〜Before Story〜 FELIATE(フェリアーテ)前編
アルゴル太陽系第3惑星デゾリス
ガンビアス大寺院で神官になったフェリアーテはラジャの教えを得て、日に日にその力を増していっていた。
「わしが基本的に教える事はもう無いかも知れんな。」
「えっ!?そんな事無いだろ?」
しみじみだが嬉しそうに言うラジャに、フェリアーテは驚いて聞き返した。
「フェリー、ラジャ様に対してその口の聞き方は・・・。」
「まあ、良いではないか。実際に法力で言えばお主等なぞとうに抜かれておる。口は多少悪いとて、フェリアーテの言葉に救われているものが多い事も分かっておろう。」
「はい・・・。」
お付の一人がラジャになだめられて黙る。
「あ、ごめん。あたい、ラジャ様の言葉に驚いたもんだからつい呼び捨てにしちまったよ。」
フェリアーテは申し訳無さそうに、頬を掻いて苦笑いしながら言った。
「構わんて。小さな事でいちいち目くじら立てとったらきりが無いわい。じゃがな、冗談ではない。少なくともわしが教えられる事は全て叩き込んだ。お主は根も上げずにひたすら精進した。その結果じゃ。」
ラジャは満足そうに言う。
「根を上げるかあ・・・。苦しいと感じた事は無いし、ラジャ様の言う事はいつも至極もっともだと思って教えを乞うて来たからねえ。信じる事の大切さや沢山の事を教えてくれたからね。」
フェリアーテは当たり前のようにさらっと言う。
「そこが大事なんじゃ。わしはこの二人にもフェリアーテのように素質を信じて傍に置くものの、腕っ節ばかり強くなりおってからに。」
ラジャの言葉を聞いて申し訳無さそうに二人は俯いた。
「良いと思うんだけど、駄目なのかい?」
フェリアーテは二人を庇う様にラジャに聞く。
「悪いとは言わん。じゃがな、ここはガンビアス大寺院。神に仕えその力で弱きものや傷ついたものを癒し、悪しきものを払い清めるのがお役目なのじゃ。腕っ節を鍛えるならばここに居る必要は無かろうて。」
ラジャの言葉に益々居場所がなくなったみたいに小さくなる二人。
「でもさ、時としてそれだけではどうしようもない事もある。だから、この二人みたいな人間だって居て貰わないと困るだろ?」
「ふう、やれやれ。確かにバランスは必要じゃな。二人ともフェリアーテに感謝するんじゃぞ。」
ラジャは二人を見ながら言った。
「変に頭なんて下げないでおくれよ。」
フェリアーテは感謝して頭を下げる二人に困ったような顔をしながら苦笑いしていた。
「本当にお主は大したものじゃ。わしに教えを乞い、合間にこの二人と相談して体力をつけておる。いずれ来る悪しきものに、間違いなくフェリアーテは大きな力を発揮するであろう。」
「そういえば、いっつも言ってるそのいずれ来る悪しきものってのは一体何なんだい?」
フェリアーテは褒められすぎてちょっと照れ隠しもあったが、ラジャに聞いた。
「後20年以内にやって来るであろう悪しきもの・・・。感じぬか?フェリアーテよ。」
「う〜ん、修行不足なのかな?やっぱりあたいにはさっぱり分からないや。」
もう何度やったか分からない二人の間での同じやり取りだった。傍に居る二人もラジャの言っている意味が分かってはおらず、首を傾げるだけだった。
「まあよい。今夜はゆっくりと寝て、また明日からのお勤めに励もうぞ。」
「あいよっ。」
「はいっ。」
ラジャの言葉にフェリアーテと、お付の二人が同時に返事をした。
・・・亜空間内・・・闇の間・・・
すぐ近くにあり、最も遠い場所・・・。
黒い炎が燃えていて、真っ暗な部屋を薄暗く照らしていた。
四人のローブを着た魔術師らしきものが、宅を囲み会話をしていた。人の瞳にあたる部分からは不気味な赤い閃光が揺らめいていた。
「このまま放置しておくのは危険ではないか?」
赤いローブを羽織ったものが口を開く。
「そうだな。早い内に目は摘み取っておくか。あの老いぼれが残った所で我々にとってはさした脅威ではない。」
