チャオ婦長誕生(中編)

・・・次の日・・・第二外科ナースステーション
「それでは、今日初めに新しい人事についてお話したいと思います。」
ファイリス婦長はそう言って、電子端末を取り出す。レイア、ミュール、チャオの三人以外は顔を見合わせていた。
(ついに・・・決まったんだにゃ・・・。)
チャオは一人真剣な顔になっていた。
(あたしはやりたくないなあ・・・。かと言ってミュールには任せたくないし・・・。)
レイアは、横目でミュールをチラッと見ながら思っていた。
ミュールは話を聞いているのかいないのか、真剣な表情をしているチャオを微笑みながら見ていた。
「私は、来月末をもってメディカルセンターを辞職します。」
「ええっ!?」
三人以外の看護婦は皆驚いてざわついた。
「皆静かに。」
ファイリスがピシッというと全員が黙って静かになる。
「それに伴って後継の婦長の人選が昨日行われました。センター長を含め皆さんが出した結果等を考慮して新婦長は・・・。」
そこまでファイリスが言うと、ミュール以外は次の言葉が出来るのを固唾を呑んで見守った。
「チャオさんに決まりました。」
「にゃんですとっ!?」
ファイリスの言葉にチャオは思わず眼を丸くして驚きの声を上げた。
「おめでとうチャオ。」
(ふう、あたしやミュールじゃなくて良かった。)
内心ホッとしながらレイアはチャオに声を掛けた。
「おめでとうチャオちゃん♪」
そう言ってミュールはしゃがみ込んでチャオを抱き締めた。
「にゃっ!?にゃっ!?で、でも、私だとレイア先輩とミュール先輩を差し置く形になっちゃいますにゃ。」
チャオはミュールに抱き締められた状態でワタワタしながら言った。
「レイアは反対意見ありますか?」
「いいえ、ありません。」
レイアはファイリスの問いにキッパリと答える。
「ふみゃっ!?」
チャオはあまりにあっさり言われたので目をパチクリして驚いた。
「こら、ミュール!新婦長に対して何という行動を取っているんですか!」
ファイリスは、そう言いながらミュールに近づいて上からげん骨を脳天に入れる。
「痛ぁい。すいません婦長。」
名残惜しそうに、ミュールはチャオを放してから頭を摩りながら立ち上がった。
「ミュールは反対意見ありますか?」
「無論ありませ〜ん。」
ミュールもニコニコしながら即答する。
「ふみゃみゃっ!?でもでも・・・。」
チャオは二人の意見に驚いて狼狽していた。
「チャオ、良いですか。今日から貴方がここの新婦長です。貴方の先輩に当たる二人の反対もありません。」
「ふにゅ〜・・・。」
チャオは困った顔をして唸った。
「ファイリス婦長、言葉を訂正して頂いて宜しいですか?」
二人のやり取りにレイアが割って入る。
「何ですかレイア?」
「私は反対とかの前に、賛成です。」
「私も賛成ですぅ。」
聞かれたレイアだけでなく、ミュールも続けて言った。
「という事です。良いですねチャオ。」
「・・・はいにゃ・・・。」
チャオは諦めたように元気なく返事をした。
「婦長がそんな事でどうしますか。看護婦だけでなく、患者さんにも余計な心配を掛ける事になるのですよ。しっかりしなさい!ほら、こっちに来て皆に挨拶をして。」
チャオは重い足取りで、ファイリスの隣に立った。
「あの・・・私・・・どう言って良いかわからないにゃ・・・。実感もにゃいし、正直やっていける自信ないにゃ・・・。」
「何言ってんだよ。ファイリス婦長が居なくたってあたしやミュール、それにここに居る看護婦全員があんたの味方なのを忘れんなよ。」
「そうですよぉ。私達はチャオ婦長の味方ですぅ。ファイリス婦長みたいに意地悪な先生に立ち向かって下さいねぇ。」
「チャオ先輩、じゃなかった婦長に、私ついて行きます。」
レイアやミュールだけでなく、他の看護婦からも次々とチャオを応援する言葉が続々と出てきていた。
(みんにゃ・・・。)
チャオはジーンとして少し涙ぐんでいた。
「これが貴方の人望です。人とは色々なもので動く生き物です。でも、心で繋がっているのが最も強く確実な繋がりなのです。貴方はそれをきちんと分かっている。そして、周りの皆もそれを分かっている。無論私もね。」
チャオへの言葉が鳴り止まない中で、ファイリスはチャオにそっと耳打ちした。
「婦長・・・。」
チャオはファイリスを見上げた。ファイリスはただ、微笑みながら無言で小さく頷いた。
「皆静かに!」
ファイリスの一喝で再び静かになる。
「私、さっきも言った通り自信もないし失敗も多いと思うにゃ。でも、出来るだけの事はやるつもりだから、力を貸して欲しいにゃ。」
そう言って、チャオは皆に頭を下げた。
「大丈夫だ、心配すんな。後輩達はあたしがまとめてやる。」
レイアは力強く言う。
「何かあってぇ、センター長や先生方と対立するようだったらぁ、私が黙らせますわぁ。」
(チャオちゃんをいじめる人は許しませんわぁ・・・くすくす。)
ミュールの方は何気に少し笑いながらも凄い事をあっさりと言う。それには、周りに居た看護婦が恐がって2、3歩後ずさった。
「はい、私が居なくなる一ヶ月後にもう一回挨拶をして貰うつもりだけど、その時にはもっと違う形になっていると思うわ。一ヶ月みっちり私が婦長としての仕事や役割を引き継ぎますから、チャオ婦長が現場から欠ける分は貴方達できちんと出来る様になりなさい。それが、さっき貴方達がチャオ婦長に言った言葉を体現する事になります。はい、もう、大分時間経っていますから皆はそれぞれの仕事を始めるように。私はチャオ婦長と一緒にセンター長の所へ挨拶に行ってきます。何かあったら呼びに来て下さい。それでは、朝礼はここまで。解散。」
ファイリスの言葉が終ると、皆がナースステーションから出て行く。
「今日の中身は全部それぞれの小型端末に入っているからちゃんと見とくんだよ。チャオ婦長が現場から外れてるのを忘れるなよ!」
一緒に出て行きながら、レイアがそう大きな声で言うと皆が止まって小型端末を覗き込む。ミュール以外の看護婦達は確認してあたふたしながら散って行った。
「さ、チャオ。行きましょう。」
「はいにゃ。」
チャオは緊張しながらファイリスと一緒に廊下を歩いて行った。

