〜Before Story〜 MEBIUSU(メビウス)前編
・・・異世界・・・
今、ここでは悪魔軍と、神軍と人類の連合軍の長い戦いが終ろうとしていた。
「やはり・・・人間が最後まで残ったか・・・。カストミラ様の言う通りか・・・。」
悪魔軍の総司令部になっているデーモンキャッスルの最上階から魔皇の中でも最も力を持つマイラは呟いた。
一ヶ月ほど前に神軍を滅ぼし残るは人類の軍のみになっていた。
「マイラ様。残るは十輝星の内五人だけとなりました。殲滅は時間の問題かと思われます。」
マイラの背後に現れた総司令官のハーネスが報告した。
「残るは誰か?」
「セラ・メビウス・ランサー・キルリア・ラーティスです。」
「まだ、気は抜くな。そこから逆転されたケースもあったそうだ。なるべく集めずに各個撃破しろ。逃げ延びるとすれば、ランサーかラーティスだ。ブレイン役でもある二人から片付けろ。そうすれば一気に楽になる筈だ。それとセラには気をつけろ。最後の一撃は恐ろしいものがあるというからな。」
振り向かずにその場で真面目な表情でマイラは指示を与えた。
「かしこまりました。次に来る時には最低でも一人を葬った後に参ります。」
ハーネスは恭しく一礼してから消えていった。
「ふっ・・・狸めが。」
その場で馬鹿にした笑いをしながらマイラは言った。
レストナール城
「今デーモンキャッスルの軍勢を入れてもまだ逆転出来る可能性は十分に残されている。、ラーティス、協力してくれないか?」
ランサーは机の向こう側に居る黒い甲冑の相手に向かって言った。
「全てはキルリア様のご意思だ。私が進言した所でご意思が変わるとも思えん。」
人間の軍勢にいながらも、紫の髪に紫の瞳のラーティスは人では無かった。ただ、キルリアの副官としていつも傍に居た。
転生劇になっていた三人の蒼い聖騎士と黒騎士の戦いの中に入って来黒騎士のキルリアに惚れ込んだ。それまで一人だったキルリアもラーティスに絶対の信頼を置いていた。そして、それに答えるべくキルリア自身に足りない部分を補っていた。
セラ・ランサー・メビウスとキルリア・ラーティスの五人は時として戦い、時として戦友となり、数々の世界で幾つもの物語を紡いできていた。そして、またここでも、これからも異世界へ転生して紡ぎ続けるのだろう。
「私からは、ラーティスに言う事しか出来ない。この世界の命運はそっちの二人の協力に掛かっている。」
「分かっている。しかし、私にとってはこの世界よりもキルリア様の方が大切なのだ。返答は明日使者を通じて渡す。以上だ。」
ラーティスはそういうとランサーから背を向け部屋から出て行った。
「ふう・・・。明日か・・・。」
天井を見上げながらランサーは軽く溜息をついた。
「なあ、セラ。ランサーは上手く説得できると思うか?俺は無理だと思うんだけどなあ。あいつキルリア一筋だしなあ。」
メビウスは干し肉をかじりながら向かいで静かに水を飲んでいるセラの方へ言った。
「そうだな・・・。後はキルリアに任せるしかない。この状況はキルリアも分かっている筈だ。例えキルリアとラーティスの協力を得られなくても私は諦めずに戦い続けるだけだ。この世界の人々の為に!」
コップを置いた後で、セラは熱く答えた。
「そうだな。勿論俺も、ランサーも最後まで諦めないさ。それはセラが一番良く知ってんだろ?」
メビウスはニヤッと笑いながら言う。
「そうだな。本当の勝負の時は近いと思う。私は及ばぬ所が多いが頼む。」
セラはそう言って頭を下げる。
「おいおい、ったくいっつもながら真面目なんだからよ。んな事されなくても言われなくても分かってるさ。もう長い付き合いだろ。俺やランサーには遠慮すんなよ。まだまだ三人とも揃ってんだ。行けるぜ。」
「ああ。」
頭を上げてからメビウスの方を見てセラは微笑む。
「まあ、どっちかってっと、俺の方が先にいっちまうかも知れねえからよ。そん時は勘弁な。」
メビウスは冗談交じりに笑いながら言う。その直後にドアが開いて二人は身構えるが、そこにはランサーが立っていた。二人は構えを説いてランサーの言葉を待った。
