残酷な時（中編）

チャオが外科のナースステーションに戻ってくると皆がチャオに注目していた。
「ふみゃっ！？」
皆の視線に気が付いてチャオは驚いて周りを見渡す。
「チャ〜オ〜！」
「サテラさんとどういう関係なのぉ？」
先にきつめの先輩レイアと後にのんびりした先輩ミュールの二人から突っ込みが入った。
「サテラは昔アカデミーの同級生で友達だにゃ。入院しているサテラちゃんは娘なんだにゃ。時々来ている女性が奥さんだにゃ。」
にっこりとした顔で言うチャオの発言に驚きと波紋が広がっていた。
「チャオ、アカデミー出たのに看護婦やってるの！？」
レイアは驚きながら言う。
「うふふ、それに幾つも博士号持っている助教授さんだったんですよねぇ？」
ミュールの発言に周りがざわつく。
（ふみゃ？何でミュール先輩そんな事知ってるにゃ？）
「そんなのここでは関係ないにゃ。ここには勉強じゃ分からない事が沢山あるにゃ。」
チャオは不思議に思いながらも言った。
ピピッ！ピピッ！
チャオの言葉が終って誰かが何かを言おうとした時、ナースコールが入った。パッと皆は散っていつもの様に忙しく動き始めた。

「ふう、夜明けのコーヒー美味しいねえ。」
大きく溜息をついてから言うレイア。
「そうですね。要約落ち着きましたね。よっこいしょっとぉ。」
ミュールは隣に座ってコップのお茶に口をつけた。
「ミュールあんたババ臭いよ。」
レイアは苦笑いしながら言う。
「良いんですよぉ。ババアですからぁ。」
にこにこしながら平気で答える。
「何だかねえ。流石にあたしも最近年何だか、なかなか疲れが取れないしへばるのが早いよ。」
「だって、レイアは２児の母親ですからね。私みたいに一人じゃないですからぁ。」
「まあ、そうだけどさ。ミュールは結婚しないの？」
「相手がいませんから、無理ですねぇ。」
「ほんとにあんたはあっさりだよねえ。」
レイアはまた苦笑いしながら言う。
「それにしても、チャオちゃん元気ですよねぇ。」
まだ、ちょこちょこ動いているチャオを微笑ましそうに横目で追いながら言う。
「そうだね。昔から元気だったけど最初は空回り多かったからね。でも今じゃ、ここの主力だから。居ないと患者の機嫌は悪いわ、周りの仕事量は一気に増えるわで困るね。」
レイアもチャオの方を見ながら言う。
「にゃ？」
チャオは二人の視線に気がついて、荷物を持ったまま立ち止まって二人の方を不思議そうな顔をして見た。
「それ、運んだらこっち来てお茶しなよ〜。」
「はいっ、分かりましたにゃ。」
チャオはにっこり微笑んで答えた後、荷物を持ってナースステーションから出て行った。
「ああっ、もうっ、可愛いですわぁ。」
ミュールは目を輝かせて、少し身悶えしながら言う。
（チャオがミュールの婚期を遅らせている要因の一つなのかねえ？）
そんなミュールの様子を見てレイアはやれやれといった表情で見ていた。
「チャオちゃん一家に一人欲しいですわぁ。」
「まあ、居たら良いねえ。家事全般こなすし、性格は良い、面倒見も良い。ロボットが嫌いな奴にはもってこいかもね。でも、その前に誰かの所に行くんだろうけどね。」
最初はうんうん頷いていたミュールだったが、最後の所で物凄いショックを受けたような顔になって固まっていた。
そんな所に、荷物を片付けてきたチャオが戻ってきた。
「にゃ？ミュール先輩どうしたんだにゃ？」
「まあ、ほっといてやんな。何飲む？」
レイアは少し笑いながらチャオに聞いた。
「うにゅにゅ・・・ミルクが良いにゃ。」
「ほれ。」
チャオがそう言うのを分かっていたかのように、レイアはすぐにミルクの入ったチャオのコップを渡した。チャオは美味しそうにミルクを飲んだ。
「ふみゃ〜ん。美味しいにゃ〜。」
ほえ〜っとした感じでチャオは言った。それを見て固まっていたミュールが復活して、ほえ〜っとしたチャオの頭を撫でていた。
「しっかし、ほんとにこれであたし等と３つ違いってのもねえ。どう見たって１０代にしか見えないもんねえ。」
レイアはコーヒーを飲みながら感心したように言う。
「チャオちゃんは永遠の１０代なのよぉ。」
「んな訳あるかっ！」
レイアが突っ込んだ後三人は揃って笑い合った。
「あの、お話中すいません。」
三人は一斉に声のした方へ向いた。そこにはルミナスが立っていた。
「ルミナス〜。」
チャオは立ち上がってルミナスに駆け寄った。
「久しぶりねチャオ。」
ルミナスは微笑んでチャオの方を向いた。
「先輩、あたしの同級生のルミナスですにゃ。サテラが呼んで欲しいっていうんで呼んだんですにゃ。案内だけしてきたいんですけど良いですかにゃ？」
チャオに紹介されてルミナスはレイアとミュールの方へ一礼した。
「良いよ行ってきな。ただし、すぐ戻って来るんだよ。それでいいね？」
チャオに言った後、ミュールの方へ聞くレイア。
「良いですわぁ。ルミナスさんをしっかり案内するんですよぉ。」
「はいにゃ。ありがとうございますにゃ。すぐに行ってきますにゃ。ルミナス、こっちだにゃ。」
チャオは二人に一礼してから、ルミナスの手を引いて外科病棟へと歩き出した。
「はあ、凄く綺麗な子でしたわぁ。」
去って行った後ルミナスが溜息混じりに言う。
「だねえ。目が覚める様な美人っていうのはああいうのを言うんだろうね。ほんとにチャオ本人もそうだけど知り合いにも脅かされるよね。まあ、今は落ち着いてるし真面目だからすぐに帰ってくるよ。」
「そうですわね。待ちますかねぇ。」
二人はその後、冷めたコーヒーをすすった。

「良い先輩達ね、チャオ。」
「うんっ！」
チャオはにっこり笑って答えた。
「チャオはあれから全然変わらないわね。」
「皆にも言われるにゃ。ルミナスの方は凄く綺麗になったにゃ〜。」
「私も皆に言われるわ。」
ルミナスがそう言った後、二人は向き合って笑い合った。
「それでサテラの方はどうなの？」
「かなり悪いみたいにゃ・・・。多分もう長くないにゃ・・・。」
「そう・・・。」
思わず二人は俯きながら足取りも重くなっていた。
そのうちにサテラの病室の前に着いた。相変わらず屈強そうな男達がいる。チャオをみると皆が一礼する。
「あたしとコルファの知り合いを連れてきたにゃ。コルファにルミナスが来たって伝えて欲しいにゃ。ルミナスを入れる許可を貰って中に入るのを確認したらあたしは戻るにゃ。」
男の一人が頷いて病室の中へ入っていった。すぐに出てきてルミナスを中へと案内していった。チャオはそれを確認してから、再び外科のナースステーションへと戻っていった。

「久しぶりだねルミナス。」
コルファは微笑みながら言った。
「そうね、久しぶりね。まさかこんな形で再開する事になるとは思わなかったけれど。」
「普通の状態では、ルミナスとアルダを鉢合わせにしてしまうかもしれないからね。」
二人はお互いに苦笑いしながら言い合った．
「チャオから聞いたかもしれないけれど、私はもう長くない。」
「ええ、さっきチャオから聞いたわ。」
「そうか・・・。」
二人は少しの間黙っていた。
「勝手なお願いかもしれないが、チャオを頼む。」
「大丈夫よ。チャオを一人にはしないわ。」
「ありがとう。これで、もう思い残す事はない。」
ルミナスの言葉に安心して、コルファは天井を仰ぎ見た。
「ナルに続いて貴方もいなくなってしまうのね・・・。」
ルミナスは小さい声で呟いた。
「済まないね。ルミナスとチャオには本当に迷惑掛けてばかりだ。二人の晴れ姿をお祝いしたかった。」
「チャオが誰かと一緒にならなかったら私もならないわ。」
「そうか・・・。ルミナスもチャオもお互い譲り合ってしまいそうだね。」
少し笑いながらコルファは言った。
「そうかもね。」
ルミナスもそう言いながら少し笑った。
「あまり無理させちゃうと悪いから、私は行くわね。もう会えるかどうか分からないけれど、お大事にね。」
「ああ、ありがとう。ルミナスも元気で。」
コルファは最後の挨拶をするような口調で言った。
「それともう一つ。アルダには私に近付かないように言っておいて。もし、会った時は命は無いと・・・。」
ルミナスは冷たく言った。
「分かった。必ず伝える。ルミナス、ナルの分も幸せになってくれ。それが、私からルミナスへの最後の願いだ。」
「分かったわ。頑張ってみる。それじゃ・・・。」
コルファに背を向ける瞬間、ルミナスの頬に光るものが伝っていた。
「貴方は優し過ぎるのよ・・・。」
外に出たルミナスは一言呟いた。
その後、周りの人間に一礼してルミナスはチャオの仕事が終るのをメディカルセンターのロビーで待つ事にした。

チャオは仕事が終わり着替え終わって更衣室を出ようとしていた。
「チャオ〜。ロビーでルミナスさんが待っているらしいから一緒に帰りな〜。」
「はいですにゃ。先輩ありがとうにゃ。」
チャオはにっこり笑ってレイアにお礼を言った後ロビーへと向かった。ロビーでキョロキョロしてるとルミナスが手を振っていた。チャオはすぐにルミナスの方へと寄って行った。
「わざわざ待っててくれたんだにゃ？」
「ええ、どうせだから一緒に帰ろうと思ってね。」
「うんっ！一緒に帰ろうにゃ。」
元気良くにっこり笑って言うチャオを見ながらルミナスも微笑んだ。
「久しぶりに会った訳だし、買い物行って、お昼でも食べよっか。美味しいお魚のお店この前見つけたんだ〜。」
「ふみゃっ！？行くにゃ！行くにゃ〜♪」
美味しいお魚の店という言葉にチャオの目の色が変わった。そして、言いながらルミナスを急かした。
「はいはい、焦らなくてもお店は逃げないから大丈夫よ。」
ルミナスは笑いながら言った。
「お店は逃げにゃいけど、お魚は無くなるかもしれないにゃ！」
チャオは熱くなって言う。
「分かった分かった。ちゃんと予約入れてあげるから。」
ルミナスはビジフォンを出して早速店に掛けた。
チャオは真剣なまなざしでルミナスを見ていた。少しして、ルミナスがにこっと笑う。
「チャオ、予約ＯＫだってさ。」
「やったにゃ〜♪これでゆっくりお買い物出来るにゃ。」
「うふふ、そうね。さ〜て、何買おうかしら？」
チャオの喜ぶ姿を見て、ルミナスは少しおどけながら言う。
「行ってから決めるにゃ〜。お買い物とお魚食べに行くにゃ〜。」
そういって、ルミナスの服を引っ張って鼻歌を歌いながら歩いていた。
「さあ、今日は買うわよ〜。」
チャオとルミナスはお互い気合が入っていた。ルミナスの頭の中にはショッピングモール、チャオの頭の中には魚がそれぞれ浮かんでいた。

そんな二人の様子を微笑ましそうにコルファは窓から見ていた。