次に黒いローブを羽織ったものが言う。
「では、あの赤毛の女を始末しますか?」
茶色いローブを羽織ったものが、他の三人へ聞く。
「そうだな、やり方はお前に任せる。首尾良く片を付けるのだぞ。」
最後に青いローブが茶色いローブへ言う。
「お任せ下さい。我に秘策あり。必ずやあのものを亡き者に致します。」
薄く笑ってから、茶色いローブを羽織ったものは立ち上がり、闇の中へと溶け込むように消えて言った。
「では、あの追いぼれを寺院から引き離すのは我が受け持とう。あの赤毛の女さえ居なくなれば容易い事。ばれぬように時間を掛けてやる事にしよう。」
黒いローブはそう言うと、残った二人は黙って頷く。
「まだ、時間はある。焦る必要は無い。いずれはあのイクリプストーチも邪魔となる。だが、老いぼれが居なくなれば奪うのは容易だ。段階を確実に踏んで行けば問題は無い。」
青いローブがそう言うと、やはり残った二人が黙って頷く。
「また、久方ぶりに世に出る時がやってくる。千年に一度の災い再び。それまで地固めをしておこうぞ。」
最後に赤いローブがそう言うと。三人は少しだけ不気味に笑った。
その笑い声が途切れると三人の姿と黒い炎が消え、闇と静けさだけがそこに残った。
・・・一週間後・・・
ガンビアス大寺院に二度と現れないと思った人物が現れた。
「フェリー久しぶりだな。」
「ラース!?ラースなのかいっ!?久しぶりだねえ。」
声を掛けられたフェリアーテは驚きながらも、久しぶりの再開が嬉しくて微笑んでいた。
「成りは神官だってのに、言葉遣いは昔とちっとも変わらねえんだな。」
ラースは少し笑いながら言った。
「今日はゆっくりしていけるのかい?」
「ああ、実は折り入って相談があってな。夜にでも時間取れないか?」
少しひそひそ声で答えながらラースは聞き返す。
「ん〜。そうだね夜なら良いよ。外は寒いだろうし歩き回って時間を潰すのも大変だろうから、寺院の中の人に言って夜までここに居れる様にして貰うよ。」
「ああ、そうして貰えると助かる。モタビアから着いたばっかりでこの寒さに辟易してた所だからな。フェリーはもうすっかり寒さには慣れたのか?」
「そうだね、今日の外はまだまだ暖かい方かな。寺院の中は来る人の為に暖かくしてあるから居た方が良いよ。夜まで外に居たら風邪引いちまうよ。」
寒がるラースを見て少し笑いながらフェリアーテは言った。
「じゃあ、ちょっと待ってなよ。」
「ああ。」
フェリアーテは近くに居る僧に声を掛けると、僧の方が驚いて頭を下げる。
「ここでも偉くなったんだな。フェリー・・・。」
ラースは遠くを見るような目で、二人のやり取り見ながら呟いていた。
「ラジャ様、あの者は・・・。」
「うむ、以前にフェリアーテと御神体を盗みにここに来た者じゃな。」
少し離れた所から、ラジャと二人のお付の一人が様子を伺っていた。
「フェリーは大丈夫でしょうか?」
もう一人のお付が心配そうに呟く。
「馬鹿者!もう以前のフェリアーテでは無いわ。そんな下らん心配をするなら少しでも自分の修行をせいっ!」
「も、申し訳ございません。」
怒ったらジャに驚いたお付の一人は、その場でぺこぺこと頭を下げて謝っていた。
「ラジャ様。どうやらあの男はお客扱いになるようです。」
「ふむ・・・。」
もう一人の言葉に、ラジャは怒りを静めて再びラースの方を見た。すると大神官が直々に案内していく所だった。
「流石は大神官じゃわい。場慣れしておる筈の盗賊の方が緊張しておるわ。フォフォフォ。」
ラジャはラースが緊張して大神官の後を着いていく様子を見て笑っていた。
フェリアーテは今日一日のお勤めを終えて、ラジャやお付の二人にも説明をしてからラースの元へ向かっていた。
(しっかし、あたいは死んだ事にしてくれって言ってあったのに・・・。一体ラースはわざわざこのデゾリスまで何しに来たんだろうね?)
