温泉でびっくり(第6回)
「へえ、結構来てたんだねえ。仲間内だけだと思ってたね。」
トロは大部屋に揃った面々を見渡しながら言った。
「そうですね。でも、チャオさんの姿が無いですね。どうされたんでしょう?」
セシールは殆どいる人達の中でポツンと空席になっている場所を見て首を傾げながら言った。
「ありょりょ?食事だったら一番に来てそうなんだけどねえ?どうしたんだろ?ちょっとテムに聞いてくるね。」
そう言って、すぐにトロは席を立ち楽しそうにキョロキョロ周りを見ているテムの方へと歩いていった。
「あ、あの・・・。トロさ・・・ん。」
後ろから呼び止めたが周りの騒ぎ声は掻き消されていた。セシールはトロがいなくなり急に心細くなって、俯いて静かにしていた。
「うふふ〜。どんなおりょ〜りがでてくるかたのしみですぅ。」
テムは周りの騒ぎも気になっていたが、料理が出てくるのを楽しみにしていた。
「てむちゃ〜ん。」
「うわっぷぅ!?」
突然後ろから飛びつかれてテムはつんのめりそうになった。
「おおぅ、びーなちゃん♪」
「えへへ〜。」
しっかりと抱き着いて微笑んでいるヴィーナを見てテムもにっこりと微笑んだ。
「こらこら、ヴィーナ。迷惑かけちゃ駄目だよ。済まないねえ。」
ヴィクスンとメビウスが後ろからやってきた。
「よっ、テム。いつものボンボンの帽子が無えとまたイメージ変わるなあ。」
「ちょっとあたまがさみしぃけど、おしょくじだからがまんですぅ。」
ちょっと頭の上を手で触りながらテムは答えた。
「偉いなあ。ヴィーナもちゃんと見習ってお行儀良くするんだぞ。」
「うんっ♪」
メビウスに言われて、ヴィーナは元気良く答えた。周りはまさか抱き着いているヴィーナの方が全然年下とは思っていないだろう。パッと見た目では、既にヴィーナはテムの身長を追い越していた。可愛い姉妹といった所だろう。周りの一部では二人の愛らしさに微笑んでいるお客達もいた。
「うち等には食事いうんは、関係無いさかいなぁ。」
プレアは廊下を歩きながら言った。
「まあ、俺はそうだがプレアは残っていても良かったんじゃないのか?食べれるだろうし。」
ウルフは不思議そうに言った。
「くすくす。まあ、食べれるけどぉ・・・。周りの皆はんの注目集めてもしゃあないしぃ。それにぃ、チャオはんの様子が気になるさかいなぁ。」
顎に手を当てながらプレアは難しそうな顔をしていた。
「確かにな。食事といえば飛んで来るだろうに、あのテムと言ったか。小さな子の話では眠っているらしいしな。嘘は言ってないのは分かるが、気にならないと言えば嘘になる。だからこそ、こうやって様子を見に行くのだからな。」
ウルフは心配そうにしているプレアの方を見下ろしながら言った。
「事実は行って見れば分かるさかい、っと仲居はーん。」
プレアは忙しそうに料理を運んでいる仲居達を呼んだ。
「はい、只今ー。」
周りにに料理を預けて、一人が二人の方へとやってきた。
「すんまへんけどぉ、松の大広間の食事を一人前部屋の方へ持って来てくれへんかなぁ。」
「構いませんが、どちらにですか?}
仲居に聞かれてウルフの方は分かるのかとばかりにプレアを見た。
「鶴の間にお願いしますわぁ。」
プレアはウルフの方へ軽くウインクしてから答えた。それを見てウルフのビームアイが少し細くなる。それを見て仲居は一瞬キョトントなったが、
「かしこまりました。」
と言ってから慌ててバタバタと走り去った。
「しかし、ここは本当に作りがレトロだな・・・。配膳ならロボットに手伝わせても良さそうなものを。」
ウルフは途中で転びそうになる仲居を見て呟いた。
「まあ、そういう所なんやろねぇ。作りもどう考えても効率だけを追求したものとはちゃうみたいやしねぇ。」
プレアは掌に建物の立体映像を出してウルフに見せながら言った。
「確かに。しかし、本当にこう言う時は気も利くし頼りになるな。」
ウルフは嬉しそうに言う。プレアはちょっと照れて視線を逸らした。二人はその後は無言で、チャオの寝ていると聞いた鶴の間へと歩いていった。途中で大きな二人や、プレアを物珍しそうに見る仲居が何人かいたが、仕事の方が忙しいのと、プレア自身が舞いあがっていたので気になっていなかった。
「しっかし・・・こんなに呼んでたのかよ。」
ハオは呆れた様に呟いた。
「挨拶回り全部回ったんじゃないのかい?」
隣に座っているフェリアーテが聞いた。
「多分、後から来てる方が多いのかもな。後で行くのかと思うとうんざりだ・・・。」
苦い顔をして、コップにある水を一気に飲み干した。
「じゃあ、あたいと消えるかい?」
「まてw」
ハオは素早く突っ込んだ。
「その場は回避できても、後で行かされるのは分かってるから遠慮しとく。」
「あたいは、帰るまでズーッと消えてても言いんだけどな。」
「まてまてまてw」
ハオはフェリアーテの言葉に慌てて少し距離を置いた。
「ん?」
ハオはフェリアーテ越しに知っている顔を見つけたのだが、険悪なムードに思わずそっちに目が行った。フェリアーテも、見られているのが自分じゃないと分かりそちらへと向いた。
「ソニアと・・・確か和夜だったっけか?」
「ああ、そうさね。」
二人共、自然と立ちあがりそちらへと向かっていた。
「後でゆっくり事情は聞かせて貰うからな・・・。」
「嫌だと言ったらどうするのじゃ?」
ソニアの静かで威圧感のある言葉にも全く動じずに和夜はニヤリと笑いながら言う。ただ、最初のソニアの雰囲気で、自然と人が離れて行っていた。
「残りの日はまだある。その間に聞くさ。」
「わらわはお前のいない所でなら話しても構わないのじゃ。問答無用な奴は嫌いなのじゃ。」
「貴様に嫌われても構わん。私の方から願い下げだ。」
周りから見て静かで冷ややかな戦いは、二人の間ではヒートアップしていた。
「二人きりになってその減らず口を叩けないようにしてやる・・・。」
「周りに誰もいなければお前など相手では無いのじゃ。後悔するのじゃな。」
鋭く突き刺さるような視線と自身たっぷりにニヤリと笑う顔が対照的だった。。二人を中心にして三人分ぐらいは誰も近付いていなかった。無理も無い。
「で、何をやったのかな?和夜お嬢様?w」
「あたいも聞きたいねえ。」
突然聞こえた声に和夜は反射的にビクッと反応する。ソニアも思わず身構えた。お互いに相手しか目に入っていない証拠だった。
「フェリーにハオか・・・。脅かすな。」
「待てw」
ハオの素早いツッコミにも流す様にしれっと軽く手を上げた。和夜の方はギギギッと擬音がしそうな油の切れた変なロボットのような動きをして二人を見た。さっきまでの余裕は何処へやら、冷や汗を垂らしながら変に引きつってにこやかに笑っていた。
「ひ、久しぶりなのじゃ。フェリ姐にハオ・・・。」
(ま、不味いのじゃー。これは、非常に不味いのじゃー。)
卑屈いた笑いの和夜の脳裏に夏の嫌な思い出が甦った。フェリアーテとハオのニコニコ顔が余計にそれを加速させた。いつしかそれは、ニコニコではなく戦慄の悪魔の微笑みへと変わった様に和夜には見えた。
「ん???」
和夜の急な変わり様にソニアは思わず和夜の方を見ていた。
(なるほどな。この二人には形無しと言う訳か。ふっ、他のなら私もなめられたものだと思うが、フェリーが入っているなら良しとするか。)
「仕方ない。私の前では話してくれないと言うから知り合いの二人に頼むとするか。私の手で口を割らせる事が出来ないのは残念だがな。」
思った後、少し口元だけ笑って言った。その言葉を聞いた瞬間、和夜は凄まじい速度でソニアの顔を見た。
「そ、そんな殺生なのじゃ。言う・・・いや、話させて欲しいのじゃ。だから一緒にいて欲しいのじゃ。置いて行っちゃ嫌なのじゃ。」
涙目になって自分の浴衣の裾を掴む和夜を見てさっきまでとのあまりの変わり様にソニアは思わず毒気を抜かれていた。
(さっきまでと同一人物なのか?)
「あちらで、何があったか聞かせて貰いましょうかね。和夜お嬢様。」
「さあ、和夜。あっちでね。」
変に丁寧なフェリアーテとハオを見て、ソニアはちょっと和夜の気持ちが分かったような気がした。
「嫌なのじゃ〜。助けてなのじゃ〜。」
和夜は本気で嫌がって必死にソニアの浴衣の裾だけでなく、ソニア自身にしがみついた。ソニアにも震えが伝わって来ていた。ここまでなると、さっきまで確かに気に入らない相手だが、少し気の毒になって来た。
「そこまで言われたら放ってもおけんか・・・。」
(やれやれ私も甘くなったものだな。)
ソニアは少し苦笑いして軽く和夜の頭を撫でた。和夜はそれにも気が付かず必死にソニアにしがみついていた。
「落ちついた後で同席頼む。」
ソニアが小さく呟いた言葉に和夜はビクッとした。
「同席だ。私とお前の二人では喧嘩になりかねんからな。」
やれやれといった表情で言ってから、フェリアーテとハオの方に軽く肩をすくめて見せた。フェリアーテとハオの方はこれ以上刺激しても不味いと分かったので黙ってその場を後にした。
それから、少しして総勢50人以上は軽くいる大広間は普通の夕食をしている会場から大宴会場へと変わっていった。