おかしな二人(再会)

ピピッ!ピピッ!ピピッ!
「ん?」
私は眠い目を少しだけ開けながら目覚ましを止めた。その後携帯を見ると日曜日だった。
「何だ・・・休みか・・・。」
もう一度寝ようと思い、枕に頭を投げた。そして、伸びをしようとすると何かに左手が当たった。
「邪魔だな・・・。」
無意識にその手に当たったものを布団からどかした。
「んゆ〜・・・。」
何か聞こえたような気がしたが、ただ寝ぼけているだけだろうと判断して再び眠りについた。


「ふあーあ。良く寝た。」
私は欠伸をしながら起き上がった。時計を確認しようとする前に、すぐ横で視線を感じたのでそちらを見た。
「ひ、久しぶりなのだ。」
「へ!?」
何故か目の前にむんちゃが居る。私の様子を伺うように上目遣いで見ている。服はフォニュエールの格好で、帽子は被っていなかった。箪笥にしまってあるのだが、存在をすっかり忘れていた。無言で見ていると、気不味そうに目を逸らした。
(ああ、寝起きだから睨んでいるように見えるのかな?と言うか、まだ寝ぼけてるか夢でも見ているのかな?)
ムギュッ!
「!?」
私は思わずむんちゃの頬をつねった。
「いひゃいのら〜!」
「ああ、すまん。」
そう謝りながらもつねったままで、空いている方の手で自分の頬をつねった。
「眠いがそこそこ痛いか・・・。」
「ひゃなふのら〜。」
すっかりむんちゃの事を忘れていたが、その声を聞いて離した。
「ぷう。ひら〜、わざとやったのだ!」」
むんちゃはつねられた頬を抑えながら私を睨んだ。
「ほほう、人の部屋に勝手に侵入したのに良い態度だな。起こせなかったのも気不味かったんだろ?」
「うぅ・・。」
図星だったのか、むんちゃはまた目を逸らした。
(分かり易いなあ。)
私は少し笑いを堪えながら、そんなむんちゃの様子を見ていた。
「まあ、しゃあない。ちょっと待っとれ。」
私はそう言って部屋を出て階段を降りた。
「おやっさーん。」
「ん?」
声を掛けると親父殿が部屋から顔を出した。
「車借りても良い?」
「ああ、分かった。」
短いやり取りで車を借りる了解を得て、再び二階の自分の部屋へ戻った。扉を開けると、むんちゃがびっくりしてわたわたしていた。
「私だよ。」
少し笑いながら言うと、むんちゃはホッとしたようにその場に座り込んだ。
「驚かしっこなしなのだ。」
「とりあえず、約束守ろう。帽子は後で返すから、外に出よう。」
「約束???」
むんちゃは不思議そうに首を傾げた。
「ちょっとテレビでも見といてくれ。」
テレビをつけると、物珍しそうにむんちゃは見始めた。その隙に私は着替えを済ませた。
プツッ
テレビを消すとガーンとショックを受けたようにむんちゃは固まった。
「ほら、外行くよ。」
「待つのだ、ひら〜。」
むんちゃは慌てて私に着いてきた。階段の途中で転びそうになっていたが、なんとか降りきって玄関から外に出た。鍵を出して玄関のドアを閉めていると不思議そうにむんちゃが見ている。
「ん?どうかした?」
「ひら〜、それは何なのだ?」
引き抜いた鍵を指差して言う。
「ああ、そうか。これはね、この時代の鍵の一つだよ。車に乗るのにも別の鍵を使うんだよ。」
「へえ〜。」
むんちゃは感心して鍵を見ていた。
「さて、まずは服だな・・・。むんちゃ、悪いけどその服で外を歩くのは目立つから、他の所で買うからそこで着替えてからな。」
「うんっ、分かったのだ〜。」
早速車に乗って、近くの大型スーパーへ向かった。むんちゃは見るもの皆が珍しい様で、窓からずっと外を見ていた。少しして、駐車場に止めてから店内に入っていった。
「おお〜。」
むんちゃは中に入って見渡して声を上げた。
「後でゆっくり回っても構わないから、先に服変えような。」