「ラーティスからは明日どうするか返事を寄こすそうだよ。答えの可能性は五分五分という所かな。済まない説得は出来なかった。」
済まなそうにランサーは言う。
「お前に出来なきゃ、他に出来る奴なんて居ねえよ。話すら聞いてくれるか怪しいんだからな。会うだけで一ヶ月も掛かったんだしな。そんなにしょげんなよ。」
「メビウスの言う通りだ。明日貰える事になっただけでも大きな進歩だ。」
メビウスとセラはそれぞれランサーの肩を軽く叩いてそういった。
「そう言ってくれると助かるよ。明日の答え次第になるだろうが、これからどうするかを詰めて来る。二人はどうするかが決まるまで出来るだけ休んでおいて欲しい。決まればそこから休めるかどうか分からない。」
ランサーはそう言って二人を真面目な顔で見る。
「よっしゃ、最終決戦って感じになってきたぜ!ちゃんとその言葉は守るぜ軍師殿。作戦の方は宜しく頼むぜ。」
メビウスは大きく伸びをしてから、二人に軽く手を上げてから部屋を出て行った。
「分かった。攻め上って勝機はどうかな?」
セラは素直にランサーに聞いた。
「キルリアとラーティスが協力してくれれば五分五分、協力が得られななければ、こちら側三分、いや二分といった所かな。」
少し苦笑いしながらランサーは答える。
「どちらにしてもやるしかないな。明日出れる様に準備はさせて置くから。そちらは、しっかりと作戦を練って欲しい。そして、ランサー君も休んでくれ。頭脳労働の後には肉体労働をして貰わないといけないから・・・。」
「いつもの事さ。そう済まなそうな顔をしないで欲しい。いつもこうやって来たじゃないか。それに、これからもそれは変わらないさ。じゃあ、私は行く。また、明日。」
「また、明日。」
お互いに挨拶して別れて行った。
セラと別れて廊下を歩くランサーは思いを巡らせていた。
(ラーティスが明日と明言したのには訳がありそうだな・・・。それに、一ヶ月こちらに来るのを伸ばしたのにも・・・。)
「ランサー様、如何でしたか?」
突然声を掛けられて、思いを巡らせていたランサーは声のした方を見た。そこにはまだ若い女性が一人立っていた。ランサーの軍の中で指揮をとっている一人のアイだった。
「詳細とこれからの事を話したいと思う。すぐに指揮系を私の部屋に集めてくれ。」
「はっ!」
敬礼するとアイはすぐに走っていった。
「さて、長い夜が始まりそうだ。」
少し楽しそうに呟いてからランサーは自分の部屋へ向かって歩く速度を上げた。
(急いで戻らねば・・・。)
ラーティスは急ぎ足で魔法結界の中を歩いて、キルリアの元へ急いでいた。自陣を守る為に魔法結界を陣から大きく張っていたのでその外にテレポートしてから戻っていたのである。
「やはり・・・居たか・・・。」
ラーティスは歩く足を止めて、武器を抜いた。それを確認したかのように、影から悪魔が数体出てくる。
「流石はラーティス。今頃はキルリアの所にも刺客が行っているぞ。貴様にはここで消えて貰う。魔法が使えなければ貴様など恐れるに足らん。」
「さて、それはどうかな?」
ラーティスは妖しく笑う。そして、その場で戦いが始まった。
一方キルリアは来た刺客と戦っていた。
「ふんっ!刺客という割には手応えが無いな。」
既にキルリアの前に刺客の殆どは消滅していた。
「これ程までとは・・・。」
刺客を束ねている悪魔は不利を悟り逃走を図る。しかし、キルリアと黒騎士の軍団に完全に消滅させられた。
「ラーティスを迎えに行くぞ。今頃、待ち伏せにあっている頃だ。」
そう言うが早いか、キルリアは走り出していた。
「流石は大口を叩くだけの事はあるという事か・・・。」
ラーティスはまだ、全然減っていない悪魔達を見て呟いた。
「何としてもキルリアが来る前にかたを付けろ。」
そう言うと、悪魔達は段々と変化し始めた。5体の内2体は獣型になり、2体は無機質な物体の様になった。残りの一体はそれを見て後ろに下がった。
(獣型とは・・・好都合だ。)
ラーティスは少しニッと笑った。そうすると、かすかに紫色のもやが体に立ち込め始める。
4体が一斉にラーティスに襲い掛かる。今にも4体の攻撃が当りそうになるとラーティスの紫色の瞳が輝く。かすかなもやだったものが一気に相手の獣方の2体に絡みつくように動く。2体の体内にそのもやが入ると狂ったように吼える。残りの2体を吹き飛ばし頭を抑えてその場でもがき苦しみ始める。
「な、何だ!?」
相手の1体は何が起こったのか分からずに無機質な物体状になった2体を一旦下がらせた。残りのもがき苦しんでいる2体にも指示を与えるが一向にその状態から回復出来ない。むしろ逆に苦しみが酷くなっている様にも見えた。
「ふふふ・・・。貴方はどうやら私の事を良く知らないし、聞いていないようですね・・・。」
ラーティスは悪魔のリーダーの1体に向かって妖しく微笑みながら言う。相手はその微笑を見て顔が引きつる。
「さあ、2体とも私がその苦しみから解放して差し上げましょう。そして、今までに無い快楽に溺れて行きなさい・・・。幾らむさぼっても良いのですよ。さあ、行きなさいその対象は目の前の3体が与えてくれますよ。」
ラーティスがそう言うと、もがき苦しんでいたのが嘘のように2体がユラーっと立ち上がり、3体の方を勝機を失い血走った目で見る。荒い息をしながら2体は3体の方へ凄いスピードで襲い掛かった。何が起こったのか分からなかった3体はあっけなくさっきまで味方だった2体に消滅させられていた。
3体が消えると2体はラーティスの方へゆっくりと戻って来て何かをねだるように甘い声を上げる。
「よしよし、良くやりましたね。貴方達にはまだ利用価値がある。ご褒美を上げましょう。ここじゃあ何ですから他の所でね。また、働いて下さいね。」
2体の頭を撫でながらラーティスはそう言うと、2体は瞬間的にその場から消えた。
(キルリア様が来られる・・・。わざわざお出で下さるとは。)
ラーティスは自陣の方を見て向かってくるキルリアを確認すると周りに漂っていた紫色のもやは消え、輝いていた瞳も普通に戻った。
「ラーティス大丈夫か?」
「はい、わざわざのご心配痛み入ります。そちらにも刺客が行ったと思うのですが?」
「大した連中ではなかった。すぐに片付けてこちらに来た。それで、どうだった?」
キルリアは真面目な顔になってラーティスに聞いた。
「戦況としては、我々とあちらの三人の軍勢が勝負をかけて五部五部かと。後はどうするかはキルリア様にお任せ致します。」
ラーティスは片膝を着いてキルリアに言った。
「セラとの勝負は次回に預けるか。ラーティス、全軍デーモンキャッスルへ進軍を開始だ。指揮は任せる。」
「はっ!明日どうするかを答えるとランサーに伝えてありますのであちらへ軍を整えつつ移動致します。キルリア様は最後尾から私と共にご同行願いたいのですが宜しいですか?」
「どの位後に何処に居れば良い?」
「二時間後私の部屋で宜しいですか?」
「分かった。二時間後行く。」
手短かな二人のやり取りをしている間にも、護衛以外の黒騎士達は動き始めていた。
「二時間半後、全軍出陣。行き先はレストナール城。レストナール軍と合流後デーモンキャッスルを目指して進軍。悪魔軍を蹴散らす!皆準備せよ!」
ラーティスの言葉に護衛に居た一人の黒騎士が敬礼をするとすぐに自陣に向かって走り出した。
それを確認してからキルリアが歩き出し、それに付き従うようにラーティスと残りの護衛の黒騎士達が続いた。
「不味い・・・不味いぞ。」
ハーネスはデーモンキャッスルの中でラーティスとキルリアの始末に失敗した報告を聞いて焦っていた。
「何としても合流前に潰すしかない・・・。」
「ハーネス様。お呼びですか?」
ハーネスの後ろに一体の悪魔が現れた。
「リプラス。お前に知恵を借りたい。」
「私如きが宜しいのですか?」
「うむ、神軍を見事に破ったお前の知恵が必要なのだ。」
悪魔軍と神軍を失った人類のこの世界最後の大戦の始まりはもうすぐそこまで来ていた。