そっくりさん
「あの・・・もし・・・そこのお方・・・。」
「ん?」
トロはロビーで声をかけられ振り向いた。その瞬間驚いた。
「あたしにそっくり!?」
そう、声をかけてきたのはトロそっくりの人だった。
「あの・・・その・・・宜しければ・・・他の所でお話でも如何でしょう?」
トロとそっくりではあるがやたらとビクビクしている。人と話したこともあまりないのかもしれない。
「いいよ〜ん。」
トロの返事に相手は喜んで先導してロビーから離れていった。
(何だか面白い事になりそう。うっしっし〜。)
トロはワクワクしながら、後を着いて行った。
「うひゃあ・・・こんなとこ入るの?」
トロが連れてこられたのはハンターが入るところにしては偉く立派な場所だった。周りにいる人もトロの事をジロジロ見ている。
「あの・・・お嫌ですか?」
やはりビクビクしながら聞く相手。
「別にわたしは良いんだけどね〜。」
そう言いながら周りをぐるっと一瞥する。トロを見ていた相手はあからさまに目を逸らす。
「まあ、そっちが良いって言うんだったら構わないよ〜ん。」
相手はその言葉にホッとして、トロを建物の中に招き入れた。
内装もやたらと豪華でラグオルとは違う別世界に来た感じだった。
(うひゃ〜。高そう。)
「あの・・・こちらです・・・。」
トロにそっくりな相手はエスカレーターを昇り始めていた。
「あうちっ!」
トロはお約束でコケるフリをした。周りは笑うでもなく皆が心配そうな目で見ている。
「大丈夫ですか!?」
エスカレーターは止まり、係員がすぐに寄ってきた。そっくりさんは顔面蒼白になっていた。
(わたしがあうち!)
トロは苦笑いしながら直ぐに起き上がって、そっくりさんへ大丈夫だと手を振ってアピールした。係員にも大丈夫と手を振って再び動き出したエスカレーターに乗った。
上の階に付いてやたらと広い廊下を通って行った。途中ですれ違う人はトロをジロジロ見ていたが、トロは気にせずニコニコと笑い返していた。
暫くしてドアの前に立ち、そっくりさんをスキャンしてロックが外れた。
「さあ・・・どうぞ。」
慣れない仕草でそっくりさんはトロを中に招き入れた。
「ありがとね〜。」
中はこれまた意味も無いかのように広く、高そうなものばかり置いてある。
「あの・・・好きな所に・・・お座り下さい。」
「それじゃ、遠慮なく。」
トロはソファに座った。勢い良く座ったので一気に体が沈み込んだ。
「どわぁ。」
トロはじたばたして一回ソファから立ち上がった。
相手は驚いた顔をして目をぱちくりしている。
「ふう・・・やれやれ。じゃあ、もう一回座り直すかなっと。」
そして、今度はわざと勢い良く座ってまた沈み込んだ。
(今度はどうだっ!?)
