温泉でびっくり(第5回)

ハオは硬直しながらも、フェリアーテから目を離せなかった。フェリアーテの綺麗な白い肌に鮮烈な赤く濡れた髪が絡んでいる。それは、色気や艶やかさを超えた一種の生きた芸術品のようだった。
一方フェリアーテは、何で目の前にハオがいるのか理解出来ていなかった。
「あのさ、ハオ・・・。」
フェリアーテの一言でハオはハッと我に返った。その瞬間とてつもなく恥ずかしさが込み上げて来た。
「わ、悪い!」
そう言うなり、慌ててすぐに背を向けた。
「あ、いや、良いさね。それよりさ、何でここにいるんだい?ここって女湯じゃなかったのかい?」
「俺は男湯だと思ってメビと一緒に入ってきたんだよ。で、入ったら混浴だって分かってさ。さっさと入って出ちまおうって思ってたんだ。」
ハオは少し焦った口調で言った。
「そっか・・・。ちょっと安心した。」
ハオの言葉にフェリアーテは優しい口調で呟いた。ハオは良く分からずにちょっと首を傾げたが、焦っている事に変わりはないのであれこれ考える余裕は無かった。
「あたい、幻聴か幻覚かと思ったよ。のぼせる程入ってる訳じゃないのに不思議だったんだ。もう少しゆっくり入っていこうかな・・・。勿論ハオももう少し位付き合ってくれるよね?」
「な、何でだよ?}
「あたいの裸じーっと見てた癖に・・・。」
フェリアーテがボソッというと。ハオはちょっと咳込んだ。
「い、いや、あれは不可抗力で・・・。だから、そのだな・・・。」
フェリアーテはしどろもどろになって、あたふたする様子をハオの背中越しに見て、噴き出しそうになっていた。
「まあ、それは良いからさ、湯冷めするのも馬鹿らしいから。浸かってから奥の方で話そう、ね。」
「やだって言ったらどうする?」
「戻ってからある事無い事皆に言いふらすってのはどう?ふふっ。」
「まてw」
ハオは素早く突っ込んだ。
「それは、冗談だけどさ。奥から良い景色見えるさね。どうやら、カルーネとシェイリーに振りまわされたみたいで疲れてる感じだからね。早く戻ってまたってのも嫌だろ?」
「そうだな、そうするか。」
その言葉を聞いてフェリアーテはゆっくりと湯船に体を沈めた。
「もう、そっち向いてもいいか?」
「大丈夫さね。」
ハオの方もその言葉を確認してから体を沈めてフェリアーテの方へ向き直った。
「でも、さっきは本当に別人ってか・・・。違う感じだったな。今もそんな余韻がちょっと残ってる。」
「そうかい?まあ、いいさね。さあ、奥に行こうか。」
「おう。」
ハオはフェリアーテに着いて奥へと進んでいった。
奥には、広大なラグオルの森の景色が広がって見えた。
「こいつは、凄えや・・・。」
ハオは思わず声を上げた。フェリアーテはそんな様子を見て横で微笑んでいた。

「「さあてとぉ〜。」
テムは軽く背伸びをしてコタツから出た。
(うむぅ。どっちからさきにおこしまそぉ・・・。)
テムは、腕組みしながら倒れているチャオの方と怪しいフォマールと武装したハニュエールの二人の方を交互に見比べていた。
「そうだっ!」
ポンと手を叩いて、二人の方へとてとてと歩いていった。そして、そっと怪しいフォマールのサングラスを外した。
「おおぅ!このあやしいふぉまのしょ〜たいは、やっぱりわやさんだったんですねぃ。ひっしでいっしょにはなしていたときにしぜんとおはなししていたよぉなきがしましたけど・・・。まあ、いいですかねぃ。」
驚きながらも話し方を思い出して納得した様にその場でコクコクと頷いていた。
「こっちのひとは、わたしをたすけてくれようとしていたひとですねぃ。あとでおれいをいわないとです。」
そう言いながら、押入れからやっとの思いで毛布を取り出して、さっき和夜に掛けた布団は剥がして、ハニュエールの方へだけ掛けた。
「うむり。これでいいですぅ。さ〜て、ちゃおさんおこしまそう。」
今度はチャオの方へトテトテと近付いた。
「さっきは、じゅるるのときよりこわかったよ〜なきがしましたけど、いまではすっかりだいじょ〜ぶそうですぅ。」
チャオの方は口を開けてスカーとよだれを流しながら寝こけていた。
「ちゃおさん〜ちゃおさ〜ん。」
テムはチャオをゆさゆさと揺すったが全然起きる気配が無い。
「うむむむむぅ〜。ていっ」
今度はほっぺたをぺしぺしと軽く叩き始めた。チャオの鼻がちょっとヒクヒク動いた瞬間、テムは嫌な予感がして手を引っ込めた。その瞬間・・・

ガキンッ!!!

テムの手のあった所に、チャオの噛みつきが空を切っていた。
「あわわわぁ。」
とても、普通の歯と歯のぶつかる音でなく金属同士がぶつかるような音にテムは青くなっていた。自分の手を見て無事な事を確認してホッとしていた。
(おなかすいているんせうか?)
テムはそう思って、コタツの方へ戻って上に置いてあるみかんを持って戻ってきた。そして、再び口を開けて寝こけているチャオの鼻の傍へみかんを持っていってみた。そして、凄い早さで反応してチャオはみかんに噛み付いた。ナイフのような切れ味で、みかんはスッパリと途中からチャオの口に消えていた。
それだけなら良かったのだが、切り口から果汁がチャオの顔にポタポタとたれ始めた。
「うわわわ。」
テムは焦ってみかんの果汁が垂れないように置いてから、再びコタツの上にあるふきんを持って来て、チャオの顔を拭いた。その間は、チャオは大人しくしていた。
「ふい〜。この残ったみかんどうしまそぉ・・・。」
テムは困った顔をして、みかんを見ていた。

「いやあ、良いお湯だったねえ。セシール大分顔赤いけどのぼせてない?大丈夫?」
「はい、とっても気持ち良かったです。今度は奥に見えた雪景色の所に行きましょう。」
セシールはにっこり笑って言った。
「そうだね。雪見ってのもいいねえ。ついでに、大丈夫だったら長く入るのに冷たい飲み物も一緒に持ってこう。お盆に乗っけて、中で飲むのも美味しいだろうなあ。くう、楽しみだー。」
トロはそう良いながらちょっとうっとりした顔になっていた。
「くすくす。後は、どんな夕食が出てくるのか楽しみですね。」
「そうだねえ、どんなの出てくるんだろ。食べる時は皆で一緒だから賑やかになりそうだね。うっしっし〜。」
そこは二人共顔を見合わせて軽く笑いあった。

メビウス達三人は既に上がっていて、廊下を歩いていた。
「ハオと一緒に入ったんだねえ。」
「はおちゃんいたの〜?いっしょにはいりたかったの〜。」
ヴィクスンの言葉にヴィーナはちょっと不満気に言った。
「まあ、まだ日にちあるんだから、一緒に入れる時もあるだろうよ。飯の時にでも約束してもらったらどうだ?」
メビウスは無責任に言った。
「うんっ!おねがいしてみるの〜。」
不満気だったヴィーナの顔が一変して満面の笑顔になった。
「三人じゃなくて、皆で食事ってのも良いものかもしれないねえ。」
「そうだな、わいわい食べるのも良いもんだ。」
「ヴィーナもちゃんとお行儀良くしてるんだよ。」
「うんっ。」
三人はそんな事を話しながら自分達の部屋へと歩いて行った。

「へえ、凄えなあ・・・。」
ハオは映像などではこういう景色を見た事はあったが、実際にここまで景色の良い場所を生で見るのは初めてだった。実際にラグオルに降りて来てもここまで見晴らしの良い場所は無かった。
「自然って奴はいつでも凄いもんさね・・・。」
ハオは横でそういうフェリアーテの方を見た。
「あの先に見える、雪景色のある場所。何か・・・いろいろ思う所があってね・・・。」
〈何だか。フェリの奴いつもと様子が違うな。)
ハオはフェリアーテの微妙な変化に気がついていた。
「あのさ、ハオ。」
「ああ、何?」
「ここにいる間で、一回で良いから、あの雪の降る場所で話しがしたいな。」
いつもと違う顔。その時のフェリアーテの顔には、いつにない真面目な表情だった。ハオは色々言おうとしたが、そんな雰囲気で無い事がすぐに分かった。一回深呼吸した後に、
「分かった。」
とだけ静かに答えた。
「ありがと・・・。」
フェリアーテはそう言って、軽く微笑んだ。