温泉でびっくり(第4回)

「いや〜。温泉ってのもいいねえ。」
トロは岩に寄りかかって伸びをしながら言った。
「熱いお湯も慣れると気持ち良いですねえ。」
セシールはゆっくりつかって囁く様に言った。
「セシール湯浴みはしてたんでしょ?温度低かったんだ?」
「ええ、もっとぬるいですよ。長く入っていられる為です。正直ここまで熱いのは恐かったですね。」
トロの問いに少し苦笑いしながら答える。
「あんまり長湯しちゃうと湯あたりしちゃうからそこそこで上がるのがベストだね。でもねえ、この熱いお湯が癖になっちゃうんだこれが。」
トロは笑いながら言う。セシールはそんなトロを見て微笑む。あまり熱いお湯に慣れていないせいか、セシールの顔は上気していた。

その頃、別の露店風呂では・・・
「ちょっと見ないうちに大きくなってるよね。」
フェリアーテは少し離れた所にいるヴィーナに手を振りながら言った。
「まあ、そうだねえ。ニューマンとヒューマンとのハーフだかららしいね。あたいや旦那と違って頭良くてね。特にチャオが色々教えてくれるらしくて、どんどん手間かからなくなっちまって、嬉しい反面ちょっと寂しいね。」
少し苦笑いしながら言うヴィクスンだったが、その後は微笑ましそうに一人で髪の毛を洗うのに悪戦苦闘しているヴィーナを見ていた。
ヴィーナは外見は既に10歳位になっていたが、実年齢はずっと下だった。
「あわあわ。ぶくぶく〜。」
洗っていると言うよりは途中からは泡の塊と化していた。

「しっかし、相変らずすげえ体つきだよな。」
「野郎の体誉めてばっかいると勘違いされっから気をつけろや。」
「まてw」
少し笑いながら言うメビウスに素早く突っ込むハオ。
「まあ、俺なんかよりもフェリーのでも拝んどけ。いや、拝むだけじゃ駄目か。」
顎に手を当てながらメビウスは言った。
「別にいい・・・。」
ハオは何ともいえない顔で小さく言った。
「良いなら、良いだろ?」
「そうじゃねえ!」
勘違いして不思議そうに言うメビウスに再び突っ込みを入れる。
「別に嫌いだとか、イヤとかいうんじゃねえんだろ?拒否する事ねえじゃん。」
「ま、まあ・・・そうだけど・・・。」
ストレートに言って来るメビウスに少し口篭もるハオ。
(そりゃあ、嫌なんかじゃねえさ。だったら相手になんてしてねえし・・・。)
「もたもたしてる間にかっさらわれないようにな。今の状況じゃその位しか言ってやれねえかな。もうちょい進んだりすりゃあ別のアドバイスも出来るかもしれねえけど、ま、いっか。」
「・・・。」
ハオは答えようとしたが、黙っていた。

ガラガラガラ・・・・

メビウスが先にレトロなドアを開けた。
「ん?何だあの泡の塊?」
「は?泡の塊!?」
メビウスの言葉に驚いたハオはメビウスの横から中を覗いた。
湯煙の中で確かにモゾモゾ動く泡の塊が見える。
「げっ!マジかよ。」
ハオは何とも言えない顔で変な動きをする泡の塊を見ていた。
「こら!ヴィーナいつまで遊んでるんだい。」
二人は聞いた声にそちらを見た。しかし、ハオの視界はすぐに塞がれた。
「おいっ!?」
「かみさんの裸は見せられねえし、ヴィーナのもな。」
ハオはメビウスの言葉に驚いて、大人しくしていた。
ヴィクスンはメビウスとハオが入って来た事に気がついておらず、そのままヴィーナの所まで来て、一気にお湯をかけた。
「ふあ!?」
驚いたヴィーナは思わず顔を上げた。
「まま〜。」
「全く、しょうがないねえ。」
まだ、泡だらけのヴィーナを見て苦笑いした後、ヴィクスンは優しくお湯をかけて泡を綺麗に洗い流した。ヴィーナはその間もキャッキャとはしゃいでいた。
「親子ってのは良いものだね・・・。」
フェリアーテは初めは微笑ましく見ていたが、そのうちに少し切ない顔に変わっていた。
「俺はいつまでこの状態何だ?」
ハオは少し不満そうな声を上げた。
「もうちょい待てや。それこそ今気がついたら、ヴィーナがお前に抱き着いてくるかもしれねえからな。」
「!?}
メビウスの言葉に硬直するハオ。
(確かに・・・。ありそうで洒落にならねえ・・・。って待てよ・・・。)
ハオはよくよく考えてみた。
(俺とメビがここにいる。んで、中にヴィクスンとヴィーナがいるって事はここは混浴か!?ここは、出ちまった方が・・・)
そう思った途端、ハオの視界が開けた。
「おい、ハオ聞いてたか?」
「悪い、ちと考え事してた。」
「俺等は離れた所で入るから、悪いけど一人で頼むわ。ここはかなり広いみたいだからよ。せっかく来たんだし軽く入ってけよ。」
「あ、ああ・・・・。」
視界には既に泡の塊だったヴィーナだけでなく声しか聞こえなかったヴィクスンの姿もなかった。
「じゃ、暫く不快な思いさせちまって悪かったな。また、夕飯の時にでもな。」
軽く手を振りながらメビウスは湯煙の奥へと消えていった。
「まあ、しゃあねえ。メビの言う通り軽く入ってとっとと出るか。誰が入ってるか、入ってくるかわからねえからな。」
ハオは近くに座って体を洗い始めた。
「あれ?ヴィクスンとヴィーナはどっかいっちまったのかね?」
少し昔を思い出してボーっとしていたフェリアーテが気が付くと二人の姿がなかった。
「まあ、親子水入らずだし、遊ぶのは出てからで構わないか。」
岩に寄りかかって空を見上げた。
(雪が降ってたら、デゾリスと変わらないかもしれないねえ・・・・。)
そう思いながら、静かに目を閉じた。
「ふう、さっぱりした。馬鹿姉貴達に振りまわされて機嫌悪かったが、温泉良いかもしれねえな。」
ハオは、立ちあがって長い髪を軽く結わえながら湯船の方へ歩き始めた。お湯の温度が高めなので湯船近くに来るとかなりの湯気で視界が殆ど利かなかった。
「まあ、これなら誰がいても大丈夫かな。来りゃ、声で気付きそうだしな。」
ハオは安心した様に言った後、手で軽くお湯の温度を測った。
「ん、大丈夫だな。ちと、熱いかな?」
そう言いながらゆっくりと足からお湯の中へ入って行った。
(ん?今の声は・・・ハオ???)
一方奥にいたフェリアーテは聞き覚えのある声に眉をひそめていた。
(ここって女専用とかじゃないのかね?それとも、あたいもうのぼせちまったのかねえ?一旦上がった方がいいかな。)
フェリアーテはそう判断すると、とりあえず湯船から上がろうと、入口の方へと歩き始めた。
「ちと、ピリピリするがすぐ慣れるかな・・・。悪くない感覚だな。」
ハオは小さく呟いて湯船に浸かっていた。意識がお湯に集中されていたので、少し波立ってきたのが分かった。
(ん?奥から誰か来るな。邪魔にならねえように軽く避けとくか・・・。)
ハオは段々近付いてくるのを小さな波の揺れで感じながら、少し移動した。誰が通るか気にもせず、今はお湯の気持ち良さを肌で感じていた。
(そんなにフラフラしないねえ?さっきから思い出に浸ってたから幻聴でも聞こえちまったのかね。)
やれやれという顔をしながら、お湯の中を歩いていたが、ふと足を止めた。綺麗なエメラルドグリーンの髪が湯煙越しに見えた。
(何だい・・・今度は幻覚かい!?)
フェリアーテは完全に苦笑いしてその場に立ち尽くした。
(ん?波が収まってる?遠くで誰かが悪ふざけでもしてるのか・・・。そうじゃなかったらこういう波が自然と立っただけか?)
ハオはそう思いながら、波が来ていた奥の方を軽く見た。
(ん?赤い・・・。誰か近くにいるな。まさか・・・誰か怪我でもしてるのか!?)
違うかもしれないが万が一と思い、ハオは立ちあがって赤い色の見える方へ移動した。
「おい、大丈夫かって・・・っ!?!?」
「えっ!?ハオ!?」
心配な顔をしていたハオの顔は驚きに変わり、フェリアーテもまた驚いた顔をして二人共言葉無く、少しの間その場で硬直していた。

離れた所から、ヴィーナの元気な声が聞こえていたのだが、今の二人にはそんな声が聞こえる訳も無かった。