沈み込みながらもそっくりさんを見ているトロ。そっくりさんは後ろを向きながら肩を震わせている。
(よしよし、成功、成功。うっしっし〜。)
トロは満足そうな顔になって、じたばたせず体勢を整えて座りなおした。
それを見てそっくりさんも座った。
「それで、わたしに話ってって言う前にっと。わたしはトロよろしくね〜。」
そう言ってトロは右手を差し出した。
「えっと・・・私は・・・セシールと申します。」
セシールは恐る恐る手を差し出した。
「おろ?握手ってした事無い?」
「いえ・・・握手は・・・その・・・婚礼の証なもので・・・。」
セシールは赤くなって答えた。
「ありゃ。そりゃ悪かったね。んじゃ、今のな〜し。じゃあ、話を元に戻そう。わたしに何の用かな?」
トロは興味津々と言う顔でセシールを見ながら聞く。
「実は・・・私もう長くないんです・・・。」
トロは白黒反転した。
「それで・・・お医者様が最後の外出だっておっしゃったんですけれど、生憎と自由に外に出れないんです・・・。」
「な、な、何でまた?」
トロは動揺して呂律が回っていなかった。
「その、私は・・・このパイオニア2に来る前は、今見えているラグオルとは別の惑星に住んでいたんです。そこで、一応姫と言う事になっていました。もう、その星を離れたと言うのに、ずっとその肩書きが付きまとってしまって・・・。」
そう言ってセシールは俯く。
(何だか大変っていうか、辛そうだなあ・・・。)
トロはセシールが気の毒になってきた。
「それで、何とかこのホテルまでは家族の反対を押し切って、追跡の手も逃れてきたんです。せめて、後少しの命。自由に外を見てみたいと思いまして・・・その・・・。」
セシールは上目使いでトロを見ている。
「それで、あたしが身代わりになればいいのかな?そんな事だったら構わないよ。うっしっし〜。」
トロがあまりにあっけなくOKを出したのでセシールはキョトントしてしまう。
「何だか楽しそうだしね〜。その悪巧み、もとい、相談このトロが引き受けちゃおう。」
トロはそう言って胸を叩いた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
セシールは何度も何度も頭を下げた。そして、二人は早速洋服を入れ替えた。
「あらあ・・・こんなに変わっちゃうもんなのね〜。」
トロは自分の身なりを見て驚いていた。
「あの・・・その・・・これって・・・肌の露出が・・・。」
「な〜に。我慢我慢。それに、このマント羽織って行けば良いよ〜ん。それにしても体型までそっくりとはねえ。」
セシールはマントを羽織って幾分か落ちついたようだった。
「それじゃあ、行ってみよう!トロとセシールの入れ替え大作戦!!」
トロの言葉にセシールはくすくすと笑っていた。
そして、すっかり入れ替わった二人は、また来た道を戻っていった。
再びロビーに付いた二人は夜にもう一度ここで待ち合わせるという事で分かれた。
「セシール様!」
トロの後ろで突然声がした。
(おっ!早速引っかかった。)
トロは内心で笑っていた。
「なーに?」
ニッコリ笑って言うトロを見て相手は焦っていた。
「あ、いえ・・・何でもありません。」
相手は訝しげに見ているがトロは全く気に留めず無視してその場を去ろうとする。
「お、お待ち下さい。」
相手は焦ってトロを引き止める。
「だから、なーに?変な事する気だったら人呼ぶよ。」
トロの言葉に相手は焦りまくっていた。
(楽しいかも♪)
トロはその状況を楽しんでいた。
「トロ〜。」
セシールは呼ばれてビクッとした。
「は、はい・・。」
恐る恐る声の主の方に振り向く。
「チャオ。にゅっしっし〜。」
相手にどう反応して良いのか分からずセシールは困惑顔になっていた。
「むむむ・・・。さては!」
セシールは相手の言葉にドキドキしていた。
「頭でもぶつけたんだにゃ。」
セシールはその言葉にこけそうになったが踏ん張った。
「ええ、まあ・・・そうなんです。」
卑屈いた笑いはどう見ても嘘としか思えない。
「じゃあ、メディカルセンターに行くにゃ。そこで見てもらうにゃ。」
「ええっ!!」
流石にメディカルセンターは不味いと思いセシールは驚いた後考え込んでしまった。
(どうやって切り抜ければ良いのかしら・・・。)
そんな事を考えている間に何時の間にか相手にメディカルセンターに連れてこられていた。
「はっ!?」
「じゃあ、よろしくにゃ〜。」
気が付いたセシールが見たものは、見た事も無い看護婦に手を振って去っていく相手だった。