「センター長、新しく就任したチャオ婦長です。」
「チャオですにゃ。」
ファイリスに紹介されて、緊張した面持ちでチャオは頭を下げながら挨拶した。
「ファイリス婦長の後をしっかりと引き継いで頑張ってくれ。」
「はいにゃ。」
頭を上げてチャオは元気良く返事をした。
「センター長、ご心配には及びません。チャオには私の出来る全てを伝えます。どちらかといえば、頑張って頂くのはセンター長や、医師の皆様だと思いますよ。」
「はっはっは、そうか。」
(何か・・・凄いやり取りだにゃ・・・。)
二人のやり取りにチャオはただ、交互に二人を見ているしかなかった。
コンコン
「どうぞ。」
プシュー
「失礼します。取り込み中でしたか・・・。」

ドアがノックされてセンター長が答えると、白衣姿の若い男が入って来た。
「いやいや、丁度良い。お互いに紹介しておこう。まずは、こちらは現第二外科看護婦長のファイリス。そして、今日から後任として着任する事になったチャオ婦長だ。」
ファイリスとチャオは入って来た男に頭を下げた。
「そして、こちらは第一外科に医師としてメディカルセンターに来て頂いたハリス医師だ。」
ハリスの方も無言で二人に頭を下げる。
(随分と若いにゃ・・・。見た所あたしより年下だにゃ・・・。わざわざ呼ばれたと言う事は腕が良いんだにゃ・・・。)
チャオはハリスを注意深く見て居た。
「それでは、我々は仕事がありますので、これで失礼致します。」
ファイリスが切り出して、頭を下げる。
「失礼しますにゃ。」
チャオもそれにあわせて頭を下げた。
ハリスはチャオの言葉を聞いて少し不思議そうに後ろ姿を見送っていた。

「あの、ハリスと言う医師は随分と切れ者みたいね。」
ファイリスはセンター長室を後にしてから、チャオの方へ言った。
「そうですにゃ。私もそう思いましたにゃ。」
チャオは素直に自分もそう思ったので見上げながら答えた。
「一ヵ月後私は居なくなる。そしてそれから先は貴方が皆を守らなくちゃいけない。それが出来るように私がビシビシ鍛えてあげるからね。」
「お願いしますにゃ。」
チャオは厳しい顔をしていうファイリスに頭を下げながら言った。
(この子なら大丈夫・・・。)
ファイリスはそんなチャオを見ながら内心で確信していた。

そして、そこから一ヶ月チャオは厳しいファイリスの引き継ぎ等の指導に音も上げず頑張って受けていた。
(あたしが、先輩や看護婦の皆を守るんだにゃ!過去と同じ過ちは犯さないにゃ・・・。)
チャオは昔の自分の無力だった事を思い出しながら、固い意志を持って一生懸命に取り組んでいた。