温泉でびっくり(第10回)

「へえ・・・。」
フェリアーテは満開の夜桜を見上げながら感嘆の声を上げていた。
「大したもんだ。」
ハオも辺り一面に広がる満開の桜並木を見渡して感心していた。温泉旅行も後一泊を残すのみとなった。先に歩いている二人の後ろから、チャオを始め皆が来ていた。皆も昼とは違う神秘的な夜桜の綺麗さに目を奪われていた。
「にゅふふ。ここは二人に先に行かせるにゃ。」
「うっしっし〜。二人っきりにさせるんだね?」
「うふふ。ぉぅぃぇ〜。」
他の皆が桜に気を取られている間にチャオとトロとテムはそう言い合うとバラバラになって前に歩いているハオとフェリアーテ以外を誘導し始めた。夜桜に気を取られている間にハオとフェリアーテ以外は誰も居なくなっていた。
「ん?誰も居ねえ!?」
ハオはさっきまで皆が居た方に視線が行って気が付いて叫んだ。
「まあ、迷った訳じゃ無し、ゆっくりしようさね。」
フェリアーテはそう言ってから、桜混じりの芝生に座った。それを見たハオの方も、微妙に距離を置いて座った。
「あたい、こんな花の景色は初めて見るよ・・・。綺麗なもんだねえ・・・。」
「俺もだな。この前の雪も今回の桜も生で見るのは初めてだな。」
フェリアーテは只々、夜桜に見惚れていた。ハオはそんなフェリアーテを横目で見ていた。
暫くしてフェリアーテは桜を見るのを止めて、ハオの方へ向いた。
「ふふっ。」
「何だよ、いきなり。」
自分の顔を見るなり笑うフェリアーテに突っ込む。
「ああ、済まないね。チャオが言ってた意味が分かった気がしてね。」
「チャオの言ってた意味?」
フェリアーテの言葉にハオは首を傾げた。
「いやね、今ハオの頭に花びらが有るんだけどね。それが月明かりで髪の色に映えて綺麗だと思ってね。」
「そういう事か。その花びら結構あるのか?」
「いや、2、3枚だね。」
フェリアーテはハオの髪に視線を移して答える。
「じゃあ、構わねえか。」
ハオは気にするのを止めて再度フェリアーテの方を見た。
「何か、吸い込まれちまいそうさね・・・。」
フェリアーテは目を細めながら呟く。
「確かに、朝と違って不思議な雰囲気だよな。」
ハオの方も少し目を細める。どちらとも無く離れていた距離が自然と近付いて行く。
そんな良い雰囲気になっている二人を、少し離れた木の陰から見ている三人が居た。
「おお〜。良い雰囲気だにゃ〜。」
「うふふぅ。ふたりきりにしたかいがありましたん♪」
「うっしっし〜。こりゃキスは時間の問題ですな。」
チャオ、テム、トロの三人は向かい合って忍び笑いした。そして、下からテム、チャオ、トロの順に再び木の陰から顔を出して覗いた。
「うにゃ!?」
「ぉぅ!?」
チャオとテムはフェリアーテとハオの奥に変な影が一瞬見えた様な気がして首を傾げた。
「おりょりょ?どうしたの二人共?」
トロは不思議そうに聞いた。
「うーんとにゃ〜。」
「なんていえばいいれすかねぃ。」
二人は上下で顔を見合わせながら言う。そして、次に何か言おうとした瞬間、チャオとテムの背筋に悪寒が走った。
「何じゃ?ありゃ!?」
ハオとフェリアーテの方を見ていたトロは、フェリアーテの後ろに急に現れた黒い影を見て呟いた。
フェリアーテを見ていたハオも黒い影に気が付いて顔が引きつった。
「なっ!・・・。」
ハオが少し声を出した瞬間、フェリアーテは一気に広がった黒い影に包まれて瞬時に消えた。桜の花びらが何事も無かったかの様に、その場で舞っていた。
「ハオ!何時からマジック覚えたの?」
木の陰から見ていたトロが出てきて言った。
「待て、マジックじゃねえ!それに・・・。てめえ覗いてたな!」
「えへ♪」
トロはポーズをとってぶりっ子する。
「えへ、じゃねえ!」
ハオは突っ込んだ後、トロをジト目で見ている。
「ハオ、今のは何だったにゃ?」
遅れてチャオが姿を見せる。その後ろにテムも居た。
「知らねえよ!それよりも・・・。お前等三人とも覗いてんじゃねえ!」

「にゃは♪」
チャオはにっこり笑って誤魔化す。
「誤魔化すな!」
瞬時にハオの鋭い突っ込みが入る。
「ぉぅぃぇ〜♪」
テムはにっこり笑っているチャオの周りを元気良くぐるぐると走り回る。
「いつも通りを装って誤魔化すな!」
「てへ♪」
テムへの鋭い突っ込みにトロがまたポーズをとってぶりっ子する。
「トロ・・・。お前帰れ・・・。」
突っ込む気が失せたハオは冷たく言い放った。
「ガガーン!そんな冷たい。昔はあんなに優しかったのに・・・。」
「うるせえ、黙れ!」
ハオはそれだけ言うとムッとした顔で黙り込んだ。
(でも、本当に何だったんだにゃ・・・。)
チャオは笑うのを止めて、フェリアーテの居た場所を見つめていた。そんなチャオを置いて、テムとトロはフェリアーテの居た場所へと近付いて行った。ハオの方は相変わらず黙ったままムッとしていた。
「そこの二人動くな!」
突然声がしたので、全員の動きが止まり声の主の方へ向き直った。そこにはヤスミノコフを抜いて、厳しい表情をしているソニアが立っていた。
「どうしたんだにゃ?ソニア?」
チャオは不思議そうに聞いた。
「そこに何か居る!」
その言葉に全員がフェリアーテの居た場所を見直す。
キンッ!キンッ!キンッ!
ソニアが無言でヤスミノコフを撃つと何も無い所で跳ね返る。ヤスミノコフのレーザーサイトが何も無い空で止まっていた。そこに何かがある証拠だった。
「この野郎!」
ハオはその部分に向かってテクニックを打つべく手をかざす。
「ハオ!駄目だにゃ!」
チャオの言葉にハオの動きが止まる。ハオが改めて見ると、空中にフェリアーテの上半身だけが浮かび上がっていた。その瞳は閉じられたままだった。
(くっそー。おちょくってんのか!)
ハオは手をかざすのを止めて、握り拳を作っていた。他の皆も何も出来ずにその場で固まっていた。


「まま?」
ヴィーナは不思議そうにヴィクスンの顔を見上げた。そのヴィクスンの顔は真っ青になっていた。
「どうしたヴィク?大丈夫か?」
メビウスも心配そうな顔をして声を掛ける。
「何か・・・昔感じたものを感じる。大きくて・・・嫌な力・・・さね。」
ヴィクスンはそう言って一つの方向を見る。
「成程な。周りに人いるから一緒に居ろ。俺が見てくる。」
そう言って、ヴィクスンからの返事も待たずに走り出した。
「まま〜。ぱぱいっちゃったの〜。」
「ああ、良いさね。さあ、ママとあっちに行こう。」
ヴィクスンはにっこりと笑ってヴィーナに言った。
「うんっ。」
ヴィーナの方も元気良く返事をした。ヴィクスンはヴィーナを抱えて、皆の方へと歩いて行った。


「くそっ!どうすりゃ良いんだ!」
ハオは苛立たしげに言った。離れていたチャオとソニアも近付いてきていた。ソニアはいつでも撃てるようにヤスミノコフを抜きっぱなしにしていた。ただ、レーザーサイトがフェリアーテに掛からないようにしていた。テムとトロはその場で、ただ見守っていた。
(何か策は無いかにゃ・・・。)
チャオは少し離れた所から、円を描くように歩いて見ながら思案していた。
ガサガサガサッ!
急に奥の茂みが音を立てた。皆は驚いて音のした方を見る。ソニアはそちらにヤスミノコフを向けた。
「おお、居た居た。やっと見つけたぜ。ぺっぺっ。」
茂みの奥から出てきたのはメビウスだった。驚いていた全員はホッとしていた。ソニアもヤスミノコフを下ろした。
「やけに殺気立ってんな。どうした?」
メビウスは皆の様子を見ながら聞いた。
「丁度皆が居る辺りで、フェリ〜が突然消えちゃったんだにゃ。」
チャオは指を差して説明する。
「どれどれ・・・。」
メビウスは中に浮かび上がっているフェリアーテを見た。そして、そっちの方へと近付いて行く。かなり近くなると、メビウスの表情が険しくなった。
(めびぞ〜・・・。顔がマジにゃ。)
チャオはメビウスの真剣な表情を見て、緊張していた。
「皆、ちと下がっててくれや。」
促された皆は素直にその場所から離れた。
「さーて、どこのどいつだか知らねえが、せこい真似してねえで出て来いや。それとも多勢に無勢で出て来れねえのか?」
メビウスは少し馬鹿にした様に言う。するとフェリアーテの浮かび上がっていた姿が消えて、その場所が突然闇に包まれる。
(こ、こりは・・・さっきの感覚にゃ!)
(まずいかもぉ・・・。)
チャオとテムは真面目な顔になって、無意識の内に身構えていた。ハオ・トロ・ソニアの三人の方は背筋に悪寒が走っていた。闇は辺りに大きく広がった後、一気に収束した。
「貴様・・・。随分と大口を叩くじゃないか・・・。」
闇が収束し終わった後には、一人の女性が立っていた。容姿は違うが雰囲気は昼間に現れた女性に似ていた。静かでは有るが、その迫力に目の前に居るメビウス以外は身構えていた。
「ソニア、撃つなよ。他の皆も手出すな。無駄だからな。」
メビウスの真面目な声にソニアは構えていたヤスミノコフを黙って下ろした。
「まあ、何者かってのはお互いに置いておいて賭けねえか?」
相手の女性は返事をせずにメビウスを黙って見ている。
「俺があんたに一矢報いたら、フェリーを開放して何も言わずに去る。もし出来なければ俺を好きにして構わん。」
「め・・・。」
チャオが何かを言おうとしたが、メビウスが手で制したので途中で言うのを止めた。
「ふふ、良かろう。どうせ貴様以外は雑魚だしな。」
相手の女性が薄く笑いながら言う。その言葉にソニアはムッとしてヤスミノコフを再び構えて撃とうとするが、射界をメビウスの腕が塞いだ。ソニアの方は悔しそうな顔をして撃つのを止める。
「流石に素手じゃしゃあねえから、ちと待てや。ハオ、何でも良い、武器ねえか?」
「俺?おもちゃ代わりのセイバー位だせ。接近戦用だとこれ位しかねえけど・・・。」
ハオは苦笑いしながらセイバーを取り出した。
「十分十分。もし壊れても適わんか?」
「別に構わねえよ。安いしな。」
「オッケー、まあ、そこで見てろや。」
「あ、ああ。」
(おもちゃのセイバーでどうするつもりだ?)
ハオは返事はしたものの内心で首を傾げていた。
「そんなおもちゃで良いのか・・・。」
女性は皮肉交じりに言った。
「ああ、これじゃねえと意味がねえ。さあ、行くぜ!」
メビウスは助走をつけて女性へ目掛けて走り出した。相手の女性は涼しい顔をしてメビウスを見ていた。