ラースの待っている部屋に着く少し前まで、腕を組んで考え込む感じで歩いていた。
「フェリアーテ。」
「あっ、はいっ!?」
突然声を掛けられて、驚いたフェリアーテは声のした方を見た。そこには大神官が居た。
「これは、大神官様。」
フェリアーテは慌てて頭を下げた。
「待っているものは、貴方にしか話さないとおっしゃっています。早く行って悩みを聞いて差し上げなさい。」
「はいっ、失礼します。」
にこやかに微笑む大神官に一礼した後、フェリアーテは小走りに部屋へ向かった。
コンコン
「そうぞ。」
「失礼するよ。」
ノックして中からラースの声が聞こえたのを確認してから、フェリアーテは頭を下げつつ部屋のドアを開けて中に入って行った。
「随分と変わったな、フェリー。」
「まあ、そうさね。最後にしくじっちまった時から三年以上経つもんね。」
フェリアーテは昔を思い出すような感じでゆっくりと言った。
「もう、そんなに経つか。荒々しさが転じて綺麗になったな。」
「何言ってんだか。ラース。あんたは老け込んだ感じだね。白髪が目立って来てるよ。って、こんな話しに来た訳じゃないんだろ?」
最初は軽く笑っていたフェリアーテだったが、最後には真面目な顔になって聞き返した。
「ああ。実はな、盗賊のメンバーの殆どが殺されちまった。」
「何だって?どう言う事だい!?」
ラースのショッキングな切り出しに、フェリアーテは思わず立ち上がって驚いていた。
「つい一週間前の事だ、実際にメンバーにはあの後フェリーは死んだ事にしてあった。それでも、なんとか上手くやってた。だが、盗みに入った場所で突然現れた化け物どもに殺されちまった。奴ら、まともに武器が効かねえ。どうしたもんか悩んだ末に、ハンターを雇ったが、そいつらもやられちまった。どうしたら奴らの敵を取れるか考え込んじまってる俺に、ハンターの一人からここの僧や神官の持つ力に頼ってみたらどうだと言われてな。過去の事もあったし、勿論フェリーが生きているかどうかは半信半疑だったが来てみたって訳さ。そしたら、フェリアーテがいたって訳さ。」
ラースが話している間、フェリアーテは静かに目を閉じて聞いていた。
「そうかい。もし、許しが出るならあたいが行ってそいつ等を退治するよ。勿論ラースも一緒に行くんだろ?」
「無論だ。あいつらの敵を取ってやりたいからな。俺はどうしたら良い?」
真面目な顔をして答えた後、ラースはフェリアーテに聞いた。
「そうだね、とりあえず今すぐに聞いてくる。許可が下りたらあたいが行く。もし許可が下りなくても他の誰かを同行させる。そして、明日の日が出てからの出発ってことでどうだい?ラースが寒さに我慢出来れば今夜でも良いけどさ。」
「明日で頼む。」
「あっはっは、分かったよ。じゃあ、ちょっと聞きに行ってくるから待ってなよ。」
想像してなのか身震いしながら言うラースを見て笑いながらフェリアーテは部屋から出て行った。
「ふむ・・・。どうやら、闇のものかもしれんのう。厄介じゃ。もう、姿を現し始めたか・・・。」
ラジャは厳しい顔をしながら、フェリアーテからの言葉を聞いて答えていた。
「闇のもの?」
フェリアーテは不思議そうに聞き返す。
「そうじゃ。腕っ節といっても生半可では太刀打ち出来ん。その為にわし等のような神官が居るのじゃ。じゃが、ハンターを雇った上でも駄目となると、かなり強い力のあるものを送らねばならんな。それこそ、また返り打ちにあってしまう。」
