残酷な時(後編)

二日後、アーミアは満を持して退院した。チャオもそれを笑顔で見送っていたが、その裏ではコルファの容態が悪化していると聞いていたので心からは喜べていなかった。
「チャオお姉ちゃん、どうかしたの?」
アーミアはチャオの細かい変化が分かっているようだった。
「ううん、何でも無いにゃ。元気でにゃ〜。」
「うんっ♪ありがとう。」
チャオがにっこり笑って手を振ると、アーミアも手を振って答えた。アルダは黙って頭を下げてから、アーミアの手を引いて外科病棟から離れて行った。
「あたし・・・嘘吐きだにゃ・・・。」
見送った後チャオはそう呟いて一人で立ち尽くしていた。
「お仕事柄しょうがないんだよ。あくまでも個人の守秘義務だからね。家族であっても話しちゃいけないんだよ。」
不意に肩をポンポンと叩かれて囁かれた。思わず見るとレイアだった。
「それは分かってはいるんですけどにゃ・・・。」
チャオは少し泣きそうになりながら言う。
「よしよし。良心の呵責なんだね。板挟みなのは辛いからね。」
レイアはそれだけ言うと黙ってチャオを抱きしめた。チャオはその場で黙って泣いていた。
「ああぁっ!?レイア。ずるいですわぁ!」
遠くからミュールが二人の姿を見て走り寄ってきた。
「ったく、こんな時にややこしいのが来たな・・・。」
レイアは面倒臭そうにボソッと呟いた。
「聞こえてますわよぉ。」
「聞こえるように言ってるからね〜。」
「うむむぅ。」
二人のやり取りに気が付いたチャオはレイアから離れた。
「もう大丈夫だにゃ。患者さんの所に行きますにゃ。」
その場から逃げるようにチャオは走り去った。
「ああっ!」
レイアは思わず後を追いそうになるミュールの首根っこを掴んで無言でナースステーションの方へ引き摺っていった。
「何故?何故ぇ?」
ミュールが聞いてもレイアは黙ったままだった。少しすると、ミュールの方が気不味くなって自分で歩き始めた。

