おかしな二人

「ふあーあ。」
私はパソコンの電源を落として欠伸をしていた。ようやく朝晩に夏の暑さから開放されつつある。涼しくなって来ているのもあるが、夏ばても手伝って眠気を更に誘う。
「寝るか・・・。」
枕に頭を投げて、お腹が冷えないようにタオルケットをかけた。そして、あっという間に眠りについた。


「・・・い・・・。」

「・・・・・〜い・・・・・。」
(誰かが呼んでる?親父殿じゃないな・・・。)
私は半分無意識の中でそんな事を考えていた。
「・・・お〜い。起きるのだ〜。」
「ん?誰だ・・・。」
私は気持ち良い眠りを邪魔されて不機嫌だった。起き上がって声の主を見た。
「やっと起きた・・・のだ・・・。」
相手は途中まで喜んだ表情だったが、私の不機嫌な顔を見て口をつぐんだ。不機嫌な私は普通に見ていたのだが不機嫌なので睨んでいる様に見えたのか、相手がビクッとする。
「用が無いなら寝る・・・。」
私はそれだけ言うと再び横になって、目を閉じようとした。
「ま、待つのだ。ここで寝ては駄目なのだ。」
「んー。何でだよ。良いから寝かせてくれ。30分しても起きないならまた起こしてくれ。」
相手の返事も待たずに、私は再び眠りについた。


「30分たったのだ〜。起きるのだ〜。」
「んー。」
もう諦めた私は仕方なく起きた。
「へ!?」
起きるとそこは見たことも無い景色が広がっていた。しかも、私が寝ていたのは今で言う高速道路みたいな所のど真ん中。ライン上に自分でも見たことも無い格好をしていた。改めて見ると私を起こしたのは二つのボンボンがついた青い帽子を被った女の子だった。私と女の子の頭の上をタイヤの無い車みたいのがどんどん通過していく。
「目は覚めた?こんな所で寝るなんて凄い勇気なのだ。」
純粋に感心したように女の子は言った。
「いや、まあ勇気と言うかなんと言うかなあ。君だってここに居ると危ないんじゃないのかい?」
「ぷ〜、君じゃないのだ!月の子なのだ。」
女の子はふくれっつらになって腰に左手をやって、右手で私を指差しながら言った。
「はあ、月の子ねえ。変わった名前だわ。竹の子みたい。」
おかしくなって思わず吹き出しそうになるのを我慢する。
「ムーンチャイルドで月の子なのだ!竹の子じゃないのだ!」
女の子は真っ赤になって怒って言う。
「ああ、ごめんごめん。だったら「むんちゃ」とかの方が良いんじゃない?そうすれば竹の子とは間違わないよ。」
「それでも、良いのだ。でも・・・竹の子からは離れるのだ!」
怒るのに疲れてきたのか少し息を切らせながら、それでも懸命に言うむんちゃ。一生懸命で可愛らしい。
「それで、そっちは名前何て言うのだ?」
「あー・・・ひらりん。で良いかな。」
私は本名言ってもしょうがないと思って適当に名乗った。
「おお〜。ひら〜なのだ。」
「まあ、好きに呼んで。」
私は手をひらひらさせてむんちゃに言った。
「ねえ、ひら〜は何でここで寝てたの?度胸試し?」
「あー、そうだな。答える前に端に退こう。それからな。」
「うん。分かったのだ。」
私とむんちゃは邪魔にならないように端の方へと移動した。周りの景色はどう見ても現代の物ではなく、似た感じの高層ビルなんかは沢山有るのだが、見るからに出来ている素材や高さが違う。
(まあ、夢って事で良いか。)
夢と割り切ってこのむんちゃに付き合う事に決めた。
「さあ、答えるのだ。ひら〜。」
「いつもの、ベッドが飽きてね。たまにはこういうところも良いかなってね。」
真剣に聞くむんちゃに冗談交じりに答える。
「おお〜。ひら〜度胸あるのだ。今度はあのビルのてっぺんに行くのだ。」
むんちゃがそう言って指差す先には一際高いビルがそびえたっていた。
「何メートル有るんだ・・・あれ。」
思わず見上げてから、驚きで呟いていた。
「分からないけど、凄く高いのだ。この辺では一番なのだ。」
「まあ、また飽きたらやってみるわ。」
「その時は、月の子を呼ぶのだ。」
むんちゃは真剣そのものだった。
(冗談じゃ・・・無さそうなんだよな・・・この子の場合は。)
「呼ぶって言ったって連絡先知らないし。」
「これを見るのだ。皆には見せないのだ。ひら〜だから見せるのだ。」
そう言ってむんちゃは一枚のプレートらしきものを私に差し出した。
(うわ、何か書いてあるけれど読めない。夢なのに読めないとは不便だな。)
「すまん、読めんし解らん。」
心の中で苦笑いしながら、私は正直に言った。
「ええっ!?困ったのだ。ひら〜はどういうのなら読めるのだ?」
むんちゃは困った様子であたふたしている。私はとりあえず、自分のいつ着たか分からない服を色々探してみた。運良くメモが出てきて、試しに平仮名・カタカナ・漢字を書いてみた。
「慌てている所悪いね。こんなのだったら読めるけれど、どうかな。」
「ふむふむ〜?」
むんちゃはメモを受け取って色々な角度や、紙の向きを代えて懸命に読もうとするがあからさまに読めていないのが分かる。私はむんちゃが懸命になっているのは分かっていたのだが、その行動のコミカルさに一生懸命笑いを堪えていた。
「だ、駄目なのだ・・・。読めないのだ・・・。異文化コミュニケーションは失敗に終ったのだ・・・。でも、何で話は出来るのだ?」
がっくりとした後で、気が付いたように聞いてきた。
「ふふふ、それは・・・。」
「それは!?」
少し溜めて言う私の言葉に、物凄い期待の眼差しで聞いてくる。
「一ヶ月で習得!異星間会話コミュニケーション講座をやったからだよ。」
あからさまに出鱈目だった。
「おお!あれをやったんだ。ひら〜なかなかやるのだ。」
感心して、その上納得されてしまったので思わずこけそうになった。
(んなもん、あるんかい!)
その場でつっこみたかったが心の中でだけで我慢していた。
「その中でも、竹の子民族講座を集中的にやったから、通じているのかもね。」
「!」
むんちゃは私の「竹の子民族」という言葉に過敏に反応した。
「月の子・・・竹の子民族だったのか・・・。」
「なーんてね。冗談だよ。」
真面目に悩んでいるむんちゃに、私は少し笑いながら言った。
「ぷ〜。酷いのだ。ひら〜意地悪なのだ。」
また、ふくれっつらになって怒って言う。
(さてと・・・これからどうしたものか・・・。)
私はとりあえず、怒っているむんちゃをよそに考えていた。
「こら〜、ひら〜。無視するんじゃな〜い。」
両手を上げてむんちゃは力一杯ジェスチャーして抗議していた。
「ああ、むんちゃは家に帰らなくて良いのかい?」
「うん?さっきラグオルに降りてから戻ってきたばっかりだし、大丈夫なのだ。」
突然違う質問に、怒るのを止めてむんちゃは胸を張りながら堂々と言った。
(夢なら直覚めるか・・・。)
聞いた後、何となくむんちゃをぼーっと見ながら考えていた。むんちゃの方は不思議そうに私を見上げていた。
「どうしたのだ?ひら〜。調子悪いの〜?」
ぼーっとしている私を見てむんちゃは心配そうに聞いてくる。
「いや、大丈夫。心配してくれてありがとう。」
そう言って私はむんちゃの頭を帽子越しに撫でた。
「礼は良いのだ。お礼よりケーキが食べたいのだ。」
「ケーキ・・・ねえ。」
(この世界だと圧倒的に安いか逆に貴重とか高いとかだろうなあ。ちょっと聞いてみるか。)
「ねえ、むんちゃ。ケーキって高いの?」
「そうでもないのだ。ただ、貴重でなかなか美味しいケーキは手に入らないのだ。」
(やっぱりそうだったか。)
むんちゃの答えが思っていた通りの答えだったので納得していた。
「ひら〜。ケーキおごってくれるの?」
「それは、おごれと言ってるのか?」
「ふふふ〜。じゃあ、おごってくれなのだ。」
むんちゃは笑いながら言い直した。
「正直な奴め。だが、それは出来んな。」
「ええ〜。ひらのけちぃ。」
「ああ、けちだからおごってあげない。」
少し意地悪そうに笑うと、むんちゃはまたほっぺをふくらませた。それを見ていたら段々意識が薄れてきた。
(たった一度きりの夢の中での出会い。まあ、楽しかったから良いか・・・。)
「ひら〜!?姿が薄れているのだ!?どうしたのだ!?」
むんちゃはびっくりしてオロオロしている。
「お別れだよ、楽しい一時をありがとう。短い時間だったけれど、むんちゃも楽しんで貰えていたのなら幸いだよ。」
私は少し微笑んでから、言い終わった後に意識を失った。最後にむんちゃが必死にしがみついて何か叫んでいる泣き顔が妙に印象に残っていた。


ピピッ!ピピッ!ピピッ!
いつもの目覚ましが鳴る。
「うーん。さーてと、会社に行く準備しないとな。」
目覚ましをとりあえず止めた。
「あれ?まさか・・・ね。」
起き上がって呟いた私の目にふと目に止まったものがあった。青い二つのボンボンがついた小さな帽子だった。風も無いのに少しボンボンが揺れていた。