「そこでなんだけど、あたいじゃ駄目かなと思って・・・。」
フェリアーテは難しい顔をしているラジャにお伺いを立てるように聞く。
「人選としては文句無しじゃ。じゃが、お主は神官でも既に上の位置におる。そう易々と外に出させてくれるか分からん。」
「そっか・・・。」
「わしとしては、自分の実力を知る良い機会でもあり、いずれ対峙するものがどんなものか見て置いた方が後学の為になると思っとる。よし、時間は遅いが大神官に一緒に直談判に行くぞ。」
「えっ!?でも流石にそれは不味いんじゃ?」
「下らん連中の判断など仰いどったら、何日経ってもここから誰も行かせる事が出来んわい。それに、今この間にも被害が広がっていると考えるのなら出来るだけ早い方がええじゃろ。別にフェリアーテが行った後の連中の下らん愚痴ぐらいどうって事は無い。ほれ、行くぞ。お前達は、フェリアーテが出れる様に準備だけ先にしておくのだ。よいな?」
フェリアーテを引っ張りながら、部屋を出る時に返事も聞く間も無くラジャは言って去って行った。
「やれやれ、ラジャ様も本当はフェリアーテを生かせたくは無いだろうに・・・。」
「今の言葉決してラジャ様の前で言うなよ。」
「ああ、分かってる。じゃあ、準備をするか。」
二人は言い終わってから、黙って準備を始めた。
「夜分遅く失礼します。ス=ラジャとフェリアーテです。」
「どうぞ。」
大神官の静かで澄んだ声が聞こえて、ラジャとフェリアーテは部屋へと静かに入った。
「本日来た、お客の一件なのじゃが。」
「はい。」
「どうやら、モタビアに闇のものが現れたみたいなのじゃ。」
ラジャの言葉に、それまで静かで穏やかだった大神官の表情が曇る。
「そこで、早急にこのフェリアーテを連れとして行かせたいのじゃが、許可を下さらんか?」
「私の一存では何とも。それに、フェリアーテは今や高神官の地位を与えても良い身。早々ここから出す訳には参りません。」
「それは分かっているつもりじゃ。だが、モタビアのハンター達もやられたとなれば話も変わるのではないか?わざわざ好き好んでモタビアに行きたいというものはここには殆ど居るまいて。」
「そうですね。そう言われてしまうと否定できずに痛い所ですね・・・。」
ラジャの言葉を否定出来ず大神官は苦笑いするしかなかった。
「わしと供の二人でも良いがそれはフェリアーテ以上に許可は出せまい?」
「それは無理というものです。」
そこはしっかりと否定する。
「ならば、フェリアーテを行かせてやってはくれまいか。元々の知り合いの弔いも入っているとの事なんじゃ。それにフェリアーテならモタビアにも詳しい。適任だとは思わんか?」
「・・・。」
ラジャの言葉に困った顔になって大神官は黙り込んだ。
「大神官様。あたいは無理にとは言いません。ただ、モタビアで困っているものに力を貸して欲しいのです。」
フェリアーテの言葉を聞いて、大神官はフェリアーテの瞳をじっと見据えた。
「・・・分かりました。フェリアーテ、貴方が行く事を許可します。ただし、期限を設けます。成功しても失敗しても必ず一週間以内に戻る事。失敗した際には、再度このガンビアス大寺院から人材を選び派遣させます。良いですね?」
「はいっ、他の方の手を煩わせないように頑張ります。」
フェリアーテは嬉しくなって元気良く返事をした。
「気を付けて行って来るのですよ。」
「はい。」
最後に微笑んで優しく言う大神官に向かって、フェリアーテも微笑んで静かに答えた。