その次の日の夜に、マスコミへのシャットアウトも解けて、内科病棟の方は大騒ぎになっていた。勿論アルダも寝耳に水だったので、大慌てでやって来ていた。
「あなた・・・。」
病室の中には警護2人とアルダ、娘のアーミアとアーミアの兄のアルファがいた。
「謝っても済む問題ではないが、どうしてもルミナスに別れの挨拶をしておきたくてね。」
「・・・。」
問い詰めようとしたアルダはコルファの台詞に思わず黙り込む。良く分かってないアーミアはただ、心配そうにコルファを見ていた。
「父さん。僕に出来る事はなんだろう?」
アルファは何ともいえない空気の中で率直に聞いた。
「そうだな、お母さんとアーミアを守ってくれ。あとは、一生懸命勉強して私の後を継いでくれ。」
「うん、分かった。約束する。僕頑張るよ。」
「良い子だ。」
コルファは弱々しいながらも、優しくアルファの頭を撫でた。
「ねえ、私は?私は?」
アーミアもおねだりするように聞く。
「お母さんと、お兄ちゃんの言う事をよく聞くんだ。後はそうだな・・・。良いお嫁さんになるんだよ。」
「うんっ。約束約束。」
指切りをした後で、コルファはアーミアの頭をアルファと同じように優しく撫でた。少しくすぐったそうにしながらもアーミアは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、二人とももう遅いから隣で寝なさい。」
コルファの言葉に素直に返事をしてアーミアとアルファは隣の部屋へ歩いていった。
「多分、まともに話してやれるのはこれで最後だと思う。アルダ、君にもね・・・。」
「分かったわ。何でも言って・・・。」
アルダは少し涙ぐみながらすっかり痩せ細ってしまった手を握る。
「グループの事を頼む。アルファは頭の良い子だし、才能もある。きっちり歩めば私の後をしっかり継げる。それまで、何とか周りに睨みを効かせておいてくれ。ここに、全部情報が入っている。君も聡明なのは分かっている。それを見て判断して欲しい。」
「うん・・・う・・・ん。」
アルダは泣きながらデータチップを受け取った。
「泣かないでアルダ。色々あったけれど、私はアルダ、君を愛している。」
「あな・・・た・・・・・。」
アルダは既に涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「愛しているよ、アルダ。」
コルファはそう言って泣いているアルダに唇を重ねた。アルダは何も言わずにそのまま唇を重ねていた。少しして、お互い離れた。
「後は、知り合いには宜しく伝えてくれ。それと、絶対にルミナスとは会わないでくれ。もう、惨劇は沢山だから。」
「約束するわ。本当は会って謝ったりしたいけれどあなたがそう言うなら一生会わない。」
「ありがとう。ごめんね我侭で。」
コルファはそういって少し力なく苦笑いする。
「ううん、我侭は私。散々迷惑ばかりかけて・・・。こんな時なのに謝る事しか出来ない自分が情けないわ・・・。」
アルダは子供の様に泣きじゃくりながら言う。
「良いんだよ。その位の我侭聞かないとね。」
そう言いながら、アルダの頭を優しく撫でる。
「本当に短い間だったけれど、ありがとう。私は幸せだった。意識があるうちに、最後にもう一回良いかい?」
「ええ、勿論よ。」
「もう一度生まれ変わってきても、君と出会いたい。」
「私も・・・。」
そう言って二人が唇を重ねた時、コルファの脳裏に一気に昔の記憶が溢れ出てきた。
(これが・・・走馬灯っていう奴か・・・。)
流れて行く中で、ナル、ルミナス、アルダ達家族の記憶も流れていったが、一際大きくチャオの記憶が流れていった。
(チャオ・・・。ごめん・・・。)
そう思った瞬間、キスしていた口から一気に吐血してコルファは完全に意識を失った。


「ふみゃっ!?」
チャオは仮眠室で誰かに声をかけられたような気がして目を覚ました。辺りを見るが皆寝息を立てている。
(気のせいかにゃ?)
ちょっと首を傾げて寝なおそうとすると、外科の所のモニターに緊急のランプが点滅しているのに気が付いた。
「起きるにゃ〜。緊急だにゃ〜。」
周りの泊まりの看護婦を起こしながら、チャオも手早く準備をして仮眠室を飛び出した。病室に着くと先にミュールが来て対応していた。
「チャオちゃん。ここは良いから、サテラさんの所に行ってあげなさい!」
「ふみゃ!?」
突然言われてチャオは訳が分からずに目をぱちくりしていた。
「容態が急変して、吐血して意識不明だそうよ。アルダさんからチャオが起きたら来てくれる様に行ってくれってさっき言われたの。」
「でも、患者さんがいるにゃ・・・。」
チャオは目の前で苦しんでいる患者を見ながら言った。
「行って無駄だったら戻ってきて。良いから早く行きなさい!」
そう言っていつもののんびりしているのが嘘の様にチャオを持ち上げて病室の外へ放り出した。チャオは何が起こっているのか訳が分からず、その場で暫くただ、目をぱちくりしていた。
少しして、言われた事を頭の中で再度考え直してからすぐに立ち上がって内科病棟へ走り出した。
内科病棟の方はサテラだけでなく他の患者の方も容態が悪化しているらしく大騒ぎになっていた。チャオは、邪魔にならないようにサテラの病室へ急いだ。目の前まで来ると、複数の医師や看護婦が出入りしていた。チャオが外から中の様子を伺っていると、アルダと目が合った。アルダの方が人を寄こしてチャオを中へ案内した。
「さっきね、急に吐血して意識を失ったの・・・。」
アルダは何とかそういうが、顔面蒼白だった。
「分かったにゃ。無理に話さなくても良いにゃ。」
チャオはアルダを下から抱えながら言った。
「ううん、後は、多分まともに話せるのはこれが最後だって言っていたから・・・。チャオには申し訳なくて・・・。」
「良いんだにゃ。今は私の事は良いから、コルファを見ておいてあげるにゃ。」
「うん・・。」
その後、奇跡的に意識が戻った。コルファは周りを見て弱々しく微笑んだ。
そして・・・
「皆、ありがとう・・・。」
その言葉を最後にコルファ・サテラは息を引き取った。
アルダやアーミアは泣き崩れ、アルファも泣いていた。チャオは涙を溜めながらもしっかりと立っていた。
「ご愁傷様でしたにゃ。」
アルダにそう言ってから、病室を出た。
「にゃ・・・はは・・・。コルファが・・・死んだ・・・にゃ?・・・」
チャオは焦点の無い目でフラフラと歩きながら呟いた。途中で看護婦なんかにぶつかったが全然気にもならなかった。そして、その内に気が付くと外科のナースステーションの前に立っていた。
「にゃは・・・帰ってきたにゃ・・・。」
ホッとしたのか体の力が抜けて壁に背を向けてズルズルと崩れ落ちた。
「チャオちゃん大丈夫っ!?」
お菓子を食べていたミュールはチャオに気が付いてナースステーションから叫んで飛び出してきた。すぐに駆け寄って何度か頬を叩いた。チャオは焦点の合っていない瞳で少しミュールに微笑むと気を失った。