「えっ?えっ?えっ???」
「とりあえず、混乱されているみたいですけれど大丈夫です。軽く頭を打たれたという事でまず外科で診てもらいますからね。」
そう言って、セシールは看護婦に連れられていった。
そして、あれよあれよという間に外科の医者の前に座っていた。
「ふむ・・・頭を打ったというのは嘘ですね・・・。」
外科医の言葉にドキッとするセシール。
「どうです?私に預けてみません?」
「な、何をですか?」
セシールは相手が自分の事を知っているような気がしてドキドキしていた。
「残り少ないと言われている寿命です。上手く行けば凄い倍率で貴方に返る事になりますよ。」
「えっ!?」
外科医は少し笑いながら言ったが、セシールは硬直していた。
「今から緊急で手術して成功すれば、ですけれどね。」
「お願い・・・出来ますか。」
真面目な顔をして言う外科医にセシールは思わず頭を下げていた。
トロは待ち合わせ場所で、数人と一緒にセシールを待っていた。
「う〜ん。来ないなあ。」
周りにいる数人は何ヶ所か怪我をしている。トロはあの後直ぐにホテルに戻ったが、夜になって待ち合わせ場所のこのロビーに来る時に止められそうになったが、力ずくでここまでやってきた。
「チャオ!」
後ろからした声にトロは直ぐに振り向いた。
「チャオ〜!」
目の前にはチャオがいた。
「にゅっしっし〜。」
「にっしっし〜。」
二人は笑いあった。周りにいた数人はポカンとしていた。
「もしかして、トロって、そっくりさん待ってるにゃ?」
「そうだよ〜。って知ってるの?」
ニヤリと笑うチャオ。それを見て、やはり少しニヤリと笑うトロ。
「あのね〜。メディカルセンターだにゃ。」
「えっ!?もしかして倒れちゃったの!?!?」
トロも驚いたが周りにいた数人も驚く。
「ううん。病気の手術して成功して、今は病室で寝てるにゃ。」
「成功ってどうなるの?」
トロの言葉に周りも頷く。
「一応あと一月持つかどうかだったけど、病巣無くなったから10年は生きられるんじゃにゃいかな〜。」
「そりゃ、良かった〜。」
トロは心からそう思った。
「そりと、その辺のコソコソとしてる人達に言っとくにゃ。まだ暫くは集中治療室から出てこられないから会えないにゃ。」
チャオはジト目をしながら言った。その場から立ち去ろうとしていた数人はビクッとして止まる。
「まあ、そう言う事だから、そっちは帰った帰った、だにゃ。」
チャオの言葉に数人は安心した様にその場から去っていった。
「じゃあ、わたしも帰ろうかなあ。」
「トロはちょっと待ってだにゃ。」
「ほえ?」
「これからメディカルセンターに行くにゃ。」
チャオは意味ありげに笑ってから、歩き出した。
(え?集中治療室じゃなかったっけ?)
トロはとりあえずチャオに付いて行った。
メディカルセンターに来るとチャオは看護婦さんになにやら頼んでいる。トロは入り口のロビーでその様子を見ながら待っていた。そして、話が終わってチャオがやってきた。
「うんとね〜。これから婦長さんが来るから、その人に付いて行ってにゃ。あちしは早く帰ってめびぞ〜とかのご飯作らなきゃだから、こりで帰るにゃ。そりじゃあ、待ったね〜。チャオ!バイバイ♪」
「うん、まったね〜。」
チャオは手をブンブン振って去っていった。
「ホントに帰っちゃうし。」
トロは見送りながら呟いていた。
「トロさんですか?」
「うん?」
トロは声をかけられて振り向いた。
「ああ、そうっすけど。」
「セシールさんの所に案内しますんで、付いて来て下さい。」
トロはいろいろ聞こうと思ったが我慢して着いて行った。暫く行くと病棟に入りネームプレートで「セシール」と書いてある所に来た。
「ここから先はトロさんお一人でどうぞ。」
「へ〜い。」
トロはそのまま病室へ入った。
「トロさんっ!」
ベッドの上には嬉しそうに笑っているセシールがいた。ただ、自分にそっくりなのでちょっと違和感があった。
「あいよ〜。それで、大丈夫なの?」
心配そうに聞くトロ。
「はい、先生のお話だと大きくは切ってないし傷も直ぐ塞がるだろうって。明後日くらいには退院できそうです。」
朝別れるまでとは全然違う明るい笑顔と声で答えた。
「それは、良かったね〜。うっしっし〜。」
「はい、うっしっし。」
トロの真似をして少し恥ずかしそうにするセシール。
「よ〜し、退院したら遊びに行こ〜!」
「はい。」
暫く二人は話をしていた。
噂ではセシールの退院後、トロとセシールは時々入れ替わっているとかいないとか。
本当の所は謎である。