残酷な時(前編)
チャオが看護婦になってから五年が経っていた。そして、今日も忙しく働いていた。
「先生データですにゃ。」
「ありがとう。」
医師にデータチップを渡して、その足で病室に向かう。
「さ〜みんにゃ、検温もろもろの時間だにゃ〜。ふみゃ!?また居ないにゃ。」
チャオは1つだけ空いているベッドを見て言った。
「多分屋上だと思うよ。」
「ありがとにゃ〜。」
一人から聞いたが早いかチャオはすぐに屋上に向かって走り出した。
「チャオ何処良くの?」
今日時間帯が一緒の看護婦に声を掛けられた。
「例の患者さん見に屋上にゃ。部屋の皆には言ってあるからお願いにゃ。」
「了解。」
すれ違い様に言葉を交わしてチャオは階段を駆け上った。
プシュー
胸のIDカードがスキャンされて扉が開く。人工的に映し出されている青空に眩しい太陽。チャオは少し目を細めてから屋上へ出た。キョロキョロしてみると、椅子に座って空を眺めていた目的の患者を見つけた。チャオはゆっくりとその患者に近付いて行った。
「アーミアちゃん、ここに居たんだにゃ。」
チャオは後ろから声を掛けた。
「ああ、チャオお姉ちゃん。ホログラフだと分かってはいるけれど良い景色だね。」
「確かにそうだにゃ。」
にっこり笑う患者にチャオもにっこりと笑い返しながら言った。チャオが今話しているのは昔のアカデミーの同級生サテラ・コルファとアルダの娘だった。不良品の家電製品の爆発に巻き込まれて怪我をしてメディカルセンターに入院していた。もう大分回復しており退院は時間の問題だった。
「今日はお兄ちゃんとか家族の人は来るのかにゃ?」
「うん。お兄ちゃんとお母さんが来るの。」
アーミアは嬉しそうに笑って言う。
「それは良かったにゃ〜。じゃあ、一旦病室に戻るにゃ。検温とかがあるにゃ。」
「うんっ。」
チャオはアーミアを連れて屋上から降りていった。病室へ着くと母親のアルダが来ていてベッドの横に座っていた。アルダはアーミアを見るとホッとしたのか少し微笑んだ。
「いらっしゃいにゃ。今日はお兄ちゃんの方は来ないのかにゃ?」
「ええ、急用が出来てしまってね、今日は来れないの。」
アルダの言葉に残念そうな顔をするアーミア。
「でも、明日は来てくれるにゃ?」
「そうね、明日なら来れるわよ。」
チャオのフォローで出た答えに再び嬉しそうな顔になる。チャオは機嫌の良い内に検温以外の簡単な検査を済ませた。少しして先生の診断が始まった。
「さて、診断結果だが・・・。」
先生の言葉にアーミアもチャオも固唾を呑んだ。
「回復は順調そのものだよ。後数日したら退院しても良いよ。」
その言葉にアーミアだけでなくチャオも小躍りして喜んだ。
「おっほん、チャオ君?」
先生に睨まれて、チャオは気不味そうに上げてた腕を下ろした。それでもチャオは、先生の視線が逸れるとアーミアにウインクした。それを見てアーミアもウインクし返した。
先生が出て行ってから、アルダが入ってきてアーミアとチャオから話を聞いて喜んだ。
「ここに連れてきて本当に良かったわ。チャオありがとうね。」
「にゃは。別にお礼を言われるような事はしてないにゃ。アーミアちゃん良く言うこと聞くし、好き嫌い無くご飯食べるからにゃ。」
チャオの言葉に少し驚いた顔をするアルダ。
「他の所だと全然言うこと聞かなかったのよ。」
苦笑いしながらアルダは言う。
「雰囲気とかが良くなかったのかもしれないにゃ。ここは先生も看護婦も皆良い人ばっかりだからにゃ。」
チャオはにっこり笑って言う。
「確かにそうね。私も怪我したらここに来る事にするわ。」
「怪我とかでは来て貰いたくないにゃあ。」
チャオは苦笑いしながら言う。
「それだったら、健康診断とかで来ると良いにゃ。」
「そうね、今度来させて貰うわ。それじゃあ、私は帰るから。アーミア、ちゃんと言うこと聞くのよ。」
「はーい。」
アーミアは元気良く返事して、病室から出て行くアルダに手を振った。
その日の夜中。
患者の殆どは寝静まっていた。そんな中でまた、一人の急患が運び込まれていた。患者は内科に入って来たのだが、その名前と周りの物々しさに、すぐに外科の夜勤をしていたチャオの耳にも入って来た。
「さっき運ばれて来た急患、あのお金持ちなんだって〜。」
「ええっ!そうなの?」
「ふみゃ〜あ。」
周りは噂しいたが、チャオは興味無さそうに欠伸していた。
「ねえ、チャオは興味ないの?」
「別にお金持ちにゃんて興味無いにゃ。」
「えー。良いじゃん。玉の輿だよー?」
「そうそう、私アタックしたいなあ。」
「無理だって。外科なんだし。あーあ、良いなあ外科の子。」
いつの間にかチャオの周りに人垣が出来ていた。
「あ〜も〜五月蝿いにゃ・・・。」
チャオは周りの人間を押しのけて少し離れた所に座り直した。
「チャオさん居ますか?」
不意に表から声がして、チャオ本人だけでなく周りも声の主の方に向いた。そこに居たのは皆に見られてびっくりしている内科の看護婦だった。
「あたしだけどどうかしたにゃ?」
チャオは不思議そうに内科の看護婦の方に近付いて言った。
「ごめんなさい、今来た患者さんが貴方を呼んで欲しいって言ってるの。良かったら来てくれないかしら?」
「ふみゃ!?」
チャオはさっぱり分からないという感じで首を傾げ、周りの看護婦たちも不思議そうな顔をしている。
「えっと、よくわからにゃいけど、ちょっと行って来ても良いかにゃ?」
チャオは周りで不思議そうな顔をしている同僚の看護婦達にお伺いを立てた。
「私達も良く分からないけど、今落ち着いてるし良いんじゃない?」
「そうね、何かあったら呼ぶから行って来たら?」
二人程そう言うと、後の看護婦も頷いた。
「お許しが出たから行くにゃ。」
「それじゃあ、こっちね。チャオさんをお借りします。」
内科の看護婦は頭を下げてからチャオを促して早歩きをし始めた。内科の看護婦達はただ二人を見送っていた。
「患者さんの名前は何て言うんだにゃ?」
「コルファ・サテラさんです。」
「にゃんですと!?」
チャオはその名前を聞いた瞬間思わず叫んでいた。
「しーっ!」
内科の看護婦は思わず振り向いてポーズを取る。それを観てチャオは両手で口を塞ぐ。
(コルファが急患にゃ!?ま、まさか・・・。)
チャオは急に気持ち悪くなった。みるみる顔色が悪くなって、その場にしゃがみ込んだ。
「チャオさん大丈夫!?」
内科の看護婦は驚いてチャオに駆け寄ってしゃがむ。
「だ、大丈夫・・・にゃ・・・。早くいかにゃいと。」
チャオはふらふらと立ち上がって歩き始める。
「本当に大丈夫?」
心配しながら内科の看護婦は肩を貸す。そのまま、二人は内科病棟に入った。そして一つの病室の前で止まった.
[ここだけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫にゃ。さっきはちょっとショック受けただけだにゃ。」
チャオの顔色は大分元に戻ってきていた。
「一応私は表に居るけれど、何かあったら呼んでね。」
「うんっ、ありがとにゃ。
心配そうに見送る内科の看護婦に見送られてチャオは病室に入った。中には護衛の人間だろうか、数人立っている。チャオを見るとギロリと睨む。チャオは全く気にせず枕元へと歩いて行った。
近くまで来た時に、一人の人間に止められる。
「何するにゃ!」
「看護婦とはいえ見ず知らずの者をお通し出来ません。」
「良いんだ、通してくれ。私が呼んだんだ。」
久しぶりに聞いた声だった。昔よりも大分落ち着きのある感じだった。その言葉に、立ち塞がっていた人間はチャオに道を開けた。
「久しぶりだにゃ。コルファ。いや、サテラって呼ばないと不味いかにゃ。にゃはは。」
チャオは枕元に来て、少し苦笑いしながら言った。
「いや、コルファで構わないよ。久しぶりだねチャオ。」
コルファは優しく微笑みながら言う。
「アーミアちゃんはもう退院出来る位元気になったにゃ。」
「そうか、それは良かった。アルダに会ったかい?」
「うんっ。あたしとアルダの中はもう悪くないにゃ。ルミナスは駄目みたいだけどにゃ。」
最初はにっこりしていたが、最後には苦笑いに変わっていた。
「済まないが君達席を外してくれ。10分二人きりにさせてくれ。昔話がしたい。」
そう言うと、周りは無言で病室から出て行った。
「ふう、やれやれ。」
ため息をついてコルファは苦笑いした。
「忙しそうだし、大変そうだにゃ。」
チャオは出て行った人達を見て呟いた。
「そんな事は無いよ。チャオの方が忙しそうだ。上手く時間が合わなくて全然会えなかったね。最初は避けられているのかと思ったよ。」
「別に避けてなんて居ないにゃ。こうやって会いに来てるにゃ。忙しかっただけだにゃ。アルダとは都合ついたんだけどにゃ〜。」
チャオはにこやかに答えた。
「本当にアルダと仲直りしてくれて感謝してるよ。アルダも本当に良い意味で変わってくれた。ただ、チャオとルミナスには本当に申し訳ないと思ってる。」
コルファは少し苦しい顔をして言う。
「もう、終わった事だにゃ・・・。」
チャオは少し遠い目をしながら呟いた。
「多分チャオは私がここに来た理由は分かっていると思う。ここに来る前に母さんに聞いたんだ・・・。昔の事、チャオと二人で話していた事を・・・。」
「そうかにゃ・・・。」
チャオは何とも言えない顔になっていた。
「今の私はアルダを愛している。息子も娘も。ただ、チャオ。君にだけは謝って済む事じゃないのは分かっている。分かってはいるけれど謝らせてくれ。申し訳ない・・・・本当に・・・・申し訳ない。」
コルファはその場で頭を下げたまま、暫く頭を上げなかった。
「にゃ・・・はは。良い・・・んだにゃ。」
チャオはポロポロと涙を流しながら途切れ途切れに言った。
「あた・・・し・・・は、好き・・・にゃ・・・人が・・・幸せ・・に・・・なって・・・くれ・れば・・・それで・・・。」
半分言葉にならない言葉で続けた。
「チャオ・・・・。」
思わずコルファは頭を上げてチャオの方を見た。チャオは涙でぐちゃぐちゃだった。チャオは涙を拭った。
「にゃ・・・はは。残り少ないタイムリミットかもしれにゃいけど・・・アルダと子供達の為に精一杯生きてにゃ。」
「ああ、ありがとう。それで、チャオにお願いがあるんだ。」
「にゃ?」
チャオは不思議そうに首を傾げた。
「ルミナスに会ってお別れ共々話がしたい。アルダの事があって気を使ってか私とは連絡がつかない。チャオだったら連絡がつくかと思ってね。」
「連絡は取れるけどにゃ、ここだとアルダと鉢合わせしちゃうにゃ・・・。」
チャオは心配そうに言う。
「そこは大丈夫だ。後三日はここに居る事は家族には内緒にするつもりだ。無論マスコミにもね。」
コルファはウインクして言う。
「それじゃあ、すぐに連絡取るにゃ。あたしもあんまり長居すると他の皆が心配するから行くにゃ。それじゃあ、お大事に、だにゃ。」
チャオは軽く手を振りながら病室を出た。
近くの水道で顔を洗ってから、ルミナスへビジフォンをかけた。暫くしてルミナスが出た。
「んー。チャオ?こんな夜中にどうしたの?」
ルミナスは寝ぼけ眼で聞いた。
「実は、今さっきコルファが急患で運ばれて来たんだにゃ。」
「サテラが!?どうかしたの!?」
寝ぼけ眼だったのが一気にパッチリとした目に変わって、ビジフォンにアップになる。
「ここだけの話にゃんだけど・・・。コルファはもう長く無いんだにゃ。それで、コルファがルミナスに会って話がしたいってさっきお願いされたんだにゃ。」
チャオはしゅんとした感じで言う。
「そう・・・。でも、私アルダに会ったら何するか分からないわよ。」
最初は落ち込んだ表情だったが、アルダの事になると雰囲気が変わる。
「大丈夫だにゃ。アルダは後三日くらいは来ないにゃ。コルファがそうするって言うから、良かったら来て欲しいにゃ。」
「分かったわ。他にも訳ありみたいだからチャオに会いに行くわね。それで良いかしら?」
「それで良いにゃ。いつ位に来れそうかにゃ?あたし夜勤だから朝の十時くらいであがらないとだからにゃ。」
「それじゃあ、明日の朝早めに行くわ。最近仕事が忙しかったからもう一眠りしてからにするわ。]
ルミナスは欠伸をかみ殺しながら言った。
「分かったにゃ。それじゃあ、おやすみにゃ〜。」
お互いに小さく手を振り合ってビジフォンを切った。そして、ビジフォンをポケットに突っ込みながら早歩きで戻っていった。
途中でまた涙が出そうになって、立ち止まって一回大きく深呼吸した。その後でほっぺたをパンパン叩いて気合を入れ直した。
「おしっ!これで良いにゃ!」
チャオは自分に言い聞かせるように言ってから再びしっかりとした足取りで外科のナースステーションへと歩き出した。