って、聞こえて無さそうだ。私は軽く頭を小突いて、黙って歩き出した。
「何するのだ!ひら〜・・・って待つのだ〜。」
慌ててむんちゃは着いて来た。エスカレーターに乗って子供服売り場へやってきた。
(そういや・・・サイズとか分からんな。)
私は心の中で苦笑いしながら、近くに居る店員に声を掛けて、サイズを測って貰った。店員は今着ている服を見て不思議そうにしていたが、そこは流石はプロ。すぐに測ってサイズを教えてくれた。
「とりあえず、自然なのが良いか・・・。」
私は適当に選んで、試着室へむんちゃと移動した。
「この中で着替えて、終ったら声掛けてくれ。それで、気に入ったのを言ってくれるかな。それをプレゼントするからそれに着替えてから、下でも見に行こう。」
「おお〜!すぐに決めるのだ。」
むんちゃはすぐに試着室へ入って、物凄い速度で3着程試着して一種類を選んだ。白のブラウスとスカート。さっきまで紺だったので大分イメージが変わった。
「うむ、結構可愛くなったかもな。」
「ふふん。ひら〜も月の子の魅力にメロメロなのだ。」
「それは無い。」
私は即答した。
「ぷう。」
両方の腰に手を当ててむんちゃはふくれた。
「怒ってると置いてくぞ。」
「ああっ!待つのだ〜。」
むんちゃは慌てて着いて来た。とりあえずエスカレーターを降りて食料品売り場に下りた。物珍しそうにあちこちを見て歩いている。
(まあ、あの世界に比べたら珍しいものばかりだろうな。)
「ねえ、ひら〜。これ何なのだ?」
この台詞を見終わるまでに何度聞いただろうか。あえて、ケーキのある所を避けてゴールイン。
「さてと・・・じゃあ、これから約束守りに行くかな。」
「ほえ?」
むんちゃは不思議そうな顔をして私を見上げた。私は少し見返してから、歩き始めた。
再び車に乗り込んで駐車場を出た。
(さーて、どうするかな・・・どの位食べるのかが分からないからなあ・・・。安全を見てバイキングにしておくか。)
一度家に帰ってから、むんちゃにはテレビを見させておいて、私はケーキバイキングをやっている近い場所をインターネットで探し始めた。近場の数ヶ所をプリントアウトしてから、むんちゃの方を見た。興味深そうにテレビを見ている。さっき同様問答無用でスイッチを消す。また、ショックを受けた顔をして固まる。
「ほら、行くぞ。良い所連れてってやるから。」
「どこなのだ〜。」
機嫌の悪い顔ままで聞いてくる。
「良いから来い。置いてくぞ。」
「ああっ!もう、待つのだ〜!」
むんちゃは慌てて着いてきて、また階段で転びそうになっていた。家を出て再び車に乗り込んで一番近場の所へと向かった。
「ひら〜、良い所ってどこなのだ?」
「着けば分かる。」
「ぷう、意地悪なのだ!」
「やかましい!運転中に話し掛けるな。」
むんちゃの方を見ずにそう言うと静かになったので、とりあえずCDを聞きながら運転を続けた。CDの曲が最後になる頃に、最初の候補の場所に着いた。駐車場に止めてからむんちゃの方を見た。何時の間にか眠っていたようで、寝息を立てている。可愛い寝顔だったが、仕方なく起こした。
「おーい、むんちゃ。着いたぞ。」
「う〜ん、眠いのだ〜。」
私のゆする行動にその場でいやいやと体をよじる。
「ケーキいらんのか?」
「いるのだっ!」
むんちゃは一瞬にして飛び起きた。そして、素早く先に下りた。
「ひら〜!早くするのだ!」
まだ、乗っている状態の私を催促する。
(やれやれ、現金なやっちゃ。)
私は内心で少し笑いながら、車を降りて急かずむんちゃを抑えながらエレベーターへ乗り込んだ。むんちゃはその場でそわそわしている。
目的階について、エレベーターを降りる。
「むんちゃ、こっちだ。」
「ケーキ、ケーキ♪」
