言うと、そのまま言い合いになっている二人の方に歩いていく。
「チャオ婦長どうするつもりなのかしら？」
ルーは不思議そうに見送りながら呟いていた。
「まさか・・・あれで殴っちゃうとか・・・。」
「ええっ！？」
先輩の看護婦がぼそっと言った言葉に驚いてルーは追いかけようと立ち上がった。
「駄目よ、貴方が言っても止められないし・・・。あの食堂のテーブルを素手で壊したのよチャオ婦長は。適う訳無い・・・。」
「うっ・・・。」
そう言われると、ルーは立ち止まらずには居られなかった。ただ、どうなるのか緊張した面持ちでルーは見ていた。
「レイア先輩、ミュール先輩。」
「ん？チャオ今あたしは取り込み中なの！」
「チャオちゃん、今は邪魔しちゃ駄目よぉ。」
二人はチャオに呼ばれると一旦振り向くが、チャオに向かって言って無視して再び向き合う。
「二人共・・・あのテーブルの角みたいに・・・なりたいかにゃ？」
チャオは急にトーンの低い声になって、一升瓶を二本振り上げる。
レイアもミュールも背筋に悪寒が走って、思わずチャオの方を恐る恐る向く。チャオはにっこりと笑って、一緒ビンを二人に向かって振り上げていた。
「いやいやいや、あたし達は楽しく飲んでるよ。ねえミュール？」
レイアは慌てて近くにあったコップを取って飲み始める。
「うんうん、そ〜そ〜。レイアちゃんと楽しく飲んでるよぉ。うん。」
ミュールも挟まれてどうしようもない状況になっていたハリスからコップを引っ手繰って飲み始めた。
「仲良くしてれば良いんだにゃ。にゃは。」
チャオはそう言うと、振り上げていた一升瓶を下ろして、持ったままルー達の方へ戻ってきた。
「仲良く飲んでるって言ってるにゃ。にゃは。二人も一緒に楽しく飲もうにゃ。」
「あ・・・はは。」
「そ、そうみたいですね。あはは・・・。」
言われたルーともう一人の看護婦は愛想笑いしながら、チャオからのお酌を受けていた。
「ちょっと、さっきの本気だったんじゃ無いでしょうね？」
レイアは冷や汗を垂らしながらボソボソとミュールに聞く。
「私が知る訳ないですぅ。でも、目は笑っていなかった気がしますよぉ。」
ミュールもぼそぼそとレイアの方に言い返していた。
「ははは、流石はチャオ婦長たいしたもんだ。」
ハリスは少し笑いながら二人の様子を見ていた。
「笑い事じゃないっ！」
「そうですぅ！貴方も巻き込まれたかもしれないんですよぉ！」
「は・・はは・・・。ま、まさか・・・。」
二人に突っ込まれて、冷や汗混じりに言うハリスだったが、二人はただ、真剣な眼差しで見ているだけだった。
「俺も、貰おうっと。」
ハリスは目の前にあるコップに手酌でビールを入れながら言った後、一気に飲み干した。
暫くして、レイアやミュール、ハリスを含めた殆どが寝てしまっていた。
「みんら、すっかりねれひまいまひられ〜。」
ルーはポーっとした顔で周りを見渡しながらチャオに向かって言った。
「そうらにゃ〜。そろそろおひらきらにゃ〜。」
チャオはそう言うと、手でマスターを呼んで支払いを済ませる。
「みんら、それなりにおきるまれわるいけろ、いいかにゃ〜？」
「いつもの事ですし構いませんよ。」
「ありがとら〜。る〜らいじょうぶにゃ〜？」
「はひぃ。らんろか〜。」
半開きの目のチャオが聞くと、ルーは一升瓶に抱きついて答えていた。
「あらひは、すこしねるにゃ〜。」
「れわ、わらひも〜。」
そう言うと二人共ポテっと倒れて寝息を立て始めた。
いつもの光景に、マスターや店員が寝ている人全員に毛布を掛け始めた。
こうして、いつものように猫八での一夜が終わりを告げようとしていた。
そして、チャオの婦長としての生活もまた。終わりを告げた。