「先生、チャオはどうなんでしょうか?」
ルミナスは真剣な顔をして医師に聞いた。その横には固唾を呑んで答えを待っているレイアとミュールが居た。
「かなり強いショック状態ですね。目が覚めれば大丈夫だと思いますが、その後も暫くは勤務の方は止めておいた方が良い。少しゆっくりして、心を休ませてあげるといい。」
「気が付かないという事はあるんでしょうか?」
心配そうにルミナスは聞いた。
「いえ、多分そろそろ目が覚めるでしょう。問題は起きた瞬間に思い出して混乱する事も考えられるので、傍に居てやって下さい。」
「分かりました。それでは、失礼致します。」
ルミナスはそう言って急いでチャオの眠っている病室へと急いだ。
「暫くは来れないんですよねぇ・・・。」
「大丈夫だよ、あんたのせいじゃないし。また元気に戻ってくるさ。それまで待ってやろうよ。」
しんみり言うミュールの頭をポンポン叩く。
「それに、あたし等にゃやらなきゃいけない仕事がごまんとあるんだから。ほらほら、行くよ。先生、ありがとうございました。」
「いやいや、頑張ってね。」
精神科の医師の所を出て、二人は外科の方へと歩き始めた。


ルミナスが病室の前に来ると、中から物凄い音が聞こえる。驚いてルミナスは慌てて中へ入った。病室の中は滅茶苦茶になっていて、端っこの方でチャオが震えながら丸まっていた。
(???)
ルミナスは訳が分からず首を傾げたが、ゆっくりとチャオの方へと近付いていった。
「チャオ?」
「ふ〜〜!!!」
近くまで来て呼ぶと瞳が縦になっていて、威嚇するように牙をむき出しにして振り向いた。
「ひっ!」
ルミナスは恐怖で腰が抜けてその場にへたり込んだ。
「チャ、チャオ!?」
それでも、ルミナスはチャオの事を呼んだ。チャオは近付いて来てルミナスの髪の毛を掴む。
「うぐぐぐ・・・。」
物凄い力で、ルミナスは抵抗できなかった。それと同時に、昔の忌まわしい記憶が甦ってしまった。
「いやああぁあぁーーー!!!」
ルミナスの叫び声で、チャオはハッと我に帰って耳を抑える。
「ル、ルミナス?」
ひどく怯えたルミナスはチャオから後退りし始める。
「ご、ごめんにゃ〜!」
チャオはボロボロ泣き出して居たたまれなくなって病室から飛び出した。



それから、一ヶ月間チャオが人前に現れる事は無かった。