むんちゃははしゃぎながらもしっかり私に着いてきていた。そして、会場の入口についた。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
入口にいる受付の人はバイキングとはいえ、ホテルの中の対応としてなかなかの好印象の態度だった。
「ええ、二人で。会計は後で良いのかな?」
「どちらでも構いませんが、どちらになさいますか?」
「それじゃあ、先に。」
私は受付嬢に料金を払って、戻ってくるのを待った。
「ひら〜、まだ〜?」
むんちゃは待ちきれないのか、私の服の袖を引っ張りながら言う。
「まあ、待て。もう少しだ。我慢しないと、このまま帰るぞ?」
「そ、それは嫌なのだ・・・。」
そう言ってから、むんちゃは大人しくなった。
「お待たせ致しました。こちらがお釣と領収書になります。席は空いている所をご自由にお使い下さい。ごゆっくりどうぞ。」
「ありがとう。」
私は受け取って、むんちゃを無言で促した。中に入っていくと甘い匂いが漂っていた。
「おお〜!!!」
むんちゃは歓喜の声を上げる。
「いいか、食べても構わんが良い子にしてるんだぞ。じゃないと帰るか、外に出されるからな。」「わかったのだ。食べる事に夢中になるから大丈夫なのだ。」
むんちゃはそう言ってから、早速ケーキの方へと歩いて行った。私の方は飲み物のある方で、紅茶を入れて席を確保した。むんちゃの方を見ると背が低いのでピョンピョンはねて悪戦苦闘していた。
「やれやれ、しょうがないな。」
私は席を立って、むんちゃの方へ向かった。
「むんちゃ、抱えてやるから好きなの取れ。」
「おお、ひら〜なのに意地悪じゃなくて優しいのだ。」
「ほほう。じゃあ、一人で蛙のように跳ねて苦労するんだな。」
私はそう言って背中を向けると、服のすそを引っ張られる。
「私が悪かったのだ。ごめんなのだ。謝るから抱えて欲しいのだ。」
「ちゃんと謝ったら許してやる。」
「わかったのだ。ごめんなさい。」
むんちゃはぺこりと頭を下げて改めて謝った。
「よし、じゃあ、好きなの選べ。」
そう言ってむんちゃを抱えた。むんちゃはあっという間に皿一杯にケーキを取った。それを見て下ろす。
「ひら〜。まだなのだ。もっと取らないと損なのだ。」
「大丈夫。無くなったらまた取りに来れば良い。食べ放題だから好きなだけ満足するまで食べて良いよ。ただし、90分っていう時間制限がある。30分毎に教えるから後は好きに食べな。飲み物は何が良いの?」
「紅茶が良いのだ。今のひら〜はジェントルマンなのだ。」
むんちゃはにっこり笑って言った。
「じゃあ、席まで先に案内するからね。」
「うんっ!」
そして、席に着いて、嬉しそうに早速食べ始めた。私は少しだけ食べたが、むんちゃの方は幾つ食べたのか分からない位沢山食べていた。
(二人だけど十分元取ったな。)
満足そうな顔をしてむんちゃは紅茶を飲んでいる。
「満足したか?」
「したのだ〜。ケーキならいくつでも入るのだ〜。」
私の問いにほえ〜っとしながら答えた。
「余韻に浸っている所悪いが時間だからここを出るぞ。」
「わかったのだ。」
むんちゃを連れて駐車場に戻って車に乗った。駐車場を出る頃には静かな寝息を立てていた。
途中で信号待ちをしている時に見てみると、以前の私の時みたいに段々と薄くなって来ていた。私は持って来た、ぼんぼん付きの帽子をそっと被せた。満足そうな寝顔のまま、むんちゃは助手席から完全に消え去った。
(まあ、約束は守ったから良いか。)
私は少し気分が良くなっていたのだが、次の瞬間、後ろからクラクションを鳴らされて慌てて車を発信させた。
窓を開けて外を見てみると、良い風が入ってきて、その先に虹が見えた。
「約束はないけど、また、会えるかな?」
私は小さく呟きながら、アクセルを踏んだ。