チャオ婦長誕生(前編)




・・メディカルセンター会議室・・・
「それでは、第二外科病棟次期婦長を選出する会議を行う。」
センター長のこの一言で会議が始まった。
「今回はファイリス婦長が退職される事によって決められるものである。候補は次の三人。」
部屋が証明が薄暗くなり、中央にある機械からホログラフが映し出される。
「「ミュール・セラン
16年前、メディカルセンターに看護学校の研修生として初来場。
12年前、正看護婦としてメディカルセンターに正式に就任。
以後、第二外科病棟で現在まで勤務。
本人の資質は非常に高く、医療チームや患者への受けも良い。
しかし、リーダーシップと言う面ではやや難有り。」」
センター長や、現婦長であるファイリスだけでなく、医師を含めた医療チームの責任者達も真剣な表情で説明を聞いていた。
「「レイア・ヒュース 旧氏名 レイア・ソリス
14年前、メディカルセンターに准看護婦として赴任。
12年前、正看護婦になり正式に就任。同時に女の双子を出産。
復帰後、第一外科病棟に一年。ここで更に男子を出産。
以後第二外科病棟で現在まで勤務。
本人の資質はやや難あり。
しかし、リーダーシップは抜群で、人を使うのが上手い。」」
「「チャオ
10年前正看護婦としてメディカルセンターに就任。
精神不安定の為一ヶ月休職。
以後第二外科病棟で現在まで勤務。
本人の資質は非常に高く、医療チームや患者への受けも良い。
リーダーシップに関しても後輩育成を含め資質は非常に高い。」」
三人の説明が終るとホログラフが消えて、部屋が明るくなった。会議室の中にいる全員が一息ついた。
「決定を出す前に現婦長のファイリスから一言お願いしたい。」
言われたファイリスは立ち上がって皆に一礼した。
「皆様お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。第二外科病棟婦長のミリアネス・ファイリスです。今回の件は私が退職するにあたって後継の婦長選出をする会議になります。私個人の意見としましては、今見て頂いた情報でもお分かりの通りミュールとレイアは一長一短。バランス良く優秀なのはチャオです。正看護婦としての経験は他の二人より2年少ないですが、その資質は皆様が一番良く知っていると思います。私はチャオに後任を任せたく思っています。以上です。」
短くまとめて言った後ファイリスは座り直した。
「それでは、この三人の中から次期婦長を決定する。決定形式は多数決。上位二名が同数の際には二人で決戦投票とする。投票方法は皆の前にあるボードで番号か、その者の名前を直接書き込んでくれ。全員の作業が済み次第、開票し決定する。次期婦長は退職するファイリスの都合に合わせて来月の一日からの赴任とする。以上。皆始めてくれ。」
センター長の言葉に皆は黙ってモニターのボードに目を落として投票作業に入った。
(私の言葉の威力はあるのかしら?)
ファイリスはちょっと首を傾げてから、チャオの番号である「3」を押して皆が終るのを目を瞑って静かに待った。
10分後皆の投票が終り、開票と集計が始まった。10秒もしない内に結果がそれぞれのモニターに表示された。
「「チャオ15票、ミュール3票、レイア3票、白票0票」」
圧倒的な差でチャオに決まった。
「モニターを見て貰った通り、次期第二外科病棟婦長はチャオに決定した。引継ぎをする間だけでなく、これから皆もチャオに力を貸してやってくれ。それではこれにて解散。」
医師や医療チームの責任者達はすぐに会議室からバタバタと出て行った。会議室の中にはセンター長とファイリスだけが残っていた。
「最後に私に意見を言わせたのは作戦ですか?」
「君の今までの功績を賞しての事なのだがな。君の意見を尊重したかっただけさ。」
ファイリスの質問にセンター長は真面目な顔になって答える。
「チャオを婦長として、ミュールとレイアが支えてくれれば第二外科病棟は安泰です。」
にっこりと微笑んで安心したようにファイリスは言った。
「君がそういうのなら大丈夫だな。良く後継ぎ問題でごたごたするが、今回はすんなりと行きそうだな。まあ、君の退職というのが一番大きいのかも知れんがな。」
「うちの看護婦達は変な利権なんかに振り回されないように育ててきましたから。患者さんや仲間第一ですから、これからもセンター長としては煙たい存在になると思いますけれどね。」
センター長の言葉にファイリスはちょっと意味ありげに細い目をして言う。
「やれやれ、そう言う意味でもチャオは君と同じで一番五月蝿い存在になるのかもしれんなあ。」
少し溜息を付いてからセンター長は天井を見上げた。
「何と言っても元アカデミーの助教授。私よりも聡明ですし、何枚も上手で強敵ですよ。真にある優しさと裏腹にですかね。」
「まあ、上手くやって行くさ。でなければ君が言ったように第二外科病棟が上手く回らなくなってしまうだろうからな。そんな事になったらそれこそ大問題だ。君も最初は大人しかったんだがなあ。」
「まあ、それはどういう意味ですか?」
センター長の言葉に少し笑いながらファイリスは聞いた。
「やはり、今の候補の三人に影響を受けたのだろうと思ってな。」
「そうですね。それは間違いありません。でも、私にとっては良い事だったと思います。当時はかなり困らされましたし、喧嘩も絶えませんでしたからね。」
ファイリスはちょっと懐かしむように言う。
「チャオには頑張って貰わんとな。」
「ご心配なさらずとも、決まってしまえばチャオは頑張ってくれます。そう言う子ですから。ミュールとレイアも何も言わずとも手伝ってくれるでしょう。まあ、センター長への風当たりはかなり強くなるかもしれませんが。」
最後は冗談っぽく笑いながら言う。それを聞いてセンター長の方は苦笑いしていた。
「では、私は引継ぎの為の資料を作りながら業務に戻ります。」
「うむ。残り少ないが頼んだぞ。」
「かしこまりました。」
ファイリスは一礼して会議室から出て行った。
「「センター長、いらっしゃいますか?」」
会議室内に受付事務の女性の声が響く。
「どうした?」
「「はい、センター長宛にお客様がいらっしゃっています。」」
(今日はアポは無かったと思ったが。)
「誰だ?」
少し首を傾げながら聞いた。
「「男性の方で、{ハリス}さんとおっしゃっておりますが。如何致しましょうか?」」
「ああ、分かった。新しく赴任してきた医師だ。誰かに私の部屋まで案内させてくれ。」
「「かしこまりました。」」
それに答えるとセンター長は会議室を出て足早にセンター長室へと向かった。

チャオは患者の女の子と残ったタマネギを見ていた。
「タマネギ嫌いなんだにゃ?」
「うん・・・。」
女の子はタマネギを切っている訳ではないのだが、目に涙を溜めていた。
(こりは・・・見るからに嫌い。しかも「かなり」とか「すごく」が付きそうなレベルだにゃ。)
チャオはそう思いながら良い手はないかと腕を組んで考えた。女の子の方はタマネギから目を逸らすようにそんなチャオを見ていた。
(おしっ!これだにゃ!)
チャオは閃いて手をぽんと叩いた。女の子の方は食器ごと下げてくれるのかと思い、期待に目を輝かせた。
「ネルちゃんは家ではタマネギ出てこないのかにゃ?」
「ううん。出てくるよ。とっても変な味なの・・・。それで、吐いちゃって駄目なの・・・。」
今にも泣き出しそうな感じでネルは言った。
「変な味かにゃ?甘くは無いのかにゃ?」
「えっ!?甘い???」
ネルはチャオの言葉に驚いて目をぱちくりする。
(ビンゴにゃ!炒めたりするのが甘いかなにかで生なんだにゃ。ここで、出てきたのが甘くなかったら私の作戦も水の泡だにゃ。)
「ちょっと待っててにゃ。」
そういって病室から出て廊下にある配膳ロボットからスプーンを受け取って戻ってきた。
「お待たせにゃ。ちょっと味見させてにゃ。」
「うん、全部食べちゃっても良いよ。」
「うーん、そりは駄目だにゃ。とりあえず一口頂くにゃ。」
ネルの言葉に微笑みながら答えてチャオはスプーンでタマネギを少しすくって口に入れた。
(にゅにゅっ!こりは半生だにゃ・・・。ちょっと辛目だにゃ〜・・・。)
チャオは思わず苦笑いしてしまった。
「やっぱり、変な味なの?」
恐々とネルが尋ねる。
「そうじゃないにゃ。ちょっと大人向けの味なんだにゃ。これだとネルちゃんの口に合わないんだにゃ。もうちょっとだけ待っててにゃ。これちょっと預かるにゃ。」
「持って行っちゃって良いよ。」
凄く嫌そうにネルが言う。
「それは駄目だにゃ。タマネギも美味しいしネルちゃんに食べて貰いたいんだにゃ。その為の変身をして来るんだにゃ。」
「変身!?」
チャオの「変身」の言葉にネルは興味を示して目を輝かす。
「そうだにゃ。だから、待ってて欲しいにゃ。約束できるかにゃ?」
「うんっ!ネル待ってるよ。」
ネルは元気良く返事をして微笑んだ。チャオはそれを見て、食器ごともって病室を後にした。
「ごめんにゃ。ちょっと調理場に行って来るから後お願いにゃ。」
「は〜い。」
返事を聞いてからチャオは調理場へと向かった。
「すいませんにゃ〜。外科第二病棟のチャオですにゃ。これをちょっと見て欲しいにゃ。」
調理場の入口で声を掛けると中から手でOKの合図が出た。それを見て、チャオは横にある機材のドアを開けてそこにタマネギの乗った食器を置いた。それから、普通に入口から入って行った。全身消毒を受けて、更に帽子、マスク、ゴーグルを付けて、専用の上着を羽織ってから奥へと向かった。調理場の奥の方からは、まだ良い匂いが漂っていた。
(うにゅう、良い匂いだにゃ。)
チャオは匂いの誘惑に負けそうになりながらも、ネルの事を考えて首を何度か振った。
(そうじゃないにゃ。)
そして、奥に居る今日の調理担当者に近付いていった。
「このタマネギがどうしたの?」
調理担当者の方から不思議そうに聞かれた。
「実は、小さな女の子がタマネギ嫌いでこのままだと食べてくれそうに無いんだにゃ。今まで甘いタマネギを食べた事無い見たいだから、更に加熱とかの調理をして甘くして欲しいんだにゃ。」
「なるほどね。まあ、チャオちゃんからの頼みだし聞いちゃおうかな。」
「ありがとだにゃ〜。」
チャオは喜んでその場で飛び上がった。
「じゃあ、終ったら持っていってあげるから病室教えておくれ。」
「3042のネルちゃんだにゃ。出来たらナースステーションの方に持って来て欲しいにゃ。私が直接持っていきたいにゃ。」
「分かったよ。じゃあ、暫く待ってておくれ。」
「宜しくお願いしますにゃ。」
チャオはそう言って深々と頭を下げた。
「任しときな。」
その返事を貰ってチャオは調理場を後にした。そして、すぐにネルのいる病室に戻った。
「チャオお姉ちゃん、変身はまだ?」
「ちょっと掛かるにゃ。一緒に待とうにゃ。」
「うんっ。変身変身〜♪」
ネルは上機嫌になって、チャオと雑談し始めた。
「チャオさん。来ましたよ。」
他の看護婦が声を掛けた。
「それじゃあ、今持ってくるにゃ。」
「うんっ!」
チャオはすぐにナースステーションに戻って食器を見てみた。
大きめに刻んであるものと、切って炒めてある物、そして、元のままと三種類乗っていた。それぞれ味見してみた。
「おおっ!」
チャオは驚いて声を上げた。
元のままのものと比べて他の二種類は偉い違いである。両方ともとても甘く片やシャキシャキでもう片方は柔らかくとろける感じだった。
(これならいけるにゃ!)
チャオは確信してそのままネルの病室へと持っていった。ネルの方は種類が増えていることにショックを受けて凄く嫌そうな顔をした。
「にゅふふ。今まで食べていたのがこれだにゃ。」
チャオはそう言ってスプーンですくう。
「吐いても良いからこの味だったか試してみてにゃ。これを我慢すれば甘いのを美味しく食べれるにゃ。」
「う〜。」
ネルは唸るが美味しい、甘いの言葉に目を瞑ってスプーンごと口に入れた。
「!」
ショッキングな顔になってネルは硬直する。
「ふにゃっ!?」
チャオは驚いて思わずどうして良いか分からずに一緒に止まる。
「んっ!」
ネルは我慢して飲み込んだ。
「おおっ〜!偉いにゃ〜。」
チャオは思わず褒めて頭を撫でた。
「この味だよ〜。」
ネルの方は撫でられながらも泣きそうな声で言う。
「それじゃあ、まずはこっちを試してみるにゃ。」
そう言ってチャオは大きめに刻んである方をスプーンにすくった。
「本当に甘いの?」
訝しげにスプーンの上の大きめに刻まれたタマネギを見ながら言う。
「勿論だにゃ。さっき、内緒で先に食べちゃったにゃ。」
チャオは頭を掻きながら言う。
「チャオお姉ちゃん嘘つかないから信じる!」
そう言ってネルは一気にスプーンをくわえた。恐る恐る噛み始めてシャキシャキと音がする。
「あま〜い!!!」
ネルは驚いて目を見開く。
「こっちも美味しいにゃ。」
そう言って今度は大きめに切って炒めてある方を差し出す。ネルは今の事があったのですぐに口に入れる。
「こっちは柔らかくてあま〜い。」
満面の笑みを浮かべて、最初の泣きそうな顔は何処へやら、あっという間に平らげてしまった。
「美味しかったにゃ?」
「うんっ!タマネギって美味しいんだね。」
「上手くお料理すれば美味しくなるにゃ。ママやパパに作って貰っても良いし、幾らでも資料はあるからそれでネルちゃん本人が作ってみても良いにゃ。」
「うん。ママにいってみる。」
ネルはそう言って満足そうに頷いた。
「にゃは。」
「えへへ。」
二人は思わず笑い合った。
「それじゃあ、また後で検査にくるにゃ。」
「うん、ありがとう。チャオお姉ちゃん。」
軽く手を振り合った後、チャオは病室を出た。嬉しくて鼻歌交じりに空になった食器を持って調理場の方へと歩いて行った。