温泉でびっくり(第8回)

「ふみゃ〜〜あ。あふぅ。」
チャオは大きく欠伸をして寝ぼけ眼でボーっとしていた。周りはまだ暗かった。少しして我に返って周りを見てみる。
両隣には誰かが寝ているのが分かる。
「う〜にゅ。」
誰が寝ているのか良く目を凝らしてみる。左隣はセシールで右隣は和夜だった。
「どういう組み合わせなんだにゃ?」
チャオは首を傾げた。良く見てみると和夜は寝ていると言うより気絶している感じだった。セシールの方は安心したように寝息を立てている。
「あたし、おコタで寝てたはずだったけどにゃ〜?」
チャオは首を傾げて腕を組んで考え込み始めた。

外には雪景色が広がっていた。雪も静かにしんしんと降っている。
「生で雪見たり、触ったりするの初めてだな・・・。」
ハオは岩肌にある雪を手に取りながら言った。
「そうなのかい?」
フェリアーテは不思議そうに聞く。
「そりゃあなあ。パイオニア2じゃ、ホログラフか人工的なもんしかねえって。」
「そっか、そりゃそうだよね。」
フェリアーテは軽く微笑みながら言う。ハオの方は雪を見るのを止めてフェリアーテの方に向き直った。フェリアーテの髪型はすっかりストレートになっていた。
「でさ・・・。話って?」
ハオの言葉に微笑んでいたフェリアーテは笑うのを止めた。そして、ハオ越しに何かを見るように視点が変わった。
「あたい・・・。」
「ああ・・・。」
いつに無く真剣な雰囲気に、ハオは緊張していた。次の言葉を待ったが、フェリアーテからはなかなか出てこない。ハオはちょっと焦れていたが、無理に突っ込まなかった。周りの雪が降り積もる音だけが辺りに静かに響いていた。
「あたいがさ、急にいなくなったらどうする?」
「それは何処かにいっちまうって事か?」
ハオは思った事を聞き返すが、いつものフェリーらしくなく口篭ってしまう。
(今のフェリやっぱりいつもと違うな・・・。)
神妙な顔になってフェリアーテを見つめる。
「どっかに行っくのは止められないのか?」
「どうしても・・・行かなくちゃならないさね・・・。」
フェリアーテは物凄く苦しそうに言う。
「そうか・・・。俺が止めても駄目なんだな・・・。」
「他の事なら考えても良いけど、こればっかりは駄目・・・なの。」
真剣な眼差しで言うハオを見て、それに耐えられないフェリアーテは顔を逸らす。
「戻ってくるつもりはあるのか?」
フェリアーテは口を開きそうになったが、その口をキュッと噤んだ。そして、それから暫く無言になった。ハオはただ、真面目にフェリアーテの横顔を見つめていた。

「うーん・・・。話止まっちゃったなあ・・・。」
「そうですねぃ。」
黙ったままの二人を離れた所でトロとテムがしゃがんで見ていた。
「二人っきりだったから、どうなるのかと思って来てみたけど・・・なんだか面白い展開とは違いそうだなあ。」
「うふふぅ。わかりませんよぉ。」
ちょっと期待外れだったと苦い顔をするトロとは対照的にテムはニコニコしていた。
「うっしっし〜。そうかなあ?期待しちゃってもいいのかな?」
「にっしっし〜。おういぇ〜。」
テムの言葉にころっと態度が変わったトロはテムと一緒に笑い合った。
「ごめんね・・・。」
「えっ!?}
沈黙を破ったフェリアーテの言葉と、頬に伝う涙を見てハオは訳が分からず驚いた。
「ええっ!?フェリー姉さん泣いてる!?」
「はわわぁ!?」
見ていたトロとテムも驚いていた。
「何をしてるんだお前達は?」
後ろから突然声がしたのでトロとテムは驚いて一瞬硬直する。その後恐る恐る、二人は振り返る。そこには、両手を腰に当てて二人を見下ろしているソニアがいた。
「えっ!?いやあ、ちょっとねえテム。」
「おういぇ〜♪ちょっとれすぅ。」
「無粋な真似は止めろ。」
誤魔化し笑いする二人に、ソニアはそう呟いてヤスミをつき付けた。
「うわわ!暴力反対!」
「ほ〜るどあっぷぅ〜。」
二人はしゃがんだまま即座に両手を上げた。
「ある意味、私も無粋なのかも知れんのだがな・・・。どうだ、向こうの桜の見える所にでも一緒に行かんか?」
「ソニアも心配なのは変わらないかあ。うん、そうだねいこっか。テムお花見だよ!」
「おはなみ、おういぇ〜!」
はしゃぐテムを見てソニアは少し微笑んだ。そして、三人はその場から離れて歩いていった。

「俺さ・・・。」
長い沈黙の中ハオが口を開いた。
「待ってるよ。」
その言葉にフェリアーテはびっくりした様に、逸らしていた顔をハオの方へ向ける。
「行くなとも、戻って来いとも言わねえよ。ただ、俺は待ってる・・・。それは、俺の勝手だろ・・・。」
(何言ってんだ、俺・・・。)
少し恥ずかしそうに、、拗ねたように言ってから、それを誤魔化すように視線を湯気の立つ湯面に移した。
「ありがと・・・。」
「えっ!?」
少しして、フェリアーテの言葉がすぐ近くで聞こえて驚くハオ。声の方に向き直った瞬間、顎を両手で抑えられてキスされた。
(!?)
「まてまてまてw」
流石に慌ててすぐに離れてその場でわたわたするハオ。バシャバシャと手で湯面を叩いたので、周りが湯気で煙る。
フェリアーテは視界の悪い湯煙の中でも間違えずに、ハオを抱きついた。
「まてw」
変に胸の感触を意識してしまったが、そこはハオ。フェリアーテの両肩に手を置いてから、すぐに突っ込みを入れた。
「本当にありがと・・・。」
「・・・。」
そのまま、引き剥がそうと思っていたハオだったが、フェリアーテの言葉と、その後にキュッと抱き締めてきた行動に、両肩から手を放した。ただ、その手のやり場に困って手は宙で遊んでいた。
(何だか・・・本当にどっかにいっちまいそうだ・・・。)
ハオはいつものフェリアーテと違う事は分かっていた。実際に小刻みに震えている。抱きつかれてこんなのは初めてだった。恐いのか、泣いているのか今の状況では分からない。
今の状況に一杯一杯だったが、ハオは無意識に遊んでいた手をフェリアーテの背中に回した。背中に手が回った瞬間、フェリアーテの体がピクッと動いたが、その後は小刻みな震えは安心したかのように止まっていた。

湯煙に映るシルエットは長い時